049 いざ、王都に向かって


 秋も深まり、各地で冬支度が始まる頃、僕は兄上に先んじて王都に向かう事になった。これは、儀式の重要人員となる兄上が、その前後で王家や貴族家に無理やり囲われてしまうのを防ぐために、万全の受け入れ準備を整えるためだ。
「母上の実家かぁ、楽しみだなっ!」
 王都には母上の実家であるマリュー家の屋敷がある。当主は母上の兄上にあたる人で、子供……つまり、僕たち姉弟の従兄弟もいる。そしてなんと、僕たちの祖母にあたる人が存命なんだとか。この世界基準だと、けっこうなご長寿だ。
 僕ら姉弟はブルネルティ領から出たことがないので、もちろん伯父上一家やおばあさまと会ったことがない。そこに僕が先遣としてうかがうわけだから、僕の責任は重大という事だ。主に、お行儀とか、そういうので。
「ロロナ様はざっくばらんな感じだけど、今度行くのは、あの・・母上の実家だからな。マナーにはうるさいはずだ」
 この世界の知識「王侯貴族の行儀入門:リンベリュート王国編」をじっくり読みこむ僕。ちなみに、行儀にもランクがあって、上級編は本当に王族の生活とか外交に関わるようなレベルだ。
 僕のような武家のお子様なら、入門編をマスターしていれば十分らしい。初級編まで出来ていれば、とても褒められる。
「坊ちゃま、本当に私と二人だけで行くんですか?」
 王都への旅は、僕とハニシェだけで、エースが牽く大山羊車に乗っていくことになっている。
「ぼくと二人きりじゃイヤ?」
「嫌ではないのですけれど、護衛もいないのでは危なくないでしょうか」
 ハニシェの心配も尤もだ。
 だけど、僕としてはリスクよりも快適さを優先したい。
「だって、部外者がいると箱庭に入れずに、野宿になっちゃうよ? そっちの方が危なくない? ベッドで寝られないし」
「坊ちゃまの言う通りでございます」
 冒険者ギルドがある町なら、宿を取って泊まるけれど、それ以外はノンストップで移動するつもりだし、その辺の宿屋よりも箱庭のログハウスの方が快適だ。
 それに、エースの足はけっこう速い。一般的な大山羊とは体格が二回り以上違うので、歩幅だけでスピードが段違いだ。たとえ野盗に襲われたとしても、エースを少し急がせるだけで振り切れる。
 なにより、ダンジョンでレベルが上がった僕やハニシェに、その辺の人間は単純な腕力ですらかなわない。しかも、迎撃のための魔法付与武器を、色々開発してあるのだ。
「まあ、なんていうか、迷宮産のあれこれを他人に見られる方が、危ないかな」
「マリュー家へのお土産も、領主さまご夫妻の確認が入りましたからね」
 迷宮産の品は、冒険者の間で噂にはなっているけれど、上流階級へはまだほとんど届いていない。突飛すぎたり、高価すぎたりする品物は、贈られる方も困るのだ。
「とにかく、王都でも僕はやることがアレコレある。そのための拠点を作るまでは、伯父上たちの屋敷に厄介にならなければいけない。さすがにミュースター村のような無茶はないと思うけれど、どんなハプニングがあるかわからないからね」
 そういえば、ミュースター村の村長一家は、エララの嘆願が通って、極刑は免れたらしい。鉱山送りにはなったみたいだけど。
(領主の子供を手籠めにしようとしたんだから、まあ妥当な線かな)
 農奴という線もあったけれど、なれ合いになりかねなかったので、より過酷な方になったようだ。
 とばっちりで、僕の受け入れを指示したアンダレイが減給処分になった。従来なら、領主の怒りのまま鞭打ち刑とかもありえたらしいけど、お叱りと減給だけで済んだそうだ。
 とはいえ、僕の保護という点ならアンダレイの指示は当然だし、上司のヴィープも了承していた。悪いのは、当然村長一家。ただ、保護先の安全確認やらが不十分だったね、ってこと。
「父上も、少しは丸くなった、ってことかな?」
「うふふふ。ご自分の非を、坊ちゃまに責められたくなかったのでしょう。最初は、もっと重い罰だったかもしれませんよ」
「へ?」
 ハニシェの予想では、減給よりも重い罰を課してきた父上に、姉上が苦言を呈したのではないか、とのことだった。
「そもそも、坊ちゃまが家出をされた原因は、領主さまですからね。アンダレイさんばかりに厳しくしたら、坊ちゃまはお怒りになられるでしょう?」
「当たり前だよ。ハニシェ、すごいね。ぼくのことも、父上のことも、姉上のことも、よくわかってる!」
「お褒めにあずかり、光栄です」
 ハニシェはクスクスと笑いながら、僕らの旅の準備を急いでくれている。
 野宿をするつもりはないけれど、予定外のことが起こる可能性はあるから、不審がられないように、最低限のキャンプ用品や、飲料水が出る魔道具、食料、それに着替えや毛布も大山羊車に積まなくてはいけない。
「んべぇえええぇぇぇ」
「エースのごはんも、ちゃんと持っていくからね」
 立派な角が生えた大きな山羊頭が、甘えるように降りてきたので、僕はふさふさした毛におおわれたほっぺを撫でた。そうしたら、お返しとばかりに頭を唇でもしゃもしゃされた。
「うふふ。ぼくの髪の毛は食べられないよ、エース。あいたたた、引っ張っちゃだめー」
 エースとは家出からの付き合いだけど、今回も王都までしっかり運んでくれるだろう。
「エースがいれば、野盗も近寄ってこないかな?」
 こんなにでっかい大山羊が暴れたら、人間は絶対に近付けないよ。たぶん、一トン以上の重さがあるもの。長い体毛があったかそうだけど、その下はムッキムキだからね。
「旦那様、ネィジェーヌさまとモンダートさまがおみえです」
「んえ?」
 ハセガワが呼びに来たので、僕は家の中に戻った。
 姉弟それぞれが、近いとはいえ別々の町に住んでいるので、こうして顔を合わせるのも移動を伴う。そして、しばらくはお互いの顔を見ることもできないだろう。
「見送りに来てくれたの! ぼくが途中で寄ろうと思っていたのに」
「当たり前だろ!」
「ショーディーが寄っていたら、時間がかかるじゃない。いいのよ、私たちがしたかったのだもの」
 わざわざミモザまで、僕の出発を見送りに来てくれたらしい。
「お父様とお母様からのお手紙と、手土産は忘れていないわね? これは私とモンダートからの手紙だから、一緒に伯父さまに渡してちょうだい」
「わかりました、姉上」
「私は一緒に行けないけれど、十分に気をつけるのよ」
「はい。姉上のぶんも、お行儀よく、しっかりやってきます」
「ええ、元気でいってらっしゃい」
 姉上からの激励を受け取ってから、僕は兄上に使ってもらうために開発した装備一式を渡した。
「おいおい、おいおい……」
「兄上は、魔法剣士になりたいという事でしたので」
 でっかい地属性魔石をはめ込んだ杖と片手剣は、見栄えも重視されている。身軽で護衛の盾役も期待できる兄上なので、盾ではなく頑丈な小手と軽鎧、その上に羽織れる厚手のローブ。そして、大容量魔力石をちりばめた、ベルトやブローチやネックレスやバングルといった、アクセサリー各種。
「過去の儀式の記録から計算して、これだけ魔力があれば、まあ、なんとかなるのではないか、とのことです。ブルネルティ家の嫡男として、恥ずかしくない装備だとは思うのですが……姉上から見て、どうでしょう?」
「何も言う事はないわ」
「やったー! 合格もらえました!」
 僕、建築系のデザイナーだったから、こういう服飾とか武具のデザインは、ちょっと自信なかったんだよね。武骨過ぎないようにしようとすると、ファンタジーすぎると言うか、厨二臭くなっちゃうと言うか。
「あ、でも、全部付けると、ちょっと重いかもです。儀式の時は鎧着ないだろうし、その換わりにアクセサリー類は、儀式の時だけでいいですよ」
「重いかどうかなんて、かんけーねーよ! なんだよこれ、すっげー……」
「ぼく、ずっと言ってるじゃないですか。兄上に、生きていて欲しいって……ふぐぇっ」
 ぎゅうぎゅう抱きしめてくる兄上の体は、城館にいた頃に比べて、ずっと逞しくなっているし、力も強くなっている。もちろん、体に巡る魔力も、十分に濃く大きくなっている。
「ありがとう、ショーディー。すっげー嬉しい。ありがとう、俺の、大事なショーディー」
「えへへへ。兄上、がんばってくださいね」
「うん……うんっ」
 ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえたけど、僕のかっこいい兄上は、簡単にめそめそなんてしない漢なのだ。

「それじゃあ、ハセガワ、後は頼んだよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、旦那様」
 ハニシェが手綱を取った大山羊車に僕が乗り込むと、ミモザの家を任せるハセガワと、姉上と兄上が見送ってくれた。
「気をつけて行くのよ」
「俺も、すぐに追いつくからな!」
 手を振る二人に、僕も窓の内側から大きく手を振った。
「いってきます!」
 僕は七歳になる前に、王都への旅路に着いた。