白いカトレアの暴威 ―2―


 集まったのはセンのほかに、刀匠の榎枝かえだと鞘師の波多野はたのと研師の牧戸まきどの三人。牧戸とセンは旧知で、センが打つ刃物のすべてを、牧戸が仕上げてくれていた。
 日本刀を造るには、段階においてそれぞれ専門の職人がおり、知り合った同業者が取引先の取引先だった、などという関係は意外と多い。
「はじめてセン君とやらせてもらったが、作った刀を保管している間に何度も家鳴りがしてね。そのたびにドキドキしたよ」
「えっ、榎枝さんのところもですか?」
「あははっ。うちなんか、しょっちゅうラップ音が鳴りますよ」
「すみません・・・・・・」
 怪奇現象発生装置のような評価を受け、センは何も言えない。
「でも、完成しちゃえば、ぴたっと静かになるんです。だから、静かにならないと、完成したことにはならないって目安になってるんですよ」
「牧戸さんの研ぎは最高ですよ。顧客からいつも、使うのがもったいないけどありがたいって言われます」
「いやぁ、嬉しいですねえ」
 布に包んだ完成品を抱えたまま、牧戸が照れくさそうに微笑む。
 羽織袴で正装した四人は、御影石でできた大きな鳥居をくぐり、石畳を進む。年に一度のお祭りとあって、境内には参拝客が多い。
「待ちなさい!!」
 突然大声で呼びかけられ、四人は驚いて立ち止まった。走ってきたのは若い神主たちだが、先頭に立つ三十代に入ったばかりと思われる神主の表情が特に険しく、態度もとげとげしい。
「あなた方、なんてものを持ち込んでくるんですか!!」
「え?」
 職人たちはきょとんと顔を見合わせ、神主が指さす奉納品に視線が集中した。
「これは、今日奉納するための・・・・・・」
「そんな不浄なものを持ち込まないでいただきたい!!さ、帰ってください!!」
 神主の有無を言わさぬ言い様に、老練な榎枝もさすがにむっとした表情になる。
「不浄とは何事か。刀の奉納は宮司殿も知っておられるぞ」
「私も知っていますよ。ですが、その刀はいけません。魔物の匂いがプンプンします。警備員さん、警備員さん!この人たちを外へ!!」
「なっ・・・・・・!」
 警備員や若い神主たちの肉の壁に阻まれて、四人は言いたい事も言えずに、参拝客の視線を集めながら、鳥居の外にある駐車場まで押し戻されてしまった。
「なんと無礼な!」
「いったい、あれは何なんですか?」
 顔を真っ赤にして憤る榎枝と波多野。牧戸も眉をひそめて、不可解だと首を振る。そんな三人に、センは唇をかみしめて膝をつき、深々と頭を下げた。
「・・・・・・申し訳ありません。きっと俺のせいです」
「そんな・・・・・・やめてください!」
「何を言うか。頼んだのは私だ。さ、立ちたまえ」
「絶対にあっちがおかしいです。センさんのせいじゃないですよ」
 三人に促されてセンは立ったが、その表情は硬い。
「ちょっと、場所を移動しましょうか。ここにいつまでもいると、また追い払われるかもしれない」
「そうですね。あんな対応されるんじゃ、こっちから願い下げですよ」
 牧戸の提案に波多野が積極的にうなずき、セン達四人は近くのファミリーレストランに移動した。
 席についてとりあえず落ち着くと、センは申し訳なく思いながら口を開いた。
「実は、半月ほど前から、俺は魔物に取り憑かれています。相手の力が強すぎる上に、双方にとって一緒にいるのが安定して望ましいため、そのままにしているのですが・・・・・・」
 絶句した三人からの視線にうつむきながら、センはつづけた。
「今朝もきちんと禊をしてから来たつもりだったのですが、あいつの匂いが付いているのかもしれません。本当に、ご迷惑をおかけしました。皆さんのキャリアに傷を・・・・・・」
「いやいやいや、ちょっと待って!?それおかしいって!」
 センを遮った牧戸が、運ばれてきたクリームあんみつにスプーンを差し込みながら、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「半月前って、あの刀はもう僕のところで完成品であったよ?あの神主はセンさんじゃなくて、刀から魔物に匂いがするって言っていましたよ」
「確かにそうだ。セン君の言ったことが本当ならば、あの神主は刀ではなく、セン君に反応するべきだ」
「しかし・・・・・・」
「いやぁ、ちょっと落ち着きましょう」
 青い顔をしているセンに、波多野は咳払いをして座りなおした。
「センさんの事情は、むこうも知らないはずですよね?刀はセンさんにトラブルが起きる前に、すでに完成されて牧戸さんの家にあった。それなのに、あいつは『奉納品である刀』に難癖をつけた・・・・・・絶対に、むこうに何か隠し事があるはずです」
 榎枝と牧戸も、波多野の推理に深くうなずく。三人の理解は嬉しいが、現実問題にセンは苦悩した。
「・・・・・・しかし、表向きは我々が神社から追い出された形です。このまま、皆さんの名誉が傷ついたままでは困ります」
 センは悩んだ末、氏神を祀っている老神主を頼ることにして、携帯電話を開いた。
『・・・・・・うむ、それはたしかにおかしい。わしが探ってこよう』
「すみません。落しどころを見つけるためなら、俺はどんな扱いでも構いません。皆さんの名誉だけでも、なんとか・・・・・・。俺たちの誰かが行っても門前払いなはずなので、加納かのうさんに神社側にとりなしをお願いしたいのです」
『あいわかった。だが条件がある』
「なんでしょうか?」
『お前さん含めて、四人の名誉のためだ。誰かひとりを犠牲にするなど、わしは嫌じゃ』
「・・・・・・・・・・・・」
『それとな、凹んだ顔で家に帰るな。もし、神棚を壊したあやつにバレたら・・・・・・』
「あ・・・・・・」
 オミが激怒したら、いったいどんな天変地異が起こるか・・・・・・センは胃が痛くなってきた。
『わかったら、その辺で時間を潰しておれ。わかり次第連絡するわい』
「すみません、よろしくお願いします」
 センの事情を知る老神主とのやり取りを伝えると、榎枝たちもほっとしたようにうなずいた。
「そうだな、しばらく大人しく待つとしよう」
「そういえば、駐車場にTV局の車がありましたよね?中継やってたりして」
「あ、僕のスマホで見られるかも」
 牧戸が操作してテーブルに置いたスマートフォンから、レポーターの声が小さく聞こえてくる。
「うわ、あいつだ」
「いけしゃあしゃあとインタビューかよ」
 波多野と牧戸が鼻にしわを寄せるほど顔をしかめ、榎枝も白髪の多い眉を跳ね上げた。センたちを追い出したあの神主が、レポーターの案内役をしているらしい。
「む、あやつよく見れば、二級ではないか」
「なんですか、それ?」
 首を傾げた波多野に、榎枝が神主の紫色の袴を指差した。そのほかの袴は、みな浅黄色をしているようだ。
 センも付き合いのある加納の恰好を思い出すと、彼も紫色の袴をはいていた気がする。あの袴は、宮司の老神主と、いくつかの無人神社の宮司をまとめて務めている息子しかはいていなかったはずだ。
「神主の職階だよ。この若さで二級は、なかなかないぞ。よほど出来が良いと見える」
「出来が良くて、アレかぁ・・・・・・?」
「神職の実力とか評価なんて、一般人にはなかなか見えないもんですねえ」
 目を眇めた牧戸に、波多野も肩をすくめた。
 スマートフォンの画面に、神事の様子が映し出され、本当ならあそこに自分たちもいるはずだったと思うと、四人の表情はますます厳しくなる。やがてTV番組は中継を終え、ニューススタジオの風景に変わった。
「やれやれ」
「どうも気分がくさくさしてかないませんね」
「では、老人の趣味に付き合ってもらおうかな。いま美術館で、ルネサンス展をやっているのを見たいと思っていたんだよ。ボッティチェリもミケランジェロも大好きでね」
 にんまりと微笑む榎枝の意外な趣味に、三人も二つ返事で付いていくと立ち上がった。
 ところが、四人が牧戸の車でいくばくも行かないうちに、センの携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
『センか?ダメだ、とっくにバレておったわ』
「え・・・・・・」
 加納のどこか熱に浮かされたような、ぼんやりした口調に、センはどっと冷や汗が出るような気がした。
『これは・・・・・・たまらん。あいつを止められるか?止めてくれ、セン』
「すぐ行きます!・・・・・・牧戸さん、戻って!神社に戻ってください!!」
「はいよ!」
 牧戸は四の五の言わずに幹線道路を引き返し、神社の駐車場へと乗り入れた。
「おい、あれ・・・・・・!」
「・・・・・・なんだ、こりゃ・・・・・・」
 周囲に漂う異様な静けさは、人通りが絶えているわけではない。
 神社の入り口にあった大きな石鳥居は、見るも無残に、完全に崩れ落ちている。怪我人はいなさそうだが、正体を無くしたように倒れ込んでいる参拝客たちを、若い男女が軽々と担いでは敷地の隅に並べている。
「む、ぉおお・・・・・・」
「榎枝さん!?しっかり・・・・・・!」
 車のドアに縋りつきながら玉砂利の上に座り込んだ榎枝を、センは抱きかかえるようにして車の座席に戻した。
「私は、少し眠いだけで大丈夫だ。セン君、行きなさい」
「しかし・・・・・・」
「センさん・・・・・・!」
 波多野のうわずった声に振り向けば、参拝客を運んでいた若者たちがこちらを見ている。彼らは皆、派手な服を着崩しているよう見えたが、揃って優雅に礼をして見せた。
「いっ・・・・・・!?」
「なんなの、これ・・・・・・!?」
 波多野と牧戸は後ずさったが、センには彼らが傅く理由がわかった。
「この人たちには、手を出さないでくれ。・・・・・・牧戸さんも波多野さんも、ここで榎枝さんと待っていてください」
「わ、わかりました」
「センさん、これ持っていけ」
 牧戸が差し出した物をセンは首を振ったが、押し付けられるように渡されてしまった。
「僕たちでもこの状態がヤバいのはわかる。センさんしか止められないなら、行ってきて!」
「・・・・・・わかった、行ってきます!」
 センは榎枝が打った刀を手に、オミの眷属たちが開けた道を境内へと走り出した。