020 戦うメイドさんに育てよう


 その夜、僕はハニシェと食卓に着き、ハニシェが作ってくれたホワイトシチューを食べていた。
 食材はいっぱいあるし、家電などの扱いにも慣れてきたようなので、試作品の『叡智の欠片』を合成して作られた料理本をあげたら、よろこんでいろいろ作ってくれている。
「おいしい!」
「ありがとうございます。だいぶ肌寒くなってきましたね」
「うん。……ハニシェは、雪好き? それとも、降らない方がいい?」
 箱庭の気候はブルネルティ領に準じているけれど、天候は弄り放題だ。
「雪が積もるような寒さは嫌いですけれど、この家は温かいし、外に水を汲みにいかなくていいし、お風呂も入れるし、コートもありますから」
「あはは。快適だね」
「はい。雪は、窓から眺めるくらいで、ちょうどいいのではないでしょうか」
「そうだね」
 雪下ろししなきゃいけないほど積もるのは困るけど、窓越しに季節を感じられるのはいいかもね。
「来年には、ひっこしすると思うんだ。まちのなかだけど、ここと変わらないくらい、快適なおうちを用意するからね」
「そうなのですか?」
「うん。ぼくが住所不明だと、姉上たちがしんぱいするから。ぼくたちの生活費はちゃんとあるから、大丈夫だよ」
「はい」
 そう返事はしたものの、ハニシェの表情に少し浮かない感じがあったので、なにか気がかりな事でもあるのかと訊ねた。
「まちじゃなくて、ここで暮らしたい?」
「あ、いえ……」
「えんりょしないで言って。ひっこしてから問題があったら、ぼくが困る」
「そうと決まったわけではありませんし、小さな坊ちゃまにお聞かせするようなことでもないのですが……」
 ハニシェはそう言って躊躇ったけれど、僕が言えと圧を掛けたら折れてくれた。
「私の、実家のことです」
「まえに聞いた、コロンのまちの? 家族がしんぱい?」
「いえ、逆です」
「んえ?」
 言いにくそうに、ぽつぽつと話してくれた内容はこうだった。
 ハニシェの生家は南の鉱山の町コロンにあるけれど、家族関係は決して良いとは言えなかった。鉱山関係の仕事をするにも、高い給金が貰えるようにハニシェが文字や算数を習っていたのに、女に勉学は不要だと両親に邪魔されていたそうだ。
「私の下にも弟妹がいたので、お金は必要でした。ただ、両親は私に早くお嫁に行ってもらいたかったみたいです」
「ええっ! ハニシェ、ぼくの所に来たとき、まだ今の姉上か兄上くらいだったはずだよね?」
「はい。十二くらいでしたね。うふふ、妹や弟で見ていたので、坊ちゃまのおむつだって替えられましたよ」
 ハニシェの両親は、ハニシェ自身が稼ぐよりも、口減らしを優先させたのだ。そして、あわよくば裕福な嫁ぎ先から仕送りをしてもらおうと考えていた。
「実際、勝手に嫁入りさせられる直前でした。たまたま、鉱山の視察に来られていただん……領主さまが、生まれたばかりの坊ちゃまのお世話係にちょうどいいのではないかと、鉱山事務所の下働きをしていた私を引き抜いてくださったんです。事務長からも、子守も仕事もできるって推薦してもらえましたし」
 え、父上ナイス。ファインプレー。ちょっと見直したよ。
「おかげさまで、親ほど年の離れた男のところに嫁がなくて済みましたが、仕送りをしろとうるさくて……。あんなに勉強の邪魔をしてきたのに、勉強させてやった恩を返せと」
「なにそれ。ひどいよ!」
 僕がぷくっと頬を膨らませると、ハニシェは仕方なさそうに小さく笑った。
「お城にいた時は、領主さまが怖かったから無茶なことはできず、せいぜい手紙で催促するだけでした。その手紙を出すのもお金がかかりますから、一年に数回程度。私も、年に一度だけ、少し仕送りをしていました。十二歳まで育ててもらった恩はありますから」
 ハニシェの家庭の事情は、なんとなく察することができた。
「……そうか。お城から出てコロンにちかい場所になると、じかに来るんじゃないかなって、しんぱいだったんだね?」
「はい。そう滅多なことをしないとは思いますが、坊ちゃまにご不快な思いをさせないかと……」
 城館にいた時のような、ジメジメとした雰囲気を出し始めてしまったハニシェに、僕はぶんぶんと首を横に振って見せた。
「だいじょうぶだよ! ぜったい、だいじょうぶ! ぼくが、ハニシェをまもってあげるからね!」
 僕の身の安全のために『学徒街ミモザ』の警備は厳重にするつもりだったけど、ハニシェのためにも、より目を光らせておく必要があるようだ。
 ふんすと鼻息荒く拳を握った僕を見て、僕のメイドは眉尻を下げたまま微笑んだ。
「ありがとうございます。それに……そういう事情がありましたので、私はとても嬉しかったんですよ。坊ちゃまが『実家に帰れ』と言わずに、『いっしょにきてね』と言ってくださったことが」
「え?」
 いつ言ったっけ? いつも言っているような気がするから、どれのことか思い出せ……ああ、西の塔で、そんな会話をした気がする。僕が家出するって決心した時のことだな。
「私は坊ちゃまのお傍にいていいのだと、私にはちゃんとお役目があるのだと、認めてもらえたと思えたんです」
「あたりまえでしょ。ハニシェはぼくの大事なメイドなんだから!」
「はい。身命をかけて、お仕えいたします」
 嬉しそうなハニシェの笑顔をみて、僕はいっそう頑張ることにした。
(不本意に転生した先だとしても、僕に優しくしてくれたり、尽くしてくれたりする人には、ちゃんと報いてあげなくちゃ!)
 低賃金、無報酬、サービス残業、やりがい搾取、ダメ、絶対!



「と、いうわけで、ハニシェにも強くなってもらいます。ついでにお金儲けもしよう」
「えっと……?」
 冒険者に入ってもらうダンジョン部分を、ハニシェに体験してもらうことにした。最低で七歳の子供が出入りできる難度にしなきゃいけないので、戦闘力皆無のハニシェに試してもらって、微調整をするつもりだ。
「ここは、どこなのでしょう?」
「『魔法都市アクルックス』にあるダンジョンだよ」
「だんじょん、ですか?」
 青空から降り注ぐ穏やかな日差し、そよそよと吹き渡る風。大きな芋虫が地面を這い、ベリーの低木の影には、もこもこした生き物が蠢いている。草原というほど生い茂っていないが、探せば薬草の群生地もあるはずだ。
 僕らの足元には、ここに降りてきた転移魔方陣がある。
「さっき、ハセガワが持ってきた魔道具に触ったでしょ?」
「鑑定機ですね! びっくりしました」
 僕が兄上と一緒にスキル鑑定を受けたことからもわかるとおり、この世界には不思議な技術がある。人物鑑定の魔法はシロたちも原理がよくわかっていなくて、おそらく聖ライシーカがもたらしたものではないか、ということだ。
 元々は稀人を鑑定するものだけれど、この世界の住人用にも鑑定魔道具が開発された。ただし、教皇国とグルメニア教が独占しており、利用にはかなり金がかかる。
 両方の技術をシロから引き出したイトウが、迷宮都市に登録する冒険者用の鑑定機をあらたに開発したので、ハニシェにも使ってみた。


ハニシェ
年齢 17
状態 健康
レベル 2
スキル −


 スキルはどうでもいいが、状態とレベルがわかるのが大きい。
 細かいステータスを引き出すには至らなかったけれど、そういうのはいずれ誰かが開発するだろう。
「ハニシェって、武器持ったことなんてないよね」
「はい」
「じゃあ、ラケットとスタッフ、どっちがいい? オススメは、リーチがあるスタッフかな」
 僕が示したのは、布団叩きに見えるブツと、箒に見えるブツ。
「では、坊ちゃまのオススメで」
「ん。やりにくかったら、ラケットと替えてもいいからね」
 パッと見は、箒を持ったメイドさんだ。
「よし。じゃあ、そのへんで動いているものを叩き潰してみよう」
「え、……えぇぇっ!?」
「ほら、だいじょうぶだよ」
 僕が手本を示して、その辺の地面でモソモソしていた、僕の腕くらい大きな緑色の芋虫をラケットで叩いた。

バシッ

 通常なら布団叩きに潰された芋虫が残るはずだが、地面には数枚のコインが落ちているだけだ。
「みて、ハニシェ。お金がでてくるんだよ」
「えぇ……なんで……?」
「そういうふうに、つくられているからだよ」
 僕はコインを拾い上げる。鉄色の一エン硬貨が三枚だ。
「見たことのない硬貨ですね」
「迷宮都市でつかえるんだよ。それに、このダンジョンでたたかうと、レベルがどんどんあがって、つよくなれるんだよ!」
「あっ、坊ちゃま! お待ちくださいまし!」
 布団叩きを振りかざして、緑芋虫や毛玉ネズミや転がり茸に突撃していく僕を追いかけて、ハニシェもおっかなびっくり箒を振り下ろし、ダンジョンでの戦いに少しずつ慣れていった。
「はぁっ、はぁっ……」
「とりあえず、はじめはこんなものかな」
 ダンジョンから帰って、ぐったりしているハニシェを鑑定機に通したところ、レベルが4に上がっていた。