076 話をしよう


 箱庭のログハウスは、観光客相手のペンションのような大きさになった。増築と言うか、ほぼ建て直した。
 それぞれの部屋に、キッチンと食堂とリビング。水回りは男女別になり、あとは地下倉庫がそのまま。
「以前のお家も居心地がよかったですけど、大きなお宿のようになっても素敵ですね」
 なんてハニシェは言いながら、ぽかんとしているソルたちにお茶を出している。
「うん? スハイルは?」
 リビングのソファには、ソルとナスリンと、眠ってしまったファラしかいない。
「ハセガワさんと、フィッティングに行かれましたよ」
 さすがハセガワ。僕の執事は優秀だな。あちらのお部屋です、とハニシェに示されて、僕もいそいそと向かった。
「ハセガワ、スハイル、入っていい?」
「はい、旦那様」
 内側から開いたドアをくぐると、僕の使用人たちのお仕着せを着たスハイルと、ハセガワがいた。
「どうだった?」
「やはり、手袋が必要なのと、シャツのデザインを変える必要があると思われます」
「ふーむ。どれどれ〜? うぇ、これはまた……」
 襟からはみ出していた喉元の印の全体を見ようと、ボタンを外してもらって、思わずのけぞった。
 そこにあったのは、閉じた瞼の上からナイフを突き立てられて弾けた眼球。一般的に、目を瞑った人はグルメニア教徒を意味していて、このデザインは教皇国を侮辱していると捉えられる。明らかに、反社だとわかってしまう。
(日本なら、ちょっとグロいけどロックだなぁ、で済むデザインなのに)
 背中いっぱいの昇り龍とかではない、大きめでもワンポイントのタトゥーではあったけれど、これは見えたらアカンやつだ。
「こんな皮膚の薄い所、痛かったでしょ?」
「思い出したくないくらいには」
「にひひひ。まあ、そのおかげで、最終的に僕のところに来られたんだし」
 端正な顔を苦々しくゆがめるスハイルに、僕は下品に笑ってみせた。人間万事塞翁が馬、というやつだ。
 手の方は、僕の知らないデザインだったけれど、スハイルが言うには、器用さの恩恵を受けるためのまじない物らしい。土着の信仰や呪い物も、稀人の知識を信仰するグルメニア教からは目の敵にされている。これも、見えない方がいい物だ。
「うん、ハセガワの言う通りだね。襟をもっと高くして、クラヴァットやスカーフを巻けばいいんじゃないかな。あとは、手袋はいくつか種類を用意して、その場に合わせて使ってもらおう。指ぬきグローブとかあった方が、きっと戦いやすいでしょ」
「かしこまりました。すぐに用意させます」
 他に反教皇国を示すような印はなかったようなので、スハイルを元の服装に着替えさせて、僕とスハイルはリビングに戻った。
「あのハセガワという人は、いったいなんです? 上品さで隠しているけれど、そうとうな手練れでしょう?」
「気付いてしまったか。僕の執事は強いよ」
 ハセガワの戦闘力の高さを感じ取ったスハイルに、僕はニヤニヤ笑いが止まらない。
(ハゼガワの強さがわかるってことは、スハイルもかなり強いってことだよね)
 ハニシェが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついていると、オフィスエリアに帰ったハセガワと入れ替わりに、カーラがやってきた。まだソルやナスリンと重要な話をするには、彼女の通訳が必要だからね。
「このような場所にまでお招きいただき、恐悦至極に存じます」
「久しぶりだね、カーラ。また同時通訳を頼むよ」
「不肖ながら、せいいっぱい務めさせていただきます」
 カーラのようなアルカ族が、僕のプライベート迷宮にまで来ることは通常ない。普段以上にかしこまった態度で、カーラは僕が座った一人掛けソファの側に立った。
「さて、話をしよう」
 僕は僕の使用人たちに向かって、子供らしくない態度に切り替えてみせた。

 僕が異世界人の生まれ変わりであることは、まだ明かすつもりはない。だけど、スキルに関しては知らせておく必要がある。
 そしてそのためには、大前提である意識の改革が必要だ。
「ここはどこなのかとか、僕に聞きたいことが色々あると思うけれど、まず、君たちにとって、稀人とはどういう存在だと思っているか、聞かせてくれ」
 カーラの通訳を待ってから、ハニシェが口火を切った。
「遠い存在です。私たちには理解できない知識を持った、偉大な人たちです」
 次に、視線を交わし合ったソルとナスリンが、続けて口を開いた。
「安全と繁栄もたらしてくれる存在だ。彼らの知識こそが、我々に与えられた福音だ」
「教典にも登場する、昔から身近な存在です。私たちの生活は、聖ライシーカと稀人のもたらした知識で成り立っています」
 実にグルメニア教徒らしい答えをカーラ越しに聞いた後で、最後にスハイルが肩をすくめながら、一言だけ言った。
「良くも悪くも、波乱をもたらす存在です」
 これまた、彼の生い立ちからして当然の答えだろう。
 僕は頷いてから、ひとつ、手を打った。
「ありがとう。じゃあ、次の質問だ。自分の一番大事な人を思い浮かべて、その人が突然さらわれたら、どんな気持ち? もう二度と会えないし、その人は誘拐された先で、いままでよりも不便で不潔な生活水準で暮らすことになるよ」
 この質問には、やはりハニシェとスハイルがひときわ激しく嫌悪感をあらわにして、ナスリンは怯えたように首を振った。
「そんなことは許されません。絶対に」
「必ず探し出して取り返す。攫ったことを後悔させてやりますよ」
「無理です。この子がいなかったら……生きていけません」
「……そうだな。許しがたいし、裁かれるべきだと思う」
 もう身内がいなくなってしまったソルは、軍人となるべく教育されてきたこともあって、感情よりも法的に真っ当なことを言った。
「ありがとう。最後の質問だ。いまから君たちは、これまで築いてきた地位を剥奪され、磨いてきた技術や積んできた経験について、他人にもわかるように記述する仕事に就く。ただし、三年間だけがんばれば解放してあげる、って言われたら、やる?」
 四人とも不思議そうな顔をして質問の内容を吟味していたけれど、結局は全員がやると答えた。
「はい、約束の三年がたったので、君たちは解放されます。ただし、死亡しました」
「なんですかそれ」
 スハイル、即座のツッコミありがとう。
 他の三人も、理解できない、なんの意味があるのかと言いたげな表情をしている。
「いま僕から出した、後ろふたつの質問は、この世界の人間が、稀人に対してやっていることだよ。そんなに不思議がることじゃないだろ?」
 しかし、普段から僕の側で話を聞いていたため、悲しそうに顔色が悪くなったハニシェ以外は、まだ理解が追い付いていないようだ。
「グルメニア教がやっている、異世界召喚の儀式っていうのは、稀人からしたら誘拐なの。立派な犯罪なの。この世界は、誰かの親を、誰かの子供を、誰かの兄弟姉妹を、誰かの配偶者を、誰かの大切な人を、勝手に攫ってきて、病気で死ぬまでの短い間に、知っていること全部出せってやっているの」
 異世界人召喚が悪い事だと、残り三人の内でいち早く飲み込んだのは、やはりスハイルだった。
「ルジェーロがそんな目に遭ったら、私は何をするかわかりません」
「伯父上なら、色々聞きだせること多そうだもんね。教皇国ががっちり囲って、一番早く死んでしまうと思うよ」
 スハイルの綺麗な顔が、怒りで凄いことになった。美人はすごみがヤバイ。眼力だけで人を殺せそうだよ。
「それは、愚者の刃の主張のようなものか?」
「事実だし、現実の話だよ。ソル、頭固すぎて想像力がないの?」
 思わず罵倒が出てしまったけれど、セーゼ・ラロォナ国の軍人になりそうだった若者の認識なら、こんなものだろう。
「もう少し、規模を小さく、単純化して話すね。隣り合った、強い国と弱い国がありました。弱い国はこっそり強い国の住人を誘拐して、強い国の技術を盗もうとしています。さあ、強い国はどう思う?」
「許さないだろう。技術が盗まれることも問題だが、国民も国家の財産だ。舐められたままでいられるわけがない」
「ね? そういうことだよ。異世界人召喚の事実が、稀人の世界に知られたら、この世界は稀人の世界から滅ぼされるよ? 異世界と繋がる技術が現在知られていないだけで、むこうの方が、圧倒的に進んだ文明なんだから」
 ようやく、不味い状況だと理解したらしいソルの顔色が悪くなった。
「聖ライシーカの、最初の異世界人召喚から、六百年が過ぎている。こちら側からはわからないけれど、もしも、こちらとむこうの時間経過にずれがあって、稀人の世界では立て続けに行方不明者が出ていたとしたら? 問題にならないはずがないよね?」
「召喚儀式が、非常に危い状況を作っていることは理解した」
 ソルが、まずそこまでわかってくれたなら、他のグルメニア教徒にも理解させることはできそうだ。
「異世界人召喚儀式を廃止するべき理由は、それ。この世界の魔力がどんどん減って、魔法使いの発生も生存も激減しているのも、その召喚儀式のせいだしね」
「そうだったのか」
「そうだよ。魔法使いを儀式に使う資材だと思っている教皇国は、絶対に言わないだろうけどね。セーゼ・ラロォナでの儀式で、何人の魔法使いが犠牲になったことか」
 その儀式が遠因で、内戦に巻き込まれたソルの表情が歪んだ。
「そしてなにより、僕が最もグルメニア教を憎み、教皇国に対して怒りを感じるのは、彼らが敬意を払っているのは『知識』であって、それを運んでくる『稀人』ではないということだ」
 僕は、自分の声が震えているのを自覚した。