一振りの刃 −8−


 いくつかのギルドともみ合いながら、何度も駆け抜けた前庭を踏破し、砦内部に侵入する。そこには、出入り口に布陣して待ち構えるつもりだったのか、傭兵を引き連れ、唖然とした顔の、体格のいいナイトが突っ立っていた。
 傭兵たちはすぐに攻撃に移るが、クラスターが見慣れないそのナイトは、押し寄せる人数に戸惑い、動作が鈍い。明らかにGv初心者だ。
「おせぇッ!!」
 一撃で通り道から吹き飛ばすが、追撃を加えようとして、青い逆毛に横取りされた。
「おい、シリウス!」
「先に行け!!」
 いつもより早い段階での衝突は、たしかに少し勝手が違う。そう判断したクラスターは、おそらくジェーナスという名だろうナイトをシリウスに任せ、手綱を引いた。
「続け!!」
 「グロワール」の防壁をすり抜けるように突破した「Blader」だが、真澄がびっくりしたような悲鳴を上げた。振り向くと、足元の床が爆ぜている。
「ソニックブロー!!」
 姿を現したのは緑の髪のアサシンだったが、驚愕に目を見開いている。真澄のような後衛なら、一瞬で沈める自信があったのだろう。だが残念なことに、真澄はかすり傷程度で艶やかに頬を上気させただけだ。
「ハンマーフォール!!」
「レックスエーテルナ!!」
「阿 修 羅 覇 凰 拳!!」
 文字通り、一瞬で砦外に転送されていったアサシンに、クラスターは肩をすくめてみせた。
「ゴスリン鎧って、知らねぇんだろうな」
 ヒールを受け、剥げたキリエを掛けなおしてもらう真澄を待って、クラスターたちは再び走り出した。
 いつもは「グロワール」の傭兵でいっぱいな通路も、今日は夏のレエスカーテンのような薄さだ。
 面白いスピードで、顔色を赤から青に変えていくサイハがよく見える。慌てて楽器を構えるが、その手がおかしな方向へ跳ね上がった。
「ストリップウエポン!!」
 ヴァイオリンが床に転がり、サイハは痛む両手を抱えた。
「はぁっ、追いついた!」
「ぅああッ!・・・お、おまえっ!?なんでブレイダーに!?」
 カツッ、とヒールを立て、しなやかな雌豹がにやりと笑った。
「あんたに解雇されたからよぉ?フリーになった傭兵がどこへ行こうと、あたしの勝手だわ」
 クラスターがアルフォレアに渡しておいたギルドエンブレムが、ゆうづきの襟元に光っている。
「う・・・裏切り者め!!クラスターにケツを振りやがって、このメスブタが!!お前たち、なにをしている!?あいつをやっつけろ!!」
 喚きたてるサイハの命令に従ったわけではないが、本気で無いというより、流れ弾のような攻撃がゆうづきにも当たる。だが、本人は涼しい顔でサイハを追撃していき、その後ろには、ぐっと歯を食いしばるソラスティアが構えている。なんとたった数日で、彼女はゆうづきに献身出来る公平圏内まで自分を高めたのだ。
「まだこんなところにいたのか!」
「うっせぇ!」
 追いついてきたシリウスも「Blader」のエンブレムをつけていることに気付き、サイハは目を血走らせて叫んだ。
「お前まで・・・っ!俺の世話になっておきながら、敵になるなんてどうかしている!!この薄情者!!恩知らず!!」
「・・・・・・」
「・・・まぁ、ああいう人間だ。脱力させてすまん」
 どうしてクラスターがこんなところでスピードを失ったのか察しがつき、シリウスは苦笑いを零した。人間、あまりにも見当違いな発言を聞くと、自分がおかしくなったのかと立ち止まるものだ。
 クラスターとシリウスのペコペコの、ふさふさした羽の間を、真澄がとことこと進んできた。いつもはあるラウンドプロテクターがないことに、目を輝かせている。杖を大きく振りかぶり、シノの支援を待つ。
「サフラギウム!!」
「・・・ぉー・・・む、・・・すとッ!!」
 荒れ狂う吹雪が、脆弱な「グロワール」を凍らせ、サイハの癇癪も封じた。
「人のせいにするんじゃねぇよ。てめぇのブレイドがてめぇに愛想を尽かしただけだ」
 クラスターの槍が振るわれ、サイハの氷像を打ち砕いた。
「行くぞ」
 駆け込んだ無人のホールには、黄金色に輝くエンペリウムが、ひっそりとクラスターを待っていた。


 うわんうわんと頭の中が喧しくなり、ヴェルサスは重い瞼を上げようとした。
「ぅ・・・」
 痛いというより、自分のものという感覚がなくて、目が開けられない。たくさんの音や光や色が溢れているのはわかるが、自分の感受器官がそれを上手く取り込めない。
「ヴェルサスさん?」
 ひちょ・・・と冷たく濡れた感触が顔に当たり、その香りから白ポーションを染込ませた布だと理解できた。
「大丈夫ですか?すぐに手当てしますからね」
 間近から柔らかな男の声が聞こえ、それが誰なのかまったく心当たりがなくて、ヴェルサスは少しでもピントを合わせようと意識を集中させた。
「すみません、いま人を呼んでいますから・・・そうしたら、ちゃんとベッドへ行きましょう」
「・・・・・・」
 丁寧に顔が拭かれ、感覚の鈍さが剥がれるように、じくじくとした熱い痛みが感じられるようになってきた。
 同時に、周囲の喧騒、そしてアナウンスが聞こえてくる。
(アナウンス・・・?)
 各地の砦の名前と、落としたギルドの名前が聞こえてくる。
「・・・を[Blader]ギルドが占領しました」
「やった!!」
 嬉しそうな男の声に、ヴェルサスはやっとのことで左目を薄く開けた。ぼんやりと、アルケミストの職服と、その上の短い赤毛が見えた。
(そうか、「Blader」が落としたのか・・・)
 あの男ならやるだろう。ヴェルサスは長い黒髪の騎士を思い出し、胸が熱くなるのを感じた。
 それと同時に、何か大事なことを忘れているような気がした。
(なんだっけ・・・?)
 そう、砦だ。「Blader」が落としたのは、ヴェルサスたち「グロワール」が占領していた砦だ。それはいい。それで・・・。
「ぁあっ・・・ぅッ!!」
「ヴェルサスさん!?動いちゃだめですって!!」
 動くなといわれても、動けないほど痛くても、ヴェルサスは動かなくてはならない。ここが「Blader」のベースだとしたら、サイハたちが飛ばされたセーブポイントから離れているかもしれない。とんだ計算違いだ。蝶の羽はあるだろうか。
「こ、ここは・・・」
「ひぃっ!そんな体で動かないでくださいぃっ!!」
 痛いのはヴェルサスの方なのに、「Blader」のアルケミストは自分が痛そうな声を出した。
『マスター・・・』
『ルース!どこにいる!?俺の砦が落とされたじゃないかッ!!どうにかしろッ!!』
 ヴェルサスをこんな状態にしておいて、どうにかも何も無いだろうに。いつもどおりの怒鳴り声に、ヴェルサスは頭の中が急速にクリアになっていくのを感じた。
 素肌に当たるのはシーツのようだが、すぐそばにセージの職服が置いてある。やたらと痛む腕を伸ばし、ポケットをさぐると・・・あった。運がいい。
『そちらはフェイヨンのセーブポイントですね?』
『当たり前だろ!』
『いま、行きます』
 カスケからもらったアンティペインメントをあおり、悲鳴を上げる体にシーツを巻き締める。
「なにやっているんですかっ!!」
 服と一緒においてあった短剣は、ハンカチで手に縛りつけ、赤毛のアルケミを牽制する。
「ごめん、ありがとう」
「待ってっ!!」
 蝶の羽を握りつぶすと、一瞬で風景が掻き変わり、サンクチュアリの中に着地した。他のギルドのベースだろう。驚いた声が聞こえたが、自分のギルドメンバーと勘違いしたらしい支援が飛んできて、心の中で感謝する。
「ヴェルサスっ!!」
 目がよく見えなくても、そんなに狙わなくてもいい。あの声のする方に突っ込めばいいのだ。
「サイハァッ!!!」
 青い癖毛、色白で扁平な顔立ち、甲高くざらついた声を出す赤い唇、あの人と同じ色なのに卑しい黒い目。視界を埋めるどれもこれもが気に入らない。消えてなくなればいい!
 何かに当たった感触と、サイハの悲鳴が聞こえたので、一矢報いることは出来たらしい。だが、それを確認することが、ヴェルサスにはできなかった。