雪の女王 −1−


 むかしむかしあるところに、とても仲の良い、サカキという青年とハロルドという娘がおりました。

 あるとき、二人は狭い所に建っているせいで隣同士がくっついている屋根に上って遊んでいましたが、サカキが突然「いたっ・・・」と呻き、目と胸を押さえました。ハロルドは心配して声をかけましたが、サカキはふいとハロルドを無視して、どこかへ行ってしまいました。

 サカキの目と心臓に刺さったのは、悪魔が作って、天に持って行く途中で割れ砕けてしまった、美しいものも正しいものも歪んで見え、物事の悪いところばかりが目に付く、魔法の鏡の欠片だったのです。

「サカキさん、遊びましょう!」
「・・・ふん、甘ったれなお子様のハロルドなんか嫌いだ」
「ふ、ふぇぇ・・・」

 サカキは別人のように、とても冷たくなってしまい、ハロルドは悲しくて仕方がありません。


 ある冬の日を最後に、ハロルドは街の中で、サカキを見かけなくなってしまいました。
 街の人たちは、街のそばを流れる川に落ちてしまったのだろうと噂しています。

「サカキさん、どこに行っちゃったのかなぁ。本当に死んじゃったのかなぁ・・・ふぇぇん」

 春になってもサカキが見つからないので、悲しくて泣き出すハロルドに、お日様は言います。

「わたしはそうは思わないな」

 ハロルドはぐすんと涙を拭い、お日様が言うのなら、サカキはどこかで生きているに違いないと思い直し、まずは川へ行きました。

「ねぇ、川さん。サカキさんを返してくれないかな?俺の一番大事な赤い靴をあげるから」

 ハロルドはおろしたての可愛い靴を川に投げ込みますが、川は漣を作って靴を岸に押し返します。川はサカキを連れ去っていなかったからです。
 でも、もっと川の真ん中に投げなきゃと思ったハロルドは、小船に乗って川の真ん中へ靴を投げ込みます。すると、岸に繋いであった縄が解けて、小船はどんどん流されてしまいました。

「わあ!どうしよう・・・」

 ハロルドは慌てましたが、きっとこの川の先にサカキがいるに違いないと思い、小船に乗ったまま川を下っていきました。


「あれ、可愛いハロさんだ」

 しばらく川を下っていくと、岸辺にいた赤毛デコの錬金術師が、小船からハロルドを降ろしてあげました。

「なんだって流されているんです?」
「サカキさんを探しているんです。アルさん、サカキさんを知りませんか?」
「見てないですねぇ。まぁ、そのうちここを通るかもしれないし、お茶でも・・・」
「知らないならいいです」

 あっさりとアルフォレアの招待をすり抜けて、ハロルドはてくてくと歩きました。


 たくさん歩いてくたくたになった頃、一羽のカラスがハロルドに声をかけました。

「どうしたんだい?」
「サカキさんを探しているんです。カラスさん、サカキさんを知りませんか?」

 カラスは首を傾げると、もしかしたらと翼をばたつかせました。

「最近、うちの国の王女様が結婚したんだ。サカキさんとやらは、その男の人じゃあるまいかね」
「サカキさんは王女様のところにいるの!?」

 ハロルドは胸がちくちくしましたが、カラスに案内してもらって、真夜中のお城に忍び込みました。

「サカキさん・・・?」
「だれ?」

 ベッドで寝ていたのは、絹糸のような白い髪の王子様で、サカキではありませんでした。

「俺のクロムに近付くのは誰だっ!?」

 赤毛の王女様に凄い剣幕で怒られ、ハロルドはお城に忍び込んだことを泣きながら謝りました。

「ふぇぇ・・・ごめんなさぁい・・・」
「本当に、クロムに何にもしていないだろうな!?」
「ユーイン、そんなに怒らなくても・・・」

 賢い王子様は王女様をなだめ、どうしてお城に来たのかとハロルドにたずねました。ハロルドは涙を拭い、今までのことを全部話して、サカキを探しているといいました。

「サカキさんを知りませんか?」
「かわいそうに。俺たちは知らないな・・・」
「でも、サカキさんを探すための馬車を用意してやるよ」

 次の日、優しい王女様と王子様の計らいで、黄金作りの馬車が用意されました。馬車の中はパンやクッキーや果物でできていて、ハロルドがひもじい思いをすることはないでしょう。

「ありがとう!」
「早く見つかるといいな」
「気をつけてね」

 ハロルドはお礼を言って、馬車に乗って王女様と王子様の国を後にしました。