019 まだまだ問題はある


 会議は続く。
「都市部には迷宮案内所、両替所、衛兵詰所、等の公的建物が建設されます。冒険者ギルドの誘致はしません。また、宿屋、武器屋、防具屋、薬屋、さらに各種商店が建設され、アルカ族が運営します。これに関しては、ダイモンさんから説明をお願いします」
「はい、では簡単に」
 ヒイラギに代わってダイモンが起立し、迷宮都市の経済について話し始める。
「迷宮都市では独自通貨『エン』が運用されます。エンは迷宮都市の外へ持ち出すことは禁止。冒険者が迷宮都市を出る時は、一定額のみ現地通貨に両替され、残りは迷宮案内所に預け入れという形になります」
 冒険者しか迷宮都市には入れないが、迷宮都市では紐付けられた別のIDを発行して管理することにした。
「迷宮で得られたアイテムを迷宮外に持ち出すことは、魔力を拡散する目的に合致して推奨されていますので、そういうものを購入してもらうことが一番です。迷宮都市でも土産物や日持ちする携帯食を開発するべきでしょう。現地通貨とのレートですが、エンの方が圧倒的に高くなりますので、限度額いっぱいの両替が予想されます」
「そこが問題なんだよねえ。いまのところ、外貨の獲得方法が、入場者の両替しかない」
「はい。ですので、冒険者が外で売りさばく物品と被らない物を、迷宮の外で売れないだろうかと検討中です。ただ、これにも問題がありまして」
「アルカ族が迷宮の外に出られない、ってことだよね」
「はい、ボス」
 これに関しては、僕にもいくつか案はあるんだけど、いまの迷宮規模では難しい。もう少し時間が必要だ。
(迷宮産の物を売った金を持って、迷宮に帰ってきてくれるのが一番楽だけど……)
 流通量が少ないと、あまりにも高価な物は奪い合いになる。帰ってきてくれるはずの冒険者が、強盗殺人の被害者になるのは避けたい。
「迷宮の産物が、外ではどのくらいの価値になるのかも目安が欲しい。やっぱりライノと話し合う必要があるな」
 冒険者ギルドだけでなく、職人ギルドなどとも調整が必要だ。この辺の常識や知識が、僕にはまだ乏しい。アンダレイがいてくれたら心強いのだけど、実家の家令見習を毎回同席させるわけにもいかない。
「いずれ、迷宮都市に住みつく冒険者も増えましょうが、不動産関係は後でよろしいかと」
「うん。まだ宿屋だけで大丈夫だと思うよ。準備するエンは、どのくらい必要?」
「初年度は三億もあれば、十分かと」
「あ、そんなもんで足りるんだ」
「基本的に、我々に食費や被服費はかかりませんからな」
 いっぱい食べそうな見た目をしているダイモンが、ムチムチした肩を上下させてみせた。
「いずれは、迷宮都市発の食文化やファッションなどの流行が起こるかもしれませんが、いまは時期尚早と判断します。そのような理由で、初期予算はこの程度を目安にしております」
「うんうん、ありがとう。まわりの情報を得ながら、段階的に、継続的にやっていきたいね」
 ダイモンが着席し、再びヒイラギが起立する。
「この先は、まだボスの構想段階ということですが、ほぼ決定していることを発表しておきます」
 資料に描かれた迷宮都市と、そこから少し離れた場所に別の用地が示されている。
「ラポラルタ湿原の上に創られる迷宮都市の名前は、『魔法都市アクルックス』。近隣にある元デリンの町を、『学徒街ミモザ』として再開発します」
 この町の名前は、僕が前世でやっていた『グローリーオンライン・ネクサス 悠久のグリモワール』にある町からとった。街並みもゲームの雰囲気に寄せて設計している。
 元々、迷宮に出現するエネミーや入手アイテムを『GOグリ』に寄せるつもりだったので、どうせなら街もそれっぽくしてしまえとなったわけだ。
「アクルックスは今説明された通り、ダンジョンを内包した都市で、魔法関連を充実させるつもりなんだけど、ミモザの方には高等学校やジャンルを問わない研究機関を建設しようと思っているんだ。誰でも学べるようにしたいけど、ここも教会の攻撃対象になりえるから、なにかしらの入場制限を設けるつもりだ。町が完成したら、ぼくもミモザに住む予定だから、その方が安全だしね」
 一同が揃って頷いたので、僕も苦笑いが浮かぶ。自分が最重要人物で、いろいろな勢力から身を護らなきゃいけないことは、ちゃんと自覚はあるよ。
「旦那様、『魔法都市アクルックス』の側に、ミモザ以外の町が人間によって造られると予想されますが」
 ハセガワの予想は当たっている。僕は頷いて、その対応を答えた。
「冒険者ギルドを迷宮に誘致しない以上、人間が近くに街をつくるのは必然だ。だけど、そっちはぼくの父上の領分だから、ぼくは手を出さないよ。税金でもなんでも、勝手にとればいいと思う。だけど、治安や衛生環境の悪化が心配だから、その辺は姉上と各ギルドに知恵を貸して、工夫してもらうつもり」
 アクルックスの城壁の中は綺麗なのに、一歩外に出たらものすごく臭いだなんて、絶対に嫌だ。
「迷宮都市とその周囲についての軋轢は、十分にあり得る。だけど、こちらには圧倒的な力がある。ぼくたちが保有する知識と経済に、彼らは屈することになるだろう。どうあっても、自分たちの不利益にしかならないからね」
 いずれ追い付かれるだろうけれど、少なくとも僕が生きている内にそれはないだろう。できればその前に、封印されて行方不明になっている邪神のコアを探しだしたい。
「万が一、力をつけた冒険者たちが迷宮都市で蜂起したとしても、アルカ族の身体能力や戦闘能力には及ばないし、なにより僕が許さない。その場で即死させて、迷宮の養分にする」
 これは迷宮に備わった防衛機構の一部だ。段階的な制裁はあるものの、遠慮なくMAXで行使する。
「できれば、そういう事にならないようにしたい。そのためには、迷宮を守りたい人間の勢力をつくり、対立させるのが一番だ」
 人間同士が鎬を削るために、僕は最上の餌を用意した。
「イトウ、グリモワールの開発進捗は?」
 眼鏡をきらりと光らせたイトウは、ニィと大きく唇を引き上げた。
「ドロップアイテム『叡智の欠片』として生産を開始しました。現在、十種類をそれぞれ三つから五つほどの欠片にしています」
 『叡智の欠片』というアイテムはクリスタル状でドロップするけれど、同じ物を必要な数を揃えることで、『稀人の知識』『世界の知識』という小冊子型のアイテムに変化する。クリスタルのままでも迷宮都市の外へ持ち出せるが、クリスタルのままだと何の知識が入っているかわからず、小冊子状態になって初めて中身を読めるようになる。
 『GOグリ』のメインストーリーに関わる謎の魔術書グリモワールにひっかけて、僕は大量の知識や知恵を本にして、人々に行き渡らせることにした。
「様子を見てドロップ率の調整は必要でしょうが、汎用性の高いものや、この世界の知識ほど低レアで、ばらまきにしてあります」
「うんうん。ぜひ一般人に広めて欲しいからね」
 僕の唇も、イトウと同じように吊り上がっていく。
「ずるをして得た知識の占有は、いけないよね」
 僕は、現在ライシーカ教皇国が独占している稀人の知識を、迷宮から産出させることにしたのだ。これで、迷宮を有する国はライシーカ教皇国にぺこぺこする必要がなくなり、同時に、なんとしても迷宮を守らなくてはならなくなる。
 さらに、この世界の知識をばらまくことで、富裕層のみならず一般人の基本的な学力や教養のアップをはかる。問題は識字率の低さだけれど、『魔法都市アクルックス』と『学徒街ミモザ』に小学校を設けることで、最短で七歳から勉強を始めることができるようになる。
 『稀人の知識』と『世界の知識』というアイテムは、迷宮都市の外に持ち出せるので、既に存在している学校に持ち込まれることも、大いに期待している。
「イトウ、ミヤモト、引き続き、この世界の知識をシロから引き出して活用してほしい」
「了解です」
「はい。……あの、ひとつお耳に入れておきたいことが」
「なにかあった、ミヤモト?」
 健康的に日焼けしたミヤモトの精悍な顔立ちが、やや困惑したように眉を寄せていた。
「実は、ボスが持ち込んだ大山羊カーパーなんですが、さらに大きくなっています」
「は?」
 僕が目を瞬くと、ミヤモトは最初から丁寧に説明してくれた。
「カーパーは、元はガプと呼ばれる大型の野獣を家畜化したものです。それが、箱庭で一ヶ月過ごしたら、見た目がガプに近付いてしまっているようなのです。元々体格の良い個体でしたが、背中まで俺の手が届かなくなってきてしまって、ちょっと大きくなりすぎじゃないかと……」
「ええっ、野生化……じゃない、先祖返り……とも、ちょっと違うか。なんて言うんだろう? なんで大きくなっちゃったの?」
「たしかな原因はわかりませんが、迷宮の魔力を浴び続けているせいではないでしょうか?」
「あっ、あぁ……」
 そういえば、以前シロから、魔力を浴び続けるだけで多少体力が付く、みたいなことを聞いていた。それが動物に作用すると、原始的な形に近付くのかもしれない。
「えっと……もしかして、動植物を、迷宮にそのまま入れるのは、ちょっと危険だね?」
「研究目的だとしても、特に注視する必要があるでしょう。一番問題なのは、冒険者が知らずに持ち込んで変異してしまう事です」
「あ、そうか……。おーけー、わかった。教えてくれてありがとう」
 せっかく家畜化したものを野生に戻してしまうのはいただけない。迷宮外からの動植物の搬入は注意が必要だとわかったし、大山羊も早めに箱庭から出してあげなきゃいけないだろう。
 こうして、これからの課題を確認しつつも、第一回迷宮会議は終了した。