闇を慕う月 −2−
ケイの言うとおり、あの場で彼がクルセイダーだとわかったら、マリエスは平静を保てなかっただろう。ケイの望みどおり、嫉妬と恥辱でみっともなく喘ぎ声を出したに違いない。
「はぁっ・・・んっ、ぅ」 こうして浴室で這い ずっと我慢していたマリエスの雄は硬く反り返り、乱暴な手の動きに派手な水音を立てた。 「ぁ・・・もぉ、ケイ・・・!」 『ねぇ、マリィ。さっきから・・・自分でしてるの?』 マリエスが限界だとわかっているだろうに、ケイの声は無邪気を装って、いやらしいことこの上ない。 『ケイ・・・っ』 『ごめんねぇ、僕この子を指定場所まで送っているからさぁ。ほら、目隠ししちゃっているし』 ケイは金で呼んだ青年に、二人の顔も、住んでいる場所もわからないようにしたらしい。 『本当は、マリィがあんあんよがっている姿を鑑賞していってもらいたかったんだけどね?』 「ヒッ・・・ぃア、アァッ・・・!」 見知らぬ同職の目の前で、無理やりケイに身体を開かされている自分を想像して、マリエスは甘い痺れと激しい疼きを貪るように果てた。荒い呼吸に頭がぼうっとなったが、外出中ずっと快感を堪えていた苦痛に比べたら、いっそ優しい抱擁だといっていい。 「マリィったら、可愛いなぁ!」 「!?」 ぎょっと起き上がろうとして、背と両肩の中間を正確に踏みつけられた。 「がっ・・・ぁ、ケイ、いつの間に!?」 「最初っから、だけど?」 四つん這いどころか、膝だけが立って腰を掲げたまま、上半身は床に這い蹲るという、屈辱的な姿勢を強いられてマリエスはもがいた。しっかりとついた筋肉は、力を込めれば盛り上って、マリエスの意志に従おうとするのだが、人間の急所やら支点やらを知り尽くしたケイの一撃は、そのすべてを封じてしまった。 自分の留守中にケイが男娼を部屋に上げた苛立ちに、臨時のために解散していたPTを組み直すのを、すっかり失念していた。PTさえ組んでいれば、そばでケイがハイディングしているのに気付けたものを・・・! 「・・・・・・っ」 「あは。そんなに睨まないの。首痛くなるよ?」 マリエスはもう一度、両手足に力を込めて起き上がろうとしたが、ケイの脚はびくともしない。マリエスの両肩は床についたまま、少しも上がらなかった。 「おお、ちょっと力ついた?でも、可愛いお尻が震えていますよ!」 ぱちんと尻に平手を喰らって、マリエスは喉の奥で悲鳴を上げた。 「まったく、きちんと言いつけを守ったご褒美をあげようと思っていたのに・・・自分でしちゃうんだもん」 「だったら・・・止めるなり、すればよかっ・・・」 「やだね。女の子から青ポ貰ってきたりするし、なんかむかついたなぁ」 自分がやったデリヘルのことは棚に上げてのたまうケイに、さすがのマリエスも穏やかさが剥がれた。 「だって、私が臨時行ったの見ていないでしょう!?」 「見てたよ?」 「はぁっ!?」 思わず裏返った声を上げて、ケイを見上げようともがくマリエスの長い髪を掴み上げながら、ケイはこともなげに言い放った。 「ずーっとクロークで追っかけてたんだけど、気付かなかったし」 「だって、狩場にはポタで・・・」 「看板に行き先書いてあったよ?」 そういえばそうだった。マリエスは、がっくりと力が抜けた。よく考えてみれば、ずっと家にいたはずのケイが、籠手を外しただけでAXの職業服を着ていたのはおかしいと気付くべきだった。 「あははっ、マリィってば面白いよ」 「・・・・・・」 ケイのご無体な要求にきちんと応えても、それを自分ひとりでやったのでは、マスターベーションと同じで意味がない。ケイが苦痛と快楽と羞恥に耐えているマリエスの姿を見ずに、他の男と遊んでいたのだと思ったから、マリエスは機嫌が悪かったのだ。 そんなマリエスの心情を見抜いて、ケイはくすくすと笑う。きっと、少し長い犬歯が、薄めの唇から覗いているに違いない。 「やだな、もう。僕そんなに、ご主人様として信用ないかな?」 「それは・・・」 「ぜぇ〜んぶ見てたのに。あのケミさんを助けに行ったのだって、見てたよ?性格悪そうなハイプリだったよねぇ」 たしかに、アイテム拾いをエリゼンタに任せて、どんどん進んでしまうメンバーだった。 「養殖慣れしているみたいだったけど、メンバーの安定性を考えたら、狩り場選びにはもっと余地がある。そのくせ、態度は人のこと馬鹿にしているし。・・・もしかして、そんな雰囲気のPTわざわざ選んだ?」 「んなわけないでしょ。偶然です」 「いやいやぁ、マリィならありえるかなって。あはは、睨まない、睨まない」 ケイの態度は、遊んでいるのか可愛がっているのか、かなり微妙だが、マリエスの信頼を裏切ったことはない。 万全の態勢でなく見知らぬ人間とPTを組むのは、無礼だし、命に関わる危険をはらんでいる。しかし、マリエスが鎧の下で恥ずかしい格好をさせられているせいで、戦闘中に身動きが取れなくなってしまったら、ケイはすぐに偶然を装って姿を現し、助けてくれたに違いない。 ケイが間接的にPTを守っていることで、PTに対する義務は相殺されたといっていいだろう。ただし、ケイ本人には、マリエスの安否以外は眼中になさそうではあるが。 (先に言ってくれればいいのに・・・) そうは思っても、ケイが言うとは思えない。マリエスは、自分がケイのパートナーとし相応しくないのではと情けなくなった。自分が思っているよりも、ケイの事を信用していないのではないかと、自分のことすら信じられなくなってくる。 「不安だった?ゴメンネ?」 そう言ってケイが撫でるのは、踏みつけられているせいで床と仲良くなっているマリエスの頭ではなく、膝をついているために高く上がっている尻で・・・。 「ケイがいてくれたんなら、べつにいいです」 「そっか。じゃ、誤解が解けたところで、お遣いのご褒美をあげよう」 背に乗った足にぐっと体重を掛けられ、骨がきしむような苦痛に、マリエスは肺の空気を全部吐き出した。 「はっ・・・ぁ、がぁっ・・・」 「マリィは本当に可愛いなぁ。コレだけで感じちゃうなんて・・・ほら、ヒクヒクしてる」 時間をかけて開かされたところに、いきなり二本の指が入ってきた。 「ひっ!ぁぐ・・・ひゃめっ・・・ぇっ!」 中を遠慮なくまさぐられ、まだ入っていた玩具を探り当てられた。つまんで少し引き戻し、マリエスがしっかり咥え込んでいるのを確認すると、さらに押し込まれる。 「ぅあ、あっ!」 「ん、まだちゃんと入っているね。えーっと・・・アルケミほどは上手く作れなかったけど、死にはしないから」 「は、ぁ?・・・え?」 何ですかそれと聞き返すまもなく、マリエスは、ぷちっ、という、奇妙な音を身体の内側で聞き、同時に、なにやら冷たい物を腹の中に感じた。 「え、ちょ・・・なんですか、コレ!?」 「すぐ良くなると思うからね」 その一言に、理解はしたが、理性が受け入れを拒んでいる。 「だから・・・なに・・・」 「入れ物は面白そうだったから闇市で買ったけど、さすがに中身は危険そうだったからさぁ」 アナルから指が引き抜かれ、マリエスを踏みつけていた脚も退かされた。そのまま腕をとられて、マリエスはふらつきながらも立ち上がった。 「ケイ・・・」 抱き寄せられると、アサシンクロスの軽鎧が、マリエスの肌に冷たく吸い付いた。ケイの深く穏やかな藍色の目が、優しくマリエスを貫いていく。 その視線を自分だけのものにしたくて、マリエスは瞼を閉じ、唇を寄せた。だが、ケイの唇に触れる寸前に、どこか気だるげな低い声が、そっと囁いた。 「 ぞくりと、マリエスの全身の肌が粟立った。生き物ですらない、ただの無機物から何かを吐き出され、身体の奥を汚された。 かすれた浅い呼吸のまま、そこへ意識を向ければ、とろりと潤み、先ほどは冷たいと感じたのに、いまはじんじんと熱く疼いている。やはり、媚薬だったのだ。そして、それを直接、腹の中に出された。 見開いた目の前には、変わらずケイが微笑んでいる。その、絶対的な、なにか・・・。 抗えない、敵わない、圧倒される。それにこそ、マリエスは身体の奥から歓喜した。この人に、犯されたいと。 「ぁ・・・ケイ・・・ケイっん、・・・!」 髪を掴まれ、やや強引に舌を入れられる。口蓋を舐めまわされ、舌を吸われただけで、マリエスの雄は再びそそり立った。 「はっ・・・ケイ・・・・・・ご主人、さま・・・ぁ」 溢れた唾液が伝うマリエスの唇に、ケイの唇がちゅっと触れた。 「僕の可愛いマリエス。いっぱいいじめてあげるよ」 ケイは自分のスカーフを外して、マリエスの目を覆った。一瞬赤くなったマリエスの視界は、すぐに暗く閉ざされ、その感覚を補うように、全身でケイの気配を探した。 まだマリエスの全身についていた水滴を丁寧に拭き取る、その動きにあわせて移動する温もりと、かすかな息遣い。そのわずかな空気の動きすら、マリエスの肌を愛撫する刺激になる。 薬のせいで体の奥から湧き出すどろどろとした熱が、全身を焦がすような感覚に、立っていられなくなった。 助けを求めてかすれた声を出すと、マリエスの手になにかが触れた。それを握り締めたマリエスの唇に、はじめて微笑が浮かんだ。 ・・・それは、さっきまでマリエスの身体に巻きついていた、細く長い縄だった。 |