098 新しい生活を始めよう


 シンジョウは『迷宮案内所・ひのもと町支部』のトップとして、稀人と他の迷宮との繋ぎ、折衝役を受け持つ。
 オクダは主に、この【ひのもと町】での、稀人用の住居管理や、お手伝いさんや従業員といった人材派遣を担当している。
 シンジョウは駅前区の迷宮案内所に、オクダは下町区二丁目の駄菓子屋にいるので、どちらか近い方に言えば、もう片方にも速やかに用件が伝わるようにした。今後も住みやすくなるようアップデートを続けていくつもりだが、とりあえずはこの体制で様子を見ていくことになっている。
 ところで、迷宮都市にある「迷宮案内所」は、主に冒険者たちに向けたものだが、このタウンエリアにある「迷宮案内所」は、住人である稀人たちのサポートを目的としている。
「ゲームのチュートリアルみたいだったな。わかりやすかったけど」
 住民登録に始まり、住居の選択やお手伝いさんの選択など、決めてもらうことを順番に、依頼という形で案内所から提示したのだ。その報酬として、迷宮エンが支払われている。
 琢磨の感想に、他の四人もうんうんと頷いてくれた。
「わかりやすかったなら、よかった」
「おう。そんで、仕事を始める前に、昨日言ってたスキルの差し替えを頼むわ」
「了解」
 僕はスキルの内容説明と最終確認をしつつ、五人のスキルを差し替えていった。


金木琢磨
年齢:48
状態:健康
レベル −
スキル 【異世界言語】【鑑定/宝飾・美術】【彫金】【器用】

七種育実
年齢:27
状態:健康
レベル −
スキル 【異世界言語】【動植物育成】【鋭敏/舌】【解析】

枡出和久
年齢:75
状態:酒精依存
レベル −
スキル 【異世界言語】【魔法適性/中】【観察眼】【修辞術】

不忍彩香
年齢:13
状態:右眼球欠損
レベル −
スキル 【異世界言語】【美声】【感性/音楽】【頑強】

水渓大
年齢:28
状態:健康
レベル −
スキル 【異世界言語】【感性/服飾】【器用】【付与魔法】


 僕が持っている迷宮製鑑定機だと、スキルを入れ替えたことでクラスがどうなったのかわからないのだけれど、まあ問題ないだろう。
 琢磨の【鑑定/宝飾・美術】は、真贋に加えて、大体の価値がわかり、値段を付けるのに役立つのでそのまま。デメリットの多い【浪費】と不要な【煽動】を、【彫金】と【器用】に変更。
 七種さんは【頑強】を【解析】に変更。品種改良や発酵状況を見るためで、【鑑定/状態】や【分析】と迷ったが、「その状態からどうすればよいか」という事までわかる【解析】に決められた。
 枡出さんは魔法に興味はなかったが、【魔法適性】があれば「全系統の魔法使用が可能」なので、あって損はない。アクルックスの教師たちと一緒に、研究対象としてもいいだろう。【分析】をややグレードダウンした【観察眼】に変更したのは、個人的な気分らしい。最後にデメリットが大きい【放蕩】を【修辞術】に変更。
 彩香さんは不穏な【魅了/傾国】を【頑強】に変更。これは、【無効/心身拘束】を【感性/音楽】に変更したこととセットになる。なんでも、【無効/心身拘束】があると、掴んでもらったり抱えてもらったりなど、誰かがしてくれた支えも無効にしてしまい、とっさの時にかえって危ないし不便だということだった。
 水渓さんは、簡易天気予報の【風読み】を【感性/服飾】、【水泳/上級】【槍技/並級】を【器用】【付与魔法】にして、完全に服飾デザイナーの道に進んだ。【付与魔法】によって、完成した服に良い効果を付けることも出来るが、布や糸の段階から効果をつけておくことも可能だ。
 また、【感性/○○】というスキルは、要はセンスがあるということで、そこから伸びるかどうかは、本人の努力次第だ。単体効果しかない【色彩感覚】や【形状感覚】、あるいは【絶対音感】だけよりも、ずっと有用だろう。
「スキルは付け替えることができるから、使ってみたけど不便だったとかあったら、また相談してね。暇つぶし程度でいいから、迷宮案内所から出ている依頼も受けてもらえると助かるよ」
「おう。かけ……ショーディーの苦労がしのばれるラインナップだったな」
「わかってくれるか、友よ」
 いまの名前に言い直した琢磨に、僕はしみじみとした視線を向けた。
「なんでも一人でやれるわけないんだよ、ホントに! 僕がわかるのは、建物のことくらいなんだから」
「そうだよなぁ。俺もネックレスとかピアス作るのはいいけど、家造れって言われても、無理だわ」
「あ、ねえねえ。食用の魚ならわかるんだけど、なんで食べられない魚まで依頼に入ってるの?」
 はいはーい、と手を上げた水渓さんは、港町で育ち、水産系の勉強もしていたことから、魚介類の創造を受け持ってくれるようだ。
「ダンジョンにも出すんです。食べられる物と、工夫すれば食べられる物と、どうしても食べられない物を出して、その区別や工夫の仕方を、この世界の人間に学ばせるんです」
「異世界人日本人化計画?」
「まさか、そこまでは期待しませんよ。なったらいいですけどね」
 日本人は美味ければ有毒生物でも、何とか工夫して食べられるようにする民族だと言われがちだが、美味いとわかっていても食べない方がいい物もある。バラムツなんかは、毒ではないけれど脂が消化できないからな。
「そもそも、地球人とこっちの人間は、体の造りが違うんです。栄養になるものも、毒になるものだって、多少違うでしょう。そういうのを経験しながら、いずれは自分たちで研究していく素材になればいいなと思ったんです」
 この世界は、ライシーカと稀人の知識のせいで、身の丈に合わない技術を持っているが、この世界に元からあるものを研究し足りていない。
「なんでも、学ぶ機会や、その材料になるものを出して、いずれは迷宮の外にある、自分たちの世界を研究するきっかけになったらいいなって」
「気の長い話だな」
 呆れる琢磨に、僕も肩をすくめてみせた。
「仕方がないよ。ライシーカ教皇国のせいで、たとえアルキメデスやコペルニクス、あるいはアインシュタインやジェンナーみたいな人がいたとしても、世に出てくる前に抹殺されてしまうんだ。この世界に即した知識が広まらないんだよ」
 稀人の知識至上主義であるグルメニア教がはびこっている世の中では、それ以外の知識や思想が芽生えることができない。あるいは、周到に隠され、搾取され、同じように独占されてしまうだろう。
「一般人の学習機会の裾野を広げて、稀人の知識という絶対的な補助輪がなくても生きていけるようにしないと、いつまでたっても異世界人召喚に頼ろうとするはずだ。僕は、それをなんとかしたい」
 それは、僕の迷宮建築家というクラスに求められる仕事ではないが、無理やり召喚されてくる地球人を減らしたい僕の願いだ。
「ショーディーくんは、種をまく人・・・・・ですね」
 にこりと微笑む枡出さんに、僕はぶんぶんと首を振った。
「やめてくださいよ。そんなたいそうなものじゃないです」
「ですが、君は最も彼らのためになる、穏やかな方法を選んだ。彼らにとって困難な道のりだとしても、それが必要なことだと理解している。それは、とても大事なことです」
 片や戦争が起きかねない過激な方法を取りつつも、片方では穏やかだと言われて、僕はどんな顔をしていいやらと戸惑うばかりだ。
「……実は、みなさんに悪いニュースがあります。それと、見ていただきたいものが。シンジョウ、これからアンタレスにみんなを連れて行っても大丈夫か、スオウに確認とってもらえる?」
「了解しました」
 シンジョウは会議室を出て、すぐに戻ってきた。
「大丈夫です。迷宮案内所でお出迎えしますと、スオウが言っています」
「ん。じゃあ、行こうか」
 僕は五人を連れて、『葬骸寺院アンタレス』へと向かった。