その手を取るのは ―3―


 天城とタイマンして眼球ひとつを犠牲にするという無茶をやらかしたダンテを、大和はなかなか許してくれなかった。回復のために補給が不足気味だというのに、吸血もお預けである。
「眼底突き破って、傷が脳まで達していたそうじゃありませんか。骨まで割れてしまって、スタッフたちが本当に大丈夫なのかと心配していましたよ」
「ゴメンナサイ・・・・・・」
 忙しい大和の誕生日前祝いで、臨海公園で夜景を眺めるデートの予定だというのに、まだそばの駐車場で車内に留まったまま説教である。
「すぐに治っていくというのは、僕もスタッフも実際に見てわかっています。だけど、心配はするんです。自分が手当てをしなかったばかりに、予後が悪くなるかもしれない、後遺症が出てしまうのではないか、とも思ってしまうんです。わかりましたか」
「ハイ・・・・・・」
 大和の言いたいことは理解しているので大人しく聞いているダンテだが、殊勝な態度とは裏腹に、次に天城とエンカウントしたら、説教を回避してどう戦うべきかと算段を始めているのは、もはや性分である。
「ダンテさんにこんなことを言うのはお節介だし、こちらの都合の押し付けだとわかってはいるんです。でも、抉られた眼球が塵になって消えたと聞いて・・・・・・」
「え、ダメだった?」
 ダンテから切り離された血液や体組織が消えてしまえば、EA機関に渡ることがない。だからそこは全く気にしていなかったのだが、ハンドルにもたれて植栽や柵越しに暗い海を眺めている大和は、違うことを考えていたらしい。
「万が一、ダンテさんが死んでしまっても、誰もそれがわからないのだと・・・・・・」
「ああ」
 有名な伝説のように灰になってしまえば、死体も残らない。
「そんなの、アンセラに食べられた人と変わらなくない? 服が残るだけ、俺の方がマシだと思うよ?」
「・・・・・・そうとも言えますけど!!」
 そういうことが言いたいんじゃない、と大和はダンテを睨む。しかし、ダンテの方はなにやら真剣な面持ちで呟いている。
「ああ、でもちぎれて残った死体からDNA鑑定をすることはできないか。・・・・・・まてよ、もし俺がアンセラに喰われたとして、消化吸収される前に灰になるのか? 俺の灰を喰ったって、腹は膨れないな? がぶっといったのに、口の中がスッカスカなんて、なんだかすごく申し訳ない気がしてきた」
「・・・・・・ダンテさんて、たまに変なことを言い出しますね」
 大和はこめかみを揉みながら、特大のため息をついた。自分がダンテに対して、八つ当たり気味に説教をしている自覚はあった。最初の説教から何日も経っているのに、いまさら何度も蒸し返すなんてどうかしている。
「はぁ・・・・・・もういいです。どうせダンテさんは、僕がいらないというまで、そばにいいてくれるのでしょう?」
「もちろんだよ。でも、それをわかっていても大和さんは不安に感じてしまったんだ。それは俺の・・・・・・えーっと、不徳とするところだな。だから、ごめんね。もうしないよ」
「・・・・・・その謝罪を受け入れましょう」
「ありがとう」
 ちゅっと大和の頬に柔らかい唇が触れ、仲直りのキスの威力に大和はもう一度ため息をついて、ハンドルの上から身を起こした。
「僕を置いてどこにも行かないと思わせてください」
「控えめなお願いだなぁ」
「反故にされた場合の条項がない、一度きりの誓約なんて望みません。都度更新される契約の方がマシです」
 大和からの口づけは、もちろん柔らかく受け止められた。深く探ろうとする性急さを宥めるように、何度も唇を甘噛みされ、舌をくすぐられるたびに、甘い痺れが背筋を走った。シャツ越しに胸や腹の凹凸を撫でる手は咎められないが、ベルトの上からファスナーを探ると、ついに身動ぎされた。
「んっ、ねえ・・・・・・本当に、ここでするの?」
「いけませんか?」
「大和さんの車だし、俺は別にいいけど・・・・・・」
「オアズケされていたのが自分だけと思わないでください」
 サイドブレーキとシフトレバーを乗り越えて覆いかぶさってきた大和を、シートを倒したダンテの両腕がギュッと抱き留めた。
「狭い中で興奮する?」
「ええ、逃がしませんよ。シートを汚してしまうなんて、考える暇もないくらいに」
「マジか・・・・・・」
 耳元で囁き合えば、観念して入れさせてあげるという了承のサインとして力が抜かれた。
 お互いの指先が相手の衣服をくつろげ、素肌を撫でるたびに溢れる吐息を貪り合う。それだけで、じりじりとした熱が頭をもたげて、体の奥が臨戦態勢を訴えた。
「はっ・・・・・・ぁ、んッッ。そこ、だめだって・・・・・・!」
「指だけでイってしまいそうですか?」
「そうだよ。大和さんを入れて、じっくり感じていたいでしょ。あんまりガタガタ動くと、セックスしてるって、外からわかっちゃうよ」
 遠くの街灯から漂ってくるぼんやりとした光が、暗い車内に筋肉質な肌を白く浮き上がらせた。
「あ、ぁあっ・・・・・・!」
「可愛らしい事を言って煽らないでください。ギシギシ揺れる車を見られてしまうんですか? 僕がダンテさんとセックスしているって、誰かに知られてしまうんですか? ええ、望むところです」
「ッぁあっ、はっ、あ・・・・・・この、変態マゾっ!! いっ・・・・・・はっ、はぁっ! ま・・・・・・う、ごか、ないで・・・・・・! ぁあっ、はぁっ、ぅ、んっ!!」
 健気に広がったところにもぐりこめば、急ぎ過ぎたのか痛がらせてしまった。しかし、助手席分の広さしかない狭い空間で肉付きの良い脚腰を抱えた大和の興奮は治まらない。自身を締め付けてくるキツさが、大和のナカまで痺れさせる。
「すみません、ちょっと我慢できません・・・・・・こんなに、はぁ、気持ちいい」
「あっ、ぁ゛、おくっ、奥ぅ・・・・・・っ! ら、めっ、あっ、あ゛ぁっ、く、ぁ・・・・・・!!」
 勢いのまま一番奥まで広げて、ぱんぱんと肉同士がぶつかる音が、サスペンションの少し耳障りな音に混じる。
「も、っと、ぁあっ・・・・・・ゆ、っくり・・・・・・!」
「あぁん、はい、もっと・・・・・・あぁっ!」
 ぴったりと体をくっつけたまま、腰をくねらせるように小刻みに奥を突けば、シートに押さえつけた体が仰け反るように痙攣する。
「ヒッ、ぁ、アッ、あっ・・・・・・!」
「あぁ、可愛いです。そんなに締め付けたら・・・・・・んっ、あぁ、こうですか?」
「あ゛ッ、あ、やまと、さ・・・・・・ッ」
「んっ、んんーっ」
 押し付けた腰を震わせて、たまっていた性欲をダンテの中に吐き出す。どくどくと激しく脈打つ鼓動が、股間の先端から胸の中心をとおって脳髄の中を駆け抜けていく。
「はぁー・・・・・・はぁー・・・・・・」
 とても気持ちよかったが、大和の下になっていたダンテの主砲は、中途半端に濡れたままだ。中だけで軽くイってしまい、射精に至らなかったのかもしれない。それはそれで可愛らしいなと、大和の薄い唇がほころんだ。
「・・・・・・」
 息を弾ませて見上げてくる飢えた目を見下ろし、大和は大事なことを忘れていたことに気付いた。仲直りをしたのだから、お互いに一番の利益をもたらす快楽を与え合わなくては。
「ああ、すみません。さあ、どうぞ」
 大和はシャツを脱いで、汗ばんだ肌に張り付いた髪を丁寧にかきあげ、その首筋を惜しみなくさらした。
「ッア・・・・・・!」
 ホラー映画のように迫る白い牙に身をすくませる間もなく、獣のような力で抱きすくめられ、ずぶりと穿たれる痛みに歓喜する。
「ァ、あ・・・・・・ッ!」
「ずっっ・・・・・・ちゅ・・・・・・っ」
「はあっ、あぁっ・・・・・・、んぅっ・・・・・・!」
 こくりこくりと喉を鳴らす癖毛頭をかき抱き、大和はさらに硬度を増した自身の角度が上がるのを感じた。血液を啜り取られる恐怖と痛みに、身体は爪先から冷えて痺れ、目がまわって吐き気すらするのに、生命の本能が子孫を遺せと快楽を焚きつける。
「ああん、はあっ、いけません・・・・・・それ以上は・・・・・・また、イって・・・・・・っ、あぁっ、イくっ、イくっ!」
「!?」
 熱くて柔らかな肉壺の中に自分の雄を叩きつけ、せつなく溢れ出す欲が止められないと、自分は悪くないと言い訳をしながら腰を振る浅ましさが醜悪でならない。それを他人に見られているかもしれないという羞恥が、この上もない媚薬で、ただただ頭の中から蕩けてしまいそうだった。

 ダンテを住まわせている家に向かって車を走らせながら、大和はヤり過ぎたことを反省した。
 狭い中であちこちぶつけさせてしまったし、大和ばかりが盛って三回も致してしまったので、吸血をしたのにダンテの機嫌が少々斜めになってしまった。腰の違和感は外傷と違って、すぐに治るものではないらしい。
 倒したシートに横になったままのダンテから、ダルそうな声が発せられた。
「ねえ、俺が口説きそうな女の子って、どんな人だった?」
「・・・・・・長門くんですね。お土産がないって騒ぐので、土産話にと話したんですが」
 まさか本人に直接聞くとは思わなかったと、苦笑いが浮かぶ。
「長い黒髪の小柄な人で、控えめな態度とは裏腹に、言動は肝が据わっていましたよ。派手な感じではなく・・・・・・清楚というか、時代劇に出てくる、自分の芯を持っている女性に見えました。ああいう、打てば響くような、目端の利く人と一緒に仕事をしたいですね。彼女には、困っていたところを助けていただいて、そのままキャンパスを案内してもらったんですよ」
「・・・・・・へー」
「信じないんですか? それとも、ダンテさんの好みではありませんでしたか?」
「いいや、もちろん信じるよ。そういう子も好きだし。そこじゃなくて、時雨の予想が当たったなって」
「時雨さんが?」
 特に他人の色恋などに首を突っ込むような時雨ではないのに、意外だなと大和は首を傾げた。
「大和さんみたいなタイプに決まっているだろ、だって」
 思わず、必要のないブレーキを踏みこみそうになった。
「なっ・・・・・・全然、僕と似ていませんでしたよ!?」
「小柄な女っていうのを除けば、ほとんどそっくりだと思うよ?」
 大和は今夜一番の動悸に少し胸を喘がせ、熱くなった頬がダンテに見えないよう、正面を見つめ続けるのだった。