089 要るものと、要らないもの
紫色のローブを着た偉そうな聖職者は、ミシュルト大司教というらしい。他の僧侶に、そう呼ばれているのが聞こえた。
彼がそれぞれ案内されていく稀人たちとは別に向かったのは、ゼーベルト国王とロサリア王妃が待っている控室だった。 『儀式は成功しました。無事に九名の稀人様をお迎えすることができたこと、まことに喜ばしく思います』 ミシュルト大司教の報告に、感情の読みにくい国王も、不愛想な王妃も、一瞬身動ぎをした。さすがに九人も召喚できるとは思っていなかったらしい。 『大司教におかれては、大義であった。卿の真摯な献身を、くれぐれも教皇猊下に伝えておこう』 『もったいなきお言葉。身に余る光栄にございます』 『大司教殿、私からもお礼を言います。お疲れさまでした』 『ありがとうございます。叡智の加護があらんことを』 儀礼的なやり取りを一通り済ませると、ミシュルト大司教はすぐに事務的な声と態度に切り替わった。 『九名という数は、過去の例から、成功と言っていい人数です。ですが、今回は数としては成功ですが、内容を鑑みると、少々引き下げられる評価になるかもしれません』 お付きの僧侶が資料をゼーベルト王の護衛に渡し、そこから王へ手渡される。稀人たちのスキルが書かれているのだろう。 『……ふむ、なるほど。たしかに、使える者と使えない者がいるようだな』 抑揚の少ないゼーベルト王の言葉に、僕はカチーンときたが、ぶん殴るための拳は、いまは握りしめるだけにとどめた。 『特に、カネキという男と、シノバズという娘が問題です。明らかな犯罪者クラスと、拘束ができない魅了スキル持ちは、我が国でももてなしが難しいでしょう』 『だからといって、我が国にも置いておくわけにはいかんな。教皇国が稀人を放り出すことはない。そうであるな、大司教?』 『もちろんでございます』 『ふむ……』 ぱらり、ぱらり、と紙をめくる音だけが聞こえる沈黙を、僕は怒りを堪えて睨んだ。 こいつらは、二つの国で九人をどう分けるか協議しているのだ。 『カスミガ、タケシバ、サナダ、ヤマニシ、この四人でよかろう。農家や漁師のクラスがいても、我が国では役に立たぬゆえ』 ガンッという音と共に、僕の拳が痛んだ。頑丈な指揮卓には傷がつかなかったので、まあいいだろう。 『では、残りの五名は、我が国でお預かりいたします。住んでいただく場所や、お過ごし方に関しましては、我が国にお任せいただくという事で』 『うむ……あ、いや待て。メロリアのところを優先させよ。あとは、委細任せる』 『エル・ニーザルディアに嫁がれた王女殿下も、御子が生まれたばかりでしたな。かしこまりました』 フーフーと荒い鼻息が聞こえて、うるさいなと思ったら自分の鼻息だったので、僕はいったん深呼吸をした。 「すーっ、はぁーっ……」 モニターの向こうではミシュルト大司教が退出していき、入れ替わるようにラディスタ王太子が入ってきた。 『父上、儀式は終わったのですか?』 『ああ、成功した。九人だ』 『九人!?』 ぴらっ、と渡された資料に目を通すラディスタ王太子に、ゼーベルト王は相変わらず淡々と告げた。 『そのうちの四人を、孫の護衛とする。あとの五人は、教皇国にくれてやった』 『よろしいのですか?』 『利よりも手間が多くなる。スキルが役に立たぬからといって、ただの冒険者にするのも、外聞が悪い。教皇国が不用品を引き取ってくれるというのだから、そうさせておけ』 もう一度、僕の拳が指揮卓に叩きつけられる直前に、なにか別の柔らかいものを叩いてしまった。 「うわぁっ、カガミ! ごめん! ごめん、痛かったよね?」 「いえ。これ以上は、ボスの手が傷付いてしまいます」 「うぅ〜、ごめんよ……」 指揮卓との間に手を差し挟んで、僕の拳を受け止めたカガミは、絶対に痛かったはずだ。ほら、甲が赤くなってるじゃないか。 『諸侯への紹介はそちに任せる。民への披露目は、委細宰相に任せるゆえ、そちも協力するように』 『はっ』 ラディスタ王太子が退出していくと、国王夫妻も重い腰を上げて、待機室を出ていった。パーティー会場へ向かっているようだ。 「……っはー。ムカつく、ムカつく! こんな世界、滅びればいいのに!!」 久しぶりに出た呪詛に、僕の中の僕が「そうだ、そうだ!」と応援をしている。 国王が“役に立つ”として選んだのは、以下の四人。 カスミガ・ツヨシ 年齢:30 性別:男 クラス: スキル 【異世界言語】【槍技/特級】【雷魔法】【修辞術】 タケシバ・ピュア 年齢:18 性別:女 クラス: スキル 【異世界言語】【祈り】【回復魔法】【無効/毒】 サナダ・ユウコ 年齢:45 性別:女 クラス: スキル 【異世界言語】【アイテムボックス】【調薬】【不動の心】 ヤマニシ・ハルト 年齢:22 性別:男 クラス: スキル 【異世界言語】【魔法適性/最高】【無効/詠唱妨害】【警戒】 実業家のカスミガ氏は、主人公属性モリモリ。 名前の漢字が気になるタケシバさんは、聖女ポジだろう。よく大司教がよこせって言ってこなかったな。スウェットを着ていたポッチャリ女子で、異世界転移を喜んでいた。 サナダさんは一見戦闘力がなさそうだが、役に立つと思われたのは、スキル【アイテムボックス】を持っているからだろう。真面目そうな雰囲気の女性だ。 ヤマニシくんは眼鏡をかけた大学生風の男。スキル構成はもろに魔法使いだが、ウィザードではなくてセージなのが気になる。 「……とりあえず、処分されちゃいそうな二人から救出しないと」 国王から“要らない”とされた五人の内、三人はまとまって一部屋にいるが、あとの二人はそれぞれ個室に押し込められ、扉の外には重装兵の見張りもついている。 (ミシュルト大司教は……報告書を書いているのかな?) 忙しそうに事務仕事をしているようだが、パーティーに出席するよう、王国の文官に呼ばれて行った。ああ、外交官も兼ねているんだったな。 「よし、しばらくは戻って来ないだろう。行ってくるよ」 「お気をつけて」 側近たちに後を任せて、僕は王城の目立たない場所を迷宮化して乗り込んでいった。 監視カメラ用の蜘蛛の視界があれば、そこへ扉を繋げることが可能だが、たいてい見張りがいるか、人通りがある。 実は、王城で一番人が近づかない場所がある。それは、害獣がいそうな地下ではなく、『昔事件があった場所』だ。 (うひ。染み付いた臭いがすごいな) 幼いロロナ様とライノが害獣に襲われた庭園は、長い間“障り”避け置き場となっていた。庭園に繋がる廊下は、扉も窓も板で覆われ、誰も通ることはない。 僕はオペレーションルームがあるオフィスエリアから、まずは王城の、この誰もいない、臭くて暗い廊下へと扉を繋げた。なるべく積もった埃を舞い上げないように、そっと廊下の隅に足を置く。 ここから、見取り図と蜘蛛からの情報を頼りに、一気に稀人がとらわれている部屋に扉を繋げる。 「くそっ、ふざけやがって。あぁ、クソッ!」 (まだ怒っているのか、この人。元気だなぁ) 扉を開けた先では、倒されたり投げられたりした調度品が、壊れて散らばっていた。その向こうに、怒りに荒れた中年男性の背中が見える。 「もしもーし。すみません、カネキさんですか?」 「あぁ……ッ!?」 ドスの利いた声を出しながら振り向いた顔に、僕はあっけに取られてしまった。そして、それは僕を見た相手も同じだった。 「へ? ニンジャ? ナンデ?」 「に……ニンニン!」 そこはイヤーッ、じゃないのか、とか、ドーモ、カネキ=サンじゃないのか、とか言わないで欲しい。たしかに、いま僕は、昔TVアニメになったクルクルほっぺな忍者くんを真似した、青い忍装束を着ている。人差し指を立てた拳を、もう片方の手で包んで、そっちも人差し指を立てた、忍者ポーズもしている。中身が日本人だってわかってほしかったから。 だけど、それよりも……。 「お前……タクマ? 金木琢磨か? 佐鳥南小と、佐鳥第二中だった……」 「え……?」 万馬券の換金チャンスを失った小太りな中年男、カネキ・タクマは……。僕の……善哉翔の、幼馴染だった。 |