ご馳走と首枷 ―2―


 ガラスは息で白く曇ってしまい、見下せるはずの名坂市の夜景は、滲んでよく見えない。
「はぁっ、は、ぁあ・・・・・・ッ、あぁっ!」
 両手で窓に縋り、背後からの甘い律動に両脚が震える。足元にわだかまっていたズボンと下着は蹴り払われ、ボタンを外しただけのシャツからは胸や腹がちらちら見えている。身体が逃げないように、後ろからわき腹や胸を撫でる指先が悪戯に乳首をつまむので、大和はその度に痺れる腰を震わせて、自分の中を穿つ肉棒を扱いた。
「ひんっ!・・・・・・ぁっ、あ、そこ・・・・・・はぁっ、あぁ・・・・・・!」
「一生懸命お尻を振って、大和さんは可愛いなぁ」
「あぁッ!あぁッ!」
 唯一、しっかりと締められたままのネクタイだが、その向きは後ろ前になり、後ろから引っ張られるたびに首が絞まって仰け反る。
「がはっ、はひゅっ・・・・・・はひゅっ・・・・・・」
「あーあ。気持ち良さそうに中をきゅうきゅう締めちゃって・・・・・・これがやりたかったんでしょ?」
「は、ぃ・・・・・・っ」
 大和が自分でこの部屋をリザーブしたのは、夜景が見える大きな窓があったからだ。夜闇と隔てられたガラス窓に映るのは、下半身を丸出しで、反り返った陰茎から先走りを溢し、首を絞められて蕩けた顔をしている自分。
「はい、名坂の皆さんにお披露目だよ」
 窓越しに見える、キラキラした名坂市には、親しい友人も、大切な仲間も、警戒すべき敵も、あるいは見知らぬ人も、いまこの時をそれぞれ過ごしているはずだ。
「がほっ、はっ・・・・・・た、かなし、大和はっ・・・・・・はぁっ、ダンテさんの、下僕に、なれましたっ、あぁっ!あっ、ぼく・・・・・・、も、ぉ・・・・・・ぁんうぅっ!」
 羞恥と興奮で熱い頬を窓につけ、大和は肩や背を震わせながら、快楽を吐き出した。
「大和さん、上手に言えたね。だけど、イっていいなんて許可してないよ。堪え性のないちんこだなぁ」
「あ・・・・・・す、すみませ、んっ・・・・・・」
 ずるっと抜けていった楔はまだ硬く、大和は振り返る前にぺちんと尻を叩かれた。
「ひゃぅっ!」
「汚したところは、自分で綺麗にして」
「は、はい・・・・・・!」
 首に食い込むネクタイに喘ぎながら、大和はそろそろと膝をつき、夜景に飛び散った白濁に舌を伸ばした。
「はっ・・・・・・は、ぁ・・・・・・ん、んッ」
 ガラスに垂れる自分の精液を丁寧に舐めとり、その屈辱的な行為に興奮して、物足りない腹の中がきゅんきゅうとうずく。
「はぁっ、はぁ・・・・・・」
「綺麗に掃除できたね。えらい、えらい」
「あッ!」
 ごん、と腰を蹴られ、不安定な膝立ちだった大和は横向きに転がる。すぐに「ふせ」状態になるが、無情にもダンテのかかとが遠ざかるので、慌てて彼の足元に侍った。
 ベッドに腰かけたダンテの両脚を背中に受け止め、大和はほっと息をつくと同時に、プレイとしていつも以上にぞんざいな扱いをしてくれるダンテに嬉しくなった。個人として尊重され、丁寧に大切に扱われるのが嫌ではないのだが、やはり傲慢な振る舞いに虐げられて気持ちよくなりたい。プレゼントに『ご主人さま』を強請って、本当に良かったと思う。
「じゃ、おやすみ」
「えぇっ!?」
 服を脱いでいる気配がしたから続きがあるものだと思っていたのに、大和の背中から重みが消え、ダンテはもそもそとベッドにもぐりこもうとしている。
「あ、あの・・・・・・」
「なぁに?」
 ベッドの下からそっと頭をあげると、不思議そうに首を傾げられた。
「お披露目は終わったでしょ?」
「でも、まだ・・・・・・」
 大和は一人で絶頂してしまったが、ダンテはまだイっていないはずだ。『ご主人さま』を満足させられなくてはマゾの名折れ。大和は急いで下僕として頭を働かせた。
「ご奉仕させていただいても?」
「好きにすれば?」
 別にいらない、と放置されても気持ちよくなれたが、ちゃんと許可をくれたのはダンテの甘さだろう。大和は残っていた衣類を脱ぎ捨てて、いそいそとベッドによじ登った。
 寝る態勢に入っているダンテからウザそうに蹴られつつ、大和は自分の四肢を縛めていった。本当は義肢を外した状態でなぶられたいが、いまはご奉仕ターンである。
 両脚をそれぞれ屈した状態で緊縛用のベルトを巻き、両手首にも金具ひとつで足首に接続できる枷をはめる。これで仰向けになったら、ひっくり返された亀のようにもがくしかできない。
「ダンテさんには、僕で気持ちよくなってもらいたいんです」
「道具みたいに使って?」
「ふふふっ」
 一度スキンを外されたゴム臭いペニスを頬張ると、後頭部をぐいと掴まれる。
「んっ、んふ・・・・・・ぉ、んふっ、ぅぐぅっ」
「大和さんは、こうされるのがいい?」
「ふぐっ」
 舌を使って裏筋を舐めながらコクコクと頷くと、硬く太りだしたダンテのペニスが喉の奥へ押し込まれる。
「おごぉっ!はっ、ぁうぐ・・・・・・ぉおっ!」
「んっ・・・・・・そのまま・・・・・・」
 息苦しさに涙目になっても、身動きの取れない大和は、されるままにしゃぶり続けるしかない。口の中をいいように侵されて、再び大きくなってきた大和もシーツに擦れている。
「はぁっ、大和さん・・・・・・大和さん、とっても上手。一生懸命咥えて可愛いなぁ。あぁ、もう出ちゃいそう。んっ・・・・・・っく」
「んぶっ、ぅぐ・・・・・・うっ、ぐっ、んっ・・・・・・んんっ、んうぅっ」
 びゅくびゅくと吐き出される精液を懸命に受け止め、大和は溢さないように飲み込んだ。粘っこい苦みに軽くせき込んだが、頭を押さえつけていた手に撫でられ、頬が熱くなる。
「ふぅ・・・・・・上手にできたね。でも、俺を咥えている大和さんが可愛すぎて、まだ出そうだよ」
 大和は慎重に後ろに転がり、膝を開いた。いきり立った陰茎とぱんぱんになった陰嚢の奥を、拘束されたままの手で尻の肉を引っ張るように開いてみせた。
「どうぞ、ダンテさんの形を覚えている僕の雌穴を使ってください」
 柔らかく解れた大和のアナルは、襞を押し広げられながら、ずぶんと奥までダンテを受け入れた。頭の先まで甘く痺れるに十分な衝撃で、思わず「おほっ」と声が出たが、額に触れた唇に嗤われた。
「これが大財閥の若様がする顔?・・・・・・あぁ、ほんとだ。大和さんの中、奥まで俺でぴったり」
「アッ、ぁああッ!ひっ、そんなにっ、はげしく・・・・・・っ!また、でちゃ・・・・・・ッ、あぁ!あひぃっ!だんてしゃ・・・・・・っ、ぼく、ぼくでちゃぃ・・・・・・ぁああッ!」
 両手足を拘束した上に圧し掛かられた大和は、身動きができない窮屈さと腹の奥を突かれ捏ねられる苦しさに、遠慮のない喘ぎ声をあげた。
「まだ入れたばっかりなのに、仕方のない淫乱穴だね」
「はいっ・・・・・・はい、どうぞ淫乱な、穴ですのでっ、ぁああッ!たくさん、使って、中に・・・・・・!あんっ、あぁっ!きもち、いいっ、ぁひっ!」
「大和さん、かぁわいい。いいよ。ほら、イってよろしい」
「あっ、あっ、イくっ・・・・・・んぅあああ・・・・・・っ!!」
「んっ・・・・・・!」
 許可をもらってひときわ腹の中を締め上げた大和は、ぶびゅっびゅるるっと飛んでくる自分の精液を顔にまで受け、ごんごんと内側を擦っていたダンテも大和の中で果てた。
 枷やベルトが外され、抱きかかえるように体を起こされると、大和は顔を拭われ、優しく唇が塞がれた。丁寧に絡みついてくる柔らかな舌を夢中で吸い、唇の端から唾液が溢れるにまかせ、あやすように背筋を撫でられる快感に、何度も柔らかなエクスタシーを追いかける。まだまだ、何度だってイける。目の前で微笑んでいるのは、大和を虐めて気持ちよくしてくれる『ご主人さま』だ。
「んっ、ふは・・・・・・ぁ、あぁ」
「・・・・・・大和さん、俺のこと好き?」
「はひ・・・・・・らいしゅきでしゅ」
 人を蹴ったり罵ったりするのは好きじゃないのに、大和のわがままを聞いてくれる優しいダンテの事が好きだと・・・・・・そういえば直接伝えるのは初めてだったかなと、とろけた頭の隅でぼんやりと思った。
「ぁ・・・・・・が、はひゅっ・・・・・・?」
 ぶしゃっという、水気の多い果実にかぶりついたような音がした。焼けるような痛みが、徐々に肉がひきつるような冷たさに変わっていく。胸が浅い呼吸をしているような気がするが、それが苦しいかどうかよくわからない。耳の奥で聞こえていた鼓動が、きーんという耳鳴りにかき消されていく。
(ア、ァッ・・・・・・イ、く・・・・・・っ、イくっ!もぉ、イっ、て、ぇ・・・・・・!)
 ダンテに蹂躙された腹の奥が、例えようもないほど熱く、がくがくと腰を震わせる。吐精する感覚が、何度も、何度も、大和の脳髄を痺れさせた。すごく痛くて、とても気持ちいい、はずなのに・・・・・・。
「ハッ・・・・・・ハッ・・・・・・・・・・・・」
 抱きしめていてくれた温かさが遠くなり、とさりというささやかな衝撃と共に、後頭部や背中にシーツを感じる。指先どころか視線すら自力で動かすことが出来なくなった大和は、手のかかる食材を見下ろす眼差しを、「少し怖くて、とても気持ちいい」と思った。


 午前七時二十七分。
 のんびりと目覚めた大和は、一人残されたベッドから起き上がった。
「いっ、ぅ・・・・・・!」
 ずきりとした強い痛みに首筋を押さえるが、左腕には神経が裂けているかのような痺れがある。捕殺ぎりぎりの食事跡に、自分から望んだこととはいえ苦笑いがこぼれた。
(これはセックスやSMよりも仕事に響くな・・・・・・)
 いままでどれほど手加減してくれていたのかと、冷や汗が出る思いだ。仕事に支障が出かねないと、さすがに自重しなければと思うのだが、あの恐怖と紙一重の快楽は捨てがたく、大和は悩ましく唸る。
 もちろん、ダンテの食料になったことを、後悔なんてしていない。またあの「手のかかる食材」を見る目をしてもらいたい。思い出しただけで、股間が熱くなる。
 若干の目眩と熱を持った痛みを堪えて首を回すと、昨夜嬌態を映した窓が視界に入る。いまは縦型ブラインドが引かれ、隙間から眩しい朝日が侵入していた。
(・・・・・・まるで、出会った頃みたいだ)
 少し前から本格的に陽光に弱くなったらしく、ダンテは大和と共に夜明けを越えることが無くなった。より親しくなってからは、朝日を避けるように布団にくるまった寝顔を、少しならみせてもらえていたのに。
「はぁ・・・・・・」
 無防備をさらせないという、至極まっとうな理由はあるのだが、これまでの付き合いから、「完全無防備を晒せる相手がいない」ということも、大和にはわかっていた。
(僕では、役者不足でしょうし)
 レパルスやサマンサから聞いた断片的な情報を繋ぎ合わせて、アキに連れて行ってもらった「あの町」に重ね合わせれば、おのずとそのシルエットは濃く浮き上がってくる。
 いまもダンテの心を満たして放さない絶対的な守護者に対し、大和は張り合おうなどと烏滸がましいことは思わない。それは、ダンテが大和の亡くした婚約者について、彼からは一言も話題に出さないことと、根は同じだと思う。
(遠慮があって気遣い上手なのはありがたいですし、関係した人に対する敬意や感謝の気持ちも共有しているんですから、もう少し体当たりしてきてくれても文句は言いませんよ)
 体当たりさせた結果が、かなりボロボロになった今朝の状態だということは、ひとまず棚に上げておく。
 ダンテは「必要な時だけ必要とされる関係でよかった」らしいが、大和からそのラインを踏み越えてしまった。なんて我儘で欲張りな人間だと自己嫌悪に陥ると同時に、なんて臆病で無礼なことを言うのかと憤らずにはいられない。小鳥遊大和は、そんなに軽薄で安い男ではないのだから。
(でも、もう逃げられないし・・・・・・誰にもあげるものか)
 ベッドサイドに残された、『大和』と刻印された名札のついた黒革の首輪には、「次に会った時につけてあげる」というメモが添えられていた。大和は手の中で首輪を弄び、やっと『ご主人さまという枷』をダンテにつけることができた悦びに、堪えきれず口角をあげるのだった。