一振りの刃 −5−


 まだヴェルサスがフェイヨンにいた頃、周囲に迷惑をかけまくっては親の力で無罪放免になっている、絵に描いたようなドラ息子どもがいたのだ。
 特にサイハと、その上にアスマとジェーナスという乱暴者がいて、ヴェルサスたち使用人の子等は、できるだけ縮こまって、大人たちですら手を焼く災厄から隠れたものだ。
(冗談じゃない・・・!)
 そのアスマとジェーナスが、サイハのところにやってきた。理由は明白。「グロワール」で砦生活をするためだ。
 彼らはただ「砦持ち」というステータスが欲しいだけで、Gvで互いの鎬を削り合うなどという、ある意味真面目な戦闘には興味ないはずだ。もしかしたら、合法的に人を殴れると勘違いしているのかもしれないが、一定の連携がなければ、砦の防衛など出来ない。
 いままでは、拙いながらもヴェルサスがかろうじて支えてきたが、あの二人に乱入されたら、指令系統がめちゃくちゃにされてしまう。癇癪を起こすだけのサイハと違って、あの二人は雇った傭兵たちにも無礼を働き、暴力をふるうだろう。
 ヴェルサスは「グロワール」の終焉が見えた気がしたが、同時にメンバーや家族の安全が引き千切られていくのを止める術が見つからない。
(どうする!?どうすればいい!?)
 パニックに視界が狭まっていく気がする。出来ればこのまま卒倒してしまいたかったが、それはヴェルサスのプライドと責任感が許さなかった。
 代われるものなら誰かに代わってもらいたかったが、「グロワール」にはヴェルサス以上にサイハたちと渡り合える人間がいない。
(神様・・・どうかお守りください!)
 酒を持ち込んでいるのであろう、サイハたちが騒いでいる部屋の前で、ヴェルサスは縮み上がった心を励ますように深呼吸をした。
 ふと、まだ腫れの引かない顔に髪がかかり、さっき別れたばかりの黒髪の騎士を思い出した。これ見よがしに高価な悪魔の羽耳を付け、その威勢のよさに見合った実力を持っている男。いい面だ、そのほうが似合う・・・鍛えられた鋼のような綺麗な声で、そう言ってくれた。
(逃げるな)
 シリウスやクラスターたちが評価してくれた自分を、自分で貶めるわけにはいかない。
(母さん、ごめんなさい)
 自分はもう家族に会えないかもしれない。だが、ここでヴェルサスが逃げたら、もっとか弱い年少のメンバーが犠牲になる。
「・・・・・・」
 ヴェルサスは前髪をかきあげ、覚悟を決めた。


 深夜に帰宅したクラスターだったが、翌日も気分が高揚したのか、朝早くに目を覚ました。
 くわえタバコのままケトルを火にかけていると、パジャマ姿のままで、ぼんやりと表情の乏しい少年が歩み寄ってきた。
「・・・・・・ぉ、・・・ょぅ・・・」
「おはよう、真澄」
「・・・・・・」
 綺麗に切りそろえられた黒髪の下から、クラスターと同じ黒い目が、じぃっと見上げてきた。
「どうした?」
「・・・・・・ぅれ、し・・・」
「おう、そうだな。真澄にもわかるか?」
 小さな声を出した頭が、こっくりと上下に動いた。
「真澄もなんか飲むか?」
 今度は勢いよく頷き、食器棚から自分のマグカップを取り出している。
 クラスターが初めて会ったときは、兄の柾心にしか、真澄の言いたいことはわからなかった。それがここまで意思疎通できるようになり、ずいぶん具合もよくなった。
(もったいねぇな)
 才能があるのに、様々な障害によって発揮されないのは、大変な無駄で、クラスターは非常に残念に思う。
 シノもクィジウも成り行きで対人を始めたが、「オル・ゴール」が解散するに当たって、ソロでも他の大手でもなくクラスターを選んだ。たぶん、友人として居心地がよかったのだろう。
 それから、柾心真澄兄弟を拾った。クラスターは柾心の能力に期待して弟ごと引き取ったのだが、真澄も癒されるにしたがってめきめきと頭角を現し、いっぱしの魔術師として砦を走っている。兄の柾心も、「Blader」になくてはならない火力に育ってくれた。
 サカキから紹介されたアルフォレアは、戦闘にはまったく向かないが、神がかり的なレア運でギルドやメンバーの財政を助け、ベースではポーションやケミカルコートで支援をしている。
 いいギルドだと思う。互いが尊重し合い、派閥もない。まだまだ伸びる余地があるが、人を増やしながら、少しずつ大きくなればいいとクラスターは思っている。
(Gvは逃げねぇしな)
 クラスターは二十六になったばかり。最年少の真澄など、今年やっと十七になるのだ。対人ギルドとして若ければ、メンバーも若い。
「あ、おはようございます、マスター!」
「おう」
「お湯沸いていますよ。コーヒーでいいですか?」
「頼むわ」
 赤毛デコのアルフォレアは、製薬もそうだが、家事などこまごましたことも上手い。真澄とかわらなさそうなこの童顔は、意外なことにクラスターより四つしか年下ではないそうだ。
「朝ご飯なににします?」
「まだ昨夜喰ったもんが腹に残ってる」
「あはは。じゃあ、フレンチトーストにしましょうか。真澄くんもそれでいいですか?」
 真澄はこくこくと頷き、喜びを表現するようにくるくる回っている。
「おはよう。あら、今日はみんな早いのね」
 聖職者らしく身だしなみを整えたシノが、実はまだ眠そうに、あくびを噛み殺している。長い紫の髪の一房が跳ねているが、指摘してやるべきか悩む。
「柾心とクィジウは朝狩りか」
「そうみたい。あの子たち元気よねぇ」
 互いに支援をかけて鈍器をふりまわす狩りは楽しかろう。Gvを主眼に置いた体作りは、往々にしてモンスターとの戦いに向かなかったりするのだが、職の相性がよければそれなりに効率が出る。
 アルフォレアが淹れてくれたコーヒーをすすっているうちに、その二人が戻ってくる音がした。
「ただいまー。あぁっ!真澄くん、おはようっ」
「おっはよー」
 わいわいと賑やかになったダイニングに、卵とミルクの甘い香りが漂い、ソーセージの焼ける音とサラダのドレッシングを混ぜる音が重なる。各々の食器が用意され、追加のコーヒーが淹れられる。
 柾心とシノが食前の祈りを捧げるのは普通だが、クラスターもやっていることに、最初は誰もが驚く。似合わないというのが最たる理由だが、クラスター自身は子供の頃からの習慣だ。
「ぃ、・・・だ・・・ます」
 真澄は両手を合わせてぺこりと頭を下げると、切り分けもせずに、ハチ蜜がかかった大きなフレンチトーストにかぶりつき、満面の笑みで咀嚼する。
「どうですか、真澄くん?」
「・・・ぉ、・・・い!!」
 もぐもぐと頬張る真澄を、アルフォレアも嬉しそうに眺めている。朝から運動していた柾心とクィジウは、しゃべる暇もないほどかき込み、シノも上品にクリームをつけて、トーストを切り分けては口に運んでいる。
「・・・それで、何か収穫はあったかしら?」
「ああ」
 クラスターはコーヒーカップ片手に、昨夜の酒場での出来事を話して聞かせた。
「ああ、あのセージさんか。どうりで、一番ガードの固いバードを落としても決壊しないはずだよ。指令のトップが、マスターじゃなかったんだね」
 柾心が頷くと、真澄も知っていると言いたげにクラスターを見上げてくる。
「クィジウ、サイハの実家について知っているか?」
 しかし、フェイヨン出身のクィジウは、やや首をかしげた。
「いや、詳しくは・・・。金持ちというのは知っているけど、サイハよりももっと厄介なのがいて、そっちの方が有名だったな」
「もっと厄介?」
 クラスターたちに注目され、クィジウは困ったように白い髪をかきまわした。
「小さい頃の記憶だから、あんまりあてにしないでくれよ。中央宮に出入りする食料商の子で、ジェーナスっていうヤツがいたんだ。赤毛で、子供の癖にすごい体がでかくて・・・とにかくすぐに暴力に訴えるもんだから、子供はもちろん、大人も嫌っていたよ。あとは、竹物屋のアスマかな。こいつは残酷で、嬲り殺しにされた動物の死骸があったら、犯人はたいていアスマだった。どっちの家も、フェイヨンじゃそこそこ発言権があったから、みんな泣き寝入りだったな」
「・・・ろくでなしって、どこにでもいるのね」
 眉をひそめるシノに、クィジウは頷いて続けた。
「ジェーナスとアスマは外でも暴れる奴らだったけど、サイハはもっと陰湿って言うか・・・俺より小さかったし、家の中で威張っているような感じかな。自分の家で働いている人をいじめているみたいだった」
「なるほど。「グロワール」がその集大成ってわけか」
 間近で見たヴェルサスの、青や赤に腫れた顔を思い出し、クラスターはコーヒー以外の苦味に顔をしかめた。
「サイハを潰す。それから、あいつがうんと言えばだが、ヴェルサスをウチに入れる」
 マスターの宣言に、メンバーは快く頷いた。