093 少数を殺して多数を生かす


 この世界の現状と異世界人召喚の儀式が始まった経緯と、僕がどういう理念で迷宮を創っているのかをまとめた資料を、五人に読んでもらっている間に、僕は中居に運んでもらったおにぎりで遅い昼食を済ませた。
「なるほど。たしかにこれは、一人でどうこうできる問題ではないなぁ」
 アルコールの補給をしないと思考がまわらないという自己申告があった、枡出和久さん。もう現役を引退して十年以上たつけれど、小中学校の先生をやっていたそうだ。
 世界の常識、人々の意識を変えるという困難な道のりは、人類滅亡計画なんかよりも大変で、一朝一夕には達成できないと理解してくれる。
「宇宙服を着ないで他所の惑星にいるって、たしかにそのとおりだと思う。こんな放射線量じゃ、何食べても内部被爆を免れないんじゃないかな」
 七種育実さんは、元は食糧開発の研究者で、ご実家が小さな食品メーカーだったそうだ。ただ、婚約者だった霞賀剛志に盗まれるように買収されてしまい、利権の一部を持っていた七種さんは逃げ回っていたそうだ。
「異世界人召喚の儀式を始めて、異世界人に邪神を封印させた。この聖ライシーカって奴が、一番あやしいじゃねーか」
 僕と同じで、ものづくりが好きな金木琢磨は宝飾職人を目指していた。そして、感性や考え方も僕と似ている。すぐに聖ライシーカの胡散臭さに気が付いた。
「同感。召喚魔法に、スキル鑑定、燿石の活用法。三種の超技術ねぇ……。いまでも原理がわかってないそれを、六百年以上も前に考えたんでしょ? 明らかに、常人じゃないわよ」
 琢磨に頷いた水渓大さんは、漁業を営む親の言いなりで水産系高校を卒業したあと、出奔して夜の世界でお金を稼ぎ、本当にやりたかった服飾関係の学校に行って、最近卒業したばかりらしい。服を作るのも着飾るのも好きなんだって。
「……えっと、これからは、旅館で暮らすの?」
 不忍彩香さんは、まだ中学二年生だ。僕も、まさかこんなに若い人を召喚してしまうとは思っていなくて、申し訳ない限りだ。
「みんなが安全に生活できる町は作ってあるよ。この旅館も、その町の中にあるんだ」
 僕は食べ終わったお皿を除けて、あらためて五人に向き直った。
「ここまでしておいてなんだけど、みなさんに謝らなきゃいけない。本当は、今回の儀式をやめさせることもできたんだ。だけど、色々事情があって、今回ばかりは成功させてしまった。みなさんの日本での人生を、取り上げてしまいました。申し訳ありません」
 座布団から降りて、手をついて頭を下げる。それだけで済むとは思わないが、僕がやったことに違いはない。
「そうだね。私などは老い先短いが、不忍さんなどは、十分な未来があった。その事情を、話してもらえるかな?」
「はい」
 枡出さんに促され、僕はいくつかある理由をすべて話すことにした。
「まず一つ目は、僕の兄にあたる人物が、あの儀式に参加させられていました。儀式に失敗すれば、命の保証はありません。でも、参加は王命で逆らえませんでした。兄は、まだ十二歳です」
 不忍さんとほぼ変わりない年齢の子供の生命がかかっていたことに、枡出さんも眉をひそめた。
「二つ目は、儀式を中止させるには、この国の中枢を麻痺させる……具体的に言えば、王族を皆殺しにするくらいです。それをやると、国内が乱れて、まだ子供である僕自身の行動範囲に制限がおこります。やっと個人の身分証が手に入る七歳になったので、両親も独り立ちを認めてくれましたが、国が平和だからこそです。
 また、この国以外で召喚儀式をすることも可能で、そうすると身動きが出来なくなった僕では、召喚されてくる稀人を助けられません。僕が到着するのに何年もかかる別大陸でされて間に合わないくらいなら、近くで保護するべきだと思いました」
「たしかにそうね」
「合理的で、私も適切な判断だと思う」
 水渓さんと七種さんも納得してくれた。
「最後に、聖ライシーカの思惑です。僕のスキルは、使いようによっては、この世界の人間を絶滅させることも可能です。僕も最初は……というか、いまでも滅びろとたまに思いますけど、それこそが聖ライシーカの思う壺だったなら、取り返しがつきません」
「どういうことだ?」
 琢磨が身を乗り出し、他の四人もより耳を傾けてくれる。
 僕はルジェーロ伯父上と話して思い至った結論を、かみ砕いて話しはじめた。
「六百年以上前に生きていて、現在のライシーカ教皇国の祖となった聖ライシーカですが、その魂はこの星に還っていません。これは、僕をサポートしてくれている、この星に巡るライフストリームの意思が教えてくれました」
「つまり、まだ生きているってことか?」
「その可能性がある、ってこと。ライシーカがこの世界の人間なのか、そうじゃないのか……それは置いておいて、いったい何が目的で、異世界人召喚の儀式を創めて、異世界人に邪神を封印させた? 僕は、そこが不自然だと思ったんだ。教典には、邪神は人の悪意を集める邪悪なもの、それ以上のことは言及されていなかったからね」
 僕が創る迷宮やダンジョンは、現在邪神と呼ばれている魔力変換システムの代替品なのだ。
「仮に、ライシーカが本当に、邪神を邪神としか認識していなかったとしよう。では、その後に普及させた、オーバーテクノロジーと言える、魔力と相性が悪い燿石の活用法は? 莫大な魔力を消費する異世界人召喚の儀式を続けさせたのは? スキル鑑定で判明した魔法スキル持ちを、教皇国の関連施設でしか教育できないのはなぜ?」
「明らかに、意図があった……この世界の魔力を消費させ、魔法を使える奴を減らすのが目的か!」
 吐き捨てた琢磨に、僕も頷いてみせた。
「そう見えるよね。魔法がなくてもやっていける、技術や科学文明をもたらした。じゃあ、この世界の魔力を消費させて、ライシーカになんの得があるのか? 僕は、ずっと疑問に思っていたんだけど、ひとつ、思い出したことがある。実はこの世界、隣り合っているもう一つの世界があって、そっちはこっちと比べものにならないくらい、魔力で満ちているらしいんだ」
 僕が迷宮に住まうアルカ族の名称を考える時に、シロからストップをかけられたことがあった。
 それは、時折この世界に押し出されてくる、『魔族』の存在だ。
「この世界の隣には、魔力が満ちた世界があって、そこから時々、魔族と呼ばれる存在が、こちらの世界に押し出されてくる。だけど、こちらの世界では魔力が薄すぎて、その存在を保つことが出来ず、すぐに消えてしまうそうだ。僕も、今までに遭遇したことはないんだけど、迷宮が魔力で満ちている関係で、いつか存在を観測するかもしれない。
 話を戻すと、魔力が薄まりきったこの世界が、隣の世界の魔力圧を返しきれなくなったなら……?」
「……なるほど。聖ライシーカという人物が、どういう陣営に属しているのかは不明ですが、この世界が隣の世界と融合、あるいは行き来が可能な拡張地、領土として併呑されることを望んでいる……かもしれない、ということですか」
 僕の考えていたことを、枡出さんは正確に言葉にしてくれた。
「そうです。残念ながら、この千年の間に、魔族がこちらの世界に押し出された件数を、正確に測ることはできませんでした。こちらの誰にも認識されない間に、押し出されて消滅した場合、カウントできないんです。増えているだろう、という前提で考えた方がいいと思います」
 “障り”の発生により、人類の生息地域が移動していったため、魔力が薄く、“障り”が濃い場所に出現されると、誰も観測できないのだ。
「そして、もしもこの世界と魔族の世界が、魔力の平準化を伴って繋がった場合。すでに異世界人召喚の儀式によって道ができた、もっと魔力文明がない地球とも繋がってしまったら?」
 五人の顔色がざっと蒼くなり、静まり返った空間に息を呑むような喉の音がかすかに聞こえた。
「これは、あくまで僕が予想した、最悪のケースです。もしかしたら、そんなことにはならないかもしれません」
「だけど、可能性は否定できないわ」
「まったく、とんでもないことだ。魔法なんておとぎ話が……いや、こうして自分の身に起こっているから否定はしないが、それが、地球の存亡にまでつながるなど……」
 水渓さんが苦々しく顔をしかめ、枡出さんも髪が薄くなった頭を抱えている。
「たぶんですけど、そのくらいの危機が予想されたからこそ、僕にこんなチートスキルが与えられたんだと思います。どうにかしてこの世界の人間を生かしつつ、魔力を増やし、さらに召喚儀式をやめさせないといけない」
 なんて無茶振りをしやがる、と内心では思っても、【環境設計】スキルのぶっ壊れ具合の理由わけに納得してしまうのは悲しいところだ。
「だから、人類滅亡は最後の手段。聖ライシーカの目的が確定しないいまは、大量殺人をしてまで召喚儀式を止められなかった。以上三つが、今回の召喚儀式を妨害しなかった理由です」
 長かった話にひとつ息を入れて、乾いた喉に唾液を飲み込んだ。緊張に、少し手が震えている。
「しかし、どんな理由があったとしても、みなさん一人一人の人生を狂わせてしまった責任の一端は、僕にあります。判断し、実行したのは、僕です。申し訳ありませんでした」
 僕はもう一度、五人に対して、深々と頭を下げた。