一振りの刃 −9−
ヴェルサスに逃げられたというアルフォレアの悲鳴には焦ったが、すぐに確保できたと報告が続き、クラスターは砦の防衛に専念できた。
おかげで、「Blader」は初めて砦を獲得できたわけだが、気がかりなことが残った。サイハ、ジェーナス、アスマが、Gvタイム以降、行方がわからなくなっていることだ。 サイハを襲ったヴェルサスだが、与えた傷は深くなかったようだ。それよりも、ヴェルサスの異様な状態に、「グロワール」のメンバーと傭兵たちが、サイハにいっせいに反旗を翻したのをアルフォレアが見ており、そちらから逃げ出した方が大きいようだ。 実は、「Blader」のベースと「グロワール」のベースは、障害物を挟んでほんの数十歩しか離れていない場所にあった。防衛側と攻略側で入れ替わるし、他のギルドも多いせいで、ほとんど顔をあわせなかったのだ。 アルフォレアはヴェルサスに逃げられたが、すぐそばのカプラ前に現れ、難なく捕まえることができたのが真相だ。もっとも、非力なアルフォレア一人で捕まえられるはずもなく、呼び出されていたサカキが怪我人を担ぎ上げて、宿まで運んだのだ。 「砦から弾かれた時に、偶然を装って殺すつもりだったのかな」 「まぁ、そんなところだろう。この怪我じゃ、他に方法もねぇだろうしな」 昏々と眠り続けるヴェルサスを見下ろし、クラスターの隣でサカキが頷く。 脚も腕も体中あちこち骨が折れているし、右目は潰されているし、打撲は内臓までダメージが及んでいるしで、どうやってこの怪我で動けたのか、まったく不思議だ。 しかも、傷から感染症にかかったらしく、酷い熱が出ている。 「しかし、俺よりもいい医者や癒し手はいるだろ?」 「いや、ケツの怪我は詳しそうだと思って・・・」 そっちにまったく興味の無いクラスターは、尻を犯されるなど男として色々失いそうで、腹の底が冷える気がするのだが、無愛想と不機嫌を友としているような錬金術師は、呆れたようにため息をついた。 「・・・あんたは俺をなんだと思っているんだ?失礼な。俺はそんな抱き方はしない」 きっぱりと言い切るサカキに、クラスターも「・・・すまん」としか返す言葉が無い。しかしながら、ひどく傷付いた陰部の洗浄処置、治療をするサカキの手際は、真似しようも無いほど冷静かつ丁寧だった。 「化膿止めは打っておいたが、正直なところ、体力勝負だな。熱も下げたいが、体内の殺菌に熱は不可欠だ。・・・明後日までが正念場だろう。プリの祝福を切らせるなよ」 「わかった。わざわざ呼び出して、世話をかけたな」 クラスターの渡した金額にサカキは眉を上げたが、何も言わずにポケットにしまった。 「いいメンバーがそろうといいな」 「ああ」 サカキがカートを牽いて、Gvの熱気も収まった深夜の町に出て行くと、代わりにシノとアルフォレアと、「グロワール」のエンブレムを外したユエレイが入ってきた。 「どう?」 「熱が下がらなければ明後日まで、だと。支援切らすなよ」 「ええ」 アルフォレアとユエレイは青い顔をしているが、シノの方がしっかりしている。 「じゃあ、俺はサイハたちを探しに行って・・・」 『おい・・・』 突然頭に響いた、低く陰鬱な響きの太い声に、クラスターはざっと頭から血が下がるのを感じた。声にすら血臭を感じさせる男を、クラスターはこの世で一人しか知らない。 「どうしたの?」 突然最敬礼でもしそうなほど、ぴんと背筋を伸ばしたクラスターに、シノが不審気に声をかけていたが、クラスターは全身を緊張させて、静かにしろと片手を上げただけだ。 『はい。こんばんは、“ クラスターの返事に、くくく、と小さく笑う気配がしたが、男の声は相変わらず、墓場の底から囁いているか、死体が転がる戦場跡の影のように、暗く湿っている。 『・・・砦、獲れたな・・・』 『おかげさまで。しかし、まだ未熟で、相手マスターを取り逃がしました。なかなか“皇帝”のようにはいきません』 クラスターがwisですらこれほどへりくだる相手は、この“皇帝”以外に数人しかいない。Wisの会話は聞こえないが、クラスターの並々ならぬ緊張した姿に、おそらくシノは気付いただろう。 『あぁ・・・。ヘッタクソだなぁ、クラスター。・・・まぁ、初砦の祝い、だ・・・。次は、テメェで始末すんだぞ・・・』 『はっ。・・・ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません』 『・・・くひひひ・・・。ぁあ、次はねぇぞぉ・・・』 『肝に銘じておきます。お手数をおかけしました。・・・失礼します。お疲れ様でした』 最後は、遠ざかる相手に届いたかわからない。だが、クラスターは完全に相手の気配が消えるまで、直立不動の姿勢を保ち、wisが切れてから、ゆうに三十秒は固まっていた。 「・・・真性の馬鹿だ」 クラスターが、ようやくため息と共に呟くと、シノも青ざめた顔をひきつらせていた。 「まさか・・・」 「そのまさかだ。あの三人、「Cyclops Dance」に行ったらしい」 その瞬間、シノの体がふらりと傾ぎ、支えようとしたアルフォレアにすがりながら、へなへなと座り込んでしまった。 「シノさん・・・っ!」 「ぅっ・・・」 「無理するな。俺も吐きそうだ」 蒼白な顔で口元を覆うシノに、クラスターも額の冷や汗を拭った。 「私たちは・・・「Blader」はどうなるの!?“皇帝”はなんて・・・!?」 「ああ、安心しろ。見逃してもらった」 がくがくと震えながら取り乱したシノだったが、ほぅ・・・と安堵の吐息と共に、今度こそ卒倒した。クラスターはシノをアルフォレアのカートに乗せてやり、別の部屋へ連れて行かせた。 「それ・・・大手のGvギルドですよね?」 シノが役立たずになってしまったので、一人でヴェルサスの看護をしながら首をかしげるユエレイは、昔のGvギルドのことを知らないのだろう。 クラスターもこれ以上立ったまま、あのギルドについて話すのは辛く、壁にもたれてしゃがみこんだ。 「そうだ。・・・「Cyclops Dance」は、俺たち「Blader」と同じ、「オル・ゴール」というギルドから分かれた。・・・「Cyclops Dance」にいるのは、いうなれば俺やシノのセンパイだ。ただし、モンスターよりおっかねぇ」 そこまで言って、クラスターは寒気に身震いした。 「たぶん、「Cyclops Dance」を頼れば、俺に・・・「Blader」に報復できると思ったんだろうな。・・・馬鹿な奴らだ。自分から地獄に行きやがった」 “皇帝”こと、「Cyclops Dance」のマスターであるヨアヒムは、残酷さだけなら「オル・ゴール」のマスターをしのぐといわれたウィザードだ。あの暴君に睨まれて、まともに死ねると思わないほうがいい。ヨアヒムに捕まった人間の末路は、ヴェルサスが受けた暴行が児戯に思えるほどの凄惨さと決まっている。 自分勝手で尊大なサイハたちが、“謁見”どころか、空気も読まずにGv後のミーティングに乱入したであろう様子が、クラスターには想像できた。そして、平等な権利とリスクを有するはずのGvにおいて、一方的に「Blader」を批難して、「Cyclops Dance」が「Blader」を潰すようけしかける・・・。サイハたちは何もせず、ただ「Cyclops Dance」の威を借るようなことを、“皇帝”が良しと言うはずが無いだろうに。 「まぁ、自業自得といっちまえば、それまでだろうがな。・・・しっかし、とんでもねぇことしやがって!まじで「Blader」が睨まれたらどうすんだ!クソ野郎が!」 もしかしたら、一回くらいは砦を攻撃されるかもしれない。だが、“皇帝”が見逃すと決めたことを、そうそう覆しはしないはずだ。 「奴らを逃がしちまったことは、俺の力不足だ。俺が“皇帝”に殺されても文句は言えん」 「すみません・・・」 ユエレイはベースで反乱を起こし、三人を逃がしてしまったことを謝るが、まだ解散していなかった「グロワール」内部のことにまで、クラスターが干渉するわけにはいかない。 「気にするな。それと、お前等の家族のことも心配するな。手は打ってある。それより、ヴェルサスを頼む。死なせるな」 「はい。がんばります」 クラスターにとって、今回一番の報酬であるはずのヴェルサスを失ったら・・・。そう思うと、やり場の無い悲しみを感じると同時に、サイハたちを自分の手で始末できなかったことが、悔やまれてならない。 クラスターも「Blader」も、まだまだ強くなれる。だがそれには、ぜひともヴェルサスが必要だ。 (生きろ、ヴェルサス。・・・お前には、まだやるべきことがある) ベッドの上で白い包帯に包まれたヴェルサスを、クラスターは祈るような気持ちで見詰めた。 |