やっぱり二人がいいね−2−


 ボックス席のテーブルに頬杖をついて、クロムはぼうっとしていた。ギルドメンバーたちの会話も、耳を素通りしていく。
 狩りやユーインとのセックスの時のように集中していればいいのだが、鏡で見たり、石なのにある不思議な温もりに指が触れたりすると、気分が浮ついてしまう。油断すると顔がだらしなくなるので、そろそろどうにかしようと自分の心に言うのだが、いかんせん間近で見た彼の顔が蘇り、どうにも胸が高鳴った。
(サンダルフォンさん・・・)
 なんだかミーハーな少女になった気がして恥かしいが、名前を聞けただけで嬉しい。同職だが、初めて見たハイプリーストの頃には、彼はすでにオーラを噴いていた。高嶺の花どころか、雲の上の存在だと思い込んでいた人から声をかけられ、一生分の緊張を使い果たしたかと思う。
 その彼から握手を求められ、彼が使っていたアクセサリーをもらい、そのうえ・・・。
(はわわわわ・・・っ!!!)
 思わず、両手でぎゅっと額を押さえる。彼の唇の感触を思い出し、頬が熱い。顔が真っ赤になっているに違いない。・・・実際、色素の薄いクロムの、耳もうなじも赤くなっていた。
「あの、クロムさん・・・?」
 一人でじたばたしているクロムだったが、遠慮がちな声にびくぅっと振り向く。
「ななななんだい・・・?」
 そこには、主に女性を中心としたメンバーが集まっており、ずざざざっとクロムを取り囲む。
「な・・・」
「それ、ブラディウムイヤリングですよね?」
「いつ異世界に行ったんですか!?」
「私たちも欲しいのにぃ!」
「クエスト長いんですから、連れて行ってくださいっ!!」
 真剣というか、鬼気迫る勢いで、ずんずんと詰め寄られ、クロムは慌てて両耳のイヤリングをかばうように手を添えた。
「え・・・ちょっとまって。これは、頂き物で・・・」
 とたんに、彼女らの表情が納得の色を帯びる。
「頂き物・・・?」
「やっぱりマスターからのプレゼントじゃなかったんだ」
「なるほどねぇ」
「はぁ??」
 クロムだけは、さっぱりわけがわからない。
「異世界なら・・・今度みんなで行こうか?」
 大勢のギルドメンバーで行けば、危険な異世界でも大丈夫だろう。
(それに・・・)
 もらったイヤリングと同じものを手に入れられれば、また少しでもサンダルフォンのような立派なアークビショップに近づけるような気がした。
「・・・クロムさん?」
「また顔がにやけていますよ」
 はっと我に返るが、呆れ顔のメンバーがいるばかりだ。
「ぁ・・・」
「マスターが機嫌悪くなるはずだわ・・・」
「本当に大丈夫ですか、クロムさん?」
「だ、大丈夫・・・」
 と言うクロムだが、あまり自信はない。それよりも、重要なことが耳に入った。
「ユーインが?・・・そういえば、どこに行ったんだ?」
 きょろきょろと見回すクロムに、苦笑いやため息まじりの答えが返ってくる。
「出かけるって、行っちゃいましたよ」
「どこに行ったかは知りませんけど・・・」
 いつもなら、ユーインのわがままや強引さに顔をしかめるところだが、今回は自分があまりにも呆けていた自覚があるので、さすがにクロムもバツが悪い。
 だが、そのとき酒場のドアが開いて、当のユーインが帰ってきた。
「たっだいまー!」
 しかも、機嫌がいい。クロムはほっと胸をなでおろし、クロムを囲んでいたメンバーも、さりげなく、かつ素早く移動する。
 ユーインは「みんなのマスター」だが、その前に「クロムのユーイン」でないと、マスターとしての機能が十全に発揮されない。意外と面倒な男だ。
「クロム、どっか行こう!」
 にっこにっこと笑顔全開なユーインに、クロムも朗らかに提案した。
「そうだな。ギルドのみんなで、異世界ツアーしようかと思うんだ。エルディカスティスのクエストで、新しい装備品がもらえる・・・って・・・」
 しーん・・・。
「・・・どうした?」
 クロムは目をぱちくりさせて首を傾げる。ユーインどころか、まわりのメンバーまでもが、フロストダイバーをくらったかのように固まっているのだ。
「・・・異世界のクエストは長いから、クロムがみんなと行くといいよ。俺は同盟会議とかあるし」
「ユーイン?」
 まったくの棒読みでそんなことを言われても困る。
「なに怒ってるんだ」
「別に怒ってない!!」
 態度で思いっきり怒っていることを主張しながら、ユーインは再び酒場から出て行った。
「・・・なんだあいつ」
 なんだかよくわからないが、せっかく機嫌よくなったユーインにへそを曲げられてしまった。クロムにはなにがいけなかったのかイマイチわからないが、とにかく追いかけたほうがいいだろう。
 クロムは仲間に断りを入れて、溜まり場をあとにした。
(まったく・・・)
 プロンテラの地図にマーカーはなく、すでにどこか別の場所へ飛んでしまったようだ。パーティ情報を開きかけて、クロムはたまたま通りかかった知り合いに声をかけた。
「サカキさん!」
「ん?・・・ユーインと一緒じゃないのか」
 意外そうに首をかしげるサカキに、クロムは恥ずかしく思う。なんだか喧嘩するたびに彼の手を煩わせているような気がする。
「それが・・・」
「ユーインなら少し前に帰ったぞ。すれ違ったんじゃないか?」
「へ・・・?」
 会話がかみ合っていないことに気付き、サカキの眉間にしわがよる。
「・・・今度はなんだ」
「あの、その・・・ユーイン、帰ってきたんですけど、またどこかに・・・」
 はぁああああ、とサカキが額に手を当てる。クロムは申し訳なくて、縮こまるしかない。
「・・・ユーイン、さっきはサカキさんの所に行っていたんですか」
「まぁな。あいつはクロムをデートに誘うつもりだったと思うが・・・?」
「・・・・・・」
 クロムは、あの場が凍った理由が、やっとわかった。ユーインの「どっか行こう!」は、「二人きりでどっか行こう!」という意味だったのだ。言葉が足りなさ過ぎるが、溜まり場では声を大にして言えるわけはない。そこはクロムにとって難しくても、クロムが恋人として察してしかるべきポイントだ。
「探してきます」
「そうだな」
 クロムはサカキにお辞儀をしてわかれると、途中だったパーティ情報に目を向けた。
「グ・・・」
 グラストヘイム古城。これだけでは、あの広大なダンジョンのどこにいるかわからない。
「あーもう!」
 クロムは自分に速度増加をかけると、青石をかざした。
「ワープポータル!!」


−グラストヘイム古城 室内二階

 ユーインはイライラしたまま、普段よりずっと雑な戦い方で、大量のMobを片っ端から虐殺して歩いていた。
「・・・・・・」
 完全に目の据わったユーインの八つ当たりが、普段ならPTでしかこない高難度のマップを、じりじりと侵食していく。支援役のクロムがいないので、一瞬のミスが命取りだが、いまのところ、ユーインの血の上った頭よりも、身体に蓄積された経験と天性のセンスのほうが上回っているようだ。
「!」
 背後に湧いた彷徨う者・・・通称禿の刀が、ユーインの肩を越えて頬をかすめる。数本の赤毛が地面に落ちるより先に、氷の壁に閉じ込めて素早く距離をとる。わらわらと集まってくるがらんどう甲冑のレイドリックや、歯をガチガチ鳴らして噛み付こうと飛んで来るライドワードを、素早い身のこなしでクアグマイヤに落としながら、大魔法の詠唱に入る。
「メテオストーム!!」
 隕石に押しつぶされ、灰塵と化して消えるモンスターたちを無感動に眺めたまま、ユーインは降り注ぐ魔法を突破して腕に噛み付いてきたライドワードを引き剥がし、手の中で燃やした。
「・・・・・・」
 血が流れて痛いが、すぐに癒してくれるクロムはいない。自分で飛び出してきたのだから当たり前だが、理不尽さがつのる。
 ユーインはこんなにクロムのことが・・・クロムだけのことが好きなのに、クロムはそうじゃないというのか。ユーイン以外の人間にも癒しを分け与え、ユーイン以外の人間にも、恋に似た憧憬の気持ちを抱くのだろう・・・。
(そんなこと、許さない・・・)
 ユーインはクロムだけを見ているのだから、クロムもユーインだけを見て欲しい。サカキに言わせれば、それは「子供」な考え方なのだろうが、そうでなければユーインは満たされない。
 とはいえ、この状態でも満たされていないので、仲直りのきっかけは欲しい。冷えてきた頭でつらつらと考えるユーインは、しばらくぼんやりと突っ立っていた。
「ユーイン!やっと見つけた・・・あぁ、また怪我して・・・ヒール!!」
 だから、ユーインの腕を取って治療するクロムのつむじを見ながら、どうしてここに自分の恋人がいるのか、しばし理解が追いつかなかった。
「クロム・・・?」
「・・・いつまでも浮かれていたのは、悪かったと思う。だけど、あの人みたいに、もっと強くなりたいって思っちゃダメなのか?いまよりもユーインをサポートするために、ABとしてもっと上手な人を目標にしちゃいけないのか!?」
 ユーインの頬に手を当てるために上を向いたクロムの両耳に、あったはずのブラディウムイヤリングがない。
「俺はユーインが一番す・・・好き、だ・・・。ユーイン以外にいないって、知っているじゃないか!・・・ユーインは、俺を信じられないのか?」
 恥かしそうに赤くなりながら、怒ったように言うクロムに、ユーインは心が柔らかく温かく満たされていくのを感じた。そのほかのことは、もうどうでもよくなった。
「・・・ごめん、クロム」
 ユーインはいつものように、温かいクロムの体を、ぎゅっと抱きしめた。やっと、心が安らいだ。