086 恨まれる覚悟
無数のダンジョンを出現させて三日後。
冒険者たちの動きは慌ただしいが、それ以外の一般人は、相変わらず異世界人召喚の儀式の方に注目がいったまま。迷宮に関する噂は『魔法都市アクルックス』に関することばかりで、新たに出現した『葬骸寺院アンタレス』について知っている者はほとんどいない。 ただ、案の定、公方家の連中は、密かに僕の行方を捜し始めた。カレモレ館にはいないし、王都の南城門を出たという情報もある。ところが、僕の旅券は国境でチェックされており、すでに国内にはいないことになっている。 僕はオペレーションルームにて、カガミと一緒に王都の様子を窺っていた。 「キャネセル公は儀式をすっぽかして、領地に戻りましたね」 「耳が壊れそうだって父上が言っていたけど、たしかに、あの声は耳に突き刺さる」 僕たちが監視しているとも知らないで、中年男性の体から出ているとは思えない、金属的な声で怒鳴り散らすキャネセル家当主イルヴァの姿は、うんざりするほど見苦しかった。 やはりというか、僕の父上を呼びつけて、迷宮に対する姿勢を同調しろとか言っていたけど、父上は自分の領地では上手くやっているのだから攻撃なんかしないと断った。公方家に逆らうのかとイルヴァがさらに発狂したので、冒険者ギルドと繋がっているヨーガレイド家当主ラムズスが仲裁に入った……のだけれど、ラムズス卿を若造と侮っているらしく、言う事なんか聞きもしない。 「いまは異世界人召喚の儀式を控えていますので、王家が参加を要請したブルネルティ家に手を出すわけにはいきません。ですが、終わったら、本当にブルネルティ領にまで攻め込んでくるかもしれません」 「それを牽制するためにも、スオウ達には、派手に、徹底的に、やってもらう。同様に、キャネセル家にも、アンタレス攻略を簡単にあきらめてもらっては困る」 『葬骸寺院アンタレス』は、本来は山の上など、天然の要害に設置するよう設計した。それを、いまはわざと平地に設置して、攻め込みやすくしてあげているので、キャネセル軍には大いに頑張ってもらいたい。 (平地の方が、スオウにあげたエクストラスキルが活きるなんて、あいつらは知らないだろうし) 作るのを躊躇していた割には、なんだかしっくりきすぎて、ほいほい作ってセットしてしまったんだよな、エクストラスキル……。 「キャネセル領で二、三回撃退したら、予定通り、アンタレスはサムザ川の中州に転移させる。そこでもまだ、公方家や王家が武力行使してくるようなら、また数回撃退したのち、ロボ山に移す」 ロボ山は、リンベリュート王国と旧ニーザルディア国の境にある、大渓谷を構成する山脈の一部だ。領土的にはリンベリュート王国外となるが、そこへの到達ルートは、リンベリュート王国からしかない。 「そこまでやっても……王国軍を向かわせてくるかなぁ」 「すっぱり諦めるとは思えませんが、少しは慎重になると思います。また、拡張した軍備を、アンタレス攻略に向けるならいいですが、ブルネルティ領のアクルックスに向かわせるようでは困ります」 「そのためには、時間稼ぎをしている間に、アクルックスを必要とする人間を集める。王家や貴族が触手を伸ばしても、すでにアクルックスと友好関係を築いて利益を上げられている、各ギルドが反発するはずだ」 ただ、敵は王家や貴族だけではない。 「迷宮が稀人を匿っていると知れたら、怒り狂ったグルメニア教とライシーカ教皇国も攻めてくるだろうな。この国の王家と貴族たちと潰し合ってくれれば、万々歳なんだが」 教皇国の注意をそらすためにも、その頃にはリンベリュート王国以外の地域にも、迷宮を出現させていかなければならないだろう。忙しい限りだ。 「王家や公方家が僕の家族を捕らえようとする動きがあれば、すぐに教えて。あいつらのことだから、教皇国に売る可能性がある」 「かしこまりました」 王城にはすでに、儀式に参加する魔法使いが集められている。キャネセル家が僕の父上を呼びつけたように、モンダート兄上には他の魔法使いが絡んできた。 その出自や肩書は色々だが、みんな大人で、兄上はその中で最年少だ。魔法スキルを授かってまだ二年ほどの子供だと、あからさまに侮ってくる者がほとんどだ。 特に、一時は兄上の家庭教師を務めていた男など、兄上を落ちこぼれだと完全に馬鹿にしていたけれど、兄上は反論もせずに無視をしていた。どうやら、貴族のあしらい方や心構えを、ロロナ様からレクチャーされていたらしい。 ただ、魔法使いの中にも一人二人はまともな人がいるようで、兄上から熱心にアクルックスの情報を聞いていた。王妹のロロナ様も魔法学園にいることを知ると、この儀式が終わったら、冒険者ギルドか職人ギルドに登録して、絶対にアクルックスに行くと言っていた。 (ロロナ様が持っている冒険者証は、僕が持っているのと同じ職員用の物だしなぁ。アクルックスは魔道具の生産ができるから、魔法使いや錬金術師が気軽に入れるような制度を作った方がいいかな) 魔道具を作るには、材料や物理的な仕組みの他に、魔法陣の知識も必要だ。それなのに、これらの知識を持っていた国や民族は教皇国から迫害を受けて、凄く少なくなってしまっていた。燿石の道具が普及している今は、ほとんどロストテクノロジーと言っていい。 (魔道具職人見習い専用枠として、アクルックスかミモザに迎え入れる用意があれば、職人ギルドも魔法使いにギルド証を発行するかもしれないな) 後日、僕はルナティエやヒイラギに相談して受け入れ制度を作り、職人ギルドに伝わるようアクルックスからお触れを出してもらうことにした。 魔法陣と言えば、異世界人召喚の儀式も、魔法陣が使われるようだった。 会場となる王城内の聖堂は信徒席が片付けられ、厳重な警備の中で、床に青白い線が引かれていく。 (あれが、教皇国の重装兵か……) 明らかに、我が国の技術レベルとは一線を画す、純銀の輝きを持つフルプレートメイル。聖堂の警備と、教皇国の僧侶たちの護衛とに分かれているが、規律正しい動きで、不平不満を含めた無駄口をたたく者は一人もいない。 全員が何某かの戦闘用スキルを持ち、一般人にはありえない高レベルだというのは、シロから引き出された情報にある。 (そういえば、教皇国に“障り”はないはずだな? 害獣もダンジョンもないのに、どうやってレベルを上げているんだ?) 国外まで、わざわざ害獣討伐をしにいって、レベルを上げているのだろうか。しかし、それでは現地の冒険者ギルドとの間に軋轢が生まれかねない。 いま考えてもわかりそうもなかったので、僕はいったん、そちらの詮索をやめて、監視モニターの向こうで起きていることに集中した。 「……。あの魔法陣のデータって、取ってるよね?」 「はい。シロが持っている、過去の召喚魔法陣と照合中です」 「あの塗料については?」 「塗料?」 僕が気になったのは、魔法陣を描く材料である、青白い塗料だ。 「たぶん、魔力が込められた材料が使われていると思うんだけど、教皇国にそんなものあるのかな?」 「少々お待ちください」 カガミが調べてくれたところによると、塗料には魔獣の体内にある魔石を混ぜてあるらしい。 「留意すべき点は、それが五百年以上前の話だということです。以降、製造に携わった者たちの記憶によれば、最初から材料が用意されていたそうで、“障り”が蔓延し始めた頃からは、新たに魔獣を狩って、魔石を取り出した、という記憶も記録もありません」 「本当に初期の頃の話なんだね。教皇国にそれまでに狩った魔獣から取り出した、魔石のストックがあるという可能性もあるけれど、半世紀ももつとは思えない」 「同感です。教皇国の人間でも、その材料のすべてを知っている者は少ないようです。材料の一部に至っては、聖女の魔力結晶だとか、聖ライシーカの賜物などと呼ばれ、いつの間にか用意されているらしく、誰も製造にかかわっていません」 「怪しすぎるだろ。なんだそれは」 異世界人召喚の仕組みに関しては、当然、教皇国の機密にあたる。その材料の秘密だって、教皇国の奥深くに隠されていることだろう。 「……やれやれ。焦っても仕方がない。儀式のデータだけは、しっかり取っておいてくれ。次はないに越したことはないが、あるとしたら、二十年や三十年も後になるだろうからな」 「かしこまりました」 そして、召喚儀式に臨むにあたって、僕はもう一人に釘をさしておくことも忘れなかった。 「シロ。地球の環境データ、ちゃんと取っておいてよ。それによって、稀人が生きられるかどうかが変わるんだから」 『はい。がんばります』 僕と同じ顔をした真っ白な少年が現れ、両手を握って気合を入れている。 保護した稀人たちに暮らしてもらうタウンエリアの環境は、地球と同じにしなければならない。 地球人は、どう頑張っても、この世界では数年しか生きられない。いくら僕のスキル【環境設計】で迷宮を創れると言っても、それはこの世界が基準になっている。地球のデータがなければ、稀人が生きられる環境を構築することはできない。 召喚されてくる地球人を保護するために僕は転生させられたけれど、肝心かなめのところは、召喚魔法が発動中に地球の魔力から環境データを読み取れるシロにかかっているのだ。 (……胃が痛い) 大きなプロジェクトの前は、誰だってそうだろうけれど、僕としてはその後のことも気が重かった。 本当なら、召喚儀式自体を止めたかった。だけど、さまざまな理由から、今回はやむを得ないと判断した。 (だけど、それは召喚されてくる人にとっては、関係がない。意味のないことだ) 恨まれることを、あらためて覚悟して、僕は僕の仕事を遂行するために、それ以上余計なことを考えるのをやめた。 異世界人召喚の儀式は、翌日に迫っていた。 |