大事なことなので ―4―


 『待て』状態から『よし』と許可を得て腰を進めた瞬間、大和は一度気絶したのかもしれない。自分の中から何かがどくどくと流れ出ていく感覚は、ダンテに吸血される以上に、強奪されているようだった。
(あぁ、きもちいい・・・・・・)
 真っ白になった頭の中では、ただただ快楽だけが溢れかえり、ぐねぐねと吸い付いてくる柔らかい穴に向かって、気持ちよくなることだけを求めてペニスをこすりつけた。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・っぁあ、いいっ、でるっ♡ またでるっ♡ でちゃうぅっ♡♡」
 へこへこと情けなく腰を振るたびに、尻穴に埋まったままのプラグを締め上げてしまい、自分の意識とは関係なくゴリゴリと前立腺を責めてしまう。犬のように口で息をし続け、「きもちいい」しか出力しなくなった脳は、自分と周囲の境界を曖昧にしか感じなくなっていた。
「あんっ♡ あんッ♡ あひっ、あちゅい、れしゅ♡♡ とけりゅっ♡ イくイくイくぅ♡♡ あぁっ、きもちいいぃぃっ♡♡♡」
 ジェルと精液でどろどろに蕩けた気持ちいい穴に、これでもかと自分の男根を突き入れても、肉付きのいい尻や腿はぱんぱんと弾き返してくれて、引き留めるように大和をひっかく襞との連携が素晴らしい。
「あはぁ♡ らめでしゅ・・・・・・っ♡ あっ♡あっ♡ また、でるぅっ♡ んっ、く、ぁああッ♡♡♡」
 もう一度深く突き入れて、亀頭を奥にぐりぐりと擦りつけながら、射精をする。力むせいで大殿筋がぴくぴくと痙攣しだしてしまい、これは何回目だろうか、と頭の隅でぼんやりと思う。
 しかし、白濁が散った赤紫色の淫紋は、紅を塗った唇を歪ませて大和を扱く娼婦のように誘う。まだ出せるでしょう?まだイけるでしょう?そうS嬢に言われながら手コキされている幻覚が、浮かんでは消える。
(あ、れ・・・・・・?)
 拘束されてしかるべき自分の両手は、誰かに握られながら自分の体を支えている。これでは大和の体重を支えてくれている人に申し訳ないと体を起こし、指が絡まった手を放そうとして、予想以上に力が抜けた。
「・・・・・・?」
「やまとさん・・・・・・?」
 ぽすりと大和を受け止めた胸は柔らかく、しかし激しく上下していた。それまで繋いでいた誰かの手が、大和の頬を撫でていく。
「あ・・・・・・」
 汗と涙で酷いことになっていた顔を、男の大きな手指が、ふにふにっと拭っていく。そのまま、首の後ろまで延ばされた腕に引き寄せられ、弾んだ息を漏らす、ふっくらとした厚い唇が、大和の額に吸い付いた。
「だんてさ・・・・・・」
「うん。気持ちよかった・・・・・・?」
「は、い」
 蕩けた頭では何も考えられず、汗ばんだ体同士を密着させるように、自分よりも大きな男を抱きしめた。
「いっぱいイけたね。俺のお腹の中、大和さんのザーメンでぱんぱんだよ」
「ぅ、あ・・・・・・」
 すでに抜けそうになっている隙間から、とろとろと溢れ始めている。
「すみま、せ・・・・・・!?」
 体ごとぐるりと半回転した視界に、かすれた声を出したのどがひきつった。仰向けに組み敷かれ、汗でひんやりした胸の乳首を少し硬い指先がギリっと摘み上げた。
「ひぎっ!」
「あっは♡ ざぁこ♡ ざぁこ♡ ざこ生物のざこちんぽ♡ いつもの威勢はどうした?まだまだ、びゅーびゅー出るだろ?」
 脚を開いてどっかりと座ったダンテが、唇から犬歯を覗かせながらニヤニヤと見下ろしてくる。もちろん、大和の主砲はダンテの中に埋まったままで、自分が出した精液とジェルが混じった白濁が垂れ落ちている。
「あっ、あぁッ、い、た・・・・・・ぁッ!」
「痛い?そうだよ、痛くしてるんだもん。ほらほら、しっかり起たせてよ」
 さっきまで大和の顔を撫でていた大きな手が、いまは大和の首にかかっていた。
「苦しいと、勃起しちゃんだよね?変態だよねー。大和さんの、ヘ ン タ イ ♡」
「はひゅっ・・・・・・♡」
 首輪の硬い革が首に押し込められ、じわりと目の周りが熱くなると同時に、視界が陰った。息が苦しいが、自分の上に乗って腰を振る身体を押しのけようとは思わない。
「あは♡♡ すっごい、奥まできた♡ んうっ、そう、そ、ぉ♡ お♡ いいっ♡♡」
「はひゅっ♡ かはっ、かはぁっ♡ はひっ、あひが、と、ぉ、ござ、いまひゅ・・・・・・♡♡」
 いままた硬さと大きさを取り戻した大和の男根は、びっちりと腸壁を広げるようにダンテに埋まり、自分で出した精液を潤滑剤にして、上下に擦れる襞に愛撫され続けた。


 控えめなバイブレーションと聞き覚えのある電子音に起こされ、大和は自分を抱きしめている腕を退かし、もがくように枕の上に乗り上がって、左手でベッドボードの上を探った。爪の先に当たった硬いディスプレイに指を滑らせ、スマートフォンの目覚ましアラームを止める。
「ん・・・・・・ううぅっ」
 どうもヤりすぎてしまったらしく、珍しく大和も途中から記憶がない。腰まわりを中心に、筋肉痛がひどい。声も少しガラガラしている。
(無理・・・・・・涸れた・・・・・・)
 ツヤツヤするどころか、すっかり脂っぽさが抜けて干乾びている。搾り取られたという表現がぴったりだ。
(起きなきゃ)
 点けっぱなしだったフットライトのおかげで、暗闇の中でも外したままの義肢が、綿のたっぷり詰まったベロアの腰掛に置いてあるのがわかる。ベッドのすぐわきに置かれたあの腰掛は、ウォークインクローゼットの中に置いてあったはずだが、その向こうに繋がっている別室には入っていないだろうか。廊下を挟んだ反対側に、この寝室とも繋がったプレイルームも完備してあることは、まだ言っていなかったはずだ。
 そういえば、ウォークインクローゼットにはダンテの服やシーツ類の他に、涼月には見られたくないアレコレとか大和の勝負服も運び込んでいるのだが、それもまだ言っていなかった気がする。ベッドの端に脱ぎ捨てられたハーネスと尻尾付きアナルプラグを横目に、大和は浮かれすぎていた昨夜の自分を少し反省した。
「ふう・・・・・・」
 大和は、寝癖でもっさりとした髪を梳くようにかきあげた。体がカピカピしていないどころか綺麗に洗われてバスローブを着せられ、シーツも新しく敷き直されているところを見ると、ダンテが後始末を全部してくれたのだろう。
(下になってくれたダンテさんにやらせてしまうなんて・・・・・・)
 自分が抱き潰す予想が逆になったので、やはりあの淫紋とサマンサの媚薬とのあわせ技はすごい。なにより、外れちゃいけないタガがぶっ飛んでしまったらしいダンテに、淫魔もかくやというエロい責めをしてもらったので、大満足だ。ダンテが大和に淫紋を施してくれる機会が、とても楽しみで待ち遠しい。
(・・・・・・問題ないかな?)
 ローブの裾をまくり上げて自分の主砲を確認するも、いまのところ腫れや痛みなどはないようだ。今度、サマンサと霞に礼を言っておかねばならないだろう。
(ダンテさんの方はどうでしょう?)
 気持ちよく何度も致したので、寝る前にかきだしていたとしても、腹が痛くなっていておかしくない。時間はまだ朝の七時前なので、ダンテは熟睡しているはずだが・・・・・・。
「っ!?」
 なるべくベッドを揺らさないように体を寄せたが、ダンテの寝顔を覗き込んだ大和は、慌てて自分の右腕を取りにむかった。邪魔な掛け布団から抜け出し、這いずるように金属の塊に手を伸ばす。
 右肘から先と、左膝から先の感覚が戻ると、急いでベッドの上を戻った。眠っているダンテを起こしたくはないが、むしろ起きてくれと思わずにいられない。
「・・・・・・ダンテさん?」
 小さな擦れ声が震えたのは、大和自身が震えていたからだ。
 職務上、一般人よりは遺体を見慣れていると言っていい。柔らかな弾力のある温かい体と、ぐにゃりと沈み込む、熱が抜け出てしまった物との違いは明白だ。だが、いま大和の指先が触れようとしているものは、どちらの質感ともちがっている。
(まるで・・・・・・)
 人形のようだ。
 地下室の闇の中に白々と浮かんだ頬が、フットランプの淡い光を鈍い艶として照り返している。生気がないと言うより、そっくりな人形が横たわっているような気がして、大和は思いきってその頬に触れてみた。
「・・・・・・・・・・・・」
 かなり冷たい。だが、死体や蝋や樹脂の感触ではなかった。大和を抱きしめていた腕も、だんだん冷めてきているが、生きているしなやかさがある。額にかかった髪を梳きあげると、柔らかな癖毛が指の間をすり抜けていった。
 首筋を探ったが、上手く脈が取れない。胸に耳を当てると、非常にゆっくりとした鼓動が聞こえたような気がする。本当に細いが、呼吸もあるようだ。
 これが普通の人間なら救急車を呼ぶところだが、灯りを点けてよくよく見れば、寝顔は満ち足りたように穏やかで、顔色は白っぽいが、どうにも不健康さが感じられない。
「・・・・・・驚かさないでください」
 おそらく、冬眠と言うか、仮死状態のようになっているのだろう。不死者なのに仮死とはどういうことかと、頭が痛くなったが、昼間は動けないというダンテの言い分が、まったく言葉通りだと思い知った。
 そのとき、眠っているダンテの口角が、わずかに上がったように大和には見えた。笑ったようだが、彼が伝えたかった言葉は、おそらく「ごめんね」だと見当をつける。
「もう・・・・・・」
 安堵のため息とともに、大和の全身から力が抜けた。本当に、心臓に悪い。
(少し前までは、こんなにひどくなかったのに・・・・・・)
 だが、これではっきりと確信する。わざわざ地下室のある家を建ててよかったと。
 見るといい。いままでは、なにかを恐れるように、うずくまって眠っていたダンテが、ここでは全身を伸ばして眠っている。
(不思議な気分だ)
 できて当たり前という環境で育ち、期待に応え続けなければ価値はないと、人格ごと存在を否定された。ひたむきだが青すぎた反逆心と、未来を望んだささやかな幸福が叩き潰され、自分の無力さに絶望してきた。
 自分にできることなど、たかが知れている。そんな諦念からか、自分のプライベートな欲望から出た、強引で我儘な結果が、受け入れられ、感謝されるという経験は少なく、昨夜返された真摯な謝意と、変わらず降り注がれる好意を思い出すと顔が熱くなった。被虐嗜好と並んで、どこか歪んだ認知欲求なのだと自己分析するが、こうして良い評価を目に見える形で提示されると、自然と胸が温かくなり、唇がほころぶのを止められない。
「引越しの手配はやっておきますから、ゆっくり休んでいてください」
 また勝手に進められたダンテの悲鳴が聞こえたような気がしたが、大和は機嫌よくベッドを下りて、ガクガクする足腰をかばいながら太陽がまぶしい地上へと歩き出した。