032 夕食会


 僕がオムライスを食べて、モンダート兄上がカツ丼定食を食べて、姉上がシーフードグラタンを食べている。
「はぁー、すんげーうまーい!」
「モンダート、静かに食べなさい」
 ハゼガワがリザーブしたのは高級レストランではなく、気軽に楽しめるファミレスだった。
 この世界での大衆食堂を見たことがないのでわからないけれど、ダンジョンで稼いでいる冒険者なら気軽に食事ができる、価格安めな普通のチェーン店を想定して造った。今後、他の迷宮都市にも備える予定だ。
 テイストを『魔法都市アクルックス』に合わせつつも、腰の高さで壁材の切り替えをしたり、壁紙に模様が入っていたりする内装は、この国の基準で言えば十分オシャレだろう。椅子やテーブルの質も上等だし、惜しみない照明のおかげで店内も明るい。
 肝心の料理も、がっつり系からデザートまで揃っているので、冒険者たちにも人気だ。メニューにはこの世界の物もあるけれど、半分以上は稀人がもたらした料理を再現したものだ。その方が“迷宮感”があっていいかなと。
「だって、寄宿舎の食事って、ちょっと味が薄いし、もうちょっと食べたいなーって量だし」
 学園で出される食事は、健康的な腹八分目らしい。モンダート兄上は、がつがつとカツ丼をかきこんでいる。ちなみに、箸ではなくスプーンだ。
「こんなに美味い料理がこの世にあるなんて……! 学食でもカツ丼とみそ汁を出してもらう!」
「あはは……」
「もう、恥ずかしい……」
 兄上に喜んでもらえたのは嬉しいけど、ネィジェーヌ姉上は呆れてため息をついている。
「母上がここに居たら、間違いなく怒られていますよ、兄上」
「うっ……」
 スプーンを振り回す勢いで騒いでいた兄上が、しゅるしゅると静かになった。あらゆるマナーに厳しい母上を思い出して大人しくなるくらいには、兄上にも怖いものがあるようだ。
「……」
「姉上?」
「え? あぁ、なぁに?」
 僕に話しかけられても、まだどこか上の空な姉上の皿は、中身が半分も減っていない。
(まだ禁書ショックが抜けてないのかな)
 僕はそう思ったのだけれど、隣に座っている兄上は違うと思ったらしい。
「父上と母上の事、気になるんですか?」
(え、そうなの?)
 意外過ぎて、僕は兄上と姉上の顔を、交互に見てしまった。
「ん……そうかもしれないけど、少しちがうかな。こんなに近くで食事したことなかったから……。うちのダイニングでも、もっと小さなテーブルにすればいいのにって」
「あー。言われてみれば、そうかなぁ」
 たしかに、ファミレスのコンパクトなテーブル席に比べたら、実家の食堂のテーブルは格段に広い。たぶん、十人はゆったり座れるだろう。そこを五人で使っているので、たしかに遠い・・と感じるかもしれない。
(僕と姉上が、父上の席から一番遠い・・しな)
 長方形の短い一辺に父上が、長い辺の片方に母上と姉上、もう片方に兄上と僕が座っていた。
「もっと、たくさんお話しするべきだったかな、って……。時間は、たくさんあったはずなのに」
「何言ってんですか、姉上。話しようにも、父上は仕事しているし、談話室にも滅多に出てこなかったじゃないですか。食事中は、母上が女から話しかけるのはハシタナイって怒るし。それに、俺が見ていただけでも、姉上が何か言おうとしても、父上も母上も口を出すなとか、そうじゃないって言って、ろくに聞いてくれなかったじゃないですか。なっ、ショーディーも見てただろ?」
 怒涛の勢いで出てくる兄上の言葉に、僕もうんうんと頷いた。寂しさや後悔のせいで、記憶を捏造してしまうのは危険だ。
「父上たちと話すなら、うちに帰ってから、またすればいいんじゃないですか? 聞いてくれるかどうかは、まぁ、わかんないけど」
 兄上はあっけらかんとした調子で、みそ汁を飲み干した。
「俺は帰ったら、どんなに頑張ったか、修行の成果を絶対にお見せするんです!」
 そう言い放った兄上は、学園でどんな風に勉強をしているのかを愚痴交じりに話し始めた。
 教諭曰く、的当てなんて最後でいい、国語すらきちんと読み書きできないで古の魔法使いが残した書物が読めるか、地面の成り立ちを知らないで土を操るなど言語道断、魔法使いにも体力が必要だから運動は大いに結構、そもそも体力に対して魔力とは、などなど……。
 僕にしたら「まあ、そうだな」と納得できるのだけれど、座学よりも体を動かしたい兄上には窮屈で仕方がないらしい。
「俺は、剣士がいいんだけどなー」
 カツ丼を平らげてソファに背中を預けた兄上に、僕は手を止めて首を傾げた。
「じゃあ、魔法剣士になるんですね?」
 そうすると純魔より最大MPは成長しないかなぁ、などと僕は兄上にあげる予定の魔力補助アイテムについて考えを巡らせかけたけれど、兄上は全然ちがうところに食いついてきた。
「魔法剣士!? なにそれ、かっけぇ!!」
「へ?」
 目をキラキラさせた兄上は、どうやらロマンをお求めらしい。
「魔法使いって接近戦には弱いって、先生も認めてんだよ。だけど、敵に近付かれても『剣が使えないなんて、誰が言った?』とか言ってみたりしてさぁ! ちょーかっけぇじゃん!!」
「「……」」
 兄上はちょっと早い中二病を発症したらしい。僕と姉上は沈黙してしまったけれど、楽しそうなのでそっとしておくことにした。
(器用貧乏とは言うまい。相対的に兄上の方が強ければ、魔法剣士のパイオニアとして名を残しそうだし)
 魔法剣士と一口に言っても、魔法の使い方によっては一対一も一対多数もこなせるはずだ。特に、魔法使いの数が少なく、魔法剣士という概念も希薄な今の時代なら、十分に初見殺しができるだろう。
「……モンダートは王都に行って、将軍様になるのかしらね」
「それもいいと思いますけど、アクルックス魔法学園ここでのお勉強は、領地でも役に立つと思いますよ」
「え?」
「へ?」
 姉上と兄上から同時に見詰められて、僕はオムライスの最後の一口を呑み込んでから説明した。
「兄上はさっき、地面の成り立ちを教わったって、言っていたじゃないですか」
「うん」
「じゃあ、地面の下がどうなっているか、魔法でわかりませんか? 鉱山で、鉱脈や、地下水が出そうな危ないところを探せないかなぁって……」
 二人とも、目からうろこが落ちたと言わんばかりに、目が真ん丸になった。
「ぜ、全然考えたことなかった……」
「すごいわ! モンダート、できそう?」
「ええっ!? わ、わかんないです!」
 兄上は慌てて首を横に振るけれど、今度は姉上の目がキラキラ……というより、ギラギラしはじめている。
「水脈とか、地面の固いところと柔らかいところがわかれば、水路をひくのがやりやすくなるんじゃないですか?」
「そうよ! 水はけが悪いところをなんとかすれば、農地が増えるわ! モンダート、頑張って勉強してちょうだい!」
「え、えぇ……」
 将来の領主からの圧に、兄上もたじたじだ。
「姉上、兄上がこんなに優秀だと、まわりから色々言われませんか?」
 便利に使える人材がいれば、当然横から手を出してくる人間がいるだろう。姉上もそれをわかっているから、凄い目力のままで僕の方を見てきた。
「言われるわ。特に、うちの娘をって言ってくる奴がいっぱいいるはずよ。私も頑張らなきゃ。お父様やお母様がほいほいモンダートを安売りしないように、しっかり目を光らせて護らなきゃ! そっちは私にまかせなさい、モンダート」
「は、はい……」
 姉上の勢いに負けて、兄上はカクカクと頷いている。まあ、政略結婚しなきゃならなくても、姉上なら変な家と繋がらないように戦ってくれるだろう。
 気合が入ったのか、猛然と食事の続きを片付けた姉上が、まだ色々考えていそうなので、糖分の補給のために、デザートを追加注文することにした。僕はバニラアイスだけでいいけど、姉上と兄上は、それぞれ違うパフェを頼んでいた。食べ盛りだねぇ。
「……そういえば、私、ショーディーに聞きいておきたいことがあったの」
「なんですか?」
 僕が顔を上げると、姉上はどこから話そうかと考えるように、しばし視線を彷徨わせた。
「えっと、将来、王都の高等学校に行く気はある?」
 この国の人間は、基本的に学校に行かない。庶民なら、親から習うか、奉公先で習うくらいだろう。ハニシェがこの組だ。
 僕らくらいの家柄なら、家庭教師を雇うのが一般的だ。ただ、貴族や一部の金持ちが、官僚や領主になるための高等学校に行ったり、職業軍人になるための士官学校に行ったりはする。
「うーん、いろいろなところを見てみたいので、王都にはいつか行ってみたいと思っています。でも、この国の政治に関わりたいとは思いません」
 噂話で聞く限りは、大学の法学部とか政治経済学部とかの皮をかぶった、とにかく人脈の強化や派閥の調整力を磨くための場であり、実家が極太な腹黒コミュ強しか生き残れない蟲毒なのだとか。地方の旗本次男坊という立場の僕には絶対無理だ。
「そんな気はしていたわ」
「あ、姉上は行くんですか?」
 クリームごとカットフルーツを口に入れようとしていた兄上が、一瞬だけ止まってそう言い、ぱくりとスプーンを咥えた。
「どうかしら。王城で官僚になるつもりはないから行かなくてもいいのだけれど、次期領主になる人たちが集まる学科があるらしいの。お父様とお母様の御判断によっては、行くことになるんじゃないかしら」
 言外に、婿を探してこい、と言われる予想をしているらしい姉上はため息をついた。
「それでね、私のことは置いておいて、ショーディーのことよ。この迷宮のことが領外にも伝わるでしょう? そうしたら、ショーディーを取り込もうとする人も増えるはずよね」
「俺ですら勝手に恋人にされないよう気をつけなきゃいけないんだろ? もしショーディーが王都に行くなら、ちゃんと後ろ盾や護衛がいないと、絶対に危ない!」
 そうだろうなぁとは思いつつ、僕はあえて口を開かず、兄姉が険しい顔をしているのを眺めた。