042 金貨が舞えば情報も回る
アクルックスにやってきたロロナ様が、大はしゃぎしながら温泉を堪能し、美味しいものをたくさん食べて、やがて自力で動けるようになったと報告が来た。そろそろ住居のバリアフリー化をしないといけないかと思ったが、そのまま魔法学園の女子寮に入ってしまったそうだ。さすがに、アルカ族の侍女を一人つけているようだけれど。
「王女様が後輩になった……」 と兄上は微妙な顔になっていたけれど、母上よりも年上な元王女様なので、気持ちはなんとなくわかる。しかも、ああいう性格の ロロナ様もだいぶ肉付きや顔色が良くなったようで、リハビリを重ねて杖無しでも歩けるようになったらしい。生きることに前向きな張り合いが出るというのは、良いことだ。 そして、僕や迷宮にとって望外の収穫となったのは、ロロナ様がアクルックスに持ち込んだ、家具やドレスや宝石類に書籍、そして大量のゼルジ金貨だ。最新の最高級品とは言わないまでも、王女の持ち物らしく品質が良く、この国で上品とされるセンスや、王族が持つべき品のレベルを知ることができた。 彼女はそれらを全て手放してエンに換え、当座の生活費としているらしい。 「奮発させていただきましたよ。現物込みで情報がやってきたんですからね」 ホクホク顔でそう言ったダイモンは、ロロナ様にエンを積み上げて買い取った物を見せてくれた。 「これは、詩集? 叙事詩ってやつかな? 娯楽小説とか見たことないけど、詩集はあるんだね」 「おそらく、分裂前のニーザルディア国時代の物ではないでしょうか。よく戦乱で失われなかったものです」 古い羊皮紙をめくると、やはり古めかしい言い回しで文字が並んでいて、ちょっと内容が気になる。現代語に訳したものが読みたいな。 「それにしても、三十年前の嫁入り道具かぁ。ちょっとアンティークだけど、当時の技術や美的センスがわかるのは、いい資料だね」 「こちらのアクセサリーも、技巧はやや古風ですが、繊細なモチーフを上品に表現できていますし、なにより良い まったく着られた形跡のないドレスたちは、布地にシミや虫食いも見られない。着ないからといっても、きちんと管理はされていたのだろう。丁寧な縫製や鮮やかな刺繍は、僕の感性も刺激してくれた。 「博物館を作って、きちんと保管しよう。誰でも見られるように。だけど、盗まれないように、警備はしっかりね」 「かしこまりました。では、そのように」 ロロナ様がもたらしてくれたのは、博物館に入れる様な物ばかりではない。 顔を青くしたイトウがすっ飛んできて僕に教えてくれたのは、二人の侍女が持っていた品物に関することだった。 「これが、この世界が強い放射線塗れな正体か」 「確定ではないけどね。でも普及しているし、可能性は高いんじゃないかな」 侍女の一人が持っていた、火をつけるための道具に入っていた動力源は、暗闇で薄く光る砂粒だった。 「ライターに放射性物質を使うなよ。火属性石で十分だろ、おっかねーな」 「不思議だよね。こんなに小さな道具で、魔力とは違うエネルギーを取り出せるなんて」 その鉱物は 燿石を用いた道具はかなり普及しているらしく、特に技術発祥の地であるライシーカ教皇国では、室内灯から冷凍庫まで、なんにでも組み込まれているらしい。 (そりゃあ、稀人が生きられないはずだよ。無理無理。怖すぎる) 教皇国で召喚されても、その日のうちに体が溶けて血を吐いて死にそうだ。 怖い想像をしたせいで頭皮がざわついたので、僕は両手で頭や頬をこすって正気を保たせた。 「仕組みは、わからないんだね」 「うん。この着火装置自体の仕組みは単純なんだ。だけど、燿石を電池のような扱いでエネルギーに変換する仕組みが、さっぱりわからない」 稀人の知識もこの世界の知識も、イトウには全て調べてもらった。それでもなぜかわからないので、僕はシロに聞いてみることにした。 「それは、ライシーカの秘術のひとつですね」 「やっぱりかぁ」 召喚魔法といい、スキル鑑定の仕組みといい、燿石の活用法といい、ライシーカがもたらした超技術は、とびぬけて原理が不明だ。 「燿石からエネルギーを取り出す装置は、設計図も製造工場も教皇国にあるので、大量に造られています。年月をかけて、サイズや出力に関する改良も加えられてきました。ただ、どうしてそういう仕組みで動くのかが、わかっていないだけです」 なんか、前世でもそういうのがあったな。理由はわからないけど、望んだ結果になるから使っている、みたいなものが。麻酔の仕組みとか、そうだっけ? (しかし、日常的に使う道具に、これが使われているのか……) 燿石の機械は僕の手のひらに収まる大きさだし、使われている燿石は砂粒サイズだけど、地球だったら普通に放射能標識が付くくらいの放射線量を出している。この世界に住む僕たちには無害なレベルだけど、せめて鉛で覆って欲しいものだ。 「こんなものが世界中にばらまかれているんじゃ、稀人は絶対に外を歩かせられないよ。迷宮への持ち込みも規制しなきゃ」 「燿石自体も、この世界ではあちこちで採掘されていて、アクセサリーや顔料の材料にもなっています。建材に混ぜて、壁などを光らせる方法もあるらしいですよ。……稀人が触れない可能性の方が、低いでしょうね」 シロの予想に、僕は力なく口を開けて天を仰いだ。無理ゲー過ぎる。 「ねえ、シロ。世界に魔力が溢れたら、魔力石も自然に出来るかな?」 「時間はかかると思いますが、いつか採掘されるようになるのではないでしょうか? 現在は人間が弱すぎるせいで狩られていませんが、大昔の魔獣の体内には魔力を蓄えた結晶が出来ていましたよ。……それに、いつか迷宮が必要なくなって消えた時には、大きな鉱脈になっているかもしれませんね」 「おおー、それならいいね」 曲がりなりにも、現在のエネルギー資源である燿石を、無理やり取り上げるのは不可能だ。もしかしたら、ライシーカが出現しなかった場合でも、遠い未来で燿石が活用される世界になっていたかもしれない。 とはいえ、魔力が枯渇しているのも問題で、迷宮産の魔道具を動かすための魔力石が、ダンジョン以外で出てこないというのも困りものだ。 「まあ、その辺は、人間が何とかしてくれない事には、根本的な解決にはならないか」 僕は面倒なエネルギー問題を未来の人類に任せた。 現在行方不明になっている、封印された邪神のコアを探すよう、冒険者ギルドに依頼はしたけれど、はたしてそれがいつ達成されるか、僕には想像もつかない。 (ライシーカ教皇国の宝物庫の片隅にあるのか、海の底に沈んでいるのか、それとも、何も知らない好事家がリビングに飾っているのか……) だいたい、どんな形をしているのかもわからないのだ。 ただ、迷宮に持ってきさえすれば、その真贋はわかるという。 (僕自身、まだ遠出が出来ないんだから、いまは冒険者ギルドに任せて、少しずつ情報を集めよう) シロが持っている情報は、それを知っている人の魂が星を巡る流れに合流して、はじめて共有されたものだ。つまり、今生きている人間しか知らない情報は、僕はシロから得ることができない。 だから、僕の代わりに現在の情報を集めてくれる人が必要だ。ところが、冒険者ギルドと仲良くしておくだけで、圧倒的なマンパワーが、その役割を果たしてくれることだろう。 「順調に回っているようですね」 「おかげさんで」 僕が見上げた先で、子煩悩な父親に見えるイケメンが優しそうな笑顔を浮かべた。ただ、モデルにした前世の知り合いは、万が一怒らせたら、この笑顔がものすごく怖くなることを僕は知っている。 ヒイラギのモデルになった人は、前世の僕の恩人だ。事務所に使い潰されて、過労で死にかけていた若い僕を拾い上げて、独立起業できるよう手助けしてくれた。 すごく頭が良くて、大手の商社に勤めていたけれど、結婚を機にお嫁さんの家の事業を継いだと聞いていたが……。 (あの柊木さんを怒らせるって、どんだけ馬鹿な連中だったんだ) それに関係した企業や家族が、複数、 僕の顧問税理士をやってくれていた大門さんは、柊木さんが紹介してくれた。その縁で、事件についても金の動きからかいつまんで教えてもらったけれど、まあ、酷かった。大門さんも真顔で、「ぺんぺん草も生えない焼け野原ですな」とだけ言って、乾いた笑いも出ないようだった。 頭の中にコンピューターが入っているかのようにデキるヒイラギは、僕の代わりに迷宮全体の運営や企画の調整などをこなすかたわら、僕よりも先のことを考えて色々な提案をしてくれる。 「冒険者ギルドは完全に味方にできました。今後は王族をはじめとしたリンベリュート王国上層部と、グルメニア教との全面対立に、全力を注げます」 「グルメニア教と教皇国は置いておいて、貴族たちが面倒くさそうなんだよなぁ。ロロナ様はめっちゃ面白い人だけど、権力自体はないし」 「……」 「はっきり言っていいよ? ぼくの両親が不安要素だって」 性根の臆病な父上たちが、ふらふら日和って敵になろうと、僕はまったく構わない。だけど、そうなってしまうと、姉上と兄上がきっと悲しむ。 「ボス。それについては、ネィジェーヌ殿やアンダレイ氏と、冒険者ギルドとも協議する許可をいただければと」 そんな事を言ってくれるものだから、僕の目が真ん丸になった。さすがはヒイラギだ。 「え、なんか解決できそう? 任せる、任せる。もちろん、いいよ。すぐに、来てくれるよう、遣いをだすね!」 デキる男を使うには、上司である僕も大きく裁量を任せて、動きやすいように調整してあげないといけないね。 ……丸投げしている、ともいうけどね! |