097 ようこそ、ひのもと町へ


 翌朝、僕が起きた時間は、やっぱりタウンエリアでは昼時だった。
(んー。さっそく、色々データが送られてきているな)
 タブレットへの新着件数が二桁になっていたので、僕は朝ご飯を食べてからアトリエでそれらの処理をしようと、オフィスエリアへの扉を開いた。
「おはよ〜」
「おはようございます、ボス」
 今日も朝からぴしっとした佇まいのカガミは、僕に報告することがたくさんありそうだ。
「王城で動きがあった?」
「はい。ボスが稀人様方を保護したことによって、リンベリュート王国と教皇国が一触即発状態です」
「んっふ……」
 彼らの醜態を見疲れたのだろう、目がやや虚ろになったカガミに、思わず吹き出してしまった。まさか、こんなに簡単にいがみ合い始めるとはね。
 アトリエに直結したミニ会議スペースで詳しい報告を聞くところによると、やはり僕が残した「愚者の刃の犯行声明(偽物)」が、いい仕事をしてくれたようだ。
 王国側の言い分は、王国の近衛兵を排して教皇国の見張りがついていながら稀人が行方不明になったのだから、教皇国の責任だという。
 教皇国の言い分は、王城にまで愚者の刃を侵入させる警備の甘さと治安に問題があるのだから、王国の責任だという。
「どっちも馬鹿じゃないのかね」
「それぞれの立場で、非を認めるわけにはいきませんから」
 王都を中心に捜索が始まっているようだが、見つかるはずもない。教皇国側は、自分たちが確保するはずだった方が消えたので、余計に躍起になっているらしく、本国から応援の兵を呼ぶことにしたとか。
「うわぁ。すごいことになってきたな」
「王家は迷宮の調査どころではなくなってしまいましたね」
「囲い込んだ四人だけは死守するつもりだろうな。その四人の様子はどう?」
「霞賀氏は派閥作りに入ったようで、すでに宰相の腹心のようなポジションに収まっています。竹柴氏はオイルバー王子との婚約が内々に決定しました。沙灘氏にはあまり動きがみられませんが、【アイテムボックス】があるのをいいことに、目についた物を盗んでいるようです。山西氏には、魔道将軍をはじめ、いくつかの役職候補が挙げられています」
「一晩で、凄い進みっぷりだな」
 沙灘のまわりだけ動きが緩慢なのは、おそらく沙灘自身に主体性が欠けているせいだろう。一応、薬師というクラスと【調薬】スキルはあるが、医師や職人ギルドとコンタクトを取ろうともしていないらしい。
「王家も教皇国に渡したくなくて必死なのでしょう。ただ、元々この国で稀人を召喚するのは、王孫の護衛とするためです。現在王城を離れている王太子妃側に、どんな動きが出るか、注視していく必要があります」
「マナ王太子妃がいるトートラス領には、ダンジョンを三つも出したからなぁ」
 実際、マナ妃の実家であるトートラス家の領地には、星を巡る流れが細いながら密集しており、僕も一時は迷宮都市の候補地として考えていた。
 それを覆して、小さなダンジョンをたくさん出したのは、政治的な嫌がらせを兼ねつつも、トートラス家が冒険者を手厚く保護していることが理由だった。トートラス家なら、ダンジョンから塩や貴金属が出てきても、冒険者ギルドと上手くやれると踏んだのだ。
「トートラス家は、宰相を務めるイクセミア家の有力な寄子だけれど、害獣駆除に力を入れていて、ヨーガレイド家とも協調体制にある。ただ、王家と宰相からの稀人の押し売りを断れるかっていうと、無理じゃないかなぁ……」
「四人の稀人様がトートラス領に来て、なにかの理由でダンジョンに入れば、ボスが迷宮に招くことも出来ましょうが……」
「そこまで上手くいくとは思えないね。むしろ、稀人の素行や言動が、問題にされる可能性の方が高いんじゃないかな。僕から見ても、面倒そうな人たちだもん」
 おそらく、マナ王太子妃は嫌々ながらも、赤子を連れて王城に戻らなければならないだろう。だが、実家以上に害獣から護られるかは、はなはだ疑問だ。
「それから、国内の治安に関して。稀人が複数人姿を消したことは、国民へは公になっていませんが、憲兵と教会による愚者の刃の一斉捜索が始まっています」
 本来ならば、手放しでお祭り騒ぎになっているはずの王都は、やや物々しい空気になっているようだ。
「一晩経っただけで、事情も公表されていませんから、ボスの仕掛けに乗って犯行声明を上げる愚者の刃も、いまのところいません。ただ、すでに捜索の手が伸びていますし、情報が得られたとしても、自分たちがやったと吹かす可能性は低いと予測されます」
「なんだよ。さすがに、そこまで愚かではないかぁ」
「憲兵隊や教会の警備員相手には立ち回れても、教皇国の重装兵には敵わないですからね」
 愚者の刃の中でも過激なグループは、稀人を殺害しかねない。今回は稀人が姿を消しただけであり、死体も見つかっていないので、余計に捜索が執拗になっているはずだ。
「教会と愚者の刃が、お互いに潰し合う大騒乱になってくれればと思ったけど……蛮勇を見せずに、地下に潜るかな」
「愚者の刃にとって、稀人が減るのは良い事ですから。自分たちではない他のグループの功績だとして、羨みつつも称賛するのではないでしょうか」
 目立ちたい一部のグループが名乗りを上げる可能性もあるが、よほどの武略がなければ、すぐに鎮圧されてしまうだろうとカガミは予想した。それよりも、新たにもたらされる知識を警戒して、いまだ王城に居る四人を、僕を真似して狙う可能性の方が高い。
「以上が、今朝までに得られた情報です」
「オーケー、ありがとう。おかげで助かったよ。カガミも儀式の前から、ずっと仕事していたでしょ? 部下と交代して、ちゃんと寝てよ」
「はい。善処いたします」
 カガミは少し頬を染めて、はにかんだ微笑を浮かべた。僕が注意を促さなくても、ちゃんと休めるように、休日を含めたローテーションづくりを言い渡さないといけないかな。
(いくらアルカ族に休息が必要ないといっても、カガミは頑張りすぎるからなぁ)
 その辺の性格までモデルにした人間に似なくてもいいのにと思うけれど、不真面目なカガミなんてカガミではないので、僕は自分の頭を殴りたくなってくる。
 ただ、僕が言うと命令になってしまうので、ハセガワあたりにそれとなく指導してもらうとしよう。休息も仕事の内だとか、なんとか言いくるめればいい。
「ところで、他のみんなは、タウンエリアに?」
「はい」
 カガミ以外の側近たちは、僕の代わりに琢磨たちを案内しているようだ。僕も急いで合流しないと。
「ん。データ処理したら、僕もタウンエリアに行くよ」
「かしこまりました」
 カガミを帰して、もらったデータを手早く処理して実装させてから、僕もタウンエリアへと渡った。

 稀人たちに住んでもらう為に創ったタウンエリアは、はじめは確かにこぢんまりとした「タウン」だったのだ。
 ただ、「農村でスローライフ」するための里山とか、「海水浴や潮干狩り」するための海浜地区とか、「自宅周辺に便利が集まったタワマン」も必要かなとか、住みたい場所のパターンを考えている内に、だんだん広がっていってしまったのは否めない。
「どこが町なのよ!」
「タウンというか、シティよね」
 水渓さんはげらげら笑っているし、七種さんの笑顔も呆れ気味だ。
「いやぁ、どういう生活がしたいか、聞いてみないとわからなかったし。備えあれば憂いなしというか」
 僕プロデュースな町づくりは、とても楽しかった。
「たしかに、町というより市だな。山にも海にも行けて、平地にも緑が多い。研究施設を兼ねた広いキャンパスに、下町風の工房街、駅前の繁華街。スーパーマーケットや商店街が点在していて、一戸建てでもマンションでも、住宅はどこでも選び放題。自分の店も持てる。……っていう、規格外さだけどよ」
「迷っちゃうね!」
 琢磨もニヤニヤ笑っているし、彩香さんの側にはでっかい秋田犬がお座りしている。ゴールデンレトリバーよりも、護衛を兼ねて秋田犬になったらしい。
(まあ、たしかに。雑踏や交通機関で無礼なことをされても大人しくできる我慢強さよりも、今回は不届き者に噛みつける勇敢さと、自己判断ができる賢さの方が大事だからな)
 忠誠心が高く、熊を相手に戦える秋田犬なら、低レベル冒険者など屁でもない。なにより、ふわもっこした毛並みを、彩香さんが気に入ったのだとか。ちなみに、名前は「みたらし」とつけたらしい。
 僕たちは今、『迷宮案内所・ひのもと町支部』の会議室に集まっている。七種さんの言う通り、町ではなく、市に変えようかな?
「それで、みんなの住まいは決まったかな?」
「はい。お手伝いさんまでつけていただけるなんて、安心しました」
 今日も少々アルコール臭がする枡出さんだが、笑みを浮かべる顔色は、昨日よりもいいようだ。
 日本にいた時のように、電話ひとつで緊急車両が駆けつけてくれて、安全を確保してくれるわけではない。基本的に一人暮らしになるので、困った時にすぐ相談できる相手がいてくれた方がいいと思ったのだ。
 ちなみに、お手伝いさん候補の容姿は、アクルックスにいる様な者を含めて様々だが、できるだけ安心感のある色彩になるよう選んだつもりだ。
「とりあえず、この町だけで生活はできるはずだから。困ったことがあれば、それぞれのお手伝いさんに相談してもらって、すぐに対応できることなら、シンジョウかオクダがやってくれるから」
「お任せください」
「よろしくねぇ」
 ハセガワたちに混じって、直立不動の姿勢を崩さない中年男性と、穏やかな物腰の老女。この二人が、タウンエリア担当として新たに起動させた、側近級アルカ族だ。