黄昏の影踏み ―2―


 ぱちっと目が覚めたのに、まわりが暗くて、大和は自分が置かれた状況の把握にしばし時間がかかった。
(あれ・・・・・・?)
 起き上がってみると、ホテルのベッドの上で、サイドランプの淡い灯りだけが、まっくらな室内を照らしている。隣を見ると、栗色の頭髪だけが飛び出した丸いふくらみがある。
(やってしまった・・・・・・!)
 ダンテが開けてくれたスパークリングワインが美味しくて、どうせ払うのは自分だからと、最終的に三本ぐらい空けた気がする。たいして高い度数ではないと思ったのに、久しぶりの酒と料理で出来上がってしまい、ホテルに着いた瞬間に寝落ちしていたようだ。コートを脱いで、「お腹いっぱいです〜」と言いながら、ベッドに腰かけたところまでは、記憶がある。
「あぁ〜・・・・・・すみません」
 靴は脱がしてくれたようだが、起こすよりはと寝かせておいてくれたのだろう。
「いいよ、気にしないで。お疲れだったんでしょ」
 もそもそと掛け布団から出てきた青い目が、眩しそうに細められた。
「起こしてしまいましたか」
「大丈夫だよ。シャワー浴びてくる?あと、そこの冷蔵庫に水が入ってる」
「ありがとうございます」
 もつれたおさげを解いて手櫛で梳かしながら、大和はよろよろとバスルームへと足を運んだ。
 たしかに疲れはたまっていたが、まさか寝落ちするとは思わず、ほったらかしにされたダンテを思うと、申し訳なさでうずくまりたくなる。
(店で酔いつぶれなくて良かった・・・・・・)
 最悪の事態は避けられたが、くだをまいたり、しゃべってはいけない事をしゃべったりしていたらと思うと、美味しく食べたはずの料理が胃の中で発酵しそうな気分になる。
 酒の匂いは汗と一緒に流せたが、若干情けない気分のままでバスルームから戻ると、ベッドの上に座ったダンテに、おいでおいでと指先で呼ばれた。水を渡されて、ダンテの胸に寄りかかるようにベッドの上で脚を投げ出す姿勢は、いつもの事後と同じで、生乾きの髪をほぐすように梳かれると、まだ何もしていないのに、気分が穏やかに満たされていってしまう。
「おかしいですね。今日はダンテさんを慰労するはずだったんですが」
「え?充分慰労されてるけど?」
 ミネラルウォーターが染み渡った吐息をつくと、後からきゅっと抱きしめられ、耳元ではくすくすと笑い声がする。
「大和さんと一緒にご飯を食べて、こうしてイチャイチャできるなんて、俺は幸せだなぁ」
「働きに見合う労わりを、もっと求めたらどうです?相変わらず、欲のない人ですねぇ」
「そう?大和さんは足りない?」
「僕なら罵倒三時間コースをお願いしますよ。もちろん、僕の上に足を置いてもらいます。毎日どれだけ忙しい思いをしているか・・・・・・」
 ダンテが喉の奥で笑ったのを聞き取れたのは、体同士密着していたからだろう。そんな笑い方をされる理由を探したが、大和が気付く前に揶揄われてしまった。
「大和さんは本当にマゾだなぁ。俺の絶賛一時間コースを、自ら志願してくれるなんて・・・・・・」
「待ってください!やるとは言っていません!一時間でも無理ですから!!」
 慌てて身をよじる大和の首筋や肩に、高い鼻先や柔らかな唇がくっつき、懸命に笑いをこらえる息がかかる。
「お疲れ大和さんは、迂闊さんだな。俺の称賛すらまともに聞いていられないなんて、自尊心がゴキブリの心臓くらいの大きさしかないんじゃないの?罵倒されると気持ちがいいのに、褒められるとしんどくて失神するなんて、人間の精神として不具合の極みだと思うよ。こんなに褒め甲斐のない、ちょっと温めたら溶けるゼラチンメンタルのくせに、俺を慰労する?どの口がそんなおこがましい事を言えるの?罵倒されないと起たないド変態が」
「あぁっ、ぁ・・・・・・ッ、ありがとうございますっ」
 穏やかな声音の罵倒が、じわりじわりと体に染み込んできて、抱き支えている手に胸や腿を撫でられるだけで、期待に強張ってしまう。
「んっ・・・・・・ぁ、そんなっ・・・・・・」
 下着の上から形をなぞるだけのような、軽い刺激だけでは物足りない。もじもじと身じろぐと、指先はふっと離れて、ラフに羽織っていたシャツを脱がしていく。
「いい?」
「もちろんです」
 ダンテの首に腕を回し、大和から唇を合わせにいくと、少しもがっついたところのない、上品なキスを返される。余裕がないのは大和だけだと言われているようだが、裸の背中や長い髪がかかるうなじを支える力強い手の熱さが正直だ。
「噛んじゃうよ?」
「どうぞ。というか、これが一番慰労になるんじゃないですか?」
「しーっ」
 するすると喉元を下りていく唇の感触に、大和は軽く息を弾ませながら首を反らせた。
「ッ・・・・・・ァ!」
 ずぶっと皮膚に沈む硬い感触に続いて、痛みと、体から熱が抜けていくような虚脱感に、大和はダンテの肩に爪を立てた。コードファクターに感染している大和の血液でも構わないのは、ダンテが感染者でも抗体保持者でもなく、そもそも人間という括りから少々外れた生態をもっていたからだ。
「ダ、ンテさ・・・・・・ぁ、はぁっ、ぁあ、あ・・・・・・ッ!」
 それが抵抗なのか、共生なのか、それとも別のものなのか、大和は知らない。それでも、鬱屈に満ちた命を啜り抜かれ、こうして自分が痛みを感じる人間だと思い知らされる快感は、他では得られないものだった。
「あぁ・・・・・・っ、はぁぁ・・・・・・」
「ん、痛かった?」
 ぺろぺろと傷口を舐められるむず痒さに抗議する気力もなく、大和はダンテの肩に上気した頬を押し付けたまま、小さくうなずいた。安全な危険に愛撫され、はちきれそうなほど下着を押し上げる、硬いふくらみをダンテの腹に擦りつける。
「んっ・・・・・・ふ・・・・・・ぁ」
「どうしたの?美人なお顔が、もうとろとろだよ」
「きもち、いいんです・・・・・・もっと・・・・・・」
 体の位置を入れ替えるようにベッドに押し倒されると、捕食者の顔を隠した優しい微笑に深く口付けされる。舌を伸ばして自分の血の味を探したが、ブレスミントの爽やかな匂いが微かにするだけで、上顎や舌の裏まで丹念に舐められて、自分の快感ばかりが引き出されていくようだ。
「ん・・・・・・っ、はぁ・・・・・・ぁッ」
 もどかしげに互いの理性を脱がし、胸や腿を愛撫する指先にアナルを開かれる頃には、大和は自分で脚を持ち上げるように開いてみせた。
「あっ、あぁっ・・・・・・ッ!」
「大和さんのここ、すっかり柔らかくなっちゃって・・・・・・えっちだなぁ」
「はあっ、んっ・・・・・・緩くは、ないはずですが・・・・・・ぁ、アッ!」
 内側からコリコリと指先にくすぐられて、跳ねる腰から力が抜けてしまう。
「んぁ、はっ・・・・・・あぁっ、あっ!ん・・・・・・たり、ないです・・・・・・!」
 潤滑剤で濡れた大和の中は、緩やかに慣らすダンテの指に吸い付いていたが、もっと大きなものを覚えている襞が、物欲しげにうねった。
「あっ・・・・・・は、やくっ、ぼくのなかにっ・・・・・・!」
「なかに?」
 大和を見下ろす青い眼差しは穏やかなのに、その指は意地悪く大和の中から、一本、また一本と、抜けて行こうとする。
「やっ、ぁあっ!もっと、おっきいの・・・・・・くださいっ・・・・・・!ダンテさんの・・・・・・おっきなおちんぽがいいです・・・・・・っ!」
「よくできました」
「はっ、ぁ・・・・・・ぁ、ああぁッ」
 入れられることに慣れてきてしまった穴が、傷付けないようにゆっくりと満たしていく塊を、きゅうきゅうと締め付ける。
 自分の長い髪を巻き込んでシーツを握りしめた機械の指が、あやされるように解かされて、土と戯れることを好む少し皮膚が厚くなった温かい手指が絡まった。
「苦しくない?」
「は、い・・・・・・っ、あっ、も・・・・・・いっぱい、で・・・・・・ッ」
 みっちりと腹の中を占領する質量に、大和ははあはあと喘ぐしかできない。苦しくはないが、性感帯に当たっていて、ムズムズとした快感にイけそうでイけない。快楽を求めて広げた脚の間で、反り返った自分の陰茎が、先走りを溢しながらひくひくと震えているのが見える。
「ダンテさん、う、ごいて・・・・・・はあっ、あぁ、はやく・・・・・・!」
「はい、たくさん感じてね」
「ヒッ・・・・・・」
 ずるっと引き抜かれる足りない感触に続けて、ぐちゅりと濡れた音と共に内壁を擦りあげていく出っ張りに、こつんと奥を突きあげられると、もう我慢ができなかった。
「ァ、あぁッ!!あぁっ・・・・・・らめぇっ、イくっ!しょ、んな・・・・・・ぁんっ!あっ、ぅああァッ!!」
「すごい・・・・・・っ、大和さんの中、ざらざらが痙攣しちゃってるよ。もうイっちゃう?」
 ぱちゅんぱちゅんと滑らかなリズムで打ち付けられる度に、気持ち良くしてくれる他人に奥まで満たされて、痺れた頭が溶けてしまいそうだ。
「あっ、ぁあっ!イっちゃい、ます・・・・・・っ!ぼくっ、ぁあっ!はぁっ、あぁっ!きもちいい・・・・・・っ!」
「うん、俺も気持ちいい・・・・・・!」
「いっぱいですっ、あぁっ!おくまで、だんてさ・・・・・・いっぱ、ひっ!イイっ、おくっ、らめっ!ぼくのなか、ぐちゃぐちゃ、とけちゃいますぅ・・・・・・!!」
 膝を上げて脚を開ききると、どろどろに蕩けた腹の中を奥までかき回され、悲鳴を上げて仰け反ってしまう。長い前髪をかきあげるように優しく支えられて、激しく弾む息のせいでだらしなく緩んだ唇を舌ごと吸われると、体の中心を太く甘い痺れが貫いていった。
「ァ、は、あぁぁ・・・・・・ッ!!!」
「ぅ、ちょっと・・・・・・っ、大和さん締めすぎッ・・・・・・ぁ、あれ?・・・・・・もしかして、ドライ?」
「ふぁ・・・・・・ぁアっ!?ぁああッ!!」
 イったはずなのに、頭の中は絶頂の波がいつまでもおさまらず、強張ったままの体が小刻みに痙攣して止まらない。そんな大和の中からダンテが抜けていき、勃起したまま吐き出せずにいる大和のペニスが、温かく湿った中へと深く包み込まれていった。
「アッ、ヒッ・・・・・・!?」
「んっ・・・・・・、んむ・・・・・・」
 先端を唾液で濡れた舌で刺激されながら、根元から指で扱かれて、大和は爪先でシーツを蹴って腰を震わせた。
「ィ・・・・・・ひっ、でるっ、でちゃ、ぅ・・・・・・ぁあああぁーーーっ!!」
「ンッ、けほっ・・・・・・」
 だらだらと長い吐精の感覚は、快感よりも強い羞恥を感じさせたが、がくがくと痙攣する身体を、生身の腕と機械の腕で抱きしめるぐらいしかできない。悲鳴を上げたがる喉が上手く息を吸ってくれず、振り切れた悦楽に火照った身体が、弛緩と緊張を同時にしたがって、ばらばらにねじ切れてしまいそうな気がする。
「ぁ・・・・・・はッ・・・・・・ぁ、ァ・・・・・・」
「・・・・・・ヤバい、とんじゃったかな?」
 ダンテの心配そうな呟きが、遠く聞こえた。