088 稀人


 今回召喚された日本人は、男五人、女四人の、合計九名だった。
 正直、予想よりも多い人数だったが、三十人も四十人も来られるよりもマシだ。
 ただ、その年齢の幅に、僕は眉をひそめることになる。
「一番年上がおじいちゃんで、一番年下が……中学生くらいか?」
 しかも、その中学生に見える女の子は障碍者か怪我人のようで、細い杖を持っていた。バランスを崩して座り込んでいた彼女に、近くにいたコンビニ袋を持ったおじいちゃんが、慌てたように声をかけに行っている。
 他には、登山かキャンプにでも行くような格好で大きなリュックを背負った女の人や、ジャケットを着てスマホを持ったビジネスマン風の男性、自室でリラックスしていたかのようなスウェットの上下を着た女の子や、新聞紙らしきものを握りしめた小太りな中年男性などが目立つ。
 そして、一番に声を上げたのが、その新聞紙を握りしめた小太りな中年男性だった。
『おいぃ! なんだよここは!? なんだよ、オメェら!』
 混乱しているとはいえ、いきなり怒鳴るとは扱いにくそうな人だなとは思ったが、その理由には納得できた。
『ふざけんな! 万馬券だったんだぞ!! チクショウが!!』
「それは、うん、ご愁傷さまだ」
 換金する前に連れてこられたなら、それは頭に来るだろう。僕は召喚とは別の理由で、すこぶるタイミングが悪かった彼に同情してしまった。
 とはいえ、教皇国の僧侶につかみかかるのは無謀だ。すぐに重装兵が来て引き剥がしていく。
『放せ、コノヤロウ!』
『い、異世界転移? これって、異世界転移だよね? まじで? やったー!』
『あ? え、もしもし? は? 圏外?』
『うそでしょ……』
 稀人たちのそれぞれがそれぞれの反応を示しているなか、儀式責任者の司教が手を振ると、数人の僧侶と重装兵が、なにやら見覚えのある機材を持って近付いていく。
「カガミ、上から迷宮範囲を広げるから、蜘蛛を近付けて! 鑑定機だ!」
 この世界の金持ち用に貸し出されている鑑定機は、僕も五歳の時に見ている。だけど、稀人用の鑑定機は、似たような形でも大型だった。
(しかも、二台持ち込んでいやがる。片方かっぱらうか)
 きっとイトウが喜んで解析してくれるだろうから、盗むことは確定だ。
 貴重な機材のはずだから、多分故障したとき用の予備として、二台持ってきたのだろう。


稀人 カネキ・タクマ
年齢:48  性別:男
クラス 義賊ソーシャルバンディト  状態:肥満/激怒
レベル −
スキル 【異世界言語】【鑑定/宝飾・美術】【浪費】【煽動】

稀人 ナナクサ・イクミ
年齢:27  性別:女
クラス 農家ファーマー  状態:精神疲労/強い焦燥
レベル −
スキル 【異世界言語】【動植物育成】【鋭敏/舌】【頑強】

稀人 マスデ・カズヒサ
年齢:75  性別:男
クラス 教導者ティーチャー  状態:酒精依存/やや混乱
レベル −
スキル 【異世界言語】【魔法適性/中】【分析】【放蕩】

稀人 シノバズ・アヤカ
年齢:13  性別:女
クラス 歌姫ディーヴァ  状態:右眼球欠損/平静
レベル −
スキル 【異世界言語】【美声】【無効/心身拘束】【魅了/傾国】

稀人 カスミガ・ツヨシ
年齢:30  性別:男
クラス 先導者ベルウェザー  状態:健康/やや混乱
レベル −
スキル 【異世界言語】【槍技/特級】【雷魔法】【修辞術】

稀人 ミズタニ・マサル
年齢:28  性別:男
クラス:漁師フィッシャー  状態:健康/やや混乱
レベル −
スキル 【異世界言語】【風読み】【水泳/上級】【槍術/並級】

稀人 タケシバ・ピュア
年齢:18  性別:女
クラス:巫女メディウム  状態:肥満/興奮
レベル −
スキル 【異世界言語】【祈り】【回復魔法】【無効/毒】

稀人 サナダ・ユウコ
年齢:45  性別:女
クラス:薬師ファーマシー  状態:健康/平静
レベル −
スキル 【異世界言語】【アイテムボックス】【調薬】【不動の心】

稀人 ヤマニシ・ハルト
年齢:22  性別:男
クラス:賢者セージ  状態:健康/やや混乱
レベル −
スキル 【異世界言語】【魔法適性/最高】【無効/詠唱妨害】【警戒】


 鑑定された人からもれなく記録していったが、まったく、そうそうたるスキル群だ。しかも、一人につき四つも持っている。
 稀人は、クラスなんてものも確定しているらしい。職業か称号に相当するのだろうけれど、単純にこの世界の人間の職業と同じではなさそうだ。
 これなら、この世界基準のレベル制ではなくとも、やりようによっては充分に世を渡っていけるだろう。生存に適さない環境だという事は置いておいて。
「……ん?」
 少し記憶に引っかかった僕は、もう一度それらステータス群を見直そうとしたが、その前にビジネスマン風の男の顔を見て、別の記憶を刺激された。どこか、見覚えがあり、まじまじと彼の顔と鑑定結果とを見比べた。
(カスミガ……まさか、霞賀コーポレーションの社長か!?)
 健康食品やサプリメントで急成長した、新進気鋭の会社だ。メディアへの露出が高く、僕もCMなどで彼の顔をよく見かけていた。まさか、そんなセレブを召喚してしまうとは、思ってもみなかった。突然行方不明になったなら、向こうは大騒ぎになっているだろう。
 霞賀社長のトークは軽妙かつ説得力があり、年齢問わずファンが多かった。彼のスキルに【修辞術】があるのは、当然かもしれない。
(しかも、特級の【槍技】に、【雷魔法】だと? ほぼ主人公じゃねーか)
 僕も雷属性の武器を使っているけれど、それを魔法としてバンバン使えるなんて、うらやましい限りだ。
 しかし、気になるところもある。
(ベルウェザー……って、先導者って意味だっけ?)
 直訳すれば鈴をつけた去勢羊なので、先導者で間違いではないのだけれど、どちらかというと、反乱の先導者とか首謀者とか、そういう意味合いじゃなかったか?
(僕も鑑定では、スキル【環境設計】の他に、『迷宮建築家ラビリンスクリエイター』と出てきた。あれがクラスに相当するのだとしたら、もう少し意味があるかも)
 建築家や設計士は、普通、アーキテクトと訳される。だけど、僕の場合は創設者クリエイターだ。
 これはおそらく、箱モノとしてのダンジョンだけでなく、迷宮都市の運営に関する組織作りなんかも含まれているからだろう。空前絶後のクラス、という意味もあるかもしれない。
 と、すると。霞賀社長のクラスには、単純なリーダーという役割以外の影が見えてくる。
(……怪しいな)
 僕は若き実業家の隠れた一面を覗いてしまったような気がして、ひとまず詮索を後回しにした。
 その間にも、あの紫色のローブを着た、司教だか枢機卿だかわからんエライ奴の判断で、稀人たちは仕分けられ、儀式会場から別々に連れ出されて行った。
「追跡して」
「はい」
 僕はモニターを注視しながら、彼らを救出するタイミングを待った。