090 ニンジャでゴザル


 オペレーションルームで記憶に引っかかったのは、彼の名前だった。体型がだいぶ変わっていたら、遠目じゃ全然わからなかったよ。
「誰だ、お前?」
「あ……」
 僕は琢磨のことはわかっても、向こうは僕が翔とはわからない。なにしろ、見た目がショーディーなんだから。
「えっと、説明すると長くなるんで、とりあえず、ここから脱出し……するでゴザル! ……伊賀忍法、迷宮扉の術! ニンニン!」
「……はぁ」
 いきなり現れた金髪のニンジャ少年に毒気を抜かれたらしく、琢磨は僕が壁に新しく創って開いたドアに入って行ってくれた。
「おお!? なんじゃこりゃあ!?」
「ゆっくり待ってて!」
 僕は琢磨を押し込んだドアを閉めると、高そうなソファに持ってきた布切れを乗せ、それに小さなクナイを刺して止めた。
「はあっ、びっくりした」
 まさかの再会に、動悸が激しくなり、頭が混乱している。だけど、いまは急がなければ。
 念のため、部屋の窓を開けてみたが、外は掴まる場所のない外壁だった。
(こっわ。落ちたら死ぬな)
 次につなげた部屋は、特に荒れてはいなかった。
 ソファにポツンと、黒髪ロングの女の子が座っているだけ。
「あのー、シノバズ・アヤカさんですか?」
「え?」
 こちらを向いた可愛い顔の半面は、無残な傷痕に覆われていて、向かって左側……右目の上に、医療用眼帯がされていた。
「はい、そうですが……。忍た……?」
「ああ、ニンジャで……ゴザル。ニンニン」
 危ない。ジェネレーションギャップだった。
「ここは危険なので、とりあえず逃げますよ。歩けますか? 伊賀忍法、迷宮扉の術! ニンニン!」
 僕はなるべく彼女の近くの壁に扉を出し、彼女の白杖を渡す。百科事典か図鑑でも入っていそうな重いデイバッグを、扉のそばまで持ってあげた。
「くつろいで待っていてください。いま、他の人も助けてきますんで」
「あの……ありがとう、ございます」
 僕は片棒を担いだのであって、お礼を言われるようなことはしていない。僕はそう喉まで出かかった言葉を飲みこんで、微笑んで見せるにとどめた。
 シノバズさんをタウンエリアに送り込むと、僕は琢磨がいた部屋でしたように、持ってきた布切れをクナイでソファに突き刺した。この部屋には窓がなかった。
 最後の部屋には、三人がまとめて入れられている。ちょっと酒臭いおじいちゃんと、キャンプルック女子と、清潔感のあるマッチョ青年だ。
「失礼します。マスデ・カズヒサさんと、ナナクサ・イクミさんと、ミズタニ・マサルさん、でいらっしゃいますか?」
 三人とも驚いてこっちを見たので、先制して「ニンニン!」とやってやった。
「すみません、あとでちゃんと説明しますので、いまは逃げますよ」
「助かったわ! いつ剛志がこっちに気付くかと、気が気じゃなかったのよ!」
「え?」
 ナナクサさんは、キャンプルックで日除け付きの大きな帽子をかぶっていたけれど、その下の髪は巻いてあるし、ギャルというより夜職のお姉さんみたいに見える。よく見れば、両手の爪がデコネイルだ。……剛志って、霞賀社長のことか?
「君、白い杖を持った女の子を見なかったかな?」
 酒臭い割には、子供相手の優しい話し方をするマスデさんに、僕は頷いてみせた。
「シノバズさんなら、先に避難してもらいました。皆さんも、同じ場所にお届けします」
「ありがとう。わかったよ」
 大荷物を背負ったナナクサさんと、コンビニ袋を持った手が若干震えはじめているマスデさんが迷宮扉をくぐり、最後に立ったミズタニさんが、膝に両手をついて僕をじっと見下ろしてきた。
「……なにか?」
「ううん。目は青じゃないのね。火影とか、知ってる?」
 残念ながら、チャクラ弾は撃てません!
「知ってるけど、僕のは、木の葉じゃなくて伊賀の里出身って設定なの。こっちでも、ジェネレーションギャップだったでゴザル」
「ゴザル! あはは。面白い子」
 ミズタニさんって、お兄さんじゃなくて、オネエさんだったらしい。仕草が柔らかいし、歩き方もセクシーだ。
 三人ともタウンエリアに送り込むと、僕は扉を消して、最後の布切れを取り出し、クナイでソファに突き刺した。
 この国ではトイレットペーパー代わりに使うような、使い古した小汚い布切れには、閉じた瞼の図案が描かれている。
(この程度で、愚者の刃の仕業に見せかけることができればいいけど)
 明らかな密室から稀人が消えれば、どうあっても内通者がいるか、スキル持ちが関わっているとみられるだろう。扉の外の見張りは重装兵。あのミシュルト大司教が騙されてくれるとは思わないが……。
(混乱を起こせるなら、やらないよりはマシだ)
 僕はこの部屋の窓も開けると、やはりよじ登るのは難しい高さにあることを確認してから、ひとまずオペレーションルームに戻ることにした。


「ただいま」
 オフィスエリアに足を踏み入れた瞬間、僕は既視感のあるアナウンスを頭の中で聞いた。

―― 迷宮深部への稀人五名の招待を確認しました
―― ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションの、一部機能が解放されました

「……忍法、アンロックの術。ニンニン」
「おかえりなさいませ。……いかがしましたか?」
「ううん、なんでもない」
 やや虚ろな目になっていた僕は、ハセガワたちに出迎えられると、忍装束を脱いで、王城の様子をカガミに聞いた。
「ボスのご家族は、無事に王城を出られました。明日にでもカレモレ館を引き払って、本領へと戻られる予定のようです」
「よかった」
 儀式が終わり次第、すぐにブルネルティ領へ戻るとは聞いていたので、まずは家族が咎められることなく王城を出られたことで、僕は胸をなでおろした。
「キャネセル公がいたら、ごねられた可能性はありますな」
「ええ。アンタレス出現に釣られてくれて良かったですね」
 皮肉気に言うダイモンに、ヒイラギも柔らかく苦笑いを浮かべる。
「教皇国が持ってきた稀人用の鑑定機が欲しいんだけど、使節団の荷物置き場にも見張りがいるよね?」
「はい。こちらは部屋の中にも人がいます」
 おそらく、質問攻めにされるとか、琢磨のように暴力に訴えられるのを防ぐために、稀人がいる部屋には、扉の外にだけ見張りを置いていたのだろう。部屋の中にまで見張りがいたら、こうも上手く救出できなかったはずだ。
「稀人が消えたってなれば、荷物置き場も手薄になるかな?」
「可能性はありますが、それでもタイミングがシビアでしょう」
「まあ、機会があったら、遠慮なくかっぱらうから。そのつもりで」
「わかりました」
 最後に、大盛況となっているパーティー会場の様子だが、稀人四人組はさっそく貴族たちに囲まれているようだ。
 霞賀は持ち前のコミュ力で無双しているので、問題はなさそう。
 ドレスに着替えたタケシバさんは、オイルバーとザナッシュの王子二人に囲まれて、非常にご満悦の様子。
 ただ、サナダさんとヤマニシくんは、貴族たちのテンションについていけないといった面持ちで下がり、ミシュルト大司教などから情報収集をしているようだ。
「オーケー。あの四人については、様子見をしよう。すぐにどうこうされる心配はないし」
「よろしいのですか?」
 ゼーベルト王の言い草に怒った僕を見ていたカガミが、意外そうに言ってきたけれど、ちょっと引っ掛かることがあるのだ。
「うん。彼らをタウンエリアに入れるとしても、先に入れたあの五人とは、エリアを分けるかもしれない」
 それは、霞賀のクラスに僕が懸念を感じたことと、ナナクサさんが彼を避けている様子もあったからだ。
 それに、タケシバさんは現状を非常に喜んでいるようなので、命の危険があると教えても、こちらの言葉に耳を貸さない可能性がある。そんな状態で、むやみに迷宮の情報を開示するわけにはいかない。
 サナダさんとヤマニシくんにも接触したいところだけれど、いまは周りの目が多すぎる。もう少し落ち着いてからでないと、こちらが危ない。
 それらを側近たちに説明すると、僕の安全が第一な彼らは納得してくれた。
(さて、それじゃあ……何がアンロックされたのか確認しつつ、五人の様子を見に行くか)
 ひとつ片付いたら、三つくらい新しく考えなきゃいけないことが増えた気がする。おかしいなぁ。