荊姫と野バラの騎士 ―1―


 学校での魔法基礎知識習得と適性テストを踏まえ、ラウルはイーヴァルに助言を求めた。
「そういうのはエルヴィーラに聞け」
 姉の方が、母譲りで魔法適性が高いらしい。
 エルヴィーラに改めてアポイントメントを取ると、「なんでわたくしが・・・・・・」といいさして、言い出しっぺが自分であることを思い出したらしく、しばしの沈黙のうちに了解を示してくれた。

「変身C、創造A++、変化E、錬成E・・・・・・、魔力量A+++、基礎体力C+、精神安定標準、初等部一次課程修了試験合格、なんて偏った変な適性をしているの」
「そんなに変か?そもそも適性テストって、どこが凸凹しているのか見るもんだろう?」
 テスト結果から目を離したエルヴィーラは、首を傾げるラウルに目を眇めて頭を反らせてみせた。
「これを見るに、貴方は自分の魔力を使って常識にとらわれないものを生み出せる才能がある代わりに、用意された材料を使って既存のルールに従ったものを作り出す才能が無いわ。しかも、体力がCレベルって、人間よりちょっと上というだけじゃない。使える魔力に対して、体が脆すぎるわ。・・・・・・これは吸血鬼として成熟まで、だいぶ難儀するわね」
「ふーむ・・・・・・?ちなみに、吸血鬼の平均ってどんな感じなんだ?」
 エルヴィーラの学生時代のテスト結果を見せられて、ラウルは顔面がひきつった。
「変身A+、創造A+、変化A++、錬成A+、魔力量A++、基礎体力A++、精神安定頑強、死霊三系統取得済み、精神二系統取得済み、高等部全課程修了試験主席合格・・・・・・この偏差値高そうな結果が、平均なのか?」
「わたくしはなんでもできるけど、これといって突出したものがないわ」
「そういう平均じゃなくてな・・・・・・まったく、自慢なのか卑下なのか、どっちかにしてくれ。次期伯爵が、すこぶる優秀で器用な魔法使いでもあることはわかった」
 苦笑いでテスト結果を返してくるラウルに、エルヴィーラは長い黒髪をかきあげて、優雅に鼻で笑った。
「いいわ。貴方でも使えそうな魔法を、ひとつ教えてあげる」
 それが、父親にマウントを取るための、恩の押し売りであるとわかっていたが、ラウルはありがたく教授してもらうことにした。

 伯爵の城の裏庭は、野外作業場と兼用しているらしく、足元は踏み固められて広々としており、石垣を下りた向こう側には、近隣から伐採された木材などが積まれていた。木々が生い茂る周囲の山々から吹き抜ける風が心地よく、針葉樹のいい香りが漂っていた。
「ここなら、多少の失敗でもすぐに片付けられるわ。よろしくて?これから教えるのは、ごく初歩的な、足止めの魔法よ」
 変化に弱く、創造に強いラウル向けにとエルヴィーラが教えてくれたのは、吸血茨ヴァンパイアソーンの魔法だった。基本的なトラップ魔法だが、相手が踏まなくても任意で発動できるので、応用の幅は広い。
 柘榴色のドレスの裾が風にそよぎ、レースの袖から伸びた白い指が、ラウルにもわかりやすいように範囲を示してくれる。次の瞬間、ざわりと地面が動いて、みっしりと茶色い茨が低い茂みを作った。よく見ると、鋭い棘がだいぶ長い。
「おおぉ・・・・・・これならわからないで踏みそうだ」
「周囲に溶け込ませる技術は、今は考えなくていいわ」
 エルヴィーラは作業場の片隅に積み上げられていた薪をひとつ手に取って、せいぜい踝までの高さの茂みに向かって、ぽいと投げ込んだ。薪が茂みに触れるかどうかという時、茨は薪を呑み込むように絡みつき、硬い木肌にぎちぎちと棘を突き刺していく。
「とりあえず、基本に忠実にやってみなさい」
「わかった」
 動きやすいようにジャケットを脱いでベスト姿になったラウルは、教えられたとおりに魔法を組み上げ、地面に敷いて自分の魔力を注ぎ込んだ。基本にのっとり、発現の為に呪言として発する。
「ヴァンパイアソーン!」
 ぼっ、という音は、たぶん瞬間的な風圧だったのだろう。ラウルの短い巻き毛が空気を含み、額があらわになった。
「・・・・・・あれ?」
 開けていたはずの視界が急に塞がったせいで、目を瞬いたラウルは暗いなぁなどとぼんやり感じた。
「え?あれ?」
 数歩下がりつつ見上げると、そこには茨が絡み合った、青々とした壁が出来上がっていた。しかも、ラウルが二メートル四方を範囲としたせいで、壁というより巨大な柱になってしまっている。
「わたくし、たしかに足止めの魔法とは言ったわ。でも、そうじゃないの」
「うっ・・・・・・」
 エルヴィーラが茨の柱に向かって薪を投げると、カツンッと弾き返されてしまった。だが、その衝撃で壁面に小さな花が咲き始める。まるで、当たってくれたのが嬉しいとばかりに、次々と緑の柱を賑わせていく白い野バラは、なかなか可愛らしい。可愛らしいが、そうではない、とばかりに空気が冷える。
「・・・・・・・・・・・・」
「あの、ごめん・・・・・・もっと頑張るよ」
「そうなさって」
 エルヴィーラの冷やかな眼差しにラウルはしゅんと縮こまってしまい、小さな野バラが咲き乱れる柱は、なんだかとてもラウルらしい、とエルヴィーラが思っていたことには気付かなかった。
(創造に適性が高いと、術者の感性が反映されやすいというのは本当なのね)
 茨の柱がなかなか消えなくて、ラウルは新年パーティーから自由に出し入れができるようになった光のハルパーを使って、柱の上の方から削るように刈り取っている。それでも時間がかかりそうだ。
「・・・・・・ラウル、そこにある斧をイメージして、切り倒してみなさい」
「え?うーん、こうかな?」
 ラウルは小さな三日月形の刃物たちを消し、薪割り用の使い込まれた斧を眺めて、両手に柄を感じるようにイメージした。大きくて重い刃と、握り込む太い柄と・・・・・・あの茨の柱を切り倒すのだから、いっそ薪割り用ではなく、もっと大きいものを・・・・・・と考えた瞬間、ずしんとした重量を感じて、ラウルは前のめりにたたらを踏んだ。
「お、重いっ・・・・・・!」
「斧というか・・・・・・どう見ても、その形は戦斧ね。誰が両刃の斧をイメージしろって言ったのよ」
「俺に、言われても・・・・・・っ」
 冴え冴えとした青白い光を放つ、すべてが金属製と思われる戦斧は、ドワーフが作ったかのように精緻な文様が刻まれ、石突や柄にも凝った装飾が見られる。ラウルの貧困な想像力から生まれたとは思えないほどだ。
(ふぅん・・・・・・もしかして、真祖の特権かしら?あの『憤怒イラ』の加護だったりしたら、鳥肌ものだけど)
 エルヴィーラが腕組みしながら思考を巡らせているうちに、ラウルはなんとか腰を入れて戦斧を担ぎ、刃の大きな方を茨の柱に向かって振り抜いた。
「っしょぉっ!!」
 すぱーん、と茨の柱が切れて、倒れ落ちる前に消えていった。ラウルの方は、戦斧の勢いに振り回されて、尻餅をついている。
「で、できた・・・・・・」
「できたじゃないわよ。やっぱり魔法を支える体力が低すぎるわ。何をしてもこの調子じゃ、先が思いやられるというものよ。真祖の癖に情けない。魔法を習得する前に、たくさん血を飲んで、基礎体力をあげるトレーニングをなさいな」
「うぅぅ・・・・・・はい」
 まだ顕現が不安定なのか、戦斧もすぐに消えてしまい、ラウルはズボンについた土埃をはらって立ち上がった。そこへ、エルヴィーラの侍女であるエリサが、ひらひらとメイド服の裾をひるがえしながら、慌てた様子で駆けてきた。見た目は十代半ばの可憐な少女でも、エリサは立派に成人したリリムである。
「エルヴィーラさま!」
「なに?」
 エリサはラウルの方を一瞥したが、よほど急用なのか、申し訳なさそうにエルヴィーラに対して膝を折った。
「リステンバルズの王女が、危篤とのこと。つきましては、私もしばらく実家に行かなければならず、お暇の許可をいただきとう存じます」
「なんですって。それは大変だわ。すぐにお父様とお母様にも知らせて、あなたも実家に戻りなさい」
「恐れ入ります。それで・・・・・・あの、来週の五華の茶会に間に合いそうもないので、誰か代理を立てさせていただきたく・・・・・・」
 それまでやや沈痛な表情を作っていたエルヴィーラだが、すっかり忘れていたらしいその行事の繰り合わせに、あっと口を開いたまま天を仰いでしまった。
「ああぁ、困ったわ」
「何か問題か?その五華の茶会とやらには、普段はエリサも一緒に行っているのか」
「そうよ。五華の茶会は、五種族の族長か、それに次ぐ位の、女だけのお茶会よ。わたくしがお母様の代理で出席しているのだけれど、正直気が重いのよね。エリサ以外の侍女を連れていくにしても、あの空気に耐えられるかどうか・・・・・・」
「なるほど、重責な上に、場が人を選ぶということか。それは二人とも大変だな。しかも、今回はエリサが一緒に来られないというのでは・・・・・・」
「わたくし一人で行くのは嫌なのよ、ね、ぇ・・・・・・」
 いつの間にかそばに立っていたラウルを見上げ、エルヴィーラは長い睫毛に縁どられた目をぱちぱちと瞬いたのち、パキッといい音で指を鳴らした。
「そうよ、ラウルがいるじゃない」
「「は?」」
 これにはラウルとエリサの二人ともが、やや気の抜けた困惑の声を発した。
「イーヴァもお父様も、ラウルを使っているんだもの。わたくしが使ってはいけないというルールはないわ。行くわよ、ラウル」
「え?ちょっと待て?待て!?」
「エルヴィーラさま!?」
 ラウルの腕を掴んで、ずんずんと引きずって歩いていくエルヴィーラを、エリサは慌てて追いかけた。