Travelers! ―3―
色々な意味でとんだ旅行になってしまった為、サマンサとレパルスはしばらく教会に滞在せざるを得なくなってしまった。トランクィッスルの役所から所在地を把握させてくれという要請も理解できるし、未知の道具が溢れている街中でなにか起こっても対応ができないだろう。 どうやって元の時代に戻るかはさておき、とりあえず町の歩き方は知っておいた方がいいだろうと、サマンサとレパルスは翌日も訪ねてきたイグナーツとハロルドに連れられて教会を出た。 イグナーツが二人に渡したあの首掛けは、トランクィッスルを擁するホルトゥス州から出されている通行証だった。それさえあれば、町の住人からは『客人』として認識され、厄介事に巻き込まれる可能性は下がるだろう、とのこと。 「特にレパルスさんは人間ですから、教会の外に出るときは、必ず身につけてくださいね。人間を食料にする種族も、この町では普通に歩いていますから」 「了解しました」 ほえほえと微笑みながらレパルスの隣を歩くイグナーツは、何故か時折存在感が希薄になり、そこにいるはずだと意識しておかないと見失ってしまう。ハーフバンシーだという彼も、やはり人間社会で生きていくのは難しいようだ。 イグナーツとハロルドは、同じ一貫制の学校に通っている先輩と後輩らしい。この時代のトランクィッスルは二代目の伯爵が治めており、教育制度も充実している。どんなに希少な種族でも、一人で生きていけるように、人間社会との折り合いの付け方など、子供の頃からきちんと教えられるそうだ。 トランクィッスルはホルトゥス州の中でも、唯一人間社会と繋がる窓口であり、自然に囲まれた田舎であるにもかかわらず砦のように立派な駅舎は、むこうとこちらの社会を隔てる関所の役割もしていた。 しかし一歩町の中に入れば、駅前ロータリーにはバスもタクシーもひっきりなしに出入りし、多くの人が行き来している。ほとんどは街の住人だが、何人かはレパルスたちと同じ通行証を首から下げているようだ。 「観光するには交通機関の使い方とか知っておいた方がいいと思うんだけど、まずお金をどうにかしないとですよねー?」 「お金なら・・・・・・」 ポーチの中から財布を引っ張り出そうとするサマンサに、ハロルドが手のひら大のタブレットと紙幣を見せた。 「電子マネーと、ユーロ・・・・・・」 「持ってない・・・・・・」 しょんぼりするサマンサに、ですよねーとハロルドは苦笑いを浮かべる。この時代のトランクィッスでは、人間社会と同じ統一通貨が使われ、クレジットやら電子マネーとかいう目に見えない通貨まであるそうだ。 「ナッツ先輩、どうする?」 「サマンサさんたちが持っているお金は、両替もできなくはないと思うけど、元の時代に帰った時に必要になるでしょ?何か売れるもの持ってないですか?」 それならとサマンサは別のポーチを開ける。少ないながらも、元々は売るために持ってきた品物だ。 「とりあえず、老舗の道具屋さんに行ってみましょう」 「えっ、まさかバンバンダル婆ちゃんの店!?あそこスゲェ匂いで近付きたくないんですけどぉ!」 鼻がいい人狼らしい発言をするハロルドを、イグナーツはまぁまぁと宥める。 「ニ、三百年も前の道具、普通の店じゃ価値がわかんないだろ?」 「うぅ、おっしゃる通りです」 二人の接待は公費で落ちるからと、四人はタクシーに乗って老舗道具屋『金星堂』に向かった。 「すみませーん」 「喧しいわ、クソガキども!でかい声出さなくても聞こえてるよ!」 イグナーツの声より三倍は大きなしわがれ声が、ごちゃごちゃとした店内の奥から聞こえてきた。吊り下がった何かの干物や毛皮を潜り抜けると、様々な薬草のむっとする匂いに加え、硫黄や粘土、ニンニクやニカワのような匂いまで混ざって漂い、非常に息がしづらい。棚に並べられた何かの瓶詰を横目に、足元に積み上がった木箱や本を踏み崩さないように跨ぎ越し、ようやく番頭台にたどり着く。そこには、まさに魔女と言わんばかりの、しわくちゃで大きないぼの目立つ顔をした、小さな老婆が座っていた。 「こんにちは」 「おぉや、坊ちゃんとこの泣き坊主じゃないの。お城のご用命かい?」 相手がイグナーツとわかると否や、バンバンダルはとたんに態度を和らげるが、一行の一番後ろでガスマスクを装備しているハロルドを見つけると、またぎょろりと目玉をむいて唾を飛ばした。 「なんだい、失礼な犬っころだね!出ておいき!」 「勘弁してよー」 「まぁ、まぁ。おばあちゃん、お客さんの品物を買い取ってもらいたいんだ。見てもらえる?」 サマンサがポーチから出して並べた品々を、バンバンダルは片眼鏡をかけて凝視した。 「あぁん?ずいぶん古い術式だね。こっちは聖墓レオノーレ協会の第八式、それはゲルトイド学派が基本のようだけど、アレンジが効いてるのかい?こういっちゃなんだけど、無節操な術式じゃないかねぇ・・・・・・それにしても、下手糞な造りだね!!いまどき初等部の子供でも、もちっと器用に作るもんだよ」 「う・・・・・・」 しょぼんとしたサマンサの上の方で、レパルスの表情が剣呑に歪んだが、手元に集中しているバンバンダルは気が付かない。 「術式って、そんなにこだわるものなの?」 興味深げなイグナーツの声に、バンバンダルの声もウキウキとしたものになる。 「当然さ!魔女ってのはたいがい 「ふ〜ん、なるほど」 ふむふむと頷くイグナーツをよそに、サマンサは申し訳なさげに縮こまっている。彼女の術式に節操がないのは彼女のせいではないのだが、他の魔女のようにスマートにできないコンプレックスは、どうしてもぬぐいがたいようだ。 「・・・・・・物の不格好さは置いておいて、古い術式の再現には価値があるよ。全部で、六百ユーロでどうだい?」 イグナーツがスマホの電卓をたたき、現在のレートで約五百二十ポンドだと伝える。それを聞いて、もっとわかりやすくとハロルドが素早く電卓をたたいた。 「うーんと、うちの町で使うとすると、二人分の外食で一回十六ユーロとして、十二日分?教会に滞在するなら、宿代も食事代も浮くから、一ヶ月はいけるんじゃない?」 「せっかくトランクィッスルにいるんだから、買い物もするだろうし、もうちょっと欲しいな。おばあちゃん、なんとかなんない?」 「これ以上は出せないね!でも、もっと売る物があるなら、考えてやってもいいよ」 バンバンダルのぎょろっとした目が、サマンサのポーチをじっと睨みつける。 「いい物、持ってるね?あたしの目はごまかせないよ!ずいぶん大きな魔力を溜め込んでいるじゃないか?」 「えっ?ええっ!?もう、何も持ってないよ・・・・・・」 サマンサが指摘されたポーチをひっかきまわすが、ハンカチや化粧品などの小物しか入っていない。しかし、小指ほどの小瓶がサマンサの手にはじかれて、ポーチから番頭台に転がりだした。 「これだよ!!!」 「え?」 バンバンダルがつまみ上げた小瓶の中には、黒光りする何かの結晶が、三つほど収まっていた。 「なんですか、あれ?」 首を傾げるイグナーツに、レパルスが答えた。 「見覚えがあります。あれは、サミィが魔法に失敗した時に、時々できる物ですよ。ほとんどは爆発四散するか融解した物体になりますが、稀にあのような結晶ができるんです。使い道もないので、そのまま捨てていましたが・・・・・・」 「綺麗だから、とっておいたの」 もじもじと恥ずかしそうに、サマンサは小さな声で白状した。たしかに、黒い結晶は星形に小さなとげが飛び出し、実に可愛らしい姿とも言えた。 「いいねぇ、こいつはいい代物だよ。一粒百ユーロで買い取ろうじゃないか」 「そんなに・・・・・・!?」 「全部で百万ユーロ!!」 高買取額に驚いたサマンサの声を遮るように、ハロルドのガスマスク越しの声が、さらに高額を叫んだ。 「馬鹿をお言いよ!桁が違うじゃないか、この犬っころが!!」 「婆ちゃんが買い取りたいって言うくらいだもん。ぜっっったいに、そんな安くない!百ユーロで買って一千万ユーロで売る気だろ!?」 「五百万ユーロがせいぜいだよ、ヒヨッコ!!」 ハロルドとバンバンダルのやり取りに、察した空気がレパルスとイグナーツの間に流れた。 「だそうで、大金が手に入りますね」 「しかし、元の時代には持って帰れないでしょう?」 「この時代で使い切ってしまうしかないと思いますが、いつ戻れるかもわからないですし、現金があるに越したことはないですよ。それか、売るのは一粒だけにして、現物をプールしておくのはどうでしょうか」 「ああ、それがいいですね。そういうことでいいですか、サミィ?」 「へっ!?あ、うん」 若干成り行きについていけてなさそうなサマンサの肩を叩き、レパルスはハロルドとの言い合いに熱中しているバンバンダルの手から小瓶を奪い取った。 「あっ!なにするんだい、およこし!」 「一粒だけ、十万ユーロで売ります。十分な儲けが出るでしょう?」 「冗談じゃない!それは、今はもう枯渇したと言われているリソマイン原石!全部あたしのものだよ!!」 欲深く手を伸ばすバンバンダルの胸倉を、レパルスの大きな手が掴んだ。 「ぐひぇっ!?」 「もう一回、言いますね?十万ユーロで売ってやるって言ってるんですよ、おばあさん」 言動とは裏腹な笑顔の中で、鋭い光を帯びた青い目がすぅっと見開かれ、バンバンダルをギラリと見下した。ただの人間にしては修羅場慣れしたレパルスの迫力に、老魔女も引き下がる方がいいかとむくれた。 「ぐぬぬぬ・・・・・・・・・・・・しょうがないね。一粒十万ぽっきり!商談成立だね!」 小切手の額に目を丸くしているサマンサの後ろで、ハロルドとイグナーツは手を打ち合わせた。これでとうぶんは、サマンサとレパルスが金に困ることはないだろう。 |