ご馳走と首枷 ―1―


 街灯がともり始めた夕方、サマンサのお使いでコンビニに行こうとしていたレパルスは、鎮守府の門前で大変邪魔なものに道を塞がれていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「よう、レパルス。あ、できれば大和さんのお尻は蹴らないであげてほしい」
「でしたら、さっさとこれを退かしてもらえませんか?」
 orzポーズでさめざめと泣いている大和の尻がレパルスの足先にあるが、ダンテはその向こう三メートルほど先に立っている。
「そんなこと言われても近寄れないんだもん」
「話になりません」
 げしっとレパルスの足が大和の尻を蹴飛ばす。
「あぁん、ありがとうございます!!・・・・・・うっうぅっ」
「うっとうしいですね」
 レパルスの蹴りでもあまり立ち直らない大和は珍しい。邪魔な粗大ごみを見る眼差しのレパルスに、ダンテは肩をすくめてみせた。
「その・・・・・・大和さん、張り切り過ぎたって言うか・・・・・・食べてほしくない物を食べちゃったんだよね」
「ああ」
 ダンテを搾り取るために精を付けるつもりで、うっかりニンニクを使った料理を食べてしまったらしい。傍に立ったレパルスには、気になるような臭いは嗅ぎ取れないので、ちゃんと歯を磨いてシャワーも浴びて、ブレスミントも食べたに違いない。だが、人間の鼻には問題がなくとも、吸血鬼としての力を取り戻したダンテには、少しばかり近寄りがたい臭いになっているようだ。
「馬鹿ですか?」
「明瞭簡潔、直球ど真ん中の罵倒をありがとうございます!」
「ひどいこと言うな。ちょっとやらかしただけだ」
 誰だって失敗はするもんだ、とダンテはレパルスに抗議するが、それはともかく、落ち込んでいる大和が歩道を塞いで邪魔だ。仕方がないので、レパルスはもう一度、大和を道の隅の方へ蹴りやり、自分が通れる幅を確保した。
「げふぅっ!」
「早くそれを片付けて下さい。邪魔です」
「そんなこと言われてもなぁ・・・・・・。大和さん、もう泣かないで。明日にはきっと消えるから」
「うっ、うっ・・・・・・がんばって考えた僕のバースデー計画が・・・・・・!」
 自分の誕生日を祝ってもらうために、自分でしっかりと準備していたらしい。主に、変態的な方向であることは、想像に難くないが。
「消臭剤を振りまくなり、無理やり汗で流すなりすればいいではありませんか。臭い消しのハーブくらい、ダンテさんなら大量に持っているでしょう」
「さすがに生ハーブを穴という穴に詰め込むのはかわいそう・・・・・・いや、大和さんなら大丈夫か」
「・・・・・・・・・・・・」
 丸鶏の調理でもする目をし始めたダンテにとって、やはりニンニクの匂いは相当きついらしい。
「そうですね、こうしていても仕方ありません。すぐに対策を取りましょう」
 大和もなんとか立ち直ったようで、ちゃんと顔をあげた。
 レパルスはコンビニに向かうため、大和を蹴り退かした歩道を歩きだし、大和と向かい合うように歩道を占拠していたダンテの傍を通り抜けようとした。
「あなたも邪魔ですよ」
「!?」
 レパルスは軽く押したつもりだったのに、押された方は歩道のタイルに躓いたのか、たたらを踏んでよろめいた。
「ぅおぁ!?あ、ぶ・・・・・・!!」
「ふぎゅぅ!?」
 どさぁっごっつんとすごい音がして、レパルスも思わず振り向いたが、やはり見なかったことにして歩き出した。赤城と食べて美味しかった「さくらプリンパフェ」や「白玉抹茶ティラミス」なる甘味を、サマンサはレパルスと食べたいと言って待っているのだ。
「いやぁあああああ!!!放して!放して大和さん!!うっぷ・・・・・・!!」
「すーはー、すーはー!っぁあ、素晴らしいポジショニングです!!」
「こ、股間がこそばゆいっ!そこで息しないで!!」
「窒息プレイですか!?望むところです!さあ、もっとしっかり腰を下ろしてください!!」
「だから、くっさいんだってば!!いまの大和さん臭いの!!」
「くふぅ〜〜〜!!!ふへきふぁはふぉうふぇふ!!」
「ひいぃぃ〜ッ!!だれかぁ!おえっ、げほっ・・・・・・た、た〜す〜け〜てえぇぇ〜〜〜〜!!!」
 ニンニクの匂いは吸血鬼を脱力させる、レパルスは悲鳴から遠ざかりながら、頭の隅に書き留めた。
 もちろん、帰ってきてもまだやっているようなら、仰向けに寝転がって自分の顔面にダンテを座らせて、がっちりと両脚を拘束している大和の腹を踏んで通るつもりだ。
「うっぷ・・・・・・きもち、わる、い・・・・・・」
「おや?ダンテさん?ダンテさん!?しっかりしてください!!」
「・・・・・・・・・・・・」
 レパルスが望むサマンサとの静かで平和な生活とは、程遠い風景であった。


 ハーブティーをがぶ飲みしてサウナで強制デトックスを敢行した大和は、小鳥遊財閥次期当主筆頭候補の威厳煌びやかに部屋に戻ってきた。
「ダンテさん、いい加減に戻ってきてください。そろそろキノコが生えそうですよ」
 大和がリザーブしたホテルのスイートルームの隅で、膝を抱えて座り込んだダンテが、どんよりじめじめと暗い雰囲気を醸している。不本意ではあるが、路上で好きな人に顔面騎乗位状態で乗っておいて泡噴いて倒れたのだから、すごく情けなくて恥ずかしいに違いない。
「だって・・・・・・ぐずっ」
 いつもにこにこと微笑んで、まわりの人間もできるだけ笑顔になるよう振る舞うダンテだが、意外と本気で格好つけたがりだ。失敗するとよく落ち込む。
「ほら、ダンテさんが好きな僕ですよ。たくさん褒めてください」
「うん、わかった」
 ただし、大和を褒めていい許可が出ただけで立ち直るが。
「大和さん、今日もとっても綺麗だよ。ほかほかしてるお風呂上りは、髪のつやと目のキラキラが五割増しだね。こんなに柔らかい肌に触っていいの?食べちゃいたいのを我慢するが大変だよ。もちろんいい匂いになっているよ。俺のためにそこまで丁寧にしてくれるなんて、やっぱり大和さんは優しいなぁ。大好きだよ」
「・・・・・・そうでしょう」
 大和は笑顔を引きつらせて頷く。そよ風のような上辺だけのお世辞には慣れていても、真っ直ぐに目を見て褒めてくるダンテの甘ったるい本気の言葉にはなかなか慣れない。せっかくさっぱりしたのに、脂汗がにじんできそうだ。
「さあ、食事に行きますよ」
「了解!」
 しゃきんと元気になったダンテを連れて、大和はレストランに向かった。
 バースデー仕様のコース料理を予約する時に、ダンテからデートは誕生日をずらすように言われたので、今日は大和の誕生日を過ぎた休日だ。ダンテなら大和の誕生日に予定を入れるようなことはしないのに、なぜそんなことをするのか首を傾げたが、当日に涼月の顔を見て理解した。
「相変わらず、あちこちに気を回す人ですね」
「そうかな?俺は涼ちゃんに蹴られたくないだけだよ」
 大和至上主義の万能メイドが、気合を入れて大和のバースデーを祝いたがっていることぐらい、ダンテにはよくわかっていたのだろう。
「たくさんの人が大和さんをお祝いしたがっているってことは、とってもいいことだよ」
 にこにこと機嫌よくワイングラスを傾けるダンテを前に、大和は微笑みながら軽く息をつく。涼月はたしかに嬉しそうだったが、大和の意向が第一優先であるメイドとしては、ダンテに気を遣わせたことが大和の意に沿わないのではないかと、無駄に気をもんでいた。問題ないとは言っておいたが、もう少し意思の疎通が必要だろう。
 キラキラと夜闇に映える名坂港が一望できるテーブルで、『Happy Birthday 大和さん』とデコペンで書かれたミニホールケーキが出されると、静かなジャズが流れていた店内BGMが、『Happy Birthday to You』のアレンジに変わった。照明や給仕している店員たちの態度も変わらないので、気付いた客は少ないだろう。
「わぁ、よくわかってるね〜」
「個室がないので、なるべく静かにと言っておいたんですよ」
 スーツ姿の男二人が差し向かいで食事をしていれば、まわりはビジネスかなと思うだろう。
「ダンテさんもいかがです?」
「いいの?じゃあ、ひとくち」
 大和が食べているケーキの端を、ダンテのフォークが削っていく。
「ん、美味しい。・・・・・・大和さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 ここでプレゼントの箱なり花束なり出てきそうだが、出てこないという事は、ダンテは大和がリクエストした、少々覚悟のいるプレゼントを用意してくれたのだろう。
(期待、大ですねッ!!)
 目を輝かせた大和の内心を察したらしいダンテが、ほんの少しの苦笑いを浮かべた。

 大和への誕生日プレゼント選びに、ダンテは少なくない時間を費やした。何を贈っても喜んでくれそうだが、すでに持っているとか、ダンテがプレゼントした物よりも高品質な物が買えるとか、たいへんありえそうで困る。花や料理のような消え物でもいいが、先に大和が「デートしましょう!」とホテルの予約を取ってしまったので、出先でかさばる物や生ものは避けたい。
 結局、大和本人に何がいいか聞いたところ、ダンテが天を仰ぐことになった。いつか言われるんじゃないかと思っていたが、この断りづらい場面にぶつけてくるということは、本気の本気。マジなのだろう。
 スイートルームに戻ってきた二人の間で、最後の合意確認が取られる。
「本当に眷属になりたいとか、そういうヤバいのじゃないんだよね?俺が『ご主人さま』になるだけだからね?大和さんがしてほしいって言うから噛むけど、絶対に死なないでよ!?」
「はいっ!もちろんです!!」
 『ご主人さま』になることはヤバくない、みたいな言い方になってしまって、ダンテはため息をつくが、大和は目をキラキラと輝かせてダンテに縋ってくる。
 大和が欲しがったのは『僕だけのご主人さま』。SM付き遊び相手から一歩前進にしては、一歩が大きすぎる。
 そういうパートナーシップには責任もつきものだが、とりあえず大和だけを下僕にしてくれる、信頼できる『ご主人さま』であればいいそうだ。
「ぜひ、がぶっといっちゃってください!サマンサさんもルイスさんも、ダンテさんがお腹空いているはずだって言うんです。ならばっ、この僕、小鳥遊大和が!げ・ぼ・く・として、ダンテさんのご飯になるのは、当たり前じゃないですか!?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ダンテの相談に乗っていたサマンサが言うのは仕方がないとして、ルイスは絶対に嫌がらせでサマンサの援護射撃をしたに違いない。大和は大和で、ご主人さまゲットと、いつも以上の被食者プレイができると、一石二鳥を狙っている。ダンテは遠くなりがちな眼差しを近くに引き戻して、テンションの高い大和の肩に手を置いた。
「うん、わかった・・・・・・。本当に、それでいいんだね?」
「マゾに二言はありませんっ!」
 ダンテは覚悟を決めて、ソファに深く腰掛けて脚を組んだ。わくわくと後をついてきた大和を見上げ、最初の『命令』を出す。
「・・・・・・『ふせ』」
 がばりと平伏した黒髪が床につくのを見下ろし、その肩が汚れるのも構わず靴底で蹴った。
「それで頭を下げたつもりかな」
 額が床に打ち付けられた、ごちっという音に混じって、興奮した呼吸が空気を震わせていた。