087 異世界人召喚の儀式


 監視カメラ用の蜘蛛も、王城の中に設置するのは限界がある。人の出入りが多いし、なにより王族の居住区間は掃除が行き届いている。見つかりやすいのだ。
 それでも、異世界人召喚の儀式が行われる今日は、ゼーベルト王をはじめ、王妃と三人の王子が揃っていた。
 その様子を、今日はカガミだけでなく、他の側近級アルカ族五名も集まったオペレーションルームにて、僕と一緒に儀式が始まるのを待ちながら眺めている。
(うーん、だいたい噂通りに見える)
 長年の心労に耐えたロロナ様の容姿を見ていたので、ゼーベルト王の歳のわりに老いた姿を見ても、さほど驚きはなかった。よく言えば動じない貫禄と見えるが、この世界の平均的な人間と比べて、感情が鈍磨しているように見える。
 ロサリア王妃の噂はあまり聞かないが、笑顔に乏しい人だなというのが第一印象。夫のように表情筋が動かないというより、不満顔、仏頂面で固まっている感じだ。僕の母上も眉間にしわが寄るタイプだけれど、王妃様の場合は険しいというより不愛想なのだ。
 二人は会話らしい会話もなく、ひとつの部屋で待機している。退屈じゃないんだろうか?
 対して、忙しそうに動き回っているのは、自分の配偶者に対してモラハラ疑惑のあるラディスタ王太子だ。たしかに、パッと見は有能そうだ。官僚への指示も的確だし、外国からの賓客への対応もそつなくこなしている。ただ、言葉の端々に、嫌味というか、遠回しに貶しているというか、それとなくガスライティングしてくる嫌な奴・・・ムーブが隠しきれていない。
 "真実の愛"量産型軽量頭のオイルバー王子も、パーティー会場で貴族たちの対応をしているけれど、実際は同世代の令息たちと一緒に、令嬢たちをナンパしているだけのようだ。兄を手伝おうともしていないが、むしろ邪魔になるとでも言われているのかもしれない。
 次男のオイルバー王子よりも、三男のザナッシュ王子の方が、相手をしている貴族たちの年齢層が高い。
(ん? ……ザナッシュ王子って、めちゃくちゃ美形って噂だったよね?)
 ネィジェーヌ姉上と同じくらいの年齢だから、たぶん十四歳くらいだろう。同世代のカルローと比べてスリムな体形だし、不愛想なロサリア妃の子供とは思えないほど、無邪気な笑顔を振りまいている。
 たしかに両親の良いパーツをとった顔の造りをしているようだけれど、輝くような美形とは言い難い。美醜なんて個人的な主観によると思うけど、それにしても兄二人より飛びぬけて美少年とは言えないだろう。
 あのくらいなら、同じ年齢になったモンダート兄上の方が、ずっとかっこいいと思う。
「……ザナッシュ王子って、魅了系のスキル持ってたっけ?」
「魅了系と言っていいかわかりませんが、【幻惑魔法】を持っています。ただ、教皇国が認識している『幻を生み出すだけの無害な魔法』としか教えられていないので、精神魔法系統として使いこなしているとはいいがたいですね」
「なるほど」
 カガミの解説に、僕は納得したと頷いた。
 監視モニター越しなので、僕たちにはザナッシュ王子の幻は見えていないようだ。対策をしないで相対すれば、きっと超絶美少年王子に見えることだろう。
「ザナッシュ王子って、儀式に参加する……わけないか」
「はい」
 ですよねー。
 下手をすれば命を失う、危険すぎる儀式に、王族が参加するわけがない。対外的には、まだ若いから保有魔力量が少ないとか、そういう理由をつけているんだろう。
(ザナッシュ王子よりも若い、モンダート兄上が儀式に貢献して目立ったら、どんな顔をすることやら)
 血筋で言えばロロナ様も含まれるが、現在の王家では、ザナッシュ王子のみが、魔法スキルを所持しているそうだ。あとは、里帰り中のマナ王太子妃が、【色彩感覚】というスキルを持っているらしい。
 生まれてくる子供にスキル持ちを期待しているのが、よくわかる。
「思っていたよりも、大所帯で来たんですなぁ」
「護衛が多すぎやしませんか?」
 かかっただろう費用の大きさにダイモンは感心しているし、ミヤモトは物々しさに眉をひそめている。
 儀式の会場は、内も外も教皇国の重装兵で固められ、王国の近衛兵すら近寄らせてもらえていない。それってどうなんだ、舐められすぎだろうとは思うが、稀人が我が国に来さえすれば、王家や貴族たちはそれでいいのかもしれない。
「あれが、今回の総指揮を執る……大司教?」
 ひときわ豪奢な紫色のローブに身を包んだ壮年の男は、重装兵たちに見劣りしない体格があり、眼光も鋭く、聖職者というイメージからは少しずれているように思う。
(まあ、そういう聖職者がいないわけではないけれど)
 日本でも、僧兵とか、修験者とか、いたわけだし。ただ、モニターに映る男に、異世界人召喚の儀式をやる人、という雰囲気はない。
「あれはおそらく、外交官です。政治的権限を持った、高位聖職者……そうですね、ボスがいた世界の歴史に出てくる枢機卿とか、イメージありませんか?」
「ああ」
 ヒイラギに例えてもらって、なんとなくわかった。貴族階級の人間なら、体を鍛えていても不思議ではないし、そもそも魔法使いではないのだろう。
 儀式の会場に、いよいよ魔法使いたちが連れてこられて、僧侶たちが示す位置にスタンバイしていく。
(兄上……)
 あきらかに、一人だけ幼いほどに若く、一目で上等とわかるローブを着て、アクセサリーをいくつも身につけている。僕がプレゼントした装備が、兄上を護ってくれると信じるしかない。
「蜘蛛たちに魔力石の搬出を準備させて」
「はっ」
 儀式会場の天井沿いに、びっしりと張り付くようにつくった小さな迷宮空間に向けて、僕は小豆サイズの魔力石をザラザラと送り込んだ。これを迷宮空間の外に押し出すことで、少しでも兄上の負担を軽くするのだ。
「シロ、地球のデータはなんでも取り込んで。自然環境だけじゃなくて、時間や動植物、人工物もだよ」
『はい』
 声だけが聞こえてきたシロは、これから地球の魔力からのデータ収集に集中してもらう。
 シロたちには理解できなくても、召喚されてくる稀人に知識があれば、それを利用してもらうことができる。材料データは、あればあるほどいい。
「儀式が始まります」
「魔力石を押し出せ!」
 監視カメラ用の蜘蛛たちが、脚でつかんだ魔力石を、迷宮範囲の外へと放り投げていく。
「うわっ」
「えっぐ……」
 思わず出たらしいミヤモトとイトウの声を聞きながら、モニターを見詰める僕も顔をしかめる。迷宮範囲の外に出た魔力石は、蒸発するように一瞬で崩れて消えていった。
「どんどん放り投げていって」
 僕が迷宮空間へ魔力石を補充し、蜘蛛たちはそれをぽいぽいと投げていく。
 そのうち、床に描かれた魔法陣が白く発光を始めたが、すでに魔法使いの何人かは魔力枯渇を起こしかけてフラフラしている。
(兄上は……まだ大丈夫)
 僕がプレゼントした、大きな地属性魔石をはめ込んだ杖を両手でつかみ、両脚でしっかりと踏ん張っている。しかし、アクセサリーにはめ込まれていた魔力石のいくつかが、すでに崩壊しているようだ。
『まもなくつながります!』
 シロの声と共に、モニター越しでも眩しい光が溢れ、キンと耳鳴りのような音が響いた。
 成功だ、というモニター越しの声で、眩しさに瞑っていた目を慌てて開く。
「……!」
 へたり込んだり、倒れたりしている魔法遣いがいる中で、魔法陣の中には十名近い稀人……日本人の老若男女が、ぽかんとした表情で立っていた。
「マジかよ……」
 異世界人召喚の儀式によって、日本人が転移してくる。知ってはいても、それを実際に見た衝撃は、想像を超えていた。
「あ、兄上は!?」
 驚いたのか、疲れたのか、モンダート兄上は尻餅をついていたが、魔力枯渇も怪我もなさそうだ。待機していた僧侶に促されて自分で立ち上がり、自分の足で歩いて儀式会場から退出して、両親が待っている控室に向かっていった。
「よかった。あとは、父上たちにお任せしよう」
 ひとまず胸をなでおろした僕は、シロに声をかけた。
「シロ、どう?」
『あなたが求める基準に達しているか自信はありませんが……成功しました』
「よし。直ちにそのデータをタウンエリアに適用する。こっちでも見られるようにしておいてくれ」
『わかりました』
「イトウ、ミヤモト、分析にあたってくれ」
「りょっ!」
「了解しました」
 ぴっと敬礼をしたイトウは白衣をひるがえして、ミヤモトも深く頷いて、オペレーションルームから小走りで出ていった。
「……」
「旦那様」
 ハセガワが背中をさすってくれたおかげで、僕は震える両手を握りしめ、唇をかみしめながらも、もう一度モニターを見るために顔を上げることができた。
「旦那様の罪ではございません。我々の罪でございます」
「最終的な判断は僕がしたんだ。こうなった理由はたくさんある。だけど、兄上を死なせたくなかったのは、たしかに僕のエゴなんだ」
 謝って済むことではない、僕の罪が、人の形をして、この世界に立っていた。