Travelers! ―5―
相変わらず嗅ぎつけるのが早い、とクロムは顔をしかめる。利用者の定期的な報告は出しているが、サマンサとレパルスが教会に担ぎ込まれてから、まだ四日しかたっていない。 (軍事衛星でも使っているのかな) たとえ盗聴器を付けたとしても、それを聴ける人間が近くにいないし、中継するにも遠すぎる。だが、ホルトゥス州の公務員の中に、人間側のスパイがいないとも言い切れない。 それはそれで、別にかまわない。クロム以上にこの教会を維持できる人間などいないし、この教会を潰しても誰も得をしない。ただの嫌がらせだ。しかし、滞在中の客人に危害が及ぶことは避けねばならない。 宗教のシンボルを掲げた人間の車に検問を突破されたという一報に続いて、トランクィッスルの外交課から問いただしの電話がかかってきたが、こちらも知らないと答えるしかない。客人の保護を要請して受諾されたから、そちらはなんとかしてくれるだろう。 ラダファムに二人を任せて戸締りを確認すると、クロムは礼拝堂の正面から堂々と表に出た。 見るからに頑丈そうな防弾仕様の車から出てきたのは、完全武装した・・・・・・これでも僧侶が、十数名。僧侶がアサルトライフルを抱えるとは何事だと頭を抱えたいが、彼らが持つ弾丸は祝福済みのフルシルバージャケット弾。比喩ではなく、本物の (まったく、くだらない) 怪物に銀が有効というのはほとんど迷信だが、彼らの熱烈な信仰心は本物だし、高位聖職者の祝福は意外と効果がある。この町にも、金属に聖職者の祝福と同等以上の退魔効果を付与させる鍛冶師がいるが、そういった品は、ここの住人にはおおむね忌避される。だがそれらは、護身用として一定の需要があるのだ。 しかし、クロムの目の前にいる彼らの銃口は、いったいどこを向いているのか。なにを敵としているのだろうか。 クロムの唇が、緩やかに弧を描く。 「ようこそ、トランクィッスルへ」 「神父クロム、この教会に魔女がいるな?」 並んだ銃口の後ろからかけられる不躾な質問に、クロムは柔らかく微笑んで肩をすくめてみせた。 「おかしなことをおっしゃられる。ここはトランクィッスル。人間以外の方が多いこの町で、何処に誰がいようと、人間が知れるものではありません」 「くだらぬ問答をするために来たのではない」 「では、どういったご用件でしょう?」 彼らにとって、相手が人間だろうと化物だろうと関係ない。肝要なのは、相手が自分の届かない高い地位か、それとも踏み台か、ただそれだけだ。 「神聖な教会に、穢れた化物を招き入れるとは言語道断!」 「この教会は安息の家です。迷い、傷付き、疲れ果てた旅人を受け入れる場所です。旅人が人間だろうと、それ以外だろうと、清らかであろうと、穢れていようと、主は差別されません。彼らに等しく安らげる時を持てるよう奉仕することが、当教会の責任者の使命です」 クロムは軽く腕を開いてみせた。撃てるものなら撃ってみろ、と。 「だいたい、教会を怖がらない者を、あなた方はどうにかできると、本気で思っていらっしゃるのですか?・・・・・・本当に、世間知らずでいらっしゃる」 「愚弄するか!」 怒りに任せてクロムに向けられたハンドガンの銃口が、すいと上に逸れて、パァンと間抜けな音を立てた。しかし、鐘楼を振り仰いだクロムを青ざめさせるには十分な威嚇だった。 「隠れてないで、出てこい!」 「おやめなさい!あなた方のしていることは、天に唾吐く行為ですよ!」 思わず踏み出したクロムに、相変わらず向けられた銃口の列に加え、リーダーらしき男の銃も、今度はまっすぐに向けられた。 「抵抗は無意味だ。強制執行に移る」 「おいおい、教皇猊下の令状でも持ってんのか、おっさん?」 自分の身長よりも長い棒をつきながら、クロムの横に並んだラダファムはぶっきらぼうに吐き捨てた。 「ファムたん・・・・・・!」 「クロムは下がって。この教会を守るのがクロムなら、クロムを守るのは、俺の役目だ」 棍棒を構えて前に出るラダファムの隣に、ずっと背の高い影が並ぶ。 「どこの時代にも、無礼な者はいるんですね。助けていただいた恩義により、勝手に手出しさせていただきます。・・・・・・で、誰が穢れた化物ですって?」 ぱきぱきと握った拳を鳴らすレパルスに、ラダファムは持っていた棍棒を渡した。 「どうやって上から降りてきたんだよ」 「大変柔らかい淑女が降ろしてくださいました。・・・・・・コレ、いいんですか?」 樫材に鉄板を巻いた二メートル近い棍棒を軽々と取り廻して構え、レパルスが不敵に笑う。 「それ長すぎて、俺じゃタッパ足りなくて扱いにくいんだよ。俺はこっちの方が、振り抜きやすい」 凶悪なフランジが付いた鋼鉄のメイスを背中から下すと、ラダファムはパーカーを脱いで放り投げた。少年とは思えない、隆々とした筋肉が、タンクトップを押し上げている。 「防弾ヘルメットも防弾チョッキも、役に立たないよ?中身がもたないからさぁ!」 「いくら武装が進化したとしても、人間であることは変わりようがないですからね・・・・・・!」 人の形をした猛獣が牙をむき、それぞれが持つ主への忠義が全身を活性化させていく。その怒りほど、尊い愛はない。 「撃て・・・・・・!」 「Glorious things of thee are spoken, Zion, city of our God・・・・・・(栄えに満ちたる 神の都・・・・・・)」 その歌声が響いたのは、三点バーストの銃声よりも早かった。まず一人が、頭を叩き割られる衝撃に首が耐えかねて地面に沈黙する。脚をへし折られてもんどりうつ者の隣で、跳ね上がった棍棒の端で正確に喉を突かれた一人が吹き飛び、その反対側で構えられた銃を持った両手がメイスに砕かれた悲鳴に、長い脚が防弾バイザーの下をかすめて顎を蹴りあげる。 「God, whose word cannot be broken, Formed thee for his own abode.(主の救いによる 永久に堅い礎よ)」 凛としたテノールが伸びやかに響くと、すでに目標を失った空間を貫いた銃弾が地を穿ち、軽やかに舞う肉体と重い武器が、悲鳴と血反吐を量産していく。 「は、はや・・・・・・ぐほぁっ!」 「なんで当たらない!?」 「On the Rock of Ages founded, What can shake thy sure repose? With salvation's walls surrounded, Thou mayst smile at all thy foes.(救いの石垣に囲まれ 確かな安息を得る民は 誰からもその安寧を乱されることはない)」 クロムがこの教会に流されてきたのは、見た目を忌避されたこともあるが、それ以上に優秀だったからだ。そしてそれより、最も決定的だったのは、頑固で融通が利かなくて、そんな献身的な情熱を、主が愛されたからだ。 銃弾は逸れ、一撃には助力が得られ、堅固な皮膚と翼が与えられる。この教会は神に祝福された都、最も天国に近い安寧の家。そこを護る神父が歌う讃美歌は、猛獣たちを大いに鼓舞した。 「まさか異国でこの詩を聞くとは・・・・・・それにしても体が軽い」 「うちのクロムは、バリバリ奇跡起こす聖人クラスだぜ!」 「この町では人間でも人外級なんですか!?」 「ハハッ、朱に交わればなんとやらってな!」 互いの背を守って武器を構え直し、レパルスとラダファムは歌い上げられる第二節に唇を吊り上げた。 「もう半分も残っていませんか。裏口に待機している連中を呼んだらどうです?」 「楽に殉教者になれると思うなよ!」 いくら最新の銃器を持っていたとしても、扱う人間が本職の軍人でもないのなら、ただでさえ素早いレパルスの、讃美歌の加護を得たスピードに追い付けるはずもない。いくら装甲の厚い防具をまとっていても、肉体の耐久を越えるラダファムの重量攻撃に、中の人間が耐えられるはずもない。 当たらなければよい、当てさえすればよい、とばかりに、かすり傷を増やしながらも、暴風の如き軽装の二人は着実に敵の数を減らしていく。 「safe we feed upon the manna which God gives us when we pray.(守られた我々は 神より神聖な物だけを与えられる)」 「この、化物め!!」 追い詰められたリーダーのハンドガンがむけられたのは、二人ではなく歌い続けるクロムだった。青くなったラダファムがメイスを投擲する前に、豊かな低い声が戦場に流れる。 「Blest inhabitants of Zion, washed in our Redeemer's blood(神の国の住人を祝福せよ 救い主の尊い血が彼らの罪を贖われた)」 ガチっと引き金が止まり、リーダーの目が驚愕に見開かれる。数万分の一の確率もない、オートマチックの弾詰まりだ。 「あっ、あ・・・・・・」 「Jesus, whom our souls rely on, makes us monarchs, priests to God.(主は我々を より高い位に引き上げてくださる)」 血塗られた鋼鉄の突起が頭蓋骨を割ると、ひしゃげた顔の男が倒れ伏し、その手から離れた銃もカラリと地面に滑る。そのそばを、上等な革靴が通り過ぎていく。 無骨で粗暴な空間を押しのけ、悠然と現れた存在の歌声に、クロムの歌声は歓喜を滲ませて高らかに重なった。 「Us, by his great love, he raises, rulers over self to reign, and as priests his solemn praises we for thankful offering bring.(我々は主の大きな愛に包まれ 主を賛美し感謝を捧げます)」 讃美歌が歌われたわずか数分の内に、銃を持った侵入者は、レパルスとラダファムの反撃により、すべて沈黙した。芝生を整えられた教会の前庭は、累々たる負傷者で埋め尽くされ、立っているのは息を弾ませた二人と、もう二人だけ。 「こんばんは、クロムくん。暖かな月夜に合う、素晴らしい歌声だね」 「サンダルフォン先生!!」 白い肌を耳まで赤く上気させたクロムに微笑むと、長い金髪を背になびかせた男は、労うようにラダファムとレパルスの背を叩いて促した。 「良き角を持った勇敢な羊たちよ。さあ、教会に入って、戸締りをしなさい」 「はぁ・・・・・・」 戸惑うレパルスに、綺麗な青緑色の目をした男は、悪戯っぽく片目を瞑って微笑んだ。 「急いで、悪夢を見る前に。教会の中で、楽しい音楽でも聴いていようじゃないか」 侵入者は倒したのに、それに勝る数が蠢くのを察して、レパルスは慌てて辺りを見回した。 「彼らは通行証も持たずに、この町に入り込んだ。そして、ここは教会。・・・・・・ サマンサが言っていた大天使は、輝くような笑みを浮かべて、さあとレパルスを促した。全員を礼拝堂の内に招き入れると、教会の扉はぴったりと閉じ、堅牢な閂がかかる音がした。 冷ややかな月が見下す庭に、うめき声と、哀れな悲鳴が這い回り始める。グールにゾンビ、銃弾の効かぬ不死者の群れが、血の臭いに誘われるように、地を覆う招かれざる客たちに集り、覆いつくしていった。 |