雪の女王 −2−


 ハロルドは馬車で旅を続けていましたが、暗い森の中で追いはぎの集団に襲われてしまいました。黄金作りの馬車がとても目だって、お金持ちだと思われてしまったのです。

「立派な馬車じゃないか!お前は王女様か?」
「ふえぇっ!?ち、ちがうよぉ。助けてぇっ」

 ハロルドが怖くて震えていると、追いはぎたちの中から鋭い声が飛びました。

「待てっ!そいつは俺の遊び相手にするんだ。手を出すんじゃねぇっ!」

 それは、とても乱暴な性格に育った、追いはぎの娘のクラスターでした。彼女の長い黒髪が狼のタテガミのようだし、凶暴そうな目つきはとても怖かったのですが、ハロルドは取って食われそうな追いはぎたちよりはいいと、娘について行きました。

 クラスターの部屋には、たくさんのハトと、一匹のトナカイが繋がれていました。それらは全部彼女のものでした。

「なんでお前は、あんなところをうろついていたんだ?」

 ハロルドはクラスターに、今まであったことを全部話しました。

「クラスターさん、サカキさんを知りませんか?」
「俺はしらねぇな」

 そのとき、ハトがくぅくぅと鳴きました。

「きっと、雪の女王が連れて行った人だよ」
「真っ白な雄鶏が、その人の小さなそりを担いでいたね」
「雪の女王のそりが空を飛んだから、わたしたちの子供が、寒さでみんな死んでしまったのだよ」

 くぅくぅ、くぅくぅと、ハトたちは話します。

「雪の女王って?」

 ハロルドがたずねると、ハトたちは雪の女王ディアニシェーレのことを教えてくれました。
 彼女はここからもっともっと北の、世界の果てにある、大地が凍った氷と吹雪の国にいるのです。

「大地が凍った国なら、トナカイがよく知っているだろう」
「もちろんです、お嬢。あの国は、わたくしめの生まれ育った土地でありますゆえに」

 翌日、クラスターは他の追いはぎたちがみんな出かけている隙を狙って、ハロルドをトナカイに乗せて放してやりました。食べ物と、毛皮の靴や手袋も持たせてやります。

「ここからはもっと寒くなるからな」
「ありがとう、クラスターさん!」
「広い世界に一人で出てきたお前の度胸に免じて、放してやるんだ。こらトナカイ、ハロルドをちゃんと雪の女王のところまで連れて行くんだぞ!!」

 駆け出したトナカイの背から、ハロルドは何度も振り返りました。


 寒い寒い凍った大地の国に着くと、トナカイは一軒の家の前で、ハロルドを下ろしました。その家には女の人が一人で住んでいて、トナカイはハロルドのことを話しました。
 そのあいだ、ハロルドは暖かい家の中で体を温め、ご飯をもらって元気をつけました。

「事情はわかった。雪の女王の御殿なら、すぐそこだ」

 凍った大地の国に住むサンダルフォンは、雪の女王をよく知っていました。

「サカキならたしかに雪の女王の御殿にいるが、悪魔が作った鏡の欠片のせいで、そこにある物が世界で一番素晴らしいと思っている。目と心臓に入った悪魔の鏡の欠片を取り出さない限り、サカキは人間に戻れず、ずっと雪の女王の言いなりだろう。君のことも忘れてしまっているんじゃないかな」
「そんなぁ・・・」

 ハロルドはしょんぼりとしてしまいます。

「なにかいい方法はありませんか?」
「君以上にサカキを助けられる者はおるまい。君にできなければ、私の力などとうてい及びはしない。まぁ、とにかく行ってみることだ。神のご加護を」

 ハロルドはトナカイに、雪の女王の御殿まで送ってもらい、サカキを探して御殿の中を走りました。


 雪の女王の御殿は、いくつも広間がありましたが、ただ広いだけのがらんどうで、どこもかしこも雪と氷でできていました。面白いものなど、ひとつもありません。
 でも、サカキは寒さを感じず、オーロラの光が照らすだけのこの場所が、世界で一番良いところに見えました。雪の女王はとても美しく、理知的で、サカキにとても優しいのです。

「サカキ、ちょっと出かけてくるよ。暖かい地方を回ってくるだけだから」

 紫の髪をさらさらと揺らして、雪の女王ディアニシェーレは微笑みます。

「いってらっしゃい」

 サカキは氷でできた寒い御殿の広間で、氷の欠片で文字を作って遊んでいましたが、なかなかうまくいきません。どうしても「永遠」という言葉が組みあがらないのです。

「もしその言葉ができたら、自由にしてあげるよ。ふふふふ」

 悪戯っぽくクスクスと笑うと、雪の女王はそりに乗って出かけていきました。

 ちょうどそのとき、ハロルドが御殿にたどり着きました。殺風景でとても寒い御殿の中を探し回り、やっとのことで、広間でぼんやりと座っているサカキを見つけ出します。

「サカキさん!!」

 ハロルドはサカキを抱きしめてびっくりしました。氷のように冷たいではありませんか。

「ふえぇぇっ・・・サカキさん!サカキさぁん!!」

 ハロルドは言いたいことがたくさんあったはずなのに、変わり果てたサカキを見たら何も出てきません。ただただ、涙が止まりません。

 ハロルドの温かい涙が、サカキのまぶたや服の胸に、どんどん染込んでいきます。それは目の中に入った悪魔の鏡の欠片を洗い流し、心臓に刺さった欠片も溶かしてしまいました。

「・・・あ?ハロ・・・俺なにやってんだ、こんな寒いところで?」
「サカキさぁああああん」

 ハロルドが嬉しくてびえぇえええっと泣くので、サカキは手に持っていた氷を手放して、涙を拭ってやりました。すると、サカキの手から離れた氷が、床に散らばっていた氷のところまで、からからと転がって「永遠」という文字を完成させました。
 雪の女王の呪縛が解けます。

「・・・帰るか」
「はいっ」

 ハロルドとサカキは、雪の女王が帰ってくる前に御殿を抜け出し、一緒に街に戻って幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。