闇を慕う月 −5−


 まどろむような覚醒にぼんやりと目を開け、マリエスは木が組み合った天井を眺めながら、頭がひどく重いことに顔をしかめた。
(あの薬・・・)
 ケイが製薬の専門家ではないとはいえ、ひどい物だったと、苦笑いがこぼれる。
 寝返りをうとうと、だるい体を苦労して動かすと、寝室のベッドには、自分ひとりだった。
「・・・・・・ばかですか」
 渇いた喉を酷使して、ここにいない人を罵倒してみる。失神した恋人を一人にして、いったいあのご主人さまはどこへ行ったのか。マリエスは起き上がるのを断念して、シーツの中で逞しい裸体を丸めた。
 効果がちぐはぐなタイミングで襲ってくる媚薬に翻弄されたマリエスは、疲れ果てた体をぐったりとベッドに沈ませながら、ばらけがちな記憶の断片を拾い集めた。
 ケイのご無体さにはだいぶ慣れたつもりだったが、それにしても今日は盛りだくさんだった。
(まさか知らない人と3Pすることになるなんて・・・)
 うぅと呻きながら、マリエスは額に手を当てた。少し頭痛がする。
 それでも、最後に見た光景を思い出して、マリエスにしては意地の悪い微笑が浮かんだ。
 後ろからケイに突き込まれ、ケイをむさぼるように絡みつく中を存分に愛してもらい・・・たっぷり出してもらった。その感触にマリエスも達しながら、あのクルセイダーの男娼が自慰に励んでいるのを見たのだ。
 ケイとマリエスが愛しあっている音声だけで、誰かがイってしまった。情事の音を聞かれたことは猛烈に恥ずかしいが、同時に優越感を覚えた。もちろん、ケイに愛されているのが、誰かではなく、自分だからだ。
 ・・・思い出したら、また少し下半身が疼いた。
「もぉ無理ですし、いまは一人ですし・・・つーか、ケイどこに行きましたかぁ・・・?」
 wisで話すにも、頭痛がして億劫だ。ぶつくさと文句を言いながら蹲っていると、コテージの玄関が開く音がした。
(・・・ああ、あの人を送り届けていたのか)
 納得して、マリエスは一人頷いた。まっとうな道理に、それまでの不平は、都合よくどこかに放り捨てた。
 ケイに呼ばれたデリヘルは、この場所も二人の顔も見ずに終わった。すべからく、ケイは最後の義務を果たしたのだろう。
「・・・ぇり・・・ぃ」
 ケイが寝室に入ってきた気配に、もそもそとシーツから顔を出したマリエスの顔が渋かったせいで、彼は驚いたように首をかしげた。
「ただ、ま・・・どうしたの?」
「・・・ぁたま、痛いんです・・・けど」
「あああああ、ごめんっ!本当に、ごめんよ!」
 すぐに自分が調合した、毒薬二歩手前ぐらいの媚薬の副作用だと気付いたらしく、ケイは両手を合わせて謝った。
「ほんとに、病気とか、死んだりしないでしょうね?」
「ない!それはない!・・・はず。だし、むしろそうなったら、僕が死ぬ!」
 そこまでしなくていいですが・・・と思いつつ、この際だからと、マリエスは子供のようにねだった。
「わかりました。じゃあまず、喉が渇きましたので、水をください。そのあと、ここに入って看病してください」
 マリエスが少し持ち上げたシーツに、ケイはにっこり笑って頷いた。

 激しいセックスで散々な状態になっていた体を洗い清め、簡単なシャツに袖を通して、マリエスは同じく部屋着に袖を通したケイに寄りかかった。
 頭痛はだいぶ治まったが、倦怠感は抜けず、あちこちの傷にヒールをかけるのも面倒くさい。
 そんな、珍しく怠惰どころか、具合が悪いのではないかと思えるような(実際、良くはないのだが)様子のマリエスを、ケイは優しく撫でた。髪を梳き、こめかみや首筋をさすっている。
「ごめんね、マリィ。一応、自分でも使ってみたんだけど、こんなに・・・」
「え・・・自分にも使ったんですか?」
「うん」
 ぎょっとして振り仰ぐと、当たり前じゃないかと、ケイは頷く。
 大の男二人が寝転がるには少々手狭なベッドだが、大概寄り添って眠る二人には、あまり気にならない。いまも、クッションに上半身を預けたケイを、マリエスがクッション代わりにしているような状態だ。
「さっきじゃないけどね、少し前、作ったときに。マリィにばれないように。・・・だけど、なんか自分のときと違うなぁとは思ったし・・・耐性の問題かなぁ。それとも薬が安定しないのかなぁ。・・・はあぁ。こんなはずじゃなかったのに」
 がっくりとうなだれるケイがらしくなくて、マリエスは思わず微笑んだ。
「だいたい、なんですか、今日は?さすがに疲れました」
「今日?僕らが知り合って、最初にセックスした日だけど?」
「・・・え」
 呆然とするマリエスの目の前で、ケイはどこからかアニバーサリー帽を取り出して、頭にちょんと載せた。二股に分かれた帽子の先で、白いポンポンが揺れる。
「だからね、いつもよりちょっとスペシャルなことを!って考えたんだけどねぇ・・・失敗しちゃった。ぼかぁだめだねぇ」
 情けなく眉尻を下げてみせ、ケイはため息をつく。
「そんな・・・よく、憶えていましたね」
「うん?僕、そういう記憶力はいいからね。だからね・・・あーもう、変に驚かそうとしないで、最初からマリィに相談して、どこか観光に行って美味しいものでも食べればよかった!」
 自分の失敗を認めて暴露してしまうのはいっそ潔いが、その思いつきは子供レベルな王子様に、マリエスは体を曲げて笑いを噛み殺した。
「マリィ・・・」
「くっくっ・・・ごめんなさい・・・ふふっ・・・あぁ、それで、こんな手の込んだことに」
 仕事や狩りに関しては、ケイは恐ろしいほどの冴えをみせるのに、たわいのない日常に関しては、どうしてか微妙にずれたことを思いつく。
「まぁ、そこがケイの可愛いところですよ。それに、気持ちよかったですよ、色々驚かされましたが」
 マリエスはこつんとケイの胸に頭をあてた。マリエスのとは少し違う、引き締まった身体に耳を寄せると、温かな鼓動が聞こえた。
「ほんと?」
「嘘ついてどうするんです。ケイに足蹴にされて、たくさんたれて、ケイに見られながら他人に入れられて・・・ゾクゾクしました」
 マリエスが見上げた先で、ケイはふわぁっと極上の笑みを浮かべた。
 きゅっと、ケイの腕が、マリエスを包む。
「よかった・・・マリィ・・・マリィ、大好きだよ」
「ケイ・・・あ・・・」
 腰の上辺りに当たったその不埒な感触に、マリエスは「愛している」と言い損なった。
「・・・まだ盛りますか」
「だってマリィが良かったって言うから・・・」
「さすがに動けません」
「いいよ〜、僕が動くから」
 そういう問題じゃないんですと言う前に、ケイはマリエスのさらに下に潜り込んだ。アニバ帽が床に転がり落ちる音がする。
「ちょっと・・・ケイ」
 マリエスがろくにもがけないまま、ケイの手がするりと服の中に入ってきた。上着をたくし上げられ、ズボンの中の萎えたものにも、指先が軟らかく絡みつく。
「無理ですって・・・っ!」
「そうかな?『やぁあっ・・・あっ、いいぃ!こすって・・・ぅあああっ!もっと・・・ぉ!ごしゅじんさまあ・・・っ、らめぇえっまた、イくぅ!』」
 背後を取られたいまのような状態で、先刻とっても言った覚えのある台詞に、マリエスの顔が赤くなった。
「けぃ・・・んっ」
「ほら、また気持ちよくなった。マリィはスケベで、どうしようもなく僕のおち○ぽが大好きで、打たれたり踏みつけられたりすると、恥ずかしいくらいに起っちゃうんだよね。腰を振ってる格好なんか・・・まるで、発情した犬みたいだよね」
「ひぃっ・・・ぁあっ・・・」
 そんな風に耳元で蔑まれるのも、鳥肌が立つほど、たまらなく気持ちがよく、ケイの手の中で形を変えるマリエス自身がすでに屈している。括れや先端をいじられ、溢れた雫をこすり付けるようにしごかれて、呆れるほどあっさりと、いつもの劣情がうねりだす。
「け・・・い・・・っ」
 こめかみや耳にあたる、柔らかな唇を求めて身体をよじると、じらすように触れるだけの優しいキスを与えられて、温もりの残るシーツに転がされた。
 あっという間に服を剥ぎ取られ、まだ赤く腫れが残る胸や太腿があらわになる。そこを、ケイの手が愛しげに撫でた。
「綺麗だな・・・。何度でも、傷つけたくなる」
「なん、ど・・・でも・・・。」
 紫色の痣がついた手首を伸ばしてケイの着衣をはだけると、余分なもの一切がそぎ落とされた、実に美しい肉体がマリエスの目の前に現れた。マリエスを苛み、支配し、愛してくれる人・・・眩暈がするような熱情。
「ケイ、愛しています。・・・ケイが、欲しい」
「手加減できないよ・・・そんな風に言われたら」
「酷くされるのが、好きですから」
「・・・言ったな」
 くす、と微笑んだ唇から長い犬歯が覗き、そのあぎとは、赤い傷跡の中で起ち上がっているマリエスを飲み込んだ。
「っ・・・ケイッ・・・・・・はぁっ・・・ぁ」
 温かいケイの口の中で、いいように玩ばれ、マリエスは自分から脚を開いて快感を求めた。舌が這っていく裏側も、唾液が絡まる括れも、喉に擦りつけるように包まれる先端も、全部、ケイに喰われるようだ。
「ケイ・・・ケイっ・・・あぁっ」
 こぼれた唾液に濡れた指先が、マリエスの窄まりに滑り込んできた。今日一日、散々慣れさせられたそこは、まだ軟らかくケイの指を受け入れたが、欲しがって締め付けるのは相変わらずだ。
「ケイ、早く・・・っ」
「無理だと言ったり、早くと言ったり・・・わがままなんだから」
 それに抗議しようとマリエスが口を開いて出てきたのは、喉の奥からの甘い悲鳴だった。
「ん・・・ああ、気持ちいい。マリィ・・・もっと鳴いて?たくさん泣いて、可愛い悲鳴をたくさん僕に聞かせて」
 身体の奥までケイの熱い楔で貫かれたまま、さらに蚯蚓腫れを優しく撫で、性感帯を強くなぞっていくケイの手に、マリエスは激しい疼きをもてあまして口付けをねだった。
 糸をひいて離れない舌と唇を伝う嬌声すら味わうように、ケイはまたマリエスの奥を突き上げた。
「あっ・・・はぁっ、ぁああっけいっぃ・・・あつぃ、よ・・・ぅあっ・・・あ、だめぇっ・・・そ、こ・・・ぁはっ!」
「ココでしょ」
「っあああ!そんな・・・しちゃぁあっ!あっ!ひっぃいいい!けいぃっ!けいいぃいっ!」
「っ・・・」
 じゅぶじゅぶと音をたてながら、中を満たすケイを締め付け、先走りを零してしとどに濡れたマリエスを、ケイの手が優しく激しくしごきあげた。
「っあぁあああぁああ!!」
「くっ・・・」
 今日した中で一番愛しい絶頂を放ち、腹の中の熱い迸りを零すまいと、マリエスはしっかりとケイに抱きついた。