闇を慕う月 −3−
つっと細い物に撫でられる感触の後、同じ場所に鋭い痛みが弾ける。それを繰り返し、マリエスの両腿の内側は、ひりひりとした痛みに熱を持っていた。
バシッ・・・・・・バシッ・・・・・・バシッ・・・・・・ 「あ・・・あぅっ・・・・・・くっ・・・!」 バシッ・・・リズミカルに響く音は、決して急いだり、剣呑な感情を乗せたりはしない。最初に「ここを叩くよ」という優しい合図があり、マリエスに苦痛に耐える覚悟ができたところで、ヒュウッという風を切る音が微かに恐怖を呼びおこし、それが体の芯に伝わる前に、容赦のない一撃が打ち据えられる。痛みが瞬時に快楽として受け入れられるマリエスには、たまらない快感だけが残る。 そのタイミングとペースを、完璧に把握しているのは、マリエスの「ご主人さま」であるケイだけだ。いままでに何人かとこんな関係になったマリエスだが、ケイほど上手い人間はいなかった。 「うっ・・・ぁあっ、・・・ケイ・・・ッ!」 「もう我慢できないの?こんなにガチガチにして、クルセイダーともあろう男が、みっともない」 「ケイぃ・・・ひあぅっ!」 ぺしぺしと男根の横面をつついていた鞭が、そのすぐそばの脚の付け根につっと触れる。バシッ、とまたひとつ、肉を叩く音が響いた。 柱を囲んで円形をしているカウンターテーブルの上で、視界を奪われたままのマリエスは、背を向けた柱に両腕を絡めるように高く縛り付けられ、膝を曲げたまま固定された両脚は、閉じられないように柱を回りこんだ縄で引っ張り合うように繋がれている。 見えなくても、自分がどんなに屈辱的な格好で喘いでいるのかはわかる。縄が食い込む手首や、無理な姿勢をしている首の後ろや腰が痛む。それでも、情けなく開いた股に注がれる視線と、丈夫な蔓を固く寄り合わせた、短くも凶悪な鞭が打ち付けられる快感に、マリエスは嬌声を上げて腰をゆすった。 「もぉ・・・ひ、ぃい、かせ・・・て・・・・・・いかせっ・・・お、ねが・・・いっ・・・」 媚薬のせいでいつも以上に蕩けた頭で、マリエスはかろうじて、それだけの言葉を搾り出した。 同じく媚薬で勝手にイかないようにと、根元を紐で幾重にも戒められているマリエスの陰茎は、滲みだした先走りでぬらぬらと光りながら、充血してはちきれそうに天を突いている。 「そうだねぇ・・・。どうやってイかせてあげようか?」 しなやかだが硬い鞭の先が、マリエスの涙に濡れた頬を撫で、首筋から鎖骨を通り、厚い胸板にするりと滑る。 「おねが・・・いっ・・・・・・おか、しく・・・なりそ・・・!」 すすり泣くマリエスを、ケイは優しく撫でた。 「いつもより、ちょっと苦しいかな?でも、今日はもうちょっとがんばってみようよ」 だらしなく口を半開きにして喘ぐマリエスの唇に、ケイは音を立ててキスをすると、先ほど鞭の先が辿ったのと同じ場所を、舌先で丁寧になぞった。びくびくと反応するマリエスを押さえつけ、汗が滲んだ胸を舐め回し、尖った乳首の片方には爪を立て、もう片方には音を立てて吸い付いた。 「ぅ・・・ぁあッ!・・・はぁっ・・・ぁあっ・・・や、めぇっ!」 くちゅ・・・ぴちゅ・・・という濡れた音が、五感の一部を塞がれたマリエスの耳を侵し、痛みや痺れといった実際の快感以上に、マリエスの芯を乱打した。 「・・・んっ・・・マリィの匂いがする・・・。気持ちいい?」 じんじんと熱を持つような乳首への執拗な責めは、気持ちいいのに、媚薬の熱に浮かされたイきたい身体には物足りない。否、苦しい。 「いいっ・・・ケイぃ・・・くっ・・・、あぁっ・・・!」 じれったい快感にがくがくと頷くマリエスのまわりで、その身悶えにぎしぎしと縄がきしんだ。そもそも、その体重を支え、筋力を押さえつけるには、華奢な家具や拘束具では無理があるほど、マリエスは一般的には筋骨逞しい部類に入る。 そんな男をよがらせて楽しむのが、ケイという男だ。 「そうだ。マリィが自分で、ココに入っているものを出せたら、イかせてあげるよ」 わかりやすいようにケイの指がマリエスの窄まりをつついたが、マリエスは両手両脚を拘束されたままだ。 「・・・っ、や・・・でき、なぃ・・・!」 「そんなことないでしょ?普通に排泄に使っているんだから。・・・それとも、マリィのココは入れられるほうが、本当の使い方なのかな」 自分の精液やら伝い出た薬液やらで、ぐちょぐちょに濡れたマリエスのアナルに、ケイの指が難なく入っていく。 「く、ぁ・・・っ、ひっ・・・!」 「ほら、マリィの中に射精した玩具があった。これを出すんだよ?わかる?」 そう言ってケイは指先でディルドの端をつまみ、悪戯に揺すり動かした。腹の中でゴリゴリと動く感触は、媚薬に浸った腸壁を熱くかき回し、マリエスの脳髄に吐き気と快感が一緒に突き抜けた。 「ひぁあああっ・・・あっ!・・・ぁ、やめ・・・ひいっ・・・いああぁっ!ゆるっ・・・して、くださ・・・ぁ、ああッ、イぃっ!」 ケイの指ごとディルドをしっかりと咥え込んだまま、マリエスは頭の中が白く染まっていくのを感じた。だが、いまだに射精は許されていない。イきたいのにイけない、中途半端でこの上なく苦しい快楽。 「ぃやああぁっ・・・い、イかせ・・・おねがぃ・・・」 泣きながら腰を振って悶えるマリエスの厚い胸に、かすかな合図に続いて鋭い痛みが弾けた。 「ぁうッ・・・!」 内側のどろどろとした熱と、外側のひりつく痛みに麻痺しかかっていた下半身から、優しい愛撫に慣れていた上半身にまで、赤い筋が刻まれた。 「一人で気持ちよくならない。ちゃんと忠誠をみせなよ」 「・・・は、い・・・はぁっ・・・ごしゅじんさま・・・」 わざといやらしい音を立ててケイの指が抜かれると、マリエスは唇をかんで、感覚ばかりが鋭敏になって、自分の意志には従わない腹に力を込めた。 ケイの手によって埋め込まれ、マリエスを犯し、汚した人工物は、濡れて軟らかく開いたマリエスの中を、じれったいほどゆっくり這い出していった。 「はっ・・・っ・・・ぅく・・・んっ」 ごとっ・・・と落ちる音に安堵と、熱いアナルの物足りなさが、マリエスに身震いさせた。 「はっ・・・ぁ、はぁ・・・」 「よくできたね、マリィ。えらいよ」 本当に嬉しそうに、優しく褒めるケイの声に、マリエスはやっと微笑んだ。 「約束どおり、イかせて、出させてあげるよ」 その言葉に、マリエスは全身から力が抜けそうになった。だが、奇妙な物音に、すぐ眉をひそめた。 「・・・だれ?」 思わず口をついて出た言葉に、マリエスはぞっとした。いま自分が言ったことが信じられなかった。だが、脚を開いたマリエスの前には、ケイ以外の人間の気配が立っている。 「はい、目隠し取るよ」 しゅる・・・と開かれた視界に瞬きをして、マリエスは愕然となった。そこには、中途半端にクルセイダーの上着を羽織った、薄赤色の髪を短く刈った男が立っていた。目隠しをされ、右手足と左手足を、それぞれゆるく縄で繋がれた・・・ケイの足元に蹲っていた、あの男娼だ。 「ケイッ!?そんなっ・・・」 それ以上、マリエスは言葉が出なかった。薬で思考がうまく働かないまでも、最初からマリエスの入浴を覗き見していたケイの嘘ぐらい、勝手に理解できた。 「そんな時間があるわけないでしょ。だいたい、呼んだばっかりなのに、帰すだなんて、もったいない」 くすくすと楽しそうに笑うケイの唇から、白い犬歯の先がちらりと見えた。 「ほら、見てみなよ。こいつ、マリィの喘ぎ声だけで、こんなに硬く起っちゃってんだよ?」 そう言うと、ケイは無遠慮に男娼の反り返った陰茎を握り締めてしごいた。 「っ・・・はっ・・・ぅ」 両手を握り締めて、懸命に声を堪えるのは、そう命令されているからなのか、それとも男娼を始めたばかりで慣れていないのか・・・。 しかし、マリエスの目の前で、見知らぬクルセイダーはケイに玩ばれ、先走りで卑猥な音を立てている。 「こいつもイきたくて仕方がないんだよねぇ?マリィがぶたれてキャンキャン言うのも、薬でろれつが回っていないのも、いやらしい下の口がぐちょぐちょ音を立てるのも、みぃ〜んな聞いて・・・可愛い僕のマリィに入れたくて、仕方がないんだよな!?」 ぎこちなく首を横に振ろうとする男娼の身体が、震えるようにはねた。 「いっ・・・ぅあぁっ・・・」 ごまかしは許さないとばかりに、ケイは男娼の陰茎を掴んだ手に力を込め、括れや先端を弄り回している。 男娼の絞り出される声には、苦痛に混じって、あきらかな悦楽が混じっていた。 「さ、マリィ、イかせてあげるよ」 その微笑も声音も、優しいくせに、恐ろしい。 「ケイっ・・・けい、いや・・・やめて・・・!」 「どうしたの、マリィ?」 マリエスのアナルには、ぴたりと男娼の先端があてがわれている。身体が熱くてしょうがないが、名前も知らない、赤の他人に犯される・・・そんなのは嫌だ。 「いや・・・ぃやぁ・・・っ」 赤くなった目の端からさらに涙をこぼしながら首を振るマリエスを、ケイは困ったように見下ろした。 「じゃあ・・・仕方がないな。こいつは僕が犯すことにしようか」 「やだぁっ!」 目の前で、愛する人が自分以外の人とセックスするなど、それはもっと嫌だ。 「けぃ・・・っ、うっ・・・」 「マリィ・・・」 聞き分けのない子供に呆れるような、ケイの少しいらついた声に、マリエスはどうしていいかわからなくなった。ケイを困らせたくない、誰かに入れられるのは嫌だ、でも、ケイが誰かとするのも嫌だ。 射精をせき止められたままの、限界を超えた快楽状態に、マリエスには他の選択肢を考えつく余裕は無かった。ケイが、藍色の目でマリエスを見つめている。ケイに愛されたい、ただ、それだけだ。 「ぃ、れて・・・くだ、さい・・・」 消え入りそうな声で、マリエスは訴えた。解放されたい肉体と愛されたい精神が、震えるような嫌悪をねじ伏せた。 「ああ、いい子だね、マリィ。ちゃんと、見ていてあげるよ」 ほっとしたようなケイの笑顔に、この選択でよかったのだと、マリエスにも安堵が広がった。 きゅきゅっという音とともに、なにか、緩やかなむずがゆさが這い上がってきた。 「気持ちよくなっていいよ、マリィ」 ケイの指に、マリエスの陰茎を戒めていた紐が絡み付いていた。 |