047 ツンデレだったのか


 ダートリアにしばらく滞在することにした両親に、僕たちは今まであったことを、あれもこれもと話していた。二人とも仕事を離れ……というか、これも仕事の一環か? とにかく、姉上と兄上と僕の話を、最初から最後まで、ちゃんと聞いてくれている。
 代官邸の談話室に家族で集まり、お茶やお菓子をつまみながら、いままでになかった時間をよく過ごしている。ダートリアにいる間だけかもしれないし、城館に帰ってからもあるかどうかわからないけれど、家族の間の距離が縮まったのは、僕にも感じていた。
 おそらくこの国では模範的な領主であるところの父上たちからすれば、この世界の常識から外れすぎている僕は、とても扱いにくい子供だろう。
 定期的に報告がいっていたというから、たぶん領内の情報収集と一緒に、僕の情報も集めていたに違いない。冒険者ギルドが送り届けた、僕が逗留するはずだったミュースター村から消えた時は少し混乱したようだけど、その後で僕からの手紙があちらこちらに届いたので、生存は把握していたそうだ。
「ショーディーを婿にするために孫をあてがっ……もがっ!」
「ベルワィス様っ! 子供の前で言うことではありません!」
 激怒した父上の口を、母上が必死に塞ぐ。
 だけど、僕たち姉弟は、すでに子供同士でそういう危険がある話はしているので、いまさら動じたりはしない。
「村長一家を、いますぐ牢にぶち込め! 思い上がりも甚だしい!」
「まって、ちちうえ! おちついて!」
 父上、すぐにヒートアップするから困る。
「エララに聞いてからにしよ?」
「エララ?」
 ミュースター村の村長の孫であるエララは、祖父や両親に言われたから僕の寝室に来たことや、僕を逃がしたせいでひどく怒られていることも、遮られることなく全部言えた。
「それでね、エララはぼくを逃がしてくれたいい子だったから、ぼくが冒険者にさそったんです。エララが悲しむようなら、罰は少しでお願いします」
「父上、エララを俺の護衛に取り立ててやってよ! 【盾術】スキルを持っていて、俺がダンジョンに行く時、一緒に来て護ってくれるんだ」
「ふぅむ。平民でスキル持ちとは、珍しいな。モンダートは王都にも行かねばならないし、その護衛に雇えるか……一度会ってみるか」
 ハニシェを僕のお世話係にしたように、父上は平民の女の人でも、能力があれば気軽に登用してくれる。女の子は家庭に入るのが幸せ、っていう主義の母上とは、ちょっと違うんだよね。
「コロンに行ってみましたが、あまりいい状態とは言えないようです」
 すぐ逃げ帰ってきちゃって、コロンの町はほとんど見て回れなかったけれど、坑道の視察や代官邸での様子から、姉上は問題があると父上に進言した。
 森林伐採が進んでいるので植林事業を始めるべき、というのは僕も賛成だ。他にも、労働者の質が悪いとか、設備が古くなっているとか、そういうことだ。
「ヒューリオは真面目にやっているように見えますけれど、帳簿を検めた方がいいかもしれません」
 姉上の目には、不健康な労働者が多く見えたらしい。町があれだけ不潔ということもあり、病気が蔓延している可能性もあるが、給料や休暇がきちんと与えられているか怪しいとのことだった。治安が悪化する前に、手を打たなければならないだろう。
「わかった。早急に手配しよう」
「それから、お母様。ヒューリオの子の、エステフですが……あれは、ない、です」
「わかりました」
 やっぱりあのボンクラは、姉上のお眼鏡に敵わなかったようだ。母上も澄まし顔で頷いている。
 燿石の魔力阻害性質について知っているのは僕と兄上とハニシェだけだけど、内緒にしておいた方がいいと言っていた兄上は、父上たちにも言わないでいてくれた。……単に、忘れているだけかもしれないけれど。
「父上、教会の様子は、いかがでしょう?」
「迷宮をどう思っているかって?」
「はい」
 実は、いまだに教会の動きがない。
 ダンジョンから『世界の知識』だけでなく、『稀人の知識』が出てくることが分かった時点で、僕は教会が動くと思っていた。だから、初期からずいぶん警戒していたのだけれど……。
「冒険者ギルドが報告を持ってくる先が、うちだからな。そもそも奴らは、教義の外にあるものに興味がない。我が家ほど情報を把握していないのだろう」
「フェジェイの教会も、そんなに大きくありませんしね」
(えぇ……)
 両親は何でもない事のように言うけれど、たぶん、本当のことだろう。
(ブルネルティ家って、武辺一筋だからなぁ。必要以上に教会には関わってなかったのか)
 教会としても、知識を求めてガンガンお布施してくれる所に力を入れたいだろうし、田舎では寺子屋みたいなことも、積極的にはしないのかもしれない。
「それと、今は王都にくる、ライシーカ教皇国の使節について、興味が尽きないのかもしれませんわ」
「ああ……。たしか、教皇国の最新技術や流行り……いえ、知識とか、ですか」
 その辺のことは、僕もカガミから聞いていた。
 王侯貴族周辺は、もっと俗なものだろうけれど、教会関係者にしたら、異世界人召喚の儀式は「唐の高僧が船に経典を積んでやってきて、寺と大仏を建てる」くらいのありがたいイベントなのだろう。そりゃあ、よくわからない迷宮なんて後回しだな。
(ということは、かなりのボーナスタイムだったという事か)
 こっちに興味が向いていない間に、冒険者ギルド、王家にゆかりのあるロロナ様、そして領主家の、三つの勢力を味方に取り込むことができたのだ。僕としても、これから出現させる実装予定の迷宮やダンジョンの設計や準備に、時間を使うことができた。
(だけど、召喚された稀人を迷宮が引き込んでからは、そうはいかない)
 かなりタイトで、シビアなタイミングを求められるだろう。それに、いずれは僕が防衛に張り付く事態も考えられる。
「儀式のために、兄上が呼ばれるのは、いつぐらいになりますか?」
「それなのだが……」
 少し言いよどんだ後、父上も困ったような顔で続けた。
「魔法使いの数が確保できないせいで、教皇国の反応がよくないらしくてな。儀式を行う僧侶たちの出発も遅れているらしい。一応、儀式は来年の春に執り行われる予定だ。モンダートはその前……遅くとも、年明けには王都に到着していて欲しいそうだ」
「えー。年明けって、まだ春じゃないじゃないですかー」
 寒いのイヤだ、と兄上はぶーたれる。
「儀式の前に、教皇国の使節団や、魔法使いたちとの顔合わせや交流の予定がある。モンダートもブルネルティ家の一員として、恥ずかしくない態度で臨むように」
「……はぁい」
 兄上はまだ不服そうだけど、父上の言う事には頷いた。
(そうなると……いよいよ、時間がないな)
 僕は暮れに七歳になる。そうすれば冒険者として、身軽にどこにでも行くことができる。
 だけど、それまではまだ、親の庇護下として、ブルネルティ領から出ることははばかられる。これでも一応、領主の子供なのだ。家出したけど。
「父上、ぼくも兄上と一緒に、王都に行きます」
「な・ら・ん! と、言いたいところだが……ハァ」
 まっとうな親らしくダメと言うけれど、父上は盛大にため息をついている。なんか、ごめんね。
「ならんと言ったところで、お前は行くのだろう?」
「はい。七歳になったら、冒険者資格とれますし」
 父上は頭を抱えてしまったけれど、母上は扇を広げて小さく笑ってさえいる。
「ショーディーがついていった方が、モンダートも気が楽なのではなくて?」
「はい」
 兄上も即答だった。
「……仕方がない。許可しよう」
「ありがとうございます、父上!」
 ちゃんと許可を取れたので、今度は家出扱いではない。
「あ、そういえば……。父上、ぼくを貴族籍から外してください」
「だぁめだぁッ!!!」
「ぴっ」
 そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないかぁ。鼓膜が破れちゃうよ。
「お前は、なにがあろうと、我が子であり、ブルネルティ家の一員だ! 家出したのも許し難かったのに、そんな寂しい事を言うな! だいたい、お前はまだ六歳だぞ、わかっているのか!?」
「ええと、そう言っていただけるのは、嬉しいんですけど……」
 ライノを切り捨てたライノの生家とは比べものにならない、父上のツンデレ気味な愛情に、僕はちょっと照れ臭くも嬉しく思ってしまった。
「ベルワィス様、ショーディーがそう言うには、理由があるのではありませんこと?」
「むっ、むぅうぅ……!」
 もっと爆発したいだろうに、母上に諫められて、父上はむっつりとしたまま、とりあえず椅子に座り直してくれた。
「ショーディー、順をおってお話しなさい。貴方は結論から話し過ぎです」
「は、はい……」
 僕も母上から諭されて、その理由を話した。
「えっと、ブルネルティ家を護るためです。ぼくは、迷宮に関わりすぎました。それは、今後のブルネルティ家にとって、弱みになるはずです」