美味しい君 −3−


「あの・・・・・・ちょっとお願いが」
「なぁに?」
 大和の巨砲を腹に埋めたまま、せつない吐息を貪り合っていたダンテは唇を離した。大和は欲情を隠さないとろんとした目をしていたが、もどかし気に身動ぎをして訴えた。
「僕の腕、解いてもらえます?」
「いいの?」
 拘束されていたほうが大和は気持ちいいはずだが、ベルトがきつすぎて痛いのかもしれない。しかし、そうではないと長い黒髪が揺れた。
「このままだと、ダンテさんを襲えないんです」
「襲われるために拘束を解けと?」
 率直過ぎる言い方にダンテは苦笑いを浮かべたが、構わないと大和の腕に巻かれたベルトを外した。
「ぅ、あッ!」
「はい、ありがとうございます。ダンテさんの中が気持ちよくて、もう我慢できなくって」
 ころんと一瞬で仰向けに転がされるも、そこは繋がったままなので、ダンテは苦しさに顔をしかめた。しかし圧し掛かってくる大和は、涼やかな美貌を蕩けさせるように微笑んでいる。
「僕を甘やかしてくれるダンテさんは、たしかにサドではありませんが、激務中に舐めるキャンディーみたいだと思うんです」
「アッ・・・・・・!!」
 自由になった大和の両手に両手首を掴まれ、ダンテは自分の腹の奥にずくんと突き刺さる衝撃に息が詰まった。
「はっ、はぁっ・・・・・・あっ!・・・・・・や、まとっさっ・・・・・・!?ヒッ!?ァアッ!!」
「あぁっ・・・・・・可愛いです。もっと気持ちいい顔を見せてください」
 優し気な睦言とは裏腹に、大和の凶器じみた男根が、ぎちぎちと締まるダンテの襞を押し広げていく。いくら慣らして潤滑ジェルを使っているとはいえ、串刺しにされるような異物感と、自分ではどうにもできない内側から擦られる快感に、どうしても締め付けてしまう。
「そんなに、締めたら・・・・・・上手く動けませんよ」
「ま・・・・・・ま、って・・・・・・ぁああッ」
 ずるっと引かれる動きに合わせて、張り出したカリが奥の性感をひっかくが、すぐに腰を打ち付け合うように、深く突き入れられる。両腕を掴まれたままなので、逃げようもなく、リズミカルに翻弄されるしかない。
「あっ、あぁッ!ぁひっ!おくっ・・・・・・おくっ、らめっ、アッ!ぁああッ!」
 ちゅぱんちゅぱんと濡れた激しい音と、気持ちいい所を抉りながら内臓を突き上げられる快感が、体の奥から熱を炙り出して凝縮されていく。
「はぁっ・・・・・・わかりますか、ダンテさん?この辺りまで入っていますよ」
「ヒッ!?」
 内側からぐりぐりと押し上げられている下腹部を撫でられ、自由になった方の手で顔を覆いながら背ける。羞恥で首まで赤くなっているのがわかる。
「あはっ、中がキュってなりました。・・・・・・そんなに恥ずかしがらないで、顔を見せてください」
「だ、って・・・・・・ッ!」
 大和ではないのだから、反り返って震える自分の性器の下にある、他人の性器を咥え込んだ腹を撫でられたら恥ずかしいのだ。しかし、大和は自分の首輪に繋がったリードを、もう一度ダンテの手に握らせて、うっとりと頬を染めた。
「はい、もっと引っ張ってください。もっと気持ち良くしてあげますから」
 リードごとダンテの手を握った大和の唇が、さらりとダンテの唇に触れ、首筋に降り、甘噛みする。まるで、いつもダンテが大和に噛みつくように。
「ァ・・・・・・んっ、ふぁ・・・・・・ッ」
 ダンテの中の大和もゆるゆると動きを再開し、悦楽の歩調を合わせるように滑らかなグラインドに変わっていく。ごりごりと自分の中をかき回す熱が生み出す快感に、目眩がしそうだった。
「あぁっ、あっ、やまとさ、んっ・・・・・・やまとさんっ」
「あぁ・・・・・・そうっ、んっ・・・・・・ダンテさん、イきます・・・・・・中で・・・・・・僕、ダンテさんの中で、イっちゃいますね?」
「いいっ、い、イっ・・・・・・」
 ダンテはちゃんとイくと言った大和の腰に脚を絡め、激しいピストンをさらに奥へと押し込んだ。
「ぁ・・・・・・んっ、だ、んてさ・・・・・・ッ!」
「はっ、は・・・・・・あっ、ああぁっ!あぁぁあぁッ!!」
 ぎちゅり、と絞り上げるような感覚と同時に、奥に叩きつけられる性欲の奔流が愛おしい。ぱちぱちと爆ぜるような自分の絶頂のさえ、中に注ぎ込まれる激しさに負けそうだった。
「はぁーっ・・・・・・はぁーっ・・・・・・」
「はぁ・・・・・・すごく、気持ちいいです・・・・・・」
 一度抜かれて、愛おし気に上気した顔を撫でられるが、まだ中の感触も生々しいのに、ダンテは大和にひっくり返されて、尻を突き出す格好でベッドに這った。
「さっきシックスナイン中に見つけたんですけど、ダンテさんのここにも、ほくろがあるんですよね」
「ちょっ・・・・・・そんなところ、見えないって」
 むにゅっと尻を広げられて、とろとろに解れたアナルの傍をつんつん突かれても困る。自分で見えない場所のほくろなんてないと同じだが、それを見られているのは恥ずかしい。なにより、場所が問題だ。
「僕が見るからいいんです。・・・・・・ふふっ、柔らかくなっていますね」
「っ・・・・・・つい今まで、大和さんが入ってた、から・・・・・・っ、んっ」
 広げられながらも、易々と奥まで入り込まれて、ダンテはシーツを握りしめながら背を震わせた。片手には、リードが指に絡まるように握られたまま。
「はっ・・・・・・ァ、ああっ!はっ、ぁ、んッぅ・・・・・・!」
「ッ、あっ・・・・・・ぁあぅっ」
 ダンテがリードを引っ張ると、大和もダンテの背に覆いかぶさるように引っ張られる。もちろん、ダンテの中にも深く入り込んでくる。
「ふっ、ふっ・・・・・・ぅうッ」
「ダンテさん、あぁっ・・・・・・そうです、もっと・・・・・・はぁッ、ぁッ」
 ダンテはシーツに顔を埋めたまま、開かされたアナルを蹂躙する蕩けそうな快感に耐えていたが、不意に肩の後ろから吐息のような声が聞こえた。
「もっと、僕を食べてください」
「・・・・・・ッ」
 かりりと背に歯を立てられるくすぐったさよりも、また両手を上から押さえつけられて揺さぶられる狂おしくも甘い衝撃の方に、情けない喘ぎ声が出てしまう。
「っああ!あぁっ、や・・・・・・やま、と・・・・・・さぁうっ・・・・・・ひうぅっ!」
「はっ、ぁんっ・・・・・・あぁっ、すごく、きもちいいです・・・・・・もっとたべてください」
「イぐっ・・・・・・ぁ、あっ!れちゃ、うぅ・・・・・・!イっ、イぁ、ああッ!」
 泣きながらイっているのに大和に気付かれず、ダンテは喘ぎ声が嗄れて力尽きるまで、大和のリードを離すことができなかった。

 誰かが自分に触れている。敵意はないが、なかなか起きない自分にじゃれついているような感じだ。
「・・・・・・・・・・・・」
 激しい風雨の音がする。春の嵐になるという天気予報は当たったらしい。この辺りは内海とは言え海に面しており、強い海風が窓ガラスに雨粒を叩きつけてくる。だから、今夜でいいのかと確認したのだ。家から出られなくなるのに・・・・・・。
 触れ合う肌の温かさと、ひんやりとした金属と、するすると擦れるファブリックの隙間から入る空気の冷たさに、嫌々目を開ける。
「・・・・・・あ、起きました?おはようございます」
 長い黒髪をおろしたまま、泣きぼくろのある切れ長の目が間近で微笑んでいる。綺麗だなと思うと同時に、一日の内で一番パフォーマンスが落ちる時間帯に見るものじゃないと眉間にしわが寄る。ダンテはきっちり八時間寝たいタイプだし、だいたい、この腰のだるさの原因は、夜明け近くまで頑張る、目の前の大変態絶倫巨砲マゾ様のせいで・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・はよ・・・・・・」
「うわぁ、すごく機嫌悪い顔ですね。初めて見ました」
「・・・・・・ぁ?」
「そのひくぅい声が出てくるのは、割と本気で頭に来ている素の状態な証拠だと経験しています。すみません。お休み中のところ大変申し訳ないという気持ちと、ぜひそのままの機嫌で殴っていただきたい気持ちが湧き出る僕で申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうです。あっ、その面倒くささに満ち溢れた眼差し、もっとください。ありがとうございます」
「・・・・・・日本語で、おk・・・・・・」
「いつも思うんですが、どこでそういうスラングを覚えてくるんですか」
 ダンテに圧し掛かるように抱きついてくる大和から、コーヒーのいい香りがする。ダンテは朝が苦手なことを大和は知っているはずだが、起こしに来たということは、腹が空いたのか。冷蔵庫の中にある、後は焼くだけ状態のフレンチトーストを見つけたのかもしれない。
「ん・・・・・・何時?」
「そろそろ八時です」
「・・・・・・・・・・・・」
 せめてあと一時間・・・・・・と瞼が降りたが、大和は懲りずにダンテの巻き毛に指先を入れて撫で上げている。気圧のせいか、微妙に頭痛がするので、今はやめてもらいたいのだが・・・・・・。
「朝日が苦手なのは知っていますけど、もしかして雨もダメなんですか?流れみ・・・・・・」
 その揶揄うような声に悪気はないのだと、寝ぼけ半分の頭の隅では理解していたが、ダンテの身体は止まらなかった。
 だすっと音を立ててベッドに叩きつけられた大和の目が、驚愕に見開かれている。頭も打っただろうし、なにより、自分の首を一掴みにしているダンテの片手が、気道も血管も握り潰しかねない力で締め上げてきているせいだろう。
「ァ・・・・・・カ、ハッ・・・・・・!?」
 体の位置を入れ替えるように、いまは大和の上に馬乗りになったダンテは、窒息し始めてもがく大和を、温厚な好青年の化け皮を破り捨てた眼差しで見下ろしていた。ばたばたとベッドを蹴り、必死に手首をひっかいていく感覚はあるが、それはダンテの膂力に対して何の影響も与えない。
 この人間ドルチェは何を愚弄したのか知らないのだ。だが、それを許してやれるほど、自分が受けた恩義に対する感謝と、自分がしてきた選択に誇りがないわけではない。怒りという忌まわしい感情が、稲妻のように全身から迸っていく。
「この、下種がッ・・・・・・」
 しかし最後の理性が、規範とする人の声を借りて、かろうじて衝動を律しようとする。やめなさい、その人間が好きなんだろう?そう慈悲深く諭されたら、ダンテは大人しく引き下がるしかない。
(落ち着け・・・・・・落ち着け、大丈夫。この人は敵じゃない)
 一度振り切られると、自分の性に手綱をつけ直すのは、こんなにも苦労する。ダンテは荒い深呼吸を繰り返して、目の周りの血管が切れそうな感覚を無理やり追い出すと同時に、筋肉が張り詰めた腕の力を抜いて、大和の首から手を放した。まだ耳の奥でどくどくと鼓動が煩く、頭痛が酷くなったうえに全身が熱かったが、一時の激情は抑え込めた。
「ハッ、ヒッ・・・・・・はぁっ、はぁっ・・・・・・!!」
「・・・・・・別に、朝日に当たっても灰にならないし、俺がシャワー浴びれるの、大和さん何度も見てるでしょ」
 無理やり感情を押し殺した平坦な声のまま、ダンテはベッドから降りて、シャツを羽織った。
「ひどいこと言ったり、乱暴なことしたりしてごめんね。朝ごはん作ってくるよ」
 きっと後で後悔する、そうわかっていても、今はそれだけ言うのが精いっぱいだった。