憎しみの矛先 ―3―


「・・・・・・また自分からハゲ散らかしに行ったんですか。相変わらず物好きですね」
「誤解される言い方をするな。あれとこれを一緒にするんじゃない。心外だ」
「現状、たいして変わりません。レアですが、よく焼けていらっしゃいますよ。前回はミディアムでしたが」
「だれがミディアムだ」
 しらーっとした顔でレパルスが後頭部を凝視してくるので、ダンテはすぐに生えそろうと、ムキになって追い返した。サマンサが毛生え薬を作ろうかと言ってくれたが、大丈夫だからと謹んで遠慮させてもらう。
 怪我をしたまま動き回ったせいか、酸を洗い流した後も少々治りが悪く、ダンテは大和に包帯ぐるぐる巻きにされて、加療スペースのベッドに放り込まれた。なによりダンテに冷や汗をかかせたのは、じわりじわりと皮膚が修復されていく背中の傷を、じぃぃっと見詰めてくる武蔵の視線だったが。
「武蔵さんはもともと軍医ですからね。興味がおありなんでしょう」
「できれば見なかったことにしてもらいたいデス」
 ルイスだって対発症者用の弾丸がダンテにも効くかどうか撃ってきたくらいだ。武蔵はそこまで過激ではないが、権限が段違いに大きい。何も言ってこないが、目立つようなことをしてくれるなと思っているには違いない。
「おいーす!大和いるー?」
 賑やかな足音と、どかんとドアを開け放つ音が隣でして、大和はこちらにいると長門を呼んだ。部屋同士をつなぐ扉からひょこりと顔をのぞかせた金髪頭は、仕事着からいつものジャージ姿になっていた。
「大丈夫そう?」
「うん。さっきは助けに来てくれてありがとう」
「ん。それが俺の仕事だし。つか、俺なんもしてねーし」
 面と向かって礼を言われたのが照れ臭かったのか、もじもじと頬を染めた長門から、「大和助けてくれてサンキュ」と小さな声が聞こえた。
「どういたしまして」
「えっと、ルイスがこれ持ってけって」
 ぴらっと差し出された書類を受け取って大和が目を通している間、長門はダンテが使っているベッドに遠慮なく腰を下ろした。
「・・・・・・あぁ。どうも僕の家の内輪もめに巻き込んでしまったようです。申し訳ありませんでした」
 苦々しく眉をひそめた大和によると、小鳥遊財閥も一枚岩でなないそうだ。大和自身も、次期当主筆頭候補でありながら実家によりつかないが、血縁でも組織でも、いくつかの派閥が存在しているのだとか。そのなかでも、大和を快く思わない一派が、自分たちの所属を巧妙に偽って、実行犯と接触した疑いが濃厚だとルイスは報告していた。死んでほしいとまでは思わないが、痛い目を見ればいい、というところだ。
「僕だけでなく、他の親族や小鳥遊製薬の施設が、同時多発的に狙われたのならば、外部か内部か、さらに財力や組織力のあるところ・・・・・・と、絞りようがあるのですが。今回は僕だけでしたので、捜査対象が広がりすぎているんですね。まったく手掛かりがなかったら、それこそ民間の自発的テロだと判断されてもおかしくありませんでした」
 生き残った襲撃者の一人は、大和の同期生だったらしい。学年が同じと言うだけで、特に面識があったわけではない。大和が目立つせいで、記憶に残っていない同期や先輩後輩が多いのだ。
 ルイスが聞き取った話では、彼の家族のほとんどが、コードファクターとその発症者の犠牲になっていた。唯一生き残った娘は重い病を患っており、金が必要だという。裏も取れたので、そこまでは間違いない。ただ、そこにつけ込んで大和を襲わせた黒幕が誰なのか確定させるまでは、もう少し時間がかかるそうだ。
「奥さんはお産で亡くなっていて、娘さんはまだ赤ちゃんですが、霞くんに保護という名目で監視してもらうことになりました。黒幕が彼女に接触してくる可能性もありますからね」
「あー、あのオッサン、孤児を集めてたもんな」
「・・・・・・霞くんは、僕より年下ですよ」
「えっ、マジで?」
 もう人体実験を行ってはいないが、霞はノウハウや伝手を持っている。接触者が小鳥遊の人間だったならば、それもすぐにわかるだろう。
「了解しました。ルイスさんには、続けてお願いしますと伝えてください」
「んー、わかった。あ、そうだ」
 長門は腰かけていたベッドから立ち上がる前に、隣に座っていたダンテをぎゅぅっと抱きしめた。
「!?」
 思わず、ダンテも抱きしめ返してしまう。
「!?!?!?」
「うおぉ、サマンサの言う通りだ。柔らかけー。コレ大和の抱き枕じゃん」
 すげーすげーと言いながら、長門はダンテをぺたぺたもにもにと抱きしめていたが、すぐに満足したのかぽいと放した。
「よし、こんくらいの触り心地なら、俺だって毎日飯とおやつをちゃんと食ってればなるだろ!日向よりちょっとぽよんとしてつるすべなだけだし!ちゃんと休んで治しとけよ。じゃーなー!」
 謎の自信に満ちた宣言をすると、長門は来た時と同じような賑やかさで出ていった。
「え、あ・・・・・・なんだったんだ?」
 呆然と瞬きを繰り返すダンテの傍らで、大和は拳を握りしめてぷるぷると震えていた。
「僕の抱き枕布教の影響が、よもや、こんなところで僕自身に牙を剥くことになろうとは・・・・・・!!」
「経緯はよくわからないけど、大和さんの自業自得だということは理解した」
「理解しなくて結構です!!」
 切れ長の目でぎっと睨まれて、ダンテも口を噤んだ。色々あったらしい。
「それにダンテさん、なんで抵抗しないんですか!なんで抱きしめ返しちゃうんです!?」
「えっ・・・・・・」
 抵抗も何も、挨拶として返しただけなのだが、大和は不満だったようだ。
「突き飛ばしたりなんかしたら、かわいそう、でしょ?」
 長門を突き飛ばせる力がダンテにあるかどうかは、置いておくとして。そもそもハグに抵抗のないラテン系であるからして、長門のようなフレンドリーさは全く問題がない。羽黒の時は何も言わなかったのに、長門がダメなのは不公平では?と思うのだが、それはそれ、これはこれだと、大和は憤慨する。
「羽黒は僕の弟でまだ子供ですから、ノーカウントです。生身のダンテさんは一人しかいないのに、他の人に抱き着かれたら、僕の分が無くなるじゃないですか!」
「・・・・・・そうかぁ、大和さんは俺を独占したいのかぁ。えへへ、嬉しいなぁ」
 目元どころか頬まで緩ませて、幸せそうに喜ぶダンテは指摘しなかったが、赤くなった大和自身は、十分にヤキモチだという自覚したようだ。だいぶ凹んでいる。
「僕は長門くんに対して、そんな・・・・・・情けない・・・・・・ッ」
「まぁ、まぁ」
「まぁまぁ、じゃありませんよ!」
「ふえぇ、ひはいひょ、ひゃはほひゃん」
 緩み切った頬をつまんで、みにょーんと両側に引っ張られても、ダンテの笑顔は崩れない。
「あいたたた。ところで、今日捕まえた二人って、この後どうなるの?」
「黒幕がわかるまでは、ここでこのまま勾留します。下手に外部へ引き渡して、処分されては困りますから」
「ふう〜ん」
 大和の判断は間違っていないとダンテも思う。しかし、鎮守府には有能であるけれど、それ以上に嗜虐趣味が突き抜けた情報管理官がいる。はたして、どちらがよりマシだろうか。
「早く楽になるといいな」
 その呟きが複雑に絡んだ音色に感じて、大和はその真意を測りかねた。襲撃現場でも、普段の彼とは少し様子が違って見えた。
「もしかして、お知り合いでしたか?」
「いいや。なんていうか・・・・・・同情?」
 上手く言い表せないのかダンテは首を傾げ、大和ももちろんわからないので首を傾げる。
「たしかに、ルイスさんの尋問は過激ですが」
「うん、それもあるけど。そもそも、彼らの怒りの矛先が間違っているじゃないか。彼の家族や仲間が死んだのは、大和さんのせいじゃない。ちゃんと別にある。だけど、その正体がわからなくて、目の前にあるわかりやすい『小鳥遊大和』という存在に八つ当たりしているんだ。正しい情報を与えてあげれば、怒り続けるにしろ、諦めるにしろ、自分の中で消化ができると思うんだ。ほら、大事な娘さんもいることだし。大和さんを襲った罪は罪として、それ以外を平和的に解決できるよ」
 ダンテの言うことにも一理あると、大和は頷いた。尋問が終わったら、カウンセリングを受けさせた方がいいと考える。味方にはならなくても、こちらを逆恨みして再び敵の尖兵となることは防げるかもしれない。
「もっとも、Mr.ヴァリアントが彼の心を粉々に壊さなければの話だけど」
「一番可能性が高い事を・・・・・・」
 プラチナブロンドの悪魔が、喜々として職務に励んでいる様子が思い浮かべられ、大和は目元を揉んだ。大和はマゾだが、ルイスのやり方は重すぎる。あれを喜ぶのは霞くらいだろう。
「わかりました。その件は僕から提案させていただきます。ダンテさんは、お話してみますか?」
 ダンテが時折示す心理的道程は、教師になりたかったという彼の知識だろうか。大和の権限で実際に対話してみるかと誘ったが、青い目に昏い笑みを浮かべて首を横に振られた。
「あの人はまだ人間だから、人間が諭すべきだ。俺には資格がない。それに・・・・・・」
 拷問現場なんか見たら、ルイスを八つ裂きにしてしまわない自信がない。それを口にすることははばかられ、ダンテは他の事で誤魔化した。
「客観的事実、正しい情報は、金と同価値だよ。つまり、価値を共有できる同士ならば、交換もできる」
「・・・・・・こちらが正しい情報を渡せば、相手も正しい情報を渡すと?」
「相手にもよるとは、注を付けさせてもらうけど。持たざる者から得ようとするなら、礼節と、それ以上の対価が必要だと思わない?」
「理解は出来ますが、それは交換というより買収では?」
「大和さんには、俺のようなしがない農民から信用を得る方法は理解されないか」
「どういう意味です?比喩のつもりなら、お百姓さんに失礼ですよ」
「俺は貴族が幅を利かせていたじ・・・・・・地域の、農家の人だよ。レパルスに聞いてみればいい」
 つい数時間前に、大和もサマンサにもたずねたことだが、やはり彼らは付き合いが長いらしい。なんの接点もなさそうな二人だし、性格もまるで違うが、なにかと互いの事を知っているような口ぶりが多い。
「レパルスさんとは、どこでお知り合いになったんです?」
 大和はダンテの経歴を知っている。少年時代に両親を亡くし、軍に入って身を立てたが、わずか数年で退役したのち、名坂にたどり着いたはずだ。しかし、そのどこでレパルスたちと知り合ったのかは聞いたことがない。
「・・・・・・自分の縄張りに散歩に来る、でっかい犬と飼い主の顔くらい覚えるさ」
 うっすらと唇を歪めたその微笑は、人好きのする温和な好青年の皮膚の下から、酷薄な素の顔が覗いたように大和には見えた。
(しかも、さっきからなんとなく機嫌が悪いですよね)
 足元からぞわりと這い上がってくる冷気は、『小鳥遊大和』として培われた剛毅な精神を奮い立たせなければ、後退りしてしまいそうな気さえした。
「ねえ、大和さん」
「はい?」
「お腹が空いたので、血をください」
 にこっと微笑んだダンテから発せられたのは、さっき大和と一緒に食べた夕食とは別腹の要求だ。大和をかばって負った傷を治すにも、それなりのリソースがいる。
 他に人がいない事を素早く確認して、大和は白衣の襟をめくった。
「これはこれで、スリルというか、職場で襲われるという背徳感が・・・・・・」
「大和さんは何処にいても通常運転だよねー。その切り替えの早さと装甲の厚さは、本当に恐れ入るというか・・・・・・まあ、いいや。いただきます」
 雰囲気もへったくれもないが、邪魔が入る前にと、ダンテは隣に座らせた大和の首筋に噛みついた。