一振りの刃 −10−
次男坊の訃報と同時に、使用人の大半が出て行くことになり、資産家のナンタウ氏は頭を抱えた。
家に入り浸って家業を邪魔されるよりはと、好きにやらせていたが、やはりモンスターと戦う冒険者などという荒くれどもに混ざるには、サイハは軟弱だったようだ。 サイハはアスマとジェーナスと共に、見るも無残な肉片となって発見され、ナンタウ氏は放蕩者とはいえ実子を失った怒りにかられたが、犯人は誰とも分からなかった。 サイハがギルドに入れていた使用人の子らは、揃って知らないと首を振るばかりで、ナンタウ氏が責めると、家族を伴ってフェイヨンから出て行ってしまった。抜けられると困る有能な者もいたので、待遇の向上を約束したのだが、みな振り返りもしなかった。 ナンタウ氏は、息子と多くのものを失い、これから一時的にも減るであろう経済的な損失を嘆いたが、それがすべて、自分がサイハを甘やかして放置した結果だとは、気付いていないようだった。 その荘園には、いたるところに花が咲き乱れ、小川には水車が設置され、豊かな実りを貯蔵する大きな倉庫があり、立派で瀟洒な別荘を始め、いくつかの家が建っていた。 「ルース・・・!」 歳経てややくすんだ金髪の女が、プリーストの青年に押される車椅子に乗った息子に駆け寄ってきた。 「あぁ、ルース・・・こんなになって・・・」 「母さん、心配かけてごめん」 優秀な学術的成果を打ち立てて錦を飾るどころか、やや情け無い姿になって帰ってきた自分をかき抱いて涙をこぼす母に、ヴェルサスは困ったように微笑んだ。 まだ包帯だらけで、まともに歩くことも覚束ないが、ヴェルサスは瀕死の状態から回復することができた。 「兄さんたちや、みんなの様子は?」 「みんな元気よ。よくしてもらっているわ」 「よかった」 ミョルニール山地に程近い、元レオナール伯爵令嬢の持ち物であった荘園は、管理していた老夫婦が、数年前に相次いで身罷ったために、しばらくほったらかしにされていた。そこに今回、管理を任された数家の家族が入り、かつての美しさを取り戻し始めたところだ。 荘園の現在の持ち主である黒髪の若い騎士は、実母である伯爵令嬢の部屋やゆかりの品々を除き、好きに使うよう管理する家族たちに言い渡していた。面倒くさがりというより、美しい別荘地にあまり興味が無いのだろう。 だからといって、母と幼少の思い出を腐らせるのも忍びないのか、耕して整えてくれる人ができたことを喜んでいるようだ。 雑草が取り除かれ、真新しい柵が打ち込まれた小道を並んで行き、ヴェルサスは風に舞い上がった髪を指先で梳いた。 「クラスターさんは、住み慣れたフェイヨンから引っ越すし、町から遠くなって不便なこと、それから、モンスターが徘徊するかもしれないことを気にしていたけど・・・」 「そんな些細なことよ。冒険者になった子たちがここを守ってくれるし、みんなのびのびとさせてもらって・・・旦那様には、お礼のしようも無いわ」 まだ若いクラスターに「旦那様」は少し固いが、いずれ相応の風格を出すことは間違いない。家族が権力を持った人間に怯えず暮らしていることが、ヴェルサスも嬉しかった。 「ルース・・・」 ボロボロな自分を見た母の心配や希望も尤もだと思うが、ヴェルサスは穏やかに微笑んでみせた。 文字通り「グロワール」を取り込んだ「Blader」は、新たに数名のギルドメンバーを迎えていた。プリーストのユエレイもその一人だ。 「グロワール」のメンバーは、そもそも無理やりGvに出させられていた事もあり、マーチャントのカスケなど、ほとんどが家族と共にあることを選んでいたが、何人かはその魅力に目覚め、「Blader」で戦うことを選んだ。 「Blader」は戦力を増し、傭兵に戻ったシリウスたちと時々ぶつかりながらも、順調に砦の防衛をこなし、新たな砦の獲得にも乗り出そうとしていた・・・。 ようやく一人で出歩けるようになったヴェルサスは、アルベルタから戻り、プロンテラのクラスター邸へと足を踏み入れた。 「おぅ、似合うぞ」 クラスターにニヤニヤと笑われ、額が出るほど髪を短く切ったヴェルサスは、眼帯に片目を覆わせた顔を照れくさげに染めた。 「髪を切っただけで、ずいぶん身軽になった気がします」 「まぁ、実際、でっけぇもんを背負っていたしな」 その「でっけぇもん」を、まるごと懐に収めてしまったクラスターに言われても、あまり褒められているようには聞こえない。 「そうだ、こいつを返してなかったんだ。お前のだろ?」 差し出されたのは、一振りの短剣。 「かすっただけだが、サイハに当てた業物だな」 「あ・・・いえ、それは僕のではありません。アスマの物です。たまたま、そばにあったようで・・・」 「ふぅん・・・どうりで似合わないと思った」 クラスターは、なんでも「似合う」「似合わない」で片付けるのだろうか。ヴェルサスは少し考えたが、一瞬でその人間に相応しい物を見抜くセンスは、天与の才と言っていいかもしれない。 「じゃあ、いらねぇか」 「はい」 クラスターは短剣をテーブルに放り出すと、代わりに小さなものをヴェルサスに手渡した。 「あ・・・」 「こいつは、いるだろ?」 それは、二振りの剣が交差した意匠のエンブレム。 「本当に、僕を・・・「Blader」に入れてくれるんですか?」 「当たり前だ。来いって言っただろ」 ヴェルサスはいっぱいになった胸のせいで、目の奥が熱くなるのを感じながら、ケープの襟元に、そのエンブレムを留めた。 「僕の知識と知恵は、貴方と共にあります。マスター」 「こき使ってやるぞ?」 「喜んで」 獰猛な肉食獣の笑みを浮かべる男に微笑んで、ヴェルサスは心の羽が自由な空へと広がるような気分を味わった。 「グロワール」を吸収してヴェルサスを得たことで、「Blader」はその黎明期を脱し、新たな栄光の階へと歩みを進めた。 その後、「Blader」は傭兵のゆうづきやソラスティアなどもその内に収め、攻城戦における一大勢力へと成長していくことになる。 「行くぞ、ヴェルサス」 「はい、マスター」 一人ひとりが、鍛えられ、研ぎ澄まされた、一振りの刃。 対人ギルド「Blader」。ギルドマスター、クラスター。サブマスター、ヴェルサス。 一癖も二癖もあるメンバーで溢れる「Blader」を、この二人が、ゆるぎない結束に編み上げていったことは、誰の目にも明らかだった。 ‐Yes,My Master. この |