瑠璃雛菊の困惑 ―2―
オミの容姿は非常に優れ、センも気を抜くとだらしない表情で見惚れてしまいそうになる。優しそうな眉目にすらっと高い鼻、透き通るように瑞々しい白い肌には確かに血が通って見え、バラ色の唇が言葉を紡ぐたびに良い香りが漂ってくるようだ。 (いかん、いかん・・・・・・!) センもなんとか正気を保とうとするのだが、なかなかの苦行だ。神仏でも魑魅魍魎でもない外国産ならば、悪魔や魔神という第一候補になぜ気づけなかったか。 「そんなに緊張しないで?」 「ッ・・・・・・!」 正面にいたはずが、いつの間にか横に座って迫ってくるオミに、センはじりじりと身を退く。 「・・・・・・そんなに、僕が怖い?」 悲しそうな顔をするオミに、センは困ってしまって首を横に振る。 「怖いわけじゃないんだが、さすがに理性を保つ自信がな・・・・・・。もうちょっと離れてほしいんだが」 「本能のままに、体でおしゃべりしてもいいんだよ?」 「抗いがたい美形からの誘惑だが、もう少し我慢させてくれ」 ちぇーっと姿勢を正すオミにつられるようにセンも座り直し、ともすれば簡単に精神を蕩かせてしまう魔物が、なぜこんなにも礼儀正しく遠慮しているのか聞いてみた。 「だからね、さっきも言ったように、僕はセンちゃんをずっと見ていたいの。一緒にいたいの。そりゃあ、ごはんとして食べちゃってもいいけど、それじゃあ一瞬でしょ?まあ、それもある意味、ひとつになれるわけだけど」 「一緒にいたいと言われても、俺はそんなに若くないぞ?長く生きたって、せいぜいあと三十年くらいだろう。しかも・・・・・・オミの飯としては、衰える一方なんじゃないか?」 「それでもいいの。センちゃんの残りの人生、僕に全部ちょうだい?鍛冶師しててもいいからさ」 片肘で頬杖をついたオミは、にっこにっことセンを見つめてくる。とんでもないものに気に入られたとセンは思ったが、鍛冶師を続けてもいいというのなら悪くない。仕事中は静かになる。 「わかった、よく考えてみる。しかし、俺のどこがいいんだ・・・・・・?」 「全部だよ」 独り言のような呟きに、オミは晴れやかに即答して、センに顔を覆わせた。 「ああ・・・・・・うん、わかった」 「む、信じてないな?」 「いやなんていうか・・・・・・」 すごい美形に正面切って全部気に入っていると言われて、恥ずかしく思わない人間がいるだろうか。だが、色欲の魔物に「照れ臭い」とか「いたたまれない」とかいう感情が理解できるかどうかをセンは知らない。 「いちいち俺の精神均衡が揺さぶられてたまらんのだが・・・・・・まあ、いいか。仕事の邪魔さえしなければ、その辺にいてもらってもかまわない」 「ホント!?」 「ああ。だが・・・・・・そうだな、少し家の中のまじない物に工夫がいるな。今度神主を呼んでこなきゃ」 オミのような存在がうろつくのであれば、家中の神棚は撤去せねばならないだろう。かわりに、仕事場となる鍛冶場周辺は、いままで以上に厳重に清めをしなければなるまい。 「えへへっ、嬉しいなぁ」 オミの子供のように無邪気な笑顔につられ、センは思わず手を伸ばし、柔らかな亜麻色の頭髪に触れた。 「!?」 なでなで、と頭を撫でられたオミが、びっくりしたように固まる。 「・・・・・・魔物でも、驚く顔はするんだな」 「え・・・・・・あ、うん。・・・・・・あんまり、そういう反応する人間は、いないかなぁ」 「撫でられるの、嫌だったか?あ、お前さんたち相手には失礼に当たるのか?すまん」 「大丈夫だよ。もっと撫でて」 ぐいぐいと押し付けてくるオミの頭を、センはさらに撫でる。柔らかくふんわりとした髪が、センの無骨な指にするりと絡んでは抜けていく。 「・・・・・・なんとなく、僕がセンちゃんにどう見られているのか分かった気がする」 「そうか?俺自身でもよくわからないのに」 苦笑いですら風情のある霧雨のようなきらめきに感じさせるオミを、センは飽きずにいつまでも撫でていられそうだ。 (どんどん影響されていっているな・・・・・・) たった数十分前にオミと相対したばかりだというのに、センはすさまじい速さで自分がオミの影響下に納まり、自身が侵食されていくのを感じていた。いくらオミが自制しているとはいえ、あまりにも存在自体が持つ力が違いすぎる。 (普通ならば、即座に接触を断つべきなんだろう・・・・・・) 誰かが同じ状態だったなら、センはそうさせるだろう。いま自分にその気が起きないのは、やはりオミに魅了されているせいなのか、それとも・・・・・・。 「ああ、そうだ。礼がまだだったな。神仏なら何か奉献するところだが、魔物への返礼となると・・・・・・しかし、俺の魂はひとつしかないはずだしなぁ」 悩みだしたセンに、オミはクスクス笑いながら、意外なことを言った。 「ここに入れてくれただけで十分だよ。何度も言っているようだけど、僕はセンちゃんをずっとそばで見ていられればいい」 「それじゃあ俺の気がすまないし、他でメシを調達するということだろう?」 「え?・・・・・・まあ、そういうことにもなるかな?」 「ちょっとかじるくらいなら、すぐに死にはしないだろ?」 センの言いたいことをオミは了解したが、それゆえに困った顔で微笑んで、低くつぶやいた。 「淫魔を誘惑する人間なんて、本当に、初めて見たよ」 「俺の子供くらいに見える年齢設定のお前が悪い。つい甘やかしたくなっちまう」 センの発言が、飼い主を自分の子供か弟妹のように見なしている愛玩動物のそれと似た庇護本能からと知れ、オミは弾けるように笑い声をあげた。 「あははははっ!センちゃんに警戒心を持たせないためだったんだけどな。そうか。じゃあ、もう少し大人にしてみよう」 センの目の前で、オミはするすると大人の顔つきになり、身体もぐんと逞しくなる。一瞬で十歳ほども成長した青年は、しなだれかかるようにセンに抱き着いてきた。 「すごいな」 「これなら、欲情してくれる?」 「ああ。この方が、未成年を相手にしているような罪悪感はしないな」 倫理的な抵抗のなくなったセンは、間近に迫ったオミに口づけた。柔らかく瑞々しい唇を感じた瞬間、センの中にあったあらゆる芯が溶けて霧散し、センのすべてがオミの放つ捕食圏に絡め捕られていく。 「ぁ・・・・・・ん、はっ・・・・・・ぁ!」 センの舌がオミの口腔を弄ったつもりが、オミの舌に絡みつかれただけで絶頂したように動けなくなる。ずるずると生命を啜り取られていくような快感と脱力感に、センは持てる力を振り絞ってオミを両腕に抱きしめた。 「〜〜っ!はぁっ、ぁあ!もうダメ・・・・・・我慢できないっ!」 「ぅ!?」 畳の上に押し倒されたセンは、ぼんやりした頭のままで、自分の作務衣をむしり取っていく綺麗な青年を眺めた。その姿はいつの間にか衣類を身につけておらず、亜麻色の頭髪の間から優美な角が伸び、奇妙な文様を浮き上がらせた、白く滑らかな素肌になっていた。 「あはぁっ、おっきなおちんぽ!いただきますっ!」 「な・・・・・・っぁ!」 蕩けそうな笑顔のままで、目だけをギラギラと輝かせたオミが、センの股間にむしゃぶりついた。 「ッ―――!!!」 熱く濡れた柔らかな感触が、絶妙の強さでぬめって吸い付いてくる。敏感な場所を硬く擦りながら優しく撫でられ、目から白い火花が散る様な快感に、センは思わずオミの頭を押さえつけて、反りかえるように背をこわばらせた。 「ッ、は、ぁ、ぁああ・・・・・・ァッ!!・・・・・・ハッ、ぁ・・・・・・ァっ!!」 とめどなく射精しているありえない感覚が続き、いつまでたっても絶頂の気持ち良さが終わらない。悲鳴も呼吸も飛び飛びで、心肺機能が追い付いていない。 (し、ぬ・・・・・・!?) 文字通り、快楽に溺れ死ぬ。それを察してさえ、センは可笑しく思った。自分の最期が腹上死だなんて、予想もしていなかったからだ。 「・・・・・・っ、は、はッ・・・・・・!」 「ン・・・・・・?わぁああああ!!」 オミが気付いて放してくれたおかげで、一瞬で快感が退いていき、センは全身から力を抜いて、ぜえはあと胸を喘がせながら、酸欠で暗くなってきた視界を瞼で覆った。 「ごめんなさい、センちゃん!ごめんなさい・・・・・・!」 必死に謝るオミの悲鳴が聞こえたが、まだ死にそうにないから大丈夫だと伝えたかった。 (腹減ってたんだな・・・・・・) やっぱりガキじゃねえか、そんなことを考えながら、センは泥のような眠りに落ちていった。 ぷるるるるんっ・・・・・・ぷるるるるんっ・・・・・・ 「・・・・・・ん・・・・・・?」 携帯電話の呼び出し音に目を覚ましたセンは、しばらくぼうっとしたまま、自分がどこにいるのか瞬きをした。 (あれ・・・・・・?) 自分のベッドの上に横たわっていることを確認すると、センはまだ鳴っている携帯電話を取った。 「もしもし・・・・・・?」 『ああっ、やっと出た!ちょっと、大丈夫!?』 「・・・・・・はぁ?」 電話の向こうは、さっき別れたばかりの女祓い師だった。彼女が言うには、なにやら凄まじい気配がセンの家の方からして驚いたらしい。 『何があったの?』 「さあ?・・・・・・いや、なんか俺、昼寝していたみたいだ」 『はぁっ!?』 「あー、とにかく、いったん切るぞ。まだ頭ん中がぼーっとしてんだ。水飲んでくる」 『何かあったら、遠慮なく、すぐに電話してね?』 「わかった、わかった」 彼女はなにをあんなに興奮しているのか、センはため息をつきながら電話を切り、もそもそとベッドから起き上がった。 窓の外は日が陰りはじめており、そろそろ夕食の準備をしなければならないだろう。昼寝にしては、完全に寝すぎた。 (あ・・・・・・) 見下した自分の恰好が、昼寝をしていただけにしては乱れすぎていて、センは綺麗な顔をした魔物のことを思いだした。 「あー・・・・・・・・・・・・ま、いっか」 通話を切った携帯電話のメモ機能に「ごめんなさい、ごちそうさまでした」という書きつけを見つけたセンは、苦笑いで乱れた髪をかき回した。 |