一振りの刃 −4−
二人で飲んでいたらしいシリウスとクラスターは、グラス片手にその辺の余っている椅子をガリガリと引き寄せ、勝手にヴェルサスたちのテーブルへ陣取った。
「ヴェルサスさん、両手に華なんてずるいな」 「そんな・・・ゆうづきさんにソラスティアさんを紹介してもらっていたところです」 シリウスのからかいには、真面目に答えるほうが恥ずかしい気分になってくる。 「あの・・・皆さんお知り合いなんですか?」 傭兵のゆうづきやシリウスなら、ほかのギルドの人間と顔見知りでもおかしくはないが、よりによって「Blader」のマスターと酒を酌み交わす仲だったとは、ヴェルサスは知らなかった。 「まぁ、うちら歳も近いしね」 「騎士団にいるとき、どれだけクラスターから迷惑をこうむったことか・・・」 「なんだと?」 「自覚ないのか」 漫才じみた遣り取りをするシリウスとクラスターを、ソラスティアがくすくすと笑っている。彼女はゆうづきとしか知り合いではないらしく、簡単に紹介を受けている。 ヴェルサスはいままで、闘争の高揚に酔った獰猛な顔しか見たことがなかったが、こうして友人と打ち解けたクラスターの横顔は、かなり友好的だと思った。 (無駄がない・・・) いつもなにかしら怒鳴ったり喚いたりしているサイハに比べて、クラスターはあれだけ凶暴なくせに、普段は落ち着いて、実に理性的だ。 ただ、これが誰でも普通なのかもしれない。サイハを見慣れすぎていて、ヴェルサスの基準がおかしくなっているのかもしれない。少し冷静にならなくてはと、小さく頭を振った。 「それにしても、あんたたちが二人で飲んでいるなんて、珍しいじゃない」 「いま、クラスターから参謀が欲しいって言われて、ヴェルサスさんを薦めていたところだ」 「あら、いいじゃない。あたし賛成」 「ええええっ!?」 本人を置いてきぼりで、シリウスとゆうづきは勝手に話を進めており、ヴェルサスはあわてて手を振った。 「そんな、僕は・・・」 ヴェルサスも持てる力を全て使って一生懸命やっているつもりだが、別にGvの専門でもなんでもない。知識だけは詰め込んでいるが、ほぼ初心者と言っていいくらいなのだ。 (それに・・・) フェイヨンにいる家族のことが、自分より力のないギルメンのことが、ヴェルサスの胸に重く圧し掛かる。 「サイハがいなくなれば問題ねぇ。そうだろ?」 追加で頼んだ焼き鳥を一瞬で串だけにして、クラスターがヴェルサスの心を読んだように笑う。 「しかし、具体的にどうする?サイハのあの我侭さと癇癪は、本当に半端じゃないぞ」 「ええ、私も聞きました。いまもヴェルサスさんのお顔が痣だらけで・・・」 「そういえば、「グロワール」って女の子いないわね。もしかして、ヴェルサスさんの差し金?」 ゆうづきの指摘にはヴェルサスも苦笑いを零し、唇の先に人差し指を立てた。 「あまり大きな声で言わないでください。男ばかりの方が硬派でかっこいいとか、合奏をするにはマスターのレベルが低いとか、なんとか言い聞かせているんですから」 四人の男女は、大きく頷いてくれた。殴る蹴るの暴力だけなら、まだ男の方が耐えられる。だが、一度女が入ってしまったら・・・その先は、口にするのもはばかられる。 「本当は傭兵を雇う時も躊躇したんですが、自分より強い人を一人で襲うことはしないようで・・・」 「はん、あいつらしいわ」 ゆうづきが、自分の雇い主を完全に馬鹿にして吐き捨てた。 「サイハの実家ってのは、どの程度だ?」 「どの・・・?」 突然話が飛んで、ヴェルサスはきょとんとクラスターを見詰めた。 「財産の規模だ。土地の広さ、出資している企業の数、すぐに動かせる現金の総額、証券の種類と額、総年商と暮らしぶり、交友関係、使用人や私兵の数・・・」 指折り数えるクラスターに、ヴェルサスはもとより、他の三人もぽかんとして手の動きが止まっている。しかし、クラスターに真面目に睨まれ、ヴェルサスはあわてて知っている限りをしゃべった。 「え、えと・・・土地は、フェイヨンの周囲で山を三つほど所有しています。実際に農耕地として使われている面積は、弓手村の半分ぐらいの広さでしょう。山の中でも野生の物が取れそうですが、ほとんど手付かずだと思います。出資している商店は、道具屋を中心に五店舗程度だったと思います。交友に関しては知りませんが、影響力に関しては、フェイヨンの街に関することに一言口を挟めるぐらいはあります。サイハは両親と祖母、兄と姉妹が一人ずつの家族で、暮らしぶりは派手です。使用人は住み込みが六家族で、通いを含めて総勢三十名ほど。これには僕ら冒険者は除きます。それから、動産の細かい数字まではわかりませんが、土地管理をしている兄から聞いた話では、年収はおおよそ七千万ゼニー程度ではないかと思われます」 ヴェルサスは一気にしゃべった後で、こんな個人情報を話しては不味いのではないかと思ったが、真剣に聞いているクラスターの眼差しに、その不安は消えていった。 「シリウス、お前の見る目は最高だ」 にやぁりと唇の端を歪めるクラスターに、シリウスは額に手を当ててため息をつく。 「クラスター・・・やろうとしていることはなんとなくわかるが、それではサイハに言い訳を与えるのではないか?あんたの方が圧倒的に上だろ」 「勘違いするな。俺はそれほど持っちゃいない。それに、ヤツは正面から・・・Gvで叩き潰す。・・・くくくっ、面白くなってきたな」 ニヤニヤ笑うクラスターに、ゆうづきとソラスティアは顔を見合わせている。ヴェルサスも、どういうことなのか、さっぱりわからない。 「気にするな。「グロワール」はいままでどおり、砦を守ればいい。・・・「Blader」が奪うまでな。そうしたら、ウチに来い、ヴェルサス」 まるきり自然な宣告に、ヴェルサスは息が止まるかと思った。野性味溢れるシャープな顔立ちが、若くしなやかな肉食獣が獲物を見つけたかのように笑っている。 自分は何もしないで文句ばかりを言うサイハと違って、クラスターはいつもPTの先頭で、砦の防衛陣に突っ込んでくる。誰よりも勇猛果敢で、シリウスやゆうづきとも親交のある人間性の豊かさ、そしてなにより、ヴェルサスを評価して招いてくれている・・・。 ヴェルサスはテーブルの下で、ぎゅっと拳を握り締めた。 「お誘いは嬉しいのですが、僕は特別Gvをやっていこうと思っているわけではありません。マスターが飽きれば、すぐにでも学究に戻りたいくらいで・・・」 「飽きると思うか?」 「さぁ・・・」 そんなこと、ヴェルサスの方が知りたいくらいだ。サイハと同じ色なのに、力強く真っ直ぐなクラスターの目から、ヴェルサスは顔を伏せた。 「Gvに興味ねぇんじゃ、しょーがねーなぁ・・・」 「おい・・・」 ぼりぼりと頭をかくクラスターを、シリウスはなにやら睨んでいるが、ヴェルサスは逆に申し訳なく思った。 「すみません。とても高く評価していただいたのは、本当に嬉しいのですが」 「まぁ、気が変わったらでいい。望みも道順も方法も、様々あることだ」 クラスターのなにやら含んだような言い方が気になって、ヴェルサスは顔を上げた。相変わらず、刃のような輝きをした黒い瞳が、ヴェルサスを真っ直ぐに見詰めている。 「・・・ヴェルサス、デコ見せてみろ」 「え?」 「デコだ、デコ。ほれ」 前髪を上げる仕草をするクラスターに、ヴェルサスは殴打痕だらけの顔で少し恥かしかったが、両手で前髪を上げて見せた。 「こう・・・ですか?」 「おう、いい面だ。そのほうが似合うぞ」 「は・・・?」 クラスターはにまにまと上機嫌だが、シリウスには同情の眼差しを送られ、女性二人は必死で笑いを堪えている。 「か、からかわないでくださいっ!!・・・そろそろ戻らないと」 顔から火が出そうな気分で、ヴェルサスは席を立った。 「なんだ、もう帰るのか」 「また日曜にね〜」 「突然邪魔して悪かったね」 「日曜日から、よろしくお願いしまぁす」 四人四様の挨拶に見送られ、ヴェルサスは冒険者で賑わう小さな酒場を後にした。 「まったく・・・」 夜風に吹かれる顔が、まだ熱い。少し飲みすぎただろうか。 「・・・・・・」 冒険者同士で、あんなに打ち解けて話したのは初めてだった。もちろん、魔術アカデミーには同窓もいた。だが、「グロワール」に入ってからは、サイハをなだめる事と、自分より覚束ないメンバーを励ますことで、いっぱいいっぱいだった。 (楽しかった・・・) そう認めると、ずっと忘れていた心からの微笑が、ヴェルサスの口元に浮かんだ。 自分には過ぎた望みなのかもしれない。だが、いつかあんな風に楽しむことができたら・・・。 久しぶりに弾んだ心をそっと抱え、ヴェルサスは幸せだった。自分たちの砦にたどり着き、血相を変えたギルドメンバーが駆け寄ってくるまでは。 |