噛み痕 ―1―


 この瞬間は、いつも慣れない。
「はっ、ぁ・・・・・・ぁんっ」
 奥まで入ってくる異物感に、どうしても握った手に力が入る。
「まだ、痛いですか?」
 欲情を膨らませて少し困ったような声に、首を横に振る。
「ち、が・・・・・・ぁ、あっ!は、あぁっ!」
「ゆっくり、しますからね」
 せつなげな吐息が耳にかかって、余計に奥がきゅんとなる。もっと理性的にこの人を感じていたいのに、これも僕ですと言いたげな熱が、蕩けるような快楽を突き上げてくる。
「あっ、ぁ・・・・・・!やまと、さ・・・・・・っぁ!」
「そんな顔で煽らないで下さい」
 ちゅっと頬骨の上あたりにキスをしてくれるものだから、煽っているのはどっちだと叫びたい。ゆるゆると中をこねられる度に、尾てい骨のあたりがじんじんするし、気遣うようにあちこち撫でてくれるのは気持ちいいのだが、いかんせん、とにかく、なにより、すごく、デカくて硬いのだ。
「はっ、ぁ・・・・・・あぁっ、も・・・・・・ひっ!」
「すみません、ダンテさんの気持ちいいところに、届いちゃいました」
「っ・・・・・・ッ!アッ、やめ・・・・・・っ!そこっ、こつこつ、しな、い・・・・・・っ」
「んっ」
 口ではやめろとか待てとか、そういう意味合いの事を言っているつもりなのだが、耳に聞こえてくるのは、自分の気持ちよさそうな喘ぎ声ばかり。
「気持ちよかったら、そう言ってください」
「はっ、あっ・・・・・・っ!き、もち・・・・・・い、い・・・・・・ッぁああ!」
「っ・・・・・・!」
 たんたんと早くなった衝撃に、背すじから震えが走り抜けていく。痺れるような快感にもがいても、自分に圧し掛かっている四肢はびくともしない。
「ぁ、アア!ハッ・・・・・・ひッ、んっ!はぁっ、ぁああ!あぁっ、大和さ、ぁあ・・・・・・!」
 脚を広げた情けない格好で組み敷かれて、浮き上がった尻だけが、止まらない衝動を受け入れて吸い付いている。
「んっ、はぁっ・・・・・・あぁ、素敵です、ダンテさん。奥が・・・・・・きゅうきゅう締まって・・・・・・」
「ァ・・・・・・、ァァッ・・・・・・!」
 成長しきった杭が、心臓を探して突き刺さってくるようで、弾むばかりの息すら詰まってしまう。
(こ、れ・・・・・・、ら、め・・・・・・ぇっ)
 疑似的な死を感じることが、死から遠い自分には快楽になるのだろうか。ぼんやりとした頭にそんなことがよぎったが、唇を塞ぐ甘やかなぬめりがこっちを見ろと引き戻しに来る。
「んぅぅっ!はっ、ぁぅ、んんッ!」
「ぁんっ、ぁあ!はぁっ・・・・・・ダンテさんの中、柔らかくて、吸い付いてきて・・・・・・あぁ、も、ぉ、出ちゃいそうです・・・・・・っ」
 ずるりとゆっくり引かれた大和の主砲が、一息ついただけで、さっきよりも速く強く、奥を抉っていく。ぱちゅぱちゅと肉がぶつかり合う音が、水音を含んで、耳も心も快感に縛り付けられる。
「ヒッ、ァア・・・・・・!あッ、あぁ!おくっ、お、く、かたいの、おく、くるっ・・・・・・!」
「あぁ、出ちゃいます・・・・・・ダンテさんのなか、ぐちゃぐちゃにして、いっぱい出ちゃいます・・・・・・あぁ、ぼく・・・・・・んぅッ」
「ぁアッ、そこ・・・・・・ッ、なか、やめっ、イく!イくって・・・・・・ッ!!」
 我慢のできない快感に、狭い奥を突く杭を締めあげてしまい、悲鳴のような声を上げる。白い肩にしがみついて、目の前にあるのは、吐き出したい欲を我慢して涼やかな顔立ちをせつなげに歪ませた、大好きな男で・・・・・・。
(あぁ・・・・・・)
「ッ、い・・・・・・ぁあっ!」
 うっすらと汗をにじませた皮膚に深々と突き立てた牙が、じわりと甘露を染み出させ、同時に、どくん、どくん、と腹の中で熱が弾ける。
「はっ、あぁっ・・・・・・!」
 鋼鉄のような硬さに縋りついて腰を振っていたのは自分の方で、性感帯を擦りつけながら絶頂に喉を反らせた。ぱたぱたと自分の腹に落ちてくる精液よりも、それを吐き出して震えている反り返ったペニスよりも、中で感じるのを強請っていた自分が恥ずかしくて、肩を掴んでいた手を離して顔を覆う。
「はぁー・・・・・・っ、はぁー・・・・・・」
「すみません、先にイってしまって」
 申し訳なさそうに頬を赤らめる大和を、ダンテは首を振って、もう一度抱きしめた。
「きもち、よかった・・・・・・」
「そうですか?嬉しいです」
「・・・・・・」
 間近からにこにこと見下ろされるのは、決して嫌ではないが、イかされたばかりで力が入らない顔を、まじまじと見られるのは恥ずかしいと何度も言っているのだが・・・・・・大和は取り合ってくれない。
 仕方がないので、顔を見られないように、傷付けてしまったばかりの首筋を舐めて、滲み出ている血を頂戴する。毎回噛み付いてしまうのは避けたいが、この衝動を抑えることは、瞬間沸騰する感情を堪えることよりも難しかった。
(苦痛よりも快楽に弱いのは、人間もそれ以外も変わらないか・・・・・・)
 好きだと思うほど噛み付きたくなるのは、経験上理解していたが、傷付けたくないという個人的な思いとの整合はとれないままだ。もっとも、噛み付かれている方に、まったく嫌がられていないどころか、むしろ気持ちいからもっとやれと言われる現状に、いささかの困惑を感じないでもない。
「ふふふっ。あ、ちょっとすみません。抜けちゃいそうです」
「ん」
 ずるりと抜けていく質量に息を吐いて、半ば拘束されていた脚を楽にする。腰の関節がバキバキ鳴りそうな気がするのだが、下手に力を入れると腰回りの筋肉が攣るので我慢する。まったく、日本人の鋼鉄の巨砲には恐れ入る。
「はい、準備できましたよ」
「早いよ!なんでそんなにすぐ起つの?準備できちゃうの?絶倫巨砲主義なの?どこから補給が来るのかなぁ!?」
 ダンテは拳でたしんたしんとベッドを叩くが、大和は恥じらうように頬を染めつつも、遠慮なく圧し掛かってくる。
「体力勝負な職場ですからね。スタミナはある方だと思います。なにより、こうしてしどけない姿でダンテさんが待っていてくれるので・・・・・・」
「・・・・・・ソウデスネ」
 待ってない、もうちょっと休ませて、という泣き言は胸にしまい、ちゅっちゅと降ってくる薄い唇になだめられて、気持ちを切り替える。
「んっ・・・・・・」
 血を吸われた後の大和の舌は、ちゃんとダンテが吸えたのか確かめるように、いつも念入りに絡みついてくる。そうやって唾液をひいた舌が、今度は喉元を下がって、首筋に。
「?」
「こっちがいい」
 首を左に傾けて、首の右側を晒す。温かな吐息と柔らかな感触の後に、チリッとした痛みを感じる。すぐに消えてしまう痕だとしても、諦めずに何度もつけたがるところが、この人を可愛らしいと思うことのひとつだ。
「なにがおかしいんです?」
「おかしいんじゃなくて・・・・・・そういうところ、好きだなって」
「なんですか、それ」
 少し拗ねた声は、ラテックス越しの鋼の指先を胸へ滑らせてくる。多少体温が移っているとはいえ、やはり少し冷たいそれに乳首を撫でられると身がすくむ。
「っ・・・・・・」
「もう少し色っぽい反応をいただきたいところですが・・・・・・そういえばダンテさんは僕の顔がお気に入りのようですけど、僕のどこに男性的な色気を感じるのか聞いたことがありませんでした」
「太腿だね。肩も胴もかっこいい形してると思うけど、やっぱり腿かな。あ、そうじゃなくて、性格の方?」
 泣きぼくろのある目をぱちくりとさせた後、大和の目はやや泳いだ。即答されるとは思わなかったか、予想外のポイントだったからしい。
「・・・・・・それ以上聞くと、無限に褒められそうなので止めておきます」
「えっ、ちょ・・・・・・」
 形といい、大きさといい、大和の腿は力強さとセクシーさのバランスが最高なのだと、先に言えばよかった。せっかくの褒める機会を失って焦るダンテの右脚が持ち上げられ、準備万端な主砲が柔らかく解れたアナルにぴたりとつけられる。
「先に言い出したのは僕ですが、無自覚な煽りをしたことに、罪がないわけではありませんよ」
「え、まって?俺なんか悪いこといって・・・・・・っ、ぁ、んッ!」
 その硬くてでっかいちんこを褒めた方がよかったか!?と混乱を起こす頭は、下から突き上げられる衝動で、すぐに思考を放棄させられた。
「はっ、んうっ・・・・・・ぅ!」
 両手でシーツを握りしめ、体が逃げそうになるのを堪えて、我が物顔で中に入り込んでくる大和を受け入れる。すっかり慣らされたのと、潤滑剤のおかげで痛みはないが、慣らされすぎて良い所を全部知られているのがどうにもならない。
(さっき、イったばっか・・・・・・なの、にッ)
 少し動かれるだけで、背中はゾクゾクと痺れるし、腹の中は二人分の熱でどろどろのぐずぐずに蕩けていく。
「ふぅっ、ぅ・・・・・・ぁ、アァっ」
「ダンテさんだって、こんなに元気になっているじゃありませんか」
「ヒッ!?まっ・・・・・・やめっ、そんな、さわ、ぁあッ!」
 中を突かれながら、自分の精液で濡れたペニスを扱かれて、我慢なんかできるわけがない。
「やらっ・・・・・・はなし、てっ!イくっ!イっちゃうから、ぁッ!」
「イっちゃってください。あぁっ、ダンテさんの中、気持ちよさそうに動いて・・・・・・ふぁあっ、僕も気持ちいいです」
 ピストンに合わせて、すりすりと腿をこすりつけてくるのは反則ではないかとダンテは首を振るが、喉から出るのは涙交じりの甘ったるい悲鳴が先で、抗議の声など出ようもない。
「あっ、や、ぁ・・・・・・っ、あっ!で、るっ、イ・・・・・・ッ!!」
 爪先まで強張らせてびゅるびゅると吐き出しても、中に居座っているものはまだ硬いままで、ダンテの気持ちいい所を執拗にえぐってくる。
「はっ、ひぃっ、ぃ、ぁっ!あぁっ!」
「何回でも、イっていいですよ。はぁ・・・・・・っ、僕が、何回でも、中に出して、イかせてあげますからね」
「や、まと、さ・・・・・・ぁあっ!」
 情欲に蕩けた声で宣言されると、それを嬉しいと感じてしまうくらいには、大和に感化されてきたに違いない。腕を取られて、より深く繋がりながら、ダンテはもう一度自分の中で大和が果てるのを感じた。

 過ぎた快感に震えていた身体でなんとか息を整え、ダンテはぼんやりと呟いた。
「・・・・・・俺、サドじゃないけど、マゾでもないはずなんだけどなぁ」
「現実が主観と一致しない事なんて、往々にしてあることですよ」
「勘弁してくれ・・・・・・」
 口調も装えないほど疲れ果てて、汗ばんだ体はベッドに沈んだまま。ぐったりとため息をついたダンテを、大和は機嫌よく撫でている。
「ふふ。疲れちゃいましたか?もう一度噛んでいただいても構いませんよ。そうしたら、もう一回か二回くらいはできますよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
 肌はつやつや、目もキラキラさせ、にこにこと見下ろしてくる大和が異次元過ぎて、ダンテは涙を堪えた。
「・・・・・・この人の体力、本当にどこから出てくるの?」
「ダンテさん、このくらいでへばっていたら、名坂支部では生き残れませんよ」
「名坂支部の人達って、人間の皮被った異形種じゃないのかな!?・・・・・・って、大和さん、匂い嗅がないで!!まだシャワー浴びてない・・・・・・この、変態!!」
「あぁん、もうちょっとこの温もりと柔らかさを抱きしめさせてください」
「あ・と・で!!」
 大和が満足していなければ、シャワーを浴びたとしても、イチャイチャしているうちに、結局次のラウンドが始まってしまうのだが・・・・・・そこはもう諦めの境地に至るしか、乗り越えるすべはなさそうである。