触手と愛とプレゼント ―1―
現在ダンテが住んでいる家は大和が建てたもので、地下には主寝室の他、本格的なプレイルームを完備している。
プレイルームと言っても、置いてあるのはダーツの的やビリヤード台ではなく、磔台や木馬や天井に吊るされた滑車などで、万人に遊ぶ適性があるとは言えないだろう。床は寒々としたセメント調だが、実際は厚みのある塩ビ材なので、素肌でもそれほど寒くないし、大きな怪我を誘発するような硬さでもない。作った方は砂礫も露わなガチでハードな床がよかったのだが、自分の職務上の立場やメンテナンスの観点から断念したらしい。 そんなプレイルームに置かれた、一人掛けのレザーソファに座ったダンテは、両手にそれぞれ何かを握ったまま、集中しているように虚空を睨んで動かない。触手プレイがしたいと大和におねだりされたのでがんばっているが、なにぶん、ダンテが操れる物は、そういうことに使う物ではないわけで・・・・・・。 「ダンテ、入るよ」 「・・・・・・ん」 ソファの傍に置かれた丸テーブルにトレイが置かれ、紅茶のいい香りが漂ってくる。そこで、ダンテは瞬きをして、やっと傍らに顔を向けた。 「Grazie」 ダンテと同じ顔をしているが、やや表情に乏しいロマーノが、ポットを傾けて赤味の強い紅茶をカップに注いでいた。たっぷりと人血を吸い上げて咲いた薔薇は、乾燥させてから時間がたっても、美味いエキスを染み出してくれた。 「ふぅ、美味い」 両手に握っていた物をティーカップに変えたダンテは、バキバキと首を鳴らしながら肩をまわすという、器用なことをしてみせた。 「溢すぞ」 「ん、ごちそうさま」 ぐびーっと残りの紅茶を飲み干して茶器をロマーノに返し、ダンテはにぎにぎと両手を開閉した。 「・・・・・・で、成功したのか?」 「たぶん?」 「・・・・・・地獄絵図だが?」 二人の前には、一本が人の腕ほどの太さはあろうかという、蔦だか蔓だかよくわからない植物が絡み合った塊があった。もっと大きく、地上に生えていたならば、天に向かって育っていく豆の木のようにも見えるが、ただもぞもぞ動いているだけなので、いっそう不気味だ。 「これで息できるのか?」 「大和さんは苦しいくらいが気持ちいいから大丈夫」 それでいいのかと、ロマーノの眉間がわずかに寄るが、そういうもんだと納得してほしいとダンテは思う。 「それで、侵入者?」 「いや、まだ外をうろついているだけだ。こんな時間までご苦労なことだが、それだけに、キッチンの明かりを消したら、入ってくるかもな」 「わかった。敷地の外にいるだけなら大和さんに任せるけど、庭にまで入ってきたら俺が対処する。ロマーノは下がってよろしい」 「Si.・・・・・・彼は放っておいて?」 蔓の塊を見て言うロマーノに、ダンテは少し首を傾げた。 「放置プレイでいいけど、俺が寝た後に目を覚まして手を貸してほしそうだったら、手伝ってあげて」 「Si. Mio Signore」 ロマーノが茶器を片付けて退出すると、ダンテはソファから立ち上がって腰を伸ばし、さっきまで両手で握り込んでいた物を拾い上げた。 「かわいい」 思わずにへらっと顔が緩むが、そこは仕方がない。涼月に頼んで作ってもらった、にぎにぎ大和さんヌイグルミなのだ。手のひらサイズで、髪の長さや服装が違う。リラックスや集中の為に握り込むボールがあるが、それの代わりだ。ちなみに、もっと大きいサイズもあり、ダンテは一人寝の抱き枕にしている。 「それじゃ、終わりにするよ〜」 ひょいっと腕を一振りするだけで、そこにあった蔓の塊は空気に溶けるように消え去った。残ったのは、大人の遊具な木馬に括り付けられた、全裸に鞭打ち痕が生々しい成人男性が一人。 「大和さ〜ん」 「・・・・・・・・・・・・」 馬体の背に当たる部分にうつ伏せの状態で動かない大和は、馬首に繋がる枷に両手首がはめられ、大きく開脚した足首はそれぞれ床から生えている足枷に捕らえられている。さらされて隠れることのないアナルは紅くなって白濁を垂れ流し、大和自身の精液と混ざって床には水溜まりができていた。 「わあ、すごい。蔓は消えても出した樹液は残ってる・・・・・・」 エロいけどおなか壊しそうだな、などと呟きながら、ダンテは馬首の方へまわって、手首の拘束を解きながら大和の顔を覗き込んだ。 「やーまとさーん、起きてるー?」 トナカイ角のカチューシャを取って長い前髪をかきあげると、涙や鼻水や唾液で酷いことになっているが、とりあえず満足そうに力尽きていた。意識があるのかないのかはっきりしないが、わずかに反応があるので、こちらの声はなんとなく聞こえていそうだ。 「ま、いっか」 だらんと下がった両腕は、義手の重さ分、大和の体を右側へずり落ちさせていく。ダンテは大和をそのまま仰向けに床の上に寝かせ、両足首の枷も解いた。 「お腹の中の、出そうね。そうしたら、寝てていいから」 少し膨らんでいた大和の腹を踏みつけると、「ごへっ」とせき込むようなかすれた悲鳴が聞こえたが、それよりも樹液が排泄される、びちゃびちゃぶりゅりゅという音の方が大きい。 「うーん、こんなもんかな?」 二、三度踏みつけ、かかとをぐりぐりとねじ込んで、ダンテは大和の腹を平らにした。 「はい、お疲れ様でしたー」 本格的に気を失ったらしい大和にバスタオルを一枚かけると、ダンテはさっさとプレイルームを後にした。いつまでもあの場にいると、ついつい愛しさから世話を焼いてしまいそうになる。 「サドのロールプレイって、いつまでたっても慣れないなぁ」 ぼやく拾われご主人さまは、ポケットに突っ込んだマスコットをにぎにぎしながら、地上階への階段を昇って行った。 キッチンを含めて一階の電灯が消えて真っ暗なのを確認し、そのまま灯りを点けずに、二階へと上がる。 「・・・・・・・・・・・・」 小鳥遊大和が所有する不動産が増えれば、それは探りに来るのもいるだろう。良くも悪くも、内外の注目を集めてやまない若様なのだ。 (だけど、建てたのが私的なSMプレイルームで、囲っているのがカノジョじゃなくて、バケモノなんだよなぁ) 影に溶けたままテラスに出て、音もなく外階段を伝って屋上に行き、周辺の家々が寝静まっていることを確認する。うっすらと積もった雪に、サンダルの足跡が付いた。 「さっむ」 キンと冷えた冬の夜気に、白い息がふわりと消えていく。滑りそうな濡れた地面の上を、身を低くしたまま危なげなく移動して、静かに地上を窺う。 (意外と少なめ) 塀を乗り越えてきた人数が二人だったのは、襲撃ではなく、偵察の為だろう。小さいライトを持っているが、武器は持っていないようだ。 (雪が積もっている時に来るなんて、素人かよ) 朝になれば雪が解けて足跡も消えるかもしれないが、明日の天気予報は冷え込んだ曇り。いまも雲は厚く月明りもないが、足跡を隠してしまうほどの降雪があるような空模様ではない。そんな不確定な状況で突入するなんて、ダンテならありえない。大和をつけてきたついでに、敷地も見ておこうというつもりだろうが、大胆というよりも無謀だ。 (小鳥遊財閥の御曹司が買った家なのに、警備会社のステッカーがあるだけで、なんで監視カメラが付いていないのか、考えてないんだろうなぁ) 音もなく屋上から飛び降りてきたものに、真下にいた侵入者は気付かなかった。 次いで、勝手口付近にいたもう一人も、トラップを踏みつけて見事な冬薔薇を咲かせた。 (ご馳走様) 行儀悪く首に噛みついたまま引きずっていた死体から口を離し、ダンテはじゅるりと唇を舐めた。触手プレイの為に消耗していた魔力やら気力やらを、すっかり回復させることができた。温かい食事は、とても大事だ。 「・・・・・・あれ?俺ってもしかして、意外と、大当たりな人間に囲われているんじゃ?」 暗闇の中で薔薇の花を摘み取りながらふと気が付いて、ダンテはちょっと感動してしまった。自動で食糧をおびき寄せてくれるなんて、大和はとても優秀な個体ではないだろうか。 (仕方ないなぁ。またおねだりを聞いてあげよう) るんるんと機嫌よくなったダンテは、侵入者の持ち物を剥ぎ取って塀の外に投げ捨てると、ミイラのような死体を土に還して、家の中に戻った。 空が白み始めれば、クリスマスの夜明けはすぐそこだった。 |