やっぱり二人がいいね−1−
密かに施設まで持って、力ない人々を支援するサンダルフォンだが、保護する中には幼い子供もいる。よって、普段から孤児院を視察するのは得るものが多い。
「・・・・・・」 だが、そこで聴いた賛美歌の美しさに圧倒されるなどとは、まったく想像していなかった。 温かくも透き通るようなテノールが、力強い神々をたたえ、この場にいる人間たちに惜しみない愛を振りまいている。真に無垢な魂に触れたように、サンダルフォンの心は震えた。 歌っていたのは、白銀の髪に赤い目をしたアルビノの、サンダルフォンと同じアークビショップの青年。クラスターを狩りに誘った時に見かけた、冒険者ギルド「エルドラド」のサブマスターだ。 当人はまわりから絶賛されて戸惑っているのか、恥かしげに頬を染めている。世話役に聖職者が多い孤児院では珍しいハイウィザードの相方に子供たちを押し付け、逃げるように走ってきた彼を呼び止めて、サンダルフォンは自分に苦笑した。呼び止めても何を話そうか考えていなかった。 「は、はいっ!?」 「突然呼び止めて申し訳ない。先ほどの賛美歌が、とても素晴らしかったので・・・こんなに感動したのは、久しぶりだ」 「えぁ・・・う、そんな・・・あの・・・き、恐縮です・・・」 繊細な造りの、秀麗と言っていい眼鏡をかけた顔が、湯気が出そうなほど真っ赤になった。サンダルフォンの顔を見ると、たいがいの人間は頬を染めるが、ここまではっきりしているのも珍しい。 「エルドラドの、クロムさん?」 「は、はいっ!」 「サンダルフォンだ、よろしく」 「ぁ・・・よ、よろしくお願いします」 握った手は、サンダルフォンと同じ杖を持ち慣れた形をしていた。 「本当に心が洗われる様な、素晴らしい歌声を聞かせてももらった。何かお礼がしたいのだが・・・ここでコンサートがあるとは思いもよらず、あいにく花束のひとつも持ってきていない」 「ええっ!?あのっ、と、とんでもないっ!お、俺・・・いつも、チャリティーでは、歌うぐらいしかできなくて・・・そのっ・・・」 わたわたと慌てる、いかにも純朴な様がおかしくて、サンダルフォンは思わず微笑んだ。こんなことがあるとわかっていたのならば、なにか彼に相応しい贈り物を用意しておいたのだが・・・。 「そうだ・・・ 「あ、いえ。まだ・・・」 毎週Gvに参加するギルドでは、なかなか異世界まで遠出するのはままならないだろう。 サンダルフォンは自分の両耳に下げていたイヤリングをはずし、硬直しているクロムの耳につけた。少し尖った、特徴のある耳だった。 「ひやっ・・・」 「痛くないかな?彼の地で手に入るものだが、君が自分で手に入れるまで、飾らせてくれたまえ。・・・感動を金品でしかたたえられない私の卑しさが、君の歌声を汚さないといいのだが・・・」 「そんなこと・・・っ!あ、ありがとうございます!!」 ブラディウム鉱石で作られたイヤリングは、存在感のあるアクセサリーだが、繊細なイメージのクロムには、少しおおげさな見た目だろうか・・・。サンダルフォンはクロムを見つめて、自分の贈り物が彼の魅力をそいでいないだろうかと首をかしげる。 「まぁ、ネタカードでも挿して遊んでくれたまえ」 「そんなっ、もったいない・・・!」 潤んだように輝く目で見上げてくるクロムの額に、サンダルフォンはそっと口付けた。 「!!!!」 「よかったら、また君の歌を聴かせて欲しい。相方のマスターと、仲良くね」 呆然と固まっているクロムに手を振り、サンダルフォンは待たせていたマルコとともに孤児院をあとにした。 同じアークビショップなのに、自分と彼の違いに苦笑せざるを得ない。本来ならば、彼のように敬虔な精神の持ち主でなければ、高位聖職者とは言えないだろう。 サンダルフォンはクロムのような純粋さや高貴さを眩しく思うが、同時に、その神聖さゆえに邪悪なものを引き寄せそうな危うさも感じられ、彼の幸運を祈らずにいられない。 「イヤリング・・・贈られたのですか?」 サンダルフォンの両耳からブラディウムイヤリングがなくなっているのを見つけたマルコに、サンダルフォンはにっこりと微笑んだ。 「ああ。・・・また彼の歌が聴きたいね」 「はい!素晴らしい歌声でした」 やや興奮気味なマルコを微笑ましく思いながら、サンダルフォンは機嫌よく帰路につくのだった。 溜まり場である酒場で、ボックス席に一人で座り、ぼーっと虚空を眺めたまま、時折思い出したように顔がにやけるクロムを、ユーインは苦々しく思っていた。 話しかければいつもどおりだし、夜のえっちなこともちゃんと付き合ってくれる・・・のだが、最近のクロムは暇さえあれば呆けている。 先日行った孤児院のチャリティーで、その場に居合わせたアークビショップから大きなイヤリングをもらってから、寝る時以外はずっとそのイヤリングを付け、嬉しそうによく触っている。 ユーインは悔しい。ユーイン以外の人間からプレゼントをもらって、こんなに嬉しそうにしているクロムは見たことがない。 クロムからは、プリーストの先輩として憧れていた人で、直接話をしたのも初めてだとは聞いたが、ユーインはまったく面白くない。クロムが自分以外を見ることすら我慢できないユーインなのだから・・・。 むっすーと膨れているギルマスと、全然気付いていないサブマスに、溜まり場にいるギルドメンバーも戦々恐々と遠巻きにするしか無い。ある意味、喧嘩よりやっかいだ。 「・・・ちょっと出てくる」 自分の世界に浸ったまま戻ってこなさそうなクロムを置いて、ユーインは酒場を出た。 相手のABが装備していたアクセサリーをもらったとクロムは喜んでいたが、それはお下がりと言わないだろうか? 「もっといいアクセサリーを探してやるっ!」 鼻息も荒く訪れたのは、毎度お馴染みの薬屋の露店。 「はぁ?石の付いたイヤリング?」 緑の癖毛に包まれた頭は、宝石付きのイヤリングなど、この世に星の数ほどあることを理解している。 「スロットが付いてて、でっかい石が付いてる・・・」 「・・・あー、ブラディウムイヤリングのことか?」 スロットが付いているとなれば、数は限られる。サカキは正確に言い当てた。 「ブラディ・・・異世界産?」 「ああ。クエストをやれば手に入るらしいぞ」 「そうか!なんだ、誰でも手にいれら・・・」 「スカラバホールに入るけどな。エルディカスティスに行くなら、ユーイン一人じゃきついと思うぞ」 「・・・・・・」 ユーインはサカキが示した週刊情報誌を食い入るように見るが、やはり一人で取ってくるには、そうとうの覚悟が必要のようだ。 「いや、同じ物じゃダメなんだ。これよりも、もっといい装備ってなんかないかな?」 「はぁ・・・。上級魔法職が装備するようなもの、俺がわかるか。だいたい、いきなりなんだ」 呆れるサカキに、ユーインは愚痴まじりに顛末を話した。 「いきなり高価なプレゼントくれるなんて、絶対ナンパかタラシだ!!」 「普通、初対面のナンパで、高価なものをやるか?気に入ったのがクロムの顔か歌かは知らないが、よっぽどの御大尽なんだろうな」 「金でクロムを釣ろうなんて、そんなこと許すもんか!!」 むっきーッ!と地団太を踏むユーインをよそに、サカキは別の雑誌を捲っている。・・・今日はハロルドの露店は休みらしい。 サカキも暇なのか、営業妨害だろうに止めさせないので、ユーインの嫉妬まみれな愚痴はまだまだ続く。 「たしかに、俺も綺麗な人だと思ったし、なんかすごい迫力あったけどさ、なーんか気に喰わないっていうか、派手すぎて裏がありそうな感じでさぁ。それなのに、クロムってばすーっかり信用してる感じでさぁ・・・」 「憧れてたんなら、気持ちはわからんでもない。ユーインには、目標にしているウィザードとかいないのか?その人から褒められて、プレゼントもらえたら嬉しいだろう?」 「う・・・」 ユーインの脳裏に、今は亡き兄の面影や、魔法使いではないが世話になったBSのことがよぎり、舌の回転が鈍る。 「でも、つまりそいつのことが好きだと思っているってことだろ!?」 「どうしてそうなる、このヤキモチ焼きが。子供かお前は。ハロルドの爪の垢でも煎じて飲め」 どうしてそこにハロルドが出てくるのだと、ユーインは不満いっぱいだ。 遠慮なくユーインを評したサカキだが、ユーインのいうことはある意味正しいとも思う。だが、段階を踏まないで自分たちの関係と同程度まで引き上げてしまう極端さをどう諭してよいものか、頭を抱えた。 「まったく・・・、クロムがユーインの憧れている人に見当違いな嫉妬をしたら、どう思う?」 「え!?嬉しい!!」 キラキラと笑顔になるユーインに、サカキは力が抜けたようなため息をついた。 「・・・すまん、いまの質問は聞かなかったことにしろ。お前がユーインだというのを失念していた」 「どういう意味ですか・・・」 ぶぅと頬を膨らませるユーインから、サカキは手元の雑誌に視線を落とし、もう行けとばかりに、ひらひらと手を振った。 「金銭で近付くのが気に入らないっていうなら、お前もプレゼントなんかにこだわらないで、デートのひとつも誘ってみろ」 「デート・・・!?そうか・・・最近二人っきりで出かけてないな!ありがとサカキさん!」 至極もっともなことを言うサカキの手にあった雑誌が、観光旅行情報誌なのを、走りさるユーインは気がついたかどうか・・・。 |