077 生きていく場所


「この世界は、稀人にとって生存に適さない、有害な物が多い。その筆頭が、燿石ヨギロだ」
「「えっ?」」
 燿石製品に慣れ親しんできた、ソルとナスリンの声が重なった。
「教皇国が、なんで自国から遠い国で儀式をやって、自分の国に稀人を連れていかないと思う? すぐに病気になって、死んでしまうからだよ」
「……それで、セーゼ・ラロォナに召喚された稀人は、すぐに亡くなってしまったのですね。教皇国に近くて、燿石の道具がたくさんあったから」
 早世した黒髪の稀人が起点になった、王位継承争いによる内戦と、黒髪だったから巻き込まれたファラと、母親のナスリンだった。
「そういうこと。教皇国にとって、稀人がもたらしてくれる『知識』は、とても重要なものだ。稀人が、長くてもせいぜい三年ほどしかこの世界で生きていられなくても、『知識』はずっと残る」
 稀人は“障り”や“障毒”に耐性があり、害獣退治に駆り出されることもしばしばあると聞く。だがなにより、教皇国が重んじるのは、それから何十年、何百年と、教皇国の力の源となる、稀人の知識だ。
「グルメニア教徒は、その『知識』には親しんで敬うけれど、数十年に一回しか現れない『稀人』は、ナスリンが言っていたように教典の登場人物であって、同じ生きた人間だという感覚が薄いんだ。だから、稀人の生命や権利や尊厳を、無意識に軽んじている。僕は、それが許せない」
「あ……」
 僕の指摘に、ナスリンは顔を青くして震えた。同じ人間という感覚がない人間達が住む世界に、我が子が連れ去られてしまったとしたら……そう思えば、恐怖と、己の無関心さに羞恥を感じることだろう。
「どうかな。だいたいわかってくれた?」
「……主の言わんとすることは、理解する。ただ、もう少し時間が欲しい」
「そうだろうね。君たちの信仰を否定するつもりはないけれど、いままで見えていなかった側面があることも、知っておいて欲しいんだ。ゆっくり噛みしめるといいよ」
 ソルのように、教皇国の属国で、敬虔なグルメニア教徒しかいない中で生まれ育ち、教育を受けていれば、自分の中にあった常識・・正しさ・・・を疑い、自分がどれほど傲慢だったのか自覚するのは、とても大変だろう。
「さて、今度は、君たちが知りたいだろう、僕のことの一端を、教えてあげる。その前に、少し休憩しよう。カーラも座って。ハニシェ、いいよ。僕がやるから」
「そういうわけにはまいりません」
 僕はハニシェと一緒にお茶を淹れ直し、みんなに配った。
「夕食までにはまだ時間があるけれど、母上が差配する使用人はキッチリしているからな。怪しまれる前に戻らないと」
 この世界には、まだ正確な時計がない。日時計はあるし、一日二十四時間という概念はあるけれど、機械時計のムーブメントを作れていない。ゼンマイバネが活用されている様子もないし、地球よりも強いらしい地磁気が滅茶苦茶なせいで、稀人の知識を元にした電気の研究が進まず実用化されていないので、クオーツ振動も利用できないだろう。
 だから、このリビングにある時計も、僕やアルカ族以外は、見方がわからないと思う。そのうち、教えてあげることにする。
「よし、じゃあ続きを始めよう。稀人の知識を有害だとする愚者の刃とは違う思想で、僕が反グルメニア教、反教皇国主義だという事は、わかってもらったと思う。そして、僕がやるべきことは、僕のスキルが教えてくれる」
「スキル?」
 ソルとナスリンは驚いているけれど、落ち着いているスハイルは伯父上から聞いていたのかな。
「そ。僕のスキルって、ちょっと珍しいんだよね。このスキルで、この世界では生きていけない稀人を、安全な場所に避難させることができる。この家みたいな所にね」
 あらためて木目がきれいなリビングを見回すソルたちに、僕はちょっと自慢したい気が湧き上がる。良い家でしょ? 僕が設計したんだよ。内装やインテリアにもこだわったし。
「ただねえ、やろうと思えば、同じスキルで、この大陸にいる人間を、全員殺すことも不可能じゃないんだよ」
 ぎょっとしたように、ハニシェとスハイルがこちらを向き、カーラの通訳を待って、ソルとナスリンもこちらを凝視してきた。
「でも、そういうの、みんな嫌でしょ? 無駄に人が死んでいくの」
「もちろんです」
 即答したハニシェが、なんだか心配そうな顔をしている。僕の精神状態がおかしいとでも思っているのかな?
 その時、スハイルが堪えきれないように、くすくすと笑いだした。
「なるほど。出会って日の浅い私や、敬虔なグルメニア教国出身者にまで、こんな話をしたのは、いつでも始末できるからでしたか」
「言い方がアレだけど、スハイルの指摘は間違いじゃないよ。始末できるというか、許されない、というのが、より近いかな。僕のスキルが発動中に、僕に害意を持つと、即死してしまうから」
 迷宮七不思議、もとい、【環境設計】チートというか、迷宮主特権と言うべきか。
「僕としても、色々事情があって、人類滅亡は最後の手段かなって思ってる。その前に、迷宮をたくさん地上に出させて、召喚されてくる稀人を保護したい。そんで、さっきみんなに理解してもらったように、最終的には異世界人召喚をやめさせたい」
「最終的……ということは、それなりに時間がかかると?」
「スハイル、僕を大量虐殺者にしたいの? この世界に広まっている常識を、そんな短時間で、簡単にひっくり返せるわけないでしょう。まあ、自分たちで考える猶予もいらないなら、僕も何も考えずにヤれて楽だけど」
「申し訳ありません、軽率なことを言いました」
 僕はやるつもりがないと言っているだけで、やれないとは言っていないんだ。
「そもそも、召喚儀式の廃止は、僕自身の希望であって、僕がやらなければならない事ではないからね。グルメニア教徒も愚者の刃も関係なく、この世界の人間みんなが自覚して、考えるべき事なんだから」
 僕が力業でやったって、結局はどこかから反動が来るだろう。
 シロによれば、聖ライシーカがまだ生きているかもしれない、という可能性が残っている。それなのに、僕はせいぜい、あと四十年くらいしか、この肉体で生きることができないのだ。その間に僕が出来ることは、稀人を匿える迷宮を創りまくって、教皇国の力が及ばない勢力を育てることくらいだ。
「スキルを使って迷宮と交渉できる僕を、教皇国をはじめ、世界中がつけ狙うだろう。君たちに望むのは、そんな僕を護ったり、お世話したりすることだよ」
「どこまでも坊ちゃまについていきます」
「このスハイル、あらためて、ショーディーさまに忠誠を誓わせてもらいます」
 ハニシェに続いて、スハイルも宣言してくれた。
「ありがとう、二人とも。嬉しいけれど、スハイルの忠誠は伯父上にあげていていいよ?」
「なにをおっしゃいますか。彼は親のようなものです」
 たしかに、育ての親みたいなものか。
「それと、私の秘密もひとつ、主に言っておきましょう」
「なぁに?」
「ルジェーロは私を、愚者の刃に戦闘工作員として育てられた、と言っていました。しかし正確には、戦闘員として育てたのが愚者の刃で、その後に工作員として教育を施したのはルジェーロです」
「……え、まじか」
 それはスハイルの秘密と言うより、伯父上の秘密かもしれない。
(ちょっと、聞かなかったことにしておきたい)
 伯父上の明るく呑気な笑い声が聞こえた気がして、僕は思わず両手で耳を塞いだ。あの人はつかみどころがないというか、謎が多すぎる。
 そこで、僕はふと思い出したことがあった。
「そういえば、伯母上が伯父上の行動を束縛したいかなんかで、仕事場に文句付けたことがあるって聞いたな。もしかして、だいぶ前からゼーグラー家を介して、伯父上は監視されていた……?」
「さあ? その話は聞いたことがないので、私がルジェーロと出会う前の話であるなら、単純に、確実に家に帰ってくる日と、こない日を、エレリカ夫人が知りたがった可能性があります。ルジェーロは、子息二人の、それぞれの父親が誰か知っていますから」
「ぶっ」
 いま、それぞれって言ったぞ。何人と付き合っているんですか、伯母上ぇ……。
 僕は頭を抱え、ハニシェももう聞きたくないと言いたげに耳を覆っている。もう、伯母上と従兄弟たちには関わりたくないよ!
 僕とハニシェが思い出したくないことでダメージを受けている間に、ソルとナスリンもカーラと言葉を交わしながら、自分の現在の立場と、これから自分がどう生きていきたいのか整理がついたようだ。
「一番の高値を付けて買ってくれた、主に対する忠誠は変わらない。俺はもう、セーゼ・ラロォナの人間ではないのだから、俺が従う法は主のみだ」
「私も同じです。命を救っていただいた御恩が、私たちを売った教会よりも下になることはありません」
 ソルとナスリンの言葉に、僕はほっと胸をなでおろしながら頷いた。
「ありがとう。みんなにとって、よい主人でありたいと思うよ」
 その後、スハイルのタトゥーを見て、僕以外の三人がドン引きしたり、アクルックスで手に入る知識系グリモワールを見せて、ハニシェ以外の三人がドン引きしたりと、なかなか面白い時間を過ごせた。
「カーラ、ありがとう。また勉強時間が取れたら、よろしくね」
「恐れ入ります。いつでもお呼びください」
 恭しく礼をするカーラをミモザに帰して、僕らもひとまずカレモレ館に帰ることにした。