082 迷宮主の仕事と私怨
年が明けたばかりの寒い日々には、雪が降ることもある。
それでも、吹雪にならなければ、僕はエースの大山羊車に乗って、あまり状態のよくない道をガタゴトと進んでいく。 寒いから箱車の外に出てはいけない、とハニシェに言われているので、僕は毛布にくるまって、湯たんぽを抱えながら座席でうつらうつらしている。夜はアトリエに籠って、迷宮創りが忙しいからね。 (子供の体で昼夜逆転生活はいかがなものか) 迷宮の発現仕様上、僕が地上を移動しないといけないので、これはどうしようもないことだ。 今は実装するための迷宮やダンジョンをたくさん造らなければいけないし、僕が子供だから移動にも大山羊車を使わざるを得ない。だけど、ある程度迷宮やダンジョンのストックが出来たら、もっと身軽に移動したい。効率アップのためにも、早めに乗馬とか習った方が良さそうだ。 ソルとスハイルが座っている御者台の様子はわからないが、運輸ギルドのルドゥクから買った地図と、うちのカガミから提出された地図があるので、二つを突き合わせていれば道に迷うことはないだろう。 (二人とも、方向音痴ではなかったはず) 方位磁石が使えないので、天気が悪いと方角がわからなくなる。だから、晴れている日以外は、目印になる物の近くや、町の周辺でしか進まないようにしていた。 王都を出発した僕は、王都から国境までの北東部をざっと回った後、今度は北西部から南西部にかけて、大きく回っていた。 ちなみに、南東部にブルネルティ領があるので、そちらにはいつでも行くことができるから後回しだ。 (候補地の中でも優先的に見て回りたいのは、古戦場と、星を巡る流れのある場所だな) 現在のリンベリュート王家が侵略してくる前にも、この土地には人が住んでいた。ただ、そのほとんどが、分裂前のニーザルディア国から何らかの理由で出てきた人たちだった。 リンベリュート王国の領土は、ほとんど山で囲われた盆地で、峠と深い谷が、いまは人が住んでいない旧ニーザルディア国領と、隣のオルコラルト国とを隔てていた。 寒冷だが水が豊富な国土には、麦や豆、根菜が良く育つ。カレモレのような寒さに強い果樹も、たくさん栽培されている。年輪を重ねた大樹も多く、材木も輸出品目だ。周囲の山脈から鉱石は取れるが、あまり種類は多くないようだ。 そんな土地を、いくつもの貴族家が広く領地として持ち、その周辺をブルネルティ家のような貴族未満の領主が治めている。 「……ん?」 そのとき、大山羊車が停まる動きで、半分寝て半分起きているような状態だった僕の体が揺すられた。 「旦那様、着きました」 ハセガワを習って、僕を旦那様と呼ぶようになったソルが、扉の外から聞こえてきた。まだ片言だったりするが、この短期間でだいぶニーザルディア語を話せるようになっていた。 僕の教皇国語? 聞かないで。 「あい。いま行くよ」 目をこすりながら毛布をどかし、僕は代わりにマントを巻きつけて大山羊車から降りた。 「さっむ!!」 足元から、ひんやりとした空気が体にしみ込んでくるようだ。道は霜が解けて泥濘と化しており、エースの体重では蹄が深く沈んでしまいそうだ。 「ひい、街道なはずなのに、すごい悪路」 転ばないように気をつけて大山羊車をまわりこむと、なだらかな平原の中に横たわる大河が見えた。 「おおー。あれがサムザ川か」 リンベリュート王国内を大きく蛇行しながら、およそ西から北東へと流れていく河川だ。生活用水や農業用水に取られるが、その流れの先は、旧ニーザルディア国との境である大渓谷へと落ち、やがて北の海へ繋がっていくそうだ。 「あれが、これだと思う」 遠くの地形と、手に持った地図とを順に指差すソルに、僕もその手元を覗き込んで頷いた。 「そうだね」 見渡す先には、広いサムザ川にある中州と、そこから少し下った場所にある船着き場がある。橋を架けるよりも、渡し船を出した方が楽なのかもしれない。 ここは、公方家として独立された第一王女セーシュリー・ヘレナリオ様の領地で、サムザ川の向こう側が、貴族のマコルス家の領地だ。マコルス家は、伯母上の実家であるゼーグラー家と同じ、公方のレアラン家の傘下だが、やや気弱で穏健な領主だと聞いている。 僕は、領地の境目にある中州を、次の迷宮を出す 「よし。箱庭に戻って、お昼ご飯にしよう」 「「かしこまりました」」 僕はスハイルが手綱を取る大山羊車を、人目につかないところへ誘導して先に箱庭に戻すと、それに続いた。 お昼ご飯を食べたら、今度はソルを御者に別の場所を進んで……と、最近は毎日こんな調子だ。 箱庭で休むので街中に入ることは滅多にないけれど、行く先々がたいてい“障り”が濃い場所なので、害獣に襲われることはそれなりに多かった。襲われたとしても、エースを急がせて振り切るか、向こうの方が速いなら、僕たちで返り討ちにしていた。 体中にたくさんの耳が付いた狐に似た害獣『シェルイヤー』、口が頭ごと左右に裂け割れる栗鼠に似た害獣『ナッツクラッカー』、六本以上の脚で駆けてくる狼に似た害獣『グレイガスト』。一度など、熊に似た害獣『ブラッディ』の特殊個体と思われる、頭が三つに、脚が八本に増えた、バカでかい奴に遭遇した。さすがにそれは、僕とソルとスハイルの三人がかりで倒した後で、近くの町の冒険者ギルドまで運んだよ。 そういう戦闘の時、ソルとスハイルから揃って「ナンデスカソレハ」って、白目むかれたのは、僕の専用武器。見た目はただの金属製布団叩きだよ。雷属性が付与されていて、『ブラッディ』も一撃で昏倒させられる高出力スタンラケットだけど。あと、振り方によっては雷撃を飛ばせる。すごいでしょ。 地面が鉄の岩盤だとか、強い磁力を帯びている所だと、雷撃が散らばったり目標から逸れたりするかもしれないけれど、電気の性質があまり知られていないこの世界なら、初見で対抗されにくい武器だ。 武術を習っているわけでもない、完全インドア派な僕が、剣や弓を扱えるはずがない。あと、魔法スキルも持ってないんだし、こういう遠近両方をカバーできる武器でないと、安心できないんだよね。 (あと、シティボーイ(笑)だった僕は、あんまりグロ耐性高くないし) 魚の捌き方は前世で母さんに教わったけど、植物についた害虫を潰すのさえ嫌だった。やむを得ず命を奪うときも、できれば、感触なくやりたいよ。 そんな感じのことをボヤいたら、ハニシェとナスリンにちょっと生温かい目で見られてしまった。 「そもそも坊ちゃまは、そういうことをされるために旅に出たわけではないのでしょう? 荒事は、スハイルさんとソルさんに任せておけばいいのですよ。そのために雇われたのですから」 「旦那様は、とてもお優しい方です。どんな命も、大事。とても、いい人です」 ハニシェはともかく、ナスリンはなんだか、僕の評価がちょっとおかしいんじゃないだろうか? 稀人に対する意識の改革をするために話し合ってから、どうも僕を聖人かなにかだと思っているように感じてならない。 (聖人……宗教……うーん、やってみる価値はあるか……) この世界に蔓延るグルメニア教は、『稀人の知識』を信仰している。もたらされる知識が絶対に正しいとされ、それを力として支配圏を広げてきた。 ならば、その知識が育まれる土壌となった、『稀人の キッチリした物でなくともかまわない。日本人の精神に馴染んだ、「お天道様の下を歩けないようなことはするな」とか、「なんにでも神様が宿るのだから敬意を失ってはならない」とか、そういう どうせ教皇国やグルメニア教とは対立するのだから、もっと大胆にグリモワールを活用していってもいいかもしれない。 (昔話や童話はグリモワールの絵本として出してあるし、道徳的教訓とかをまとめたグリモワールを、教典代わりに積極的に出すべきか。よし、ヒイラギたちに相談しよう) そういうグリモワールが出るダンジョンとして、次に地上に出す予定の迷宮都市『葬骸寺院アンタレス』は相応しいと思う。 (また迷宮都市が出たら、まあ、大混乱だろうね。稀人を召喚して異世界の知識を独占しようなんて不届き者どもも、富と知識をもたらす迷宮を独占しようなんて厚かましい者どもも、さっくさっくと呑み込んでしまおう) 僕は決して、ナスリンが思っているような、命に対して平等に優しい人間ではない。自分が生きるために奪った命に敬意を払うものの、自分の手で殺生をしたくないという卑怯者なだけだ。 だから、僕の邪魔をするような奴はちゃんと処分するし、それがこの世界の人間なら、おおむね心は痛まない。 (異世界人召喚の儀式を創めた、聖ライシーカ。そいつだけは、必ず、僕が、始末しなきゃいけない。そのためなら、たとえ数百万人を巻き添えにしても、教皇国を滅ぼす) その生存が疑われている、六百年以上も前の人間を、確実に死んだか、この世界にはいないと確認すること。これは完全な僕の私怨であり、僕が仕事とは別に、この世界でやりとげたいことだ。 |