Travelers! ―6―


 近付く初夏を感じさせる良い天気の空に、白いシーツがぱんと広げられる。全自動洗濯機という文明の利器に感動しつつも、やはり天日に干すのが気持ちいい。
「以前から気になっていたのですが」
「なあに?」
 レパルスは洗濯物を干す手を止めずに、ほうきで庭を掃除するラダファムに問いかけた。
「この町では、顔のいい者ほど強いのですか?」
「へ?・・・・・・ああー、あぁ・・・・・・うん、だいたいそうだな!」
 しばらく眉間にしわを寄せて目を彷徨わせたものの、ラダファムはうむと頷いた。街中で会ったオミもそうだし、軽く触れるだけでレパルスたちの怪我を治していったサンダルフォンもそうだし、伯爵の息子でイグナーツの主人であるイーヴァルも、たいそうな美形だという。
「強いっていうか、ヤバい奴はたいてい顔がいいな。強いっていう定義なら、レパルス兄ちゃんも悪くねぇぞ」
「え・・・・・・」
 きょとんとしたレパルスに、ラダファムは屈託ない笑顔でほうきを振り回した。
「スゲェ強かったぜ!俺もあんな風にかっこよく動けたらなぁ!」
「・・・・・・そう、ですか」
「おう!!」
 ほうきを振り回したせいで、散らかってしまった落ち葉やほこりを集め直しにいくラダファムの背を眺め、レパルスは自分の手に視線を戻した。
 この町にいる間、レパルスとサマンサはほとんどの住人に、悪意を持って襲われたり絡まれたりすることはなかった。襲ってきたのは、あの人間たちだけだ。この町の商店には、自分たちを守る護符や、怪物あるいは敵対種族を退ける武器を買うことができるが、人間を退けるような物は売っていなかった。
(サミィの敵はいつでも、人間なんでしょうか)
 全幅の愛情を寄せるサマンサを傷付けるモノは、なんであろうと徹底的に叩き潰すとレパルスは誓うが、それが自分と同じ人間であることに、まったく歯がゆさを感じないとは言い切れない。戦闘を躊躇うというわけではなく、どうして無用で無益であると理解されないのか、という虚しさだ。
(私が悩んで解決することでもありませんね)
 なにしろ、人間は人間同士でも相争い、殺し合う種族であるのだから。その人間であることに眉をひそめたい気持ちになることもあるが、そんなことよりもサマンサのそばに引き寄せられた幸運を寿いだ方がずっと有益だ。
 そのサマンサであるが、先日、育ちすぎたモース・ウンゲテュームの討伐を見学しないかと、鐘楼に落ちてきた粘液体スライムのお姉さんに誘われて行ったはいいが、そこで喜々としてモース・ウンゲデュームを焼却していたドラゴンに、レパルス共々、面白半分に連れていかれ、山脈の中にある龍たちの住処で歓待されて、昨日帰ってきたばかりでまだ寝ている。人間サイズになった龍たちによる、飲めや喰えやの大宴会が三日三晩続き、さすがにレパルスも疲れた。元の時代に戻る手段が整いそうだという報せと共に、トランクィッスルの職員が迎えに来なければ、まだ絢爛豪華な洞窟宮殿から出られなかっただろう。
 トランクィッスルの町では、色々な物を仕入れた。バンバンダルに売れたリソマイン原石のおかげで、新しい道具や工具を買い揃えられ、丈夫な織物も家中の布製品を作り変えられるほど十分に買えた。サマンサの買い物多くは、書籍やこの時代の学生が使っている参考書が中心だった。それに魔法に使う道具や材料だが、昔よりも精巧で便利な物は、電気や電池が必要で、持って帰るのは断念せざるを得ないようだった。
「レパルス!」
「おはようございます、お寝坊なサミィ」
 ぱたぱたと駆けてきたサマンサは、恥ずかしそうに頬を赤らめながら首をすくめ、お茶の用意が出来たとクロムが呼んでいることを伝えた。
「お客様に働かせてしまって申し訳ないって言ってたわ!」
「奉仕活動の一環ですよ。それに・・・・・・落ち着きません」
 レパルスは空になった洗濯籠を持ち上げ、ラダファムにも戻るよう手を振った。
「明日、いよいよ帰るのね」
「帰れるといいですね」
 時の神クロノスの助力を得て組まれた魔法だが、発動には莫大な魔力が必要だそうで、サマンサの魔力に加え、残りのリソマイン原石二つも触媒にされることが決まっていた。
「私、この町が気に入ったわ。だから、元の時代のこの町にも、行ってみたいの」
 見上げてくるサマンサに、レパルスは柔らかく微笑んだ。
「そうですか。では、またあの結晶をたくさん集めてからにしましょうか」
「うっ、もう失敗はしないわ!あの時は、ちょっと力が入りすぎちゃったのよ!レパルスと一緒に街を歩くの、楽しみだったから・・・・・・」
 顔を赤くして両手を振り回すサマンサを、レパルスは包み込むように抱きしめた。この小柄な淑女が自分を必要としてくれる限り、何処へなりとも供をしようと思う。
「私もサミィと一緒に歩けて、楽しかったですよ。元の時代のトランクィッスルでも、一緒に歩きましょう」
「ええ」
 サマンサが差し出した手を、レパルスはきゅっと握りしめた。

 時間遡行という、究極とも呼べる魔法の行使に当たって、場所は厳重に指定された。魔法使いや大学の研究員たちが使う実験用の広場で、関係者以外立ち入り禁止にされた。
 何度もできる魔法ではなく、今回に限っては未来に紛れこんでしまった二人を元に戻す、という大義名分がクロノスに受け入れられたのだ。
「き、緊張してきた・・・・・・」
 大がかりな魔法陣を前に魂が抜けそうなサマンサの背をさすり、レパルスはしっかりしてくださいと励ます
「レパルスさん、これをどうぞ」
「はい?」
 イグナーツから渡された箱を開けると、中には精巧な彫刻が施された黒光りする金属のバングルが入っていた。
「瘴気避けです。俺たちからの、親善の証ということで・・・・・・あの、家事の邪魔とかだったら、無理に付けなくてもいいんでっ!それから、サマンサさんにはこちらを・・・・・・エルフ族が使う熟練者のスカーフです」
 軽く薄い布に施された細かい刺繍は、見ているだけで器用さが上がりそうだ。
「また来てください。元の時代のトランクィッスルでも、その時代の住人がお待ちしています」
「ありがとう」
 丁寧に頭を下げるイグナーツと握手を交わし、二人は用意された魔法陣へと歩みを進めた。
 ところが、何処からかサイレンが鳴り響いた。魔法使いたちが慌ただしく走り、イグナーツがスマホで誰かと話している。
「どうしたの?」
 耳を聾するサイレンはやっと鳴りやんだが、イグナーツの表情は厳しい。
「敵襲です。ホルトゥス州内、トランクィッスルの前面に、人間の大部隊が集結しつつあると連絡が来ました。おそらく、外の教会が懲りずに先日の報復に来たんでしょう」
 トランクィッスルの教会を襲った人間は、すべてグールやゾンビの腹の中に収まった。しかし今回は、それとは比べ物にならないほどの規模だという。
「このまま衝突すれば、大きな混乱が起きるでしょう。お二人にはその前に、ここを離れていただきます」
「でも、それじゃあ・・・・・・」
「これは、この時代の、俺たちの問題です。心配しないでください」
 サマンサは大きな目に涙を浮かべて唇を噛んだが、レパルスとサマンサにも、どうしようもない。イグナーツのスマホが呼び出し音を奏で、失礼と取ると、それまで緊張を滲ませていたイグナーツの表情が、ぽかんと緩んだ。
「え・・・・・・え、マジですか?あ・・・・・・あぁ、じゃあ、平気ですね。はい、わかりました。予定通り進めますので。はい、失礼します」
 ぽちっと画面をタップしてスマホをしまい、イグナーツは言葉を選ぶように心持首を傾げた。
「あー、えっと、敵はたぶん、このまま全滅です。心配なくなりました」
「え?」
「どういうことですか?」
 魔法使いたちにも情報が伝わったのか、安堵の空気が流れて魔法の準備に戻っていく。
「俺たちと街のカフェに行ったとき、オミさんという魔族に会ったでしょう?モデルとか俳優みたいな、すごくかっこいい男の人です」
「はい」
「あの人が陣頭指揮を執ると立候補して、州が許可を出したので、すぐに終わりますよ。・・・・・・彼は、『色欲』ルクスリアという罪源の魔物なんですよ」
 だから、いくら人間が束になってもかないっこない、とイグナーツは首を振って苦笑いを浮かべる。
『僕の大事なセンちゃんに悲しそうな顔させたんだよ!!この町が好きって気に入ってるって言ってくれるセンちゃんがね!騒がしいの嫌いってね!人間のルールを邪魔しないように僕のセンちゃんは静かに暮らしてるのにさ!?そういうの理解しない馬鹿はなんなの!?僕の大事なセンちゃんが悲しがるんだよ!!僕のセンちゃんを悲しませる奴は全員性職者にして前からも後ろからも垂れ流してメスイキでテクノブレイクさせてやるんだから!!イきすぎて地獄に落ちればいいいぃいぃいいい!!!!』
 ってすごい勢いで言っていると思う、とイグナーツは語る。
「あの人、つがいのセンさんのことになるとブチキレるんで・・・・・・」
「よくわかるわ。レパルスもそうよ」
「サミィ、私はそこまで強烈では・・・・・・」
 そうかしら、とサマンサは微笑み、大量の荷物を背負ったレパルスの手を引いた。
「私の口座に残ったお金、お世話になったみんなで分け欲しいの」
「よろしいのですか?」
「うん」
 目を丸くするイグナーツの手に、サマンサは通帳とカードを載せた。
「では、我が主人に誓って、責任をもって各所に寄付させていただきます。・・・・・・またのおこしを、お待ちしております」
「子孫がそう言っていたって、言ってみるわ」
 転送の魔法が発動し、光の向こうに魔法使いたちと手を振るイグナーツが見える。
「うちに帰りましょう!」
 サマンサの杖が、たん、と地面をついた。

 旅行鞄を下げたレパルスと手を繋いだサマンサの杖が振られ、光と共に二人の姿が魔法陣の上から消える。
 それを待って、サマンサとレパルスは自分たちの家に入った。
「ただいまー!」
「素晴らしい精度ですね。時間も場所も、ほぼ同じでしたよ」
「うーん、この魔法陣のどこを間違えたのかしら?」
 床に膝をついて首を傾げるサマンサをよそに、レパルスはさっさと荷解きにかかった。
「未来とはいえ、想像以上の町でしたね」
「とっても楽しい旅行だったわ。一緒に行ってくれてありがとう、レパルス」
 ぽすっとレパルスに飛びついたサマンサの長いくせ毛を撫で、レパルスは先にお茶を淹れましょうとキッチンに立った。
 やはり、我が家が一番落ち着くようだ。