062 カレモレ館


 僕とハニシェがマリュー家の屋敷を出て、新しい滞在先と決めた屋敷は、アレイルーダ商会という、主に燃料や材木を扱う大商会の持ち物だ。
 旧ニーザルディア国時代からある、由緒正しい商会で、特におかしな噂を聞いたことはない。堅実な商売を続けているらしい。
 そんなアレイルーダ商会の賃貸屋敷は、通称カレモレ館といい、屋敷のあちこちに、カレモレの花の意匠が施されている。屋敷全体が質実な……つまり、ごっつい造りのわりに、女性が好きそうなオシャレさがあるお屋敷だ。
「カレモレの花って、こんなに可愛らしいんですね。私、実の方しか知らなかったです」
「ぼくもだよ、ハニシェ」
 この世界の植物であるカレモレの実は、カリンとかマルメロとかに似た形をしていて、そのままでは固いので、火を通す調理をして食べる果実だ。魚のグリルに一緒に入っていると、爽やかな香りで、トロリとした歯ごたえになって、とても美味しい。
 城館じっかの庭にも一本生えていたけれど、花自体が小さい上に、風が吹いただけでバラバラに散ってしまうので、じっくりと観察する機会がなかった。こうして見ると、みかんの花に似ているようだ。
 屋敷のあちこちにあるカレモレの彫刻は、どれも丁寧な仕事で素晴らしく、なんだかいい香りがしてきそうだ。
「カレモレが食べたくなってきた」
「うふふ。残念ですが、カレモレの時期は終わってしまいましたね。荷物を降ろしたら、まずは市場に行きましょうか」
「賛成!」
 屋敷の中の掃除などは、とりあえず後にして、今日のごはんを調達しなければならない。僕とハニシェだけなら、箱庭に行ってしまえばいいのだけれど、護衛の冒険者たちも住み込みになるので、こちらで用意するのが筋だろう。
 ルドゥクと一緒に、エースにビビりながらも厩舎を整えてくれている冒険者は二人。ポルトルルが斡旋してくれた彼らは、僕の要望通り、体が大きくて、人相がちょっと怖めだ。
 スキンヘッドで眉間に大きな傷痕がある悪役プロレスラーみたいなのが、イヴェル。げじげじ眉毛と顎髭で張飛みたいな雰囲気なのが、ローガン。
 二人とも、見かけはド迫力だけれど、ルドゥクに比べたら穏やかで物静かな態度と話し方をする。ルドゥクと比べること自体が、基準間違いと言えなくはないけれど。
「ハニシェさん、下ろした荷物は、どこに置いておきますか?」
「まだお屋敷の中が全然わかりませんから、とりあえず二階の一室に置いておきましょう。一番近くの部屋でいいですよ」
「うっす」
「了解」
 衣装箱を抱えたイヴェルと、道具類を入れた箱を抱えたローガンが、のっしのっしと屋敷の中を歩いていく。うん、威圧感があって、とてもいいね!
「あの二人は、どの部屋で寝泊まりしてもらえばいいのかな?」
「少し離れていますが、使用人棟か門番宿舎でいいと思います」
「え、この建物じゃないの?」
「ブルネルティ家から使用人が来たときに、問題になるかと……」
「あー……」
 面倒くさいなーとは思うけれど、ルドゥクに意見を聞いても同じだった。
「あの二人に聞いてみりゃいい。お屋敷のベッドになんか、怖くて寝られねえって言うぜ」
「むう、そういうものか」
 ここは、郷に入れば郷に従え、慣習に従った方が、余計なトラブルにならないだろう。
 とりあえず、いますぐに使う母屋と使用人棟だけ開けてから、五人で市場に行くことにした。ルドゥクはギルド長の仕事に行かなくていいんだろうか。
 カレモレ館は貴族街にギリギリ届かない場所にあり、五番通りに面していて、市場も行きやすい距離あった。マリュー邸やギルド通りがある七番通りからは、少し離れている。
「坊ちゃま、なにが食べたいですか?」
「寒いから、チーズがいっぱいのキッシュか、赤カボチャのシチューがいいな」
「かしこまりました。カレモレ館に帰ったら、オーブンの掃除をしてしまいましょう」
「ぼくもお手伝いするよ!」
「坊ちゃま。嬉しいですが、使用人の仕事でございます」
「ぷー! いまどき、キッチンの掃除もできない男はモテないんだぞ」
「坊ちゃまは、そのままでも十分に魅力的でございます。それよりも、お屋敷の中を探検したり、領主様たちへのお手紙をお書きになったりしてくださいまし。特に、お手紙は坊ちゃまにしかできないことでございます」
「むむむっ」
 ハニシェと手を繋いで歩く僕に、なんだか生温かい視線が三対ほど注がれているのを感じるのだけれど、無視をした。君たちは、僕たちに手を出そうとする不届き者を威圧してくれればいいんだからね!
 カレモレ館の近くの市場は、一番忙しい早朝を過ぎているとはいえ、活気があって賑やかだった。
 露天を含めて食料品の店が一番多かったけれど、衣料品や金物の店舗もあった。
「こういうお店って、全部商業ギルドに加盟しているの?」
「まあ、そうだな。農村の小せぇ雑貨屋や鍛冶屋なんかは、ギルドに入っていない事もあるが、リーベで商売するには、商業ギルドに入っているのが条件だろう」
 ルドゥクが教えてくれたとおり、イヴェルやローガンが睨みを利かせていなかったら、僕らに素直に売ってくれるか微妙な雰囲気の店もあった。積極的な嫌がらせをするつもりはなくとも、すでに手が回っているという事だろう。
「おう、イヴェルじゃねーか。相変わらず悪人面してんな。子供泣かすなよ」
「うるせーぞ、仕事中だ、バカ」
 野菜の詰まった麻袋や、骨付きの大きな肉塊を担いでいる護衛二人に、冒険者仲間らしい集団が声をかけてきた。
「お友達? みんな強そうだね!」
「へ、へえ。坊ちゃん……」
「こちらが、あのブルネルティ家のショーディーさまだ。お前ら、頭がたけぇぞ!」
 えっへん。なんだか、この紋所が目に入らぬか、みたいなこと言われて、思わず胸を張ってしまったけれど、そういう事ではないはずだ。
 それなのに、冒険権者たちはいっせいに背筋を伸ばして、一人なんかは本当に膝をついてしまった。
「し、失礼しましたっ!」
「お会いできて、光栄っす!」
「ショーディーさまのおかげで、世話になった仲間の体が動くようになりました。本当に、なんと言って感謝すれば……っ!」
 両膝をついて額を地面にこすりつけるように土下座御礼してくれる人は、どうやら友達が障毒で不自由をしていたらしい。
「アクルックスの温泉で元気になったの? よかったね! みんなも障毒にかかったら、すぐに温泉に入るといいよ。歓迎するからね」
 感涙している冒険者を慰めて立たせようとしていると、頭上からよく通る太い声が聞こえてきた。
「商業ギルドも、下手打ったもんだよなぁ! 運輸ギルドは、ずいぶん儲けさせてもらったぜ?」
「稀人の知識が手に入るチャンスも、迷宮産の物で儲けるチャンスも、全部捨てちまったんですからねえ」
「職人ギルドやブルネルティ家からの評価も、だいぶ下がったんじゃねーですか?」
 ちょっとわざとらしさはあるものの、ルドゥクたちの話声は市場の隅々に浸透していった。
 商業ギルドへのカウンターパンチもいいけれど、さすがに下々の商人たちには関係がないだろう。余計なヘイトを稼ぐ必要はない。
「仕方がないよ、ルドゥク。商業ギルドは、ゼルジ金貨しか持ってないんだもん。良い武器や便利な道具を使って、冒険者のみんなが安全に害獣を倒せるようなったら、ぼくはそれが一番うれしいな!」
 必殺のショーディースマイルを披露すれば、厳つい大人たちはメロメロだ。あん? 誰が腹黒笑顔だって?
「坊ちゃまは、いつだって、私たち下々の者にお優しいですね」
「えへへっ」
 ハニシェのヨイショも受けて、僕の株は急上昇だ。
 ちょっとした注目を浴びつつも市場で買い物を済ませると、僕たちはカレモレ館に戻った。さすがにルドゥクは自分の仕事があるので運輸ギルドに帰ったけれど、また速達を出す時に会いに行くとしよう。
 昼食を屋台で買ったもので済ませた後、僕はローガンと一緒にカレモレ館の中を探検した。イヴェルはハニシェと一緒に、キッチンや使用人棟の掃除に行っている。
「あのぅ、俺なんかが入っていいんでしょうか……」
 カレモレ館の主屋は、主寝室やリビングなど、身分の高い者が使う部屋が並んでおり、普段なら、冒険者がうろつけるような場所ではない。
「だって、ぼくが迷子になったり、転んで動けなくなったりしたらどうするの。護衛は必要だからいいの」
「りょ、了解っす」
 ローガンは見た目によらず、ちょっと気が小さいようだ。無双する武将みたいな、でっかい体をしているのに。
「ポルトルルにお願いしてきてもらっているけど、どういう契約になっているの? 住み込みで、ぼくとハニシェの護衛と、王都の案内だけだと、害獣討伐のノルマに影響ない?」
「大丈夫ですよ。住み込んでいる屋敷……つまり、ここの害獣討伐も含まれているんで」
「あ、そうか。ここって害獣出るんだった」
 アクルックスやミモザは元より、迷宮の側にあるダートリアにも害獣は出ないので、すっかり忘れていた。
 だいたいの部屋の場所を把握したので、僕の部屋を定めて、とりあえずその辺の部屋に置いておいた荷物も運びこんでもらった。
「やっと、落ち着いて、色々考えることが出来そうだよ」
 まったく、王都に来てから、怒涛の数日だったよ。