力の使い方 ―2―


「もうひとつ、おぬしが知りたかろうものを教えてやる」
「なんだ?」
 ラウルが近づいた瞬間、ベルフォートの腕がしなり、青白い線がラウルに襲い掛かった。
「ッ・・・・・・!なにするんだ!?」
「ほう。ちゃんと出せるな」
 ベルフォートが持った青白く光る両刃の片手剣を、ラウルは同じく青白い戦斧で受け止めていた。
(くっ・・・・・・おっもぃぃ・・・・・・ッ!なんて馬鹿力だ!!)
 ラウルが痺れる両手で必死に押し返そうとしているのに、ベルフォートは片腕だけで拮抗し、さらに涼しい顔をしている。
 ギリギリと音をたてて競り合っていたが、それはベルフォートの軽いひと振りで終わり、弾き飛ばされた格好のラウルはたたらを踏んで尻餅を堪えた。
「どうやってその戦斧を出せるようになった?」
「これは・・・・・・エルヴィーラに言われて、出し過ぎて柱みたいになった吸血茨ヴァンパイア・ソーンを切り倒すために斧をイメージした・・・・・・ら、出てきた」
「またどうでもいいきっかけで出したな」
「うっせ!」
 げんなりとした顔で己の剣を消したベルフォートに、ラウルは耳まで赤くなって、ぴーぴーと憤慨する。
「それは、エイナルが愛用した戦斧だ。おぬしには、いささか使いづらいのではないか?」
「え、そうなんだ。どうりで重いと思った」
 ラウルは戦斧を槍斧ハルバードに変化させてみたが、やはりすごく重い。吸血鬼の腕力でなければ、とうてい振り回せないだろう。
「ふむ、武装としての変換もできるようだな。ならば、自分が使いやすいと思う武器にしてみろ」
「使いやすいって言われても、武器らしい武器を持ったことが・・・・・・武術の心得もないし」
「おぬし、生前は一応テロリストというか、暗殺者だったろう」
「一応な!実家は農家なんだよ!実家を潰されて学校を中退してからは、農家とも言えなかったし!クロスボウも銃も、使えなくはないけど、エイムが下手くそで得意じゃないんだ」
 幸いなことに、肝心な時に外しはしなかったが、ラウルの自己評価はだいぶ低かった。
「刀剣の類も持ったことがないのか」
「そんなのないよ。森で暮らすのに鉈は持ってたけど」
 その瞬間、両手から槍斧の重量が消え、代わりにふわっとした重みを右手に感じた。ラウルは握りしめたそれを見下ろし、あんぐりと顎を落とす。
「ぁえ?」
 そこには、白く輝く淡いオレンジ色の片手剣があった。全長は六十センチ程度で片刃、柄は短く、反りのある刀身は先になるほど幅広くなっている。ベイダナと呼ばれる農作業用の刀剣の一種で、ラウルがダンテだったころによく使った、なじみ深い道具のひとつだった。
「ほう。おぬし、自分の魔力で具現化できるのか。なかなかレアな才能だぞ」
「ああー、こういう出し方なら、空飛ぶハルパーもいっぱい出せる」
「・・・・・・発想が自由で、結構なことだ」
「あんま褒められた気がしないんだけど!」
 ベルフォートを相手にしていると、そういう性質だから仕方がないとはいえ、いちいち腹が立つので、ラウルはだんだん疲れてきた。
「ふーむ、ベイダナも農民反乱などで使われたことだし、「怒り」の象徴であると認められるな」
「そう・・・・・・え?」
 それまで淡いオレンジ色だった大鉈が、ベルフォートの武器と同じように青く、また精巧な彫刻が施されたものに変化した。
「うわあ!?すごい!!」
「ふははは。なかなかの出来だな」
 刀身に彫られたモチーフは、何かの花のようだが、ラウルは見たことがないものだったので、まじまじと観察してみた。花自体は小さく、模様のある華やかな花弁が三枚と、それよりは細い無地の花弁が三枚、計六枚組のように見える。
「ねえ、これは何の花?アイリスの仲間かな?」
「抵抗を暗喩する、シャガと呼ばれるアジア極東の花だ。胡蝶花とも言うな」
 可憐な花にそんな意味があるのかと感心しながら、ラウルは下草や枝を刈るように振ってみた。
「あれっ、なんかすごく軽い」
「やはり、使い慣れた道具の方が合うようだな。我の加護は武器に偏っておるゆえ、おぬしの魔力は防御にまわすといい。せっかく自由に形が作れるのだからな」
「ありがとう。そうするよ」
 それからベルフォートは、ベルフォートの武器庫についてラウルに教えてくれた。ベルフォートが眷属たちに与えた武器が収まっていて、自由に取り出して使っていいそうだ。そこに収められた青白く光る武器たちは、どれも強大な力を秘めており、ラウルはベルフォートに言われるままに、合いそうな武器を取り出してみた。
 マリー・クロデル令嬢の複合弓コンポジットボウ、剛毅なるウー・フォンの大戦棍ソードメイス、奇術師ジョヴァンニのステッキ・・・・・・。それらは不思議とラウルの手に馴染み、ラウルの大鉈ベイダナと同じように、軽く取りまわすことができた。
 そして、杖を取り出した時に噴き出した青白い炎に、ラウルは驚いて一度手を放してしまった。
「うわっ」
「ほう。奇術師の杖が荒ぶるか。おぬし、やはり魔力の保有量が尋常ではないな。それとも、杖の方が同郷の血を懐かしんだか」
「アメリカ人?いや、イタリア人か」
 今度は慎重に出現させてみると、青白く輝く杖の握りには、炎を纏った鼬が彫刻されていた。
「おおっ、かっこいいな」
「おぬしは生前に生焼けになったことだし、意外と炎と相性が良いのかもしれん」
「・・・・・・なんか納得いかない理由だけど、そう言われてみれば、火は怖くないな」
 打ち上げ花火の音は怖いのに、自分を焼いた火は不思議と怖くなかった。ただし、燃えている石炭は別だ。現代では、ほとんど目にすることがないのが幸いだ。
「いい機会だ。力試しといこう」
「へ?」
 しゅんっと視界がぶれて一瞬の浮遊感の後、ラウルのスニーカーは山土ではなく石畳を踏んでいた。
「!?」
 目の前に広がる沼地と、美しかった巨体を崩れさせた転移門。そこはさっき通り過ぎてきた中央広場だった。あたりには瘴気がたちこめ、よどんだ空気が静かに折り重なっている。
「えっ、ちょ・・・・・・なにするの?」
「炎を出して、あのデカブツを倒してみよ」
「はぁっ!?デカブツって、モース・ウンゲデュームのことか?冗談言うな。あれは竜族の火炎放射で削るような化物だぞ!」
「その程度の威力なら、おぬしに出せよう?」
「・・・・・・マジか」
 なんでもないように言うベルフォートと、手の中で請け負うように輝く杖に、ラウルは眉間を険しくして頬を膨らませた。
 エルヴィーラのアドバイスを受けて、少しずつ魔力に耐えられる体づくりをしてきたつもりだが、竜族並みの魔法なんて撃てる気がしない。
「だけど、迷っている暇はなさそうだ。呪文なんて便利な補助は期待できないんだろ?」
「当たり前だ、不勉強め。おぬしは魔術師ではなく、真祖吸血鬼だ」
 ざざざざ、と不気味なさざ波の音が迫ってきて、ラウルはさっと杖を構えた。
(俺に出来るのは、イメージを具現化させること。炎・・・・・・炎・・・・・・えぇ・・・・・・)
 焦り過ぎて、ガスコンロのイメージしか出てこない。水面の大きなうねりは、すぐそこまできている。
「来るなっ!」
 バンッと爆ぜるような音と共に立ち現れたのは、横五メートル高さ三メートルにも及ぶ炎の壁で、尖兵たる苔だらけの太い触手を弾き返すことができた。揺らめきのせいでよく見えないが、厚みも一メートルはありそうだ。
「ひえぇ。どういう物理現象だよ、コレ」
「こんな低温では、生焼けにもならんぞ」
「温度?上げられるの!?」
 目の前で轟々と燃え盛る壁は、普通に赤やオレンジ色をしている。凄く熱くなると青や白になるという知識はあるが、魔法でどうやってあげられるのかさっぱりわからない。
「杖に聞いてみよ」
 無茶振りにもほどがあると心の中で文句を言いつつ、ラウルは同郷人の持ち物だったという杖に意識を集中した。
「っ・・・・・・!!」
 流れ込んできたのは、嘲笑や侮蔑。この杖の持ち主がさらされてきた理不尽の渦。奪われ、踏み台にされ、騙され、また奪われ、馬鹿にされ、どこにも行くあてがなくて、惨めで、悔しくて、悲しくて・・・・・・。
「ぁ、ああああああああああああああッ!!!!!!」
 寂しくて、寒くて、腹ペコだった・・・・・・。どうして、私から奪っていったあいつは幸せそうに笑っているんだ?どうして、私を騙して貶めたあいつは称賛されているんだ?どうして、私を切り捨てたあいつは誰からも切り捨てられないんだ?
 どうして?どうして?どうして?どうして、あなたは私を裏切ったのだ?
「どうして・・・・・・どうしてえぇぇッ!!!!!」
 魂が潰れてしまいそうな苦痛に、のどが嗄れるほどの叫びがあがる。あぁ、なんて悲しい。なんてかわいそうな。どうして誰も彼もが、この人を粗略にするのか。この哀れな人が何をしたというのか。
 憎い、憎い。悔しい、悔しい。あぁ、なぜ地に伏して立ち上がれない人を踏みつけるのか。涙も枯れ果てたのならば、あとは命を燃やすしか、この人を温めるすべがないではないか。
「俺が、いる。ここに、あなたと共に!!」
『ありがとう、友よ。優しい君なら、そう言ってくれると思った。Ora e l'ora dello spettacolo! (さぁ、ショータイムだ!)』
 ぶわりと巻き上がる膨大な力が、裏切りの果てに貧しく惨めに傷付いた記憶を融かし込んでいく。大地を踏みしめた両足から体の芯を貫いて、額から真上に抜けていく眩しい感情は、皮肉にもよく身に馴染んで懐かしい。いつまでも渇きが収まらないほど熱く、自分自身も焼いてしまう激情は、ラウルがとてもよく知っているものだった。
(喉乾いたな・・・・・・)
 早く終わらせようと見回せば、あたりは青白い炎に包まれていて、暗い外側がよく見えない。
(どこに行ったかな?まあ、いいや。広場全部を燃やせばいいんだし)
 一歩、二歩と踏み出していき、ふと奇妙な感触を覚えた。
(なんだろう?)
 生き物ではない。妙に硬くて、それでいてめちゃくちゃな形をしている。炎の形をした魔力で表面を撫でながら、ラウルはモデリングに激しく失敗した3Dみたいだと思った。ループを繰り返す時間の中で平面の厚みと方向が均一にならないまま収縮し、ねじ曲がった球面に出口のない円錐穴が突き刺さっていて、一方向から流し込んだ力が出鱈目な経路を伝って四方に飛び出してくる。
(ああ、転移門か)
 壊れたせいで、位相や次元がめちゃくちゃになっているのだ。
(これ、壊せないかな?)
 SF小説なら適切な答えを出してくれるだろうが、ラウルには勘しか頼るものがない。危ないんじゃないかな、という気持ちもあるが、とりあえず駄々洩れの瘴気を何とかできればいいと結論付ける。
(この転移門が壊れたせいで、瘴気があるせいで、この町を捨てなきゃならなかったんだ・・・・・・)
 ラウルの大事な町を壊し、大好きな人たちを追い出した物に、情けはいらなかった。