黄昏の影踏み ―3―


「あぁぅっ・・・・・・んぅ〜っ、はぁ・・・・・・ああっ、そこっ・・・・・・ぉ!」
「ごりごり凝りすぎ。踏んだ方がいいかな」
「あああぁッ」
 うつ伏せになったまま、大きな手でむぎゅうむぎゅうと肩や背中をもみほぐされて、大和は力の抜けた声が出るのを止められない。
「ぅ〜〜ぁあぁ〜〜」
「本当にお疲れだね。あれだけでへばるなんて、大和さんらしくないっていうか・・・・・・」
 結局、一回の交わりだけで満足してしまった大和は、たしかに疲れているのだろう。このままでは不能になるとは言わないが、健康に差し障りがあるのではないかと、普段の絶倫を知っているダンテは心配になる。
「うふぅ〜〜、らいじょうぶれすぅ〜〜。ちょっと酔っぱらってしまっただけで、あぁっ、そこそこ・・・・・・」
「俺より大和さんの方が、慰労が必要だと思うよ」
「うちの人たちが、そんなこと気にしてくれるはずないじゃないれすかぁ〜ぁひんっ」
「ここ、よかった?」
「あぁっ、あぁ〜っ」
 ダンテが骨盤の上あたりのコリを指で押すと、大和の指先や足先がぱたぱたとベッドを叩く。
「はぁ〜。もう大丈夫です。気持ちよかったぁ」
「それはよかった」
 自分の上から退いてベッドにもぐりこもうとするダンテに、大和はもみほぐされてふにゃふにゃになった身体ごと抱きついた。シャツにも遮られていない素肌からの、生身の体温が温かい。
「毎回言っているような気がするんですけど、ダンテさんって本当に触り心地がいいんですよね〜」
 抱きしめたダンテの体を、ところかまわずもにもにと揉んだり撫でたりと、大和の両手は忙しい。ふわふわの頭髪が一番のお気に入りだが、すべすべの背中もむちむちの尻も好きだし、もちもちして気持ちいいです〜と頬擦りしている場所は、ふっくらと張り出した大胸筋なのだが、大和は全く気にしていないし、ダンテも大和にされるがままになっている。
「いくらでも触っていいよ〜。大和さんに褒められて、嬉しいなぁ」
「はぁ、癒されますぅ〜」
 もう本当に毎日毎日忙しいし、あれやれこれやれって僕の体は一個しかないんですよ、いつになったら僕の負担が減るんですか、考えなきゃいけないことは多いのに話せることなんかちょっとしかないんですよ、誰か僕の代わりに悩んでくれませんか、ついでにデスクまわりの掃除と片付けもしてください、それから・・・・・・。
 延々と愚痴を垂れ流し続けた大和が、喉の渇きに一息入れると、ひょいと青い目が覗きこんできた。まるで、もう終わり?とでも言いたげに。
「・・・・・・もぉ〜〜っ!」
「え?なんで?」
 ぽこぽこと肩を叩かれて、大和の頭や背を撫でていたダンテの手が止まってしまう。
「僕を甘やかして、ダンテさんに何の得があるんですか!?」
「ゼラチンメンタルのくせに、そんなこと気にしてどうするの?俺が大和さんを甘やかしたいから、そうしているだけだよ。今度オムライス作ってあげるから、それまでお仕事頑張ってね」
「オ・・・・・・わかりました、頑張ります!」
 大和は赤くなった頬をぷくっと膨らませたが、再びダンテに頭を撫でられると、厚みのある温かな胸にぺしょりとくっつけた。
「・・・・・・本当に、離れられなくなりそうです。放すつもりはありませんけど」
「いいよー。俺がおじいちゃんになった大和さんを看取ってあげるから」
 なんでこの男はそんな極端なことを平然と言うのかと、大和は眉間に渓谷を作って唸るしかない。
「あのですね、僕が言いたいのは、この依存状態から脱却できないままだと、対等な立場でのお付き合いというものが難しいのではということです。たしかに僕は、ダンテさんの言う通りのゼラチンメンタルかもしれませんけど、僕には僕なりの矜持がありますし、ダンテさんにはダンテさんがやりたいことがあるでしょう?」
「やりたいこと・・・・・・?」
 きょとんと首を傾げるダンテに、大和は思わず追いかけたい人がいるのではないかと言いかけた。だが、自分を顧みて、そんなことは口が裂けても言えないと黙る。追いかけたい人が、もうこの世にいないのだとしたら・・・・・・。
「俺のやりたいことは、大和さんをでろんでろんに甘やかして、労わってあげることなんだけど?許してもらえるなら、大和さんのいいところを、一から百まで全世界に向かって宣伝するし、後世まで残るように石碑と銅像建てるよ?それとも、歌でも作る?タイトルは『名坂の医龍』『荒縄万歳』『くたばれ緊急呼び出し』どれがいい?」
「待ってください。僕の勘違いだったようです」
 長門のTシャツにプリントされているようなタイトルの歌碑と銅像を想像して、大和はシリアスなことを考えていた自分が馬鹿みたいな気分になったが、ダンテは特に表情も変えず、「そう?」と首を傾げたまま頷き、大和の冷えてきた肩を包むように抱く。
「もしも、俺にそれ以外のやりたいことができたとしても、大和さんに『僕にはもうダンテさんは要らないです』って言われてからやると思うよ。だから、心配しないで」
 そこまで全権委任されると、むしろ自分に対して不安になるのだが、大和は開き直って考えるのを放棄した。ダンテはこういう男だと割り切るしかない。彼の言葉の内、どれが真実で、どれが誤魔化しかなど、大和にはわからないのだから。
「もういいです。ダンテさんは僕を褒めて褒めて甘やかしてくれる、大きなヌイグルミみたいな人です」
「そうそう、その調子。ほら、もっと俺に抱き着いて〜」
「まったく・・・・・・オムライスの件、約束ですよ。僕の家に招待しますから」
「えっ!?名坂支部に住んでるんじゃないの!?」
「一応、自分の家は持っていますよ」
 マンションですけど、と続け、大和は収まりのいい位置を探して、ダンテの体とベッドの間をごそごそと移動した。
「部屋は余っていますし、ダンテさんを飼うことだってできるんですよ」
「ペットもヒモも遠慮するよ」
「言うと思いました。僕にもその趣味はありませんが、ダンテさんみたいにフラフラしている人を見ると、捕まえておきたくなるんですよね、心理的に」
「俺は幼児か」
「わりと毛艶のいい野良猫ですね。撫でまくって、ものすごく嫌そうな目で見られたいです」
「嫌そうな目で・・・・・・大和さんらしいな」
 クククっと喉で笑われるが仕方がない。目の前にいる野良猫は、嫌そうな目で見る代わりに、大和に腹を見せて懐き、料理まで作ってくれるらしい。
「なるほど、俺を飼いたがる奴はそういう心理なのか・・・・・・それなら仕方がない。いまの俺は大和さんが気に入っているから、たくさん餌をもらって、たくさん撫でてもらおう」
「いい心がけです。ついでに、言葉遣いもそのままがいいです」
「え?」
 きょとんと目を瞬いたダンテに、大和は薄い唇の端を上げ、ダンテに流星のようと褒め称えられる、泣きぼくろのある涼やかな目をほころばせた。
「他人行儀さのないしゃべり方、嫌いじゃないですよ。それが本当のダンテさんなんだなって」
「ぇ・・・・・・あっ、やべ・・・・・・」
 いつの間にかまたぞんざいなしゃべり方になっていたことに気付いて、出力言語を若干バグらせながら顔を赤くするダンテに、大和はしばし笑い転げることになった。寂し気に黄昏を見上げる彼に、またひとつ、近づけた気がした。