不屈の魔術師 ―3―
「二人とも、お疲れ様でした」 儀式の後、たった数十分で干乾びたり腐ったりしてしまった供物を片付け、祭壇まわりに埃避けの布をかぶせて、三人は地上へと戻ってきた。 地下墓所に持ち込んだ物の処分や消毒を済ませ、順番に風呂に入って埃などを洗い流す。昔よりは衛生方法が確立されたし、クロムの浄化によって亡者の体から瘴気が発生することはほとんどなくなったが、やはり生身の人間が亡者の傍に行くのは、精神汚染や疫病にかかるリスクが高かった。 「お疲れ様でした。お茶淹れてくるよ」 「クロムもお疲れ様。いやぁ、すごかった。ちょっとしたカルチャーショックだったよ」 ユーインがトランクィッスル教会の慰霊作法に感銘を受けたことをクロムに伝えると、クロムは柔らかく微笑んで礼を言った。 「代々務めたここの管理者たちのおかげです。俺は先例に倣ったにすぎません。でも、俺が時々感じるのは、どんな方法でもいいけれど、心から悼む気持ちがあれば、彼らは怒ったり暴れたりしないということです。もちろん、我々管理者が心を砕いてきた、そういう姿勢を認めてくれているというのも、大いにあると思いますが」 今月は離れられた人がいたと、クロムもほっとしているようだ。 ラダファムが用意してくれた、たっぷりと蜂蜜をいれたハーブティーで休憩をしてから、ユーインはまた来るよと席を立った。 「ユーイン」 「なぁに、クロム?」 「よかったら、泊っていきませんか?これから夕食ですし、慣れない事を一日して疲れたでしょう。今から町中に戻るのも、道が暗いです・・・・・・」 「泊まるっ!!泊まるよ!!」 食い気味に全力で申し出を受けたユーインは、ラダファムの白い目もなんのそので、客室に案内するというクロムにうきうきとついていった。が・・・・・・。 ビシャーン!!! 「っうおぉ!!?」 鼓膜が破れそうな、ものすごい音に跳び上がったラダファムは、片付けようとしていた茶器を落としかけた。 「クロム!?クロム、どうしたの!?」 ラダファムがばたばたと駆け付ければ、黒焦げになって客室の床に倒れ伏すユーインを、クロムが一生懸命に介抱していた。 「ユーイン、しっかりしてください!」 「ぁ・・・・・・ぁぁ・・・・・・ひっ、いっ、てぇ・・・・・・しび、び、れ、たぁ・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 ラダファムが見回す周囲には焦げひとつなく、ユーインだけが、落雷にでもあったようにダメージを受けている。 「床で寝るんじゃねーよ。クロムが心配するだろ」 ラダファムはエキゾチックな美少年というイメージからは程遠い怪力でユーインを担ぎ上げ、ベッドに放り投げた。 「げふっ・・・・・・」 「ファムたん・・・・・・!」 「大丈夫だよ、クロム。エリート魔法使いが、このくらいで死ぬわけないじゃん」 「しょ、しょの、とお、りぃ・・・・・・」 「アンタはもちっと反省しろ」 ベッドに突っ伏したまま、プルプル震えている手でグッと親指を立てるユーインを尻目に、ラダファムはクロムを急き立てて客室を出た。 「でも、ファムたん、ユーインが・・・・・・」 「大丈夫、大丈夫。どうせクロムに抱き着こうとでもしたんだろ?懲りない奴だ」 「え、そうだったんですか?そんなにお疲れなら、言ってもらえれば肩ぐらい貸ししたんですけど・・・・・・」 「そうじゃないんだな、たぶん」 ユーインにとってはいくら純粋な好意だとしても、クロム神父に対する破廉恥な行為を、大いなる存在はお許しなっていないのだ。 (なんでクロムはそれに気付かないのかな) ラダファムは嘆息する。クロムに対して邪なことを考える者に、天罰がバリバリ下ることも、めげないユーインの一途な好意に関することも、どういうわけかクロムは気付いていない。天然だというのはわかっているが、ここまでくると、本当はわかっていて鈍さを装っているだけなのでは思いたくなるほどだ。 「ファムたん」 「え、なに?」 考えに耽っていたラダファムが見上げると、クロムはにこにこと微笑んでいた。 「ファムたんも疲れたでしょう。元気が出る美味しい物を作りましょうね」 「う、うん」 クロムの純真無垢な笑顔を見てしまうと、ラダファムも頭をかいて、「ま、いっか」と思ってしまうのだった。さしあたり、ユーインはアレだが、実害はないのだし。 翌日、名残惜し気にトランクィッスル教会を後にしたユーインだったが、一晩と置かずにクロムから連絡を受けた。 何の用かとウキウキで電話を取れば、以前ユーインが調べていた人工ゾンビが送られてくることがわかり、その慰霊をする時の護衛をして欲しいという内容だった。 『急なことで申し訳ないのですが・・・・・・』 「ぜぇんぜん!おっけー、おっけー!バッチリ護衛するからね。任せてよ!」 ユーインにかかれば、ゾンビなど一撃で消し炭になるのだが、できるだけ自力で肉体を捨てられるよう慰めたいクロムのやり方は尊重している。物理的に脅威を排除できたとしても、その後、非物理的な脅威が百年単位で残ってしまうのは、やはり面倒だとユーインにもわかっていた。 それでも、ユーインにとってはクロムの無事が一番大事なので、その時は力加減などしない。魂ごと燃やし尽くしてやる覚悟である。 月一の慰霊儀式に、ほぼお客さん状態で参加した時とは気合いの入れ方を変えて、ユーインは竜か古代魔族とでも戦うかのように、準備万端でトランクィッスル教会へと向かった。 「ユーイン・・・・・・」 「ぅお・・・・・・どうしたの、ファムたん」 いつもとは全く違って、げんなりというより、ほとんど憔悴した顔で、ラダファムがユーインを出迎えてくれた。 「いやもう・・・・・・ヤバい。あれは、マジでヤバい」 「どういうこと?」 「見ればわかるけど、見てもわからないと思う」 「いやいやいやいや」 余計にわからんと、ユーインはうなだれるラダファムを促して、クロムに事の次第を聞きに行った。 「お待ちしていました、ユーイン。ありがとうございます」 「まだ何にもしていないよ、クロム。どうしたの、緊急事態?」 「それが、俺の想像を超えていました・・・・・・」 これまた、ラダファムと同じようにクロムも困った顔になり、説明しづらい状況を説明してくれた。 「連絡を受けた時、俺は三名分のご遺体だと聞きました。実際に、トランクィッスルに運び込まれたのも棺桶が三つで、関所も通過しましたし、問題ないと思われました」 ところが、いつも遺体の輸送をしてくれる『葬儀屋』たちが、これはおかしいとクロムにぼやいた。棺桶が、通常のものよりも、だいぶ頑丈で、異様に重たかったのだ。装飾が豪華とか、密で硬い木材を使うとか、そういうものとは様子が違うというのだ。 契約違反がわかれば、『葬儀屋』たちも違約金などを請求する権利が発生するので、ひとまず地下墓所の中まで棺桶を運び、通常はしないがクロムと一緒に中を確認しようということになった。 「それで、中はどうなってたの?」 「正確にはわかりませんが、遺体収納袋が複数詰め込まれているのは見えました」 「え?」 「俺たちも、逃げ出すので精いっぱいだったんです」 クロムは、自分が情けないと肩を落とす。もちろん油断したつもりはないが、慰霊用の準備はしていても、完全な戦闘態勢で臨んだわけでもなく、普段はいない部外者がそばにいたので、彼らを逃がすのが最優先になったのだ。 「少なくとも、ひとつの棺桶に二人分のご遺体があったと思いますが、それが・・・・・・その、中身が増殖しているようで」 「増殖!?」 どういうことだと眉根を寄せるユーインに、思い出したくもないと表情で語りながら、ラダファムが的確に教えてくれた。 「遺体袋がボコボコ膨らんできたんだよ。中で暴れているっていうより、なにかが増殖していた。で、丈夫なはずの袋がビリッといったんで、一目散に出口まで戻ったんだ」 「ああ・・・・・・」 賢明な判断だとユーインは頷く。すでに一般的なゾンビという括りではない、なにかになってしまっていると考えざるを得ない。それをクロムとラダファムだけで、誰かを守りながら戦うなんて無茶だ。 開けた棺桶はひとつだけだったが、あの調子では他の二つも破壊ないし内側から抉じ開けられている可能性が高い、とクロムが嘆息する。 「棺桶を置いた場所は?」 「地下墓所上層、地下二階です。いつも『葬儀屋』さんたちに運んでもらっている場所です」 地下一階は、丘の頂上から一段下がった場所で、出入り口の扉があるので地上と同じ階だ。何もないホールになっていて、大規模な慰霊祭など、弔問客が大勢来るときの為のスペースになっている。そして、地下二階は、地上からの電気を通してある限界層で、資材置き場兼作業場。地下三階からその先は、遺体棚が並ぶ墓地となっている。 「お金になるような副葬品もないし、死者たちを閉じ込めておく場所ではないので、そもそも地下墓所の出入り口に鍵はありません。一時的に閂をかけましたが、放っておけば地上に溢れ出すほど増える可能性があります。まして、地下三階より先に行かれると、死者たちに被害が出ます」 遺体棚が並ぶ地下三階の入り口も、近年になって取り付けたスイングドアがあるだけだ。なんとしても、早急に手を打たねばならない。 「伯爵家には?」 ユーインが確認すると、クロムは初めて微笑んだ。 「事態は把握。後の事は心配無用であるから、職務に精励するように、と」 「玉砕しても骨は拾ってやる、ってことか。ありがたいことだ」 舌打ちしそうな勢いでユーインは吐き捨てたが、ミルド伯爵家にとって、トランクィッスル教会は利用価値があるから置いてある程度の認識だ。人間の不始末を人間が付けるのは当然だし、クロムが死ねば代わりを用意するだけの話だ。 「被害を大きくしたくないので、少数精鋭で臨みたいのですが、俺とファムたんだけでは、正直戦力が足りません」 それはつまり、最悪の場合一緒に死んでくれるかという確認だ。ユーインにいまさら、それ以上の言葉はいらない。クロムに頼ってもらえた、その事実だけが、若い魔術師を奮い立たせた。 「エインズレイの名に懸けて、必ずクロムの期待に応えるよ。ただし、地下墓所の上層を吹き飛ばしてしまっても、怒らないでほしいな」 自信過剰な大言壮語ととられるだろうセリフも、明るく軽快な笑顔から放たれるだけで、クロムに安堵の微笑を浮かべさせることができた。 「よろしくお願いします」 |