一振りの刃 −3−


 路地に蹲るように建っている、小さいが美味い酒を出す酒場のカウンターで、クラスターは呼び出した人間にグラスを掲げてみせた。
「よーぅ」
「久しぶり・・・というか、日曜ぶりか」
「Gv中は酒も飲めんが」
「あんたは飲みながらやっているんじゃないのか」
「んなわけあるかっ」
 信じられないと疑わしげな目をするシリウスに、クラスターは馬鹿を言うなと声を大きくした。
 青い髪を逆立てたシリウスは、クラスターよりはるかに品行方正な騎士だが、対人には積極的だ。人間観察と嘯いてはあちこちのギルドを渡り歩いているが、その生真面目さからか、情報漏洩を危惧されたことはない。
「で、何か用か」
「いい人材がいないかと思ってな」
 まずはシリウスが好きな酒を一杯出しておき、クラスターは目を細めた。
 実は、声をかけたとてシリウスが来るとは思っていなかったのだ。何事も物堅いシリウスは、色々無茶をするクラスターと、あまり関わりたいとは思っていないはずだ。そして、誘いを断る時も、丁寧に、しかしはっきりと断る。
 それなのにこうして乗ってきたのは、むこうも何か話したいことがあるに違いない、とクラスターは直感していた。
「どういうのが必要だ?」
「対人に対して真面目なヤツ。修練も装備も妥協しないヤツ。さらに頭のいいヤツ希望。あと、ぜひ参謀が欲しい」
「欲張りだな」
「人付き合いで価値観が同じことは重要だ」
 グラス片手に眉間にしわを作るシリウスに、クラスターはにんまりと笑ってやった。
「・・・Gvに対してクラスターと価値観が一緒かどうかは知らないが、有能な参謀なら一人知っている」
「ほぅ」
 クラスターは頬を緩めながらシリウスのグラスにどばどばと酒を注ぐが、シリウスの顔は浮かない。
「・・・あんたにこんなことを頼むのはお門違いなんだろうが、俺にはいい考えが浮かばん。できれば、助けてやって欲しい」
「はァン?」
 クラスターは壊したり奪ったりするのが専門で、誰かを助けるなどというのは、非常に稀な・・・気の迷いか偶然だ。
「俺がいま傭兵やっている「グロワール」だが・・・あそこのメンバーを、マスターから助けてやりたいと思っている」
「それはシャレで言っているのか?」
「本気だ」
 真面目な顔で言うシリウスに、クラスターは口を曲げながらも、話の先を促した。
「「グロワール」のヴェルサスというセージが、非常に有能だ。突撃しか能のない「Blader」に入れば、よい頭脳になるだろう」
「余計なお世話が混じっているが、いいことを聞いた」
「だが問題がある」
「そのマスターか」
 シリウスは苦々しく頷き、やるせなさを飲み込むようにグラスをあおった。
「マスターはサイハと言う名のバード。我侭な癇癪持ちで、人望はゼロからマイナス」
「なんでそんなところにいるんだ?」
 リーダーに値しない人間にトップをやらせるなど、まして、その下で動くなど、クラスターはごめんこうむる。まわりにも迷惑だ。
「俺たち傭兵は給料目当てだ。砦を守るのに必死で、かなり支払いが良い。だが、ギルメンは違う。逆らえないんだ」
「・・・・・・」
「逆らう勇気がないとか、そういう話じゃないぞ。サイハはフェイヨンの資産家の子で、メンバーはその屋敷で働く使用人の家族だ。・・・自分の親兄弟を盾に取られているんだ。サイハに逆らえば家族が路頭に迷う。理不尽な命令をされても、殴られても、彼らに抵抗は許されないんだ」
「・・・なるほど」
 シリウスが義憤に駆られる理由がよくわかった。
「だが、それを俺が助けてやる義理はねぇな」
「そうだ。それは俺もわかっている。だが、サイハをどうにかしない限り、ヴェルサスは手に入らないぞ」
「・・・ふむ」
 クラスターはグラス片手に、シリウスの情報を真剣に考えだした。

 傭兵として雇っているゆうづきからのwisに、ヴェルサスはいそいそと外出の準備をした。頼んでいたディボーション持ちのクルセイダーを、これから紹介してくれるというのだ。
「こんばんは!・・・はぁっ、はぁー・・・すみません、お待たせしましたっ」
「そんなに走らなくても・・・。こんばんは、こんな時間に呼び出して悪いわね」
「とんでもない」
 前髪をカチューシャで留め、きりっと額を出したゆうづきが、苦笑いでヴェルサスを待っていた。
「あたしの友達なんだけど、まだ対人始めたばっかりで、ちょっと希望に合うかわかんないんだけど・・・一応どうかなって」
「助かります。ぜひ会わせて下さい」
「オーケー」
 ローグのファー付きコートが翻り、網タイツに包まれた長い脚が歩き出す。ヴェルサスはそれを追って、夕闇のプロンテラを繁華街へと進んで行った。
 ごちゃごちゃした路地のひとつに入り、蹲るようにちんまりとした酒場の入り口をくぐると、中は意外と広く、冒険者で賑わっていた。
「はぁ〜い、ソラ」
「ごきげんよう、ユウ」
 わざわざ席を立ってテーブルに迎えてくれたのは、紅色の髪の、穏やかな微笑を浮かべる女クルセイダー。ゆうづきは始めたばかりと言っていたが、たしかにあまり対人をするイメージではない。
「こちら、「グロワール」で指揮を取っているヴェルサスさん。あ、マスターじゃないから、そこ注意ね。それで、この子がソラスティア。献身志望で・・・いまいくつだっけ?」
「まだ3なの。聞いていた献身範囲のベースは確保していると思うのだけど」
 ディボーションのマックスレベルは5だが、献身対象のサイハとのベースレベル差が、クルセイダーと10以内でないといけない。だが、サイハはGvギルドマスターの癖に、なかなか狩りにいかないので、びっくりするほどベースが低いのだ。
「ああ、大丈夫です。助かります。ソラスティアさん、ぜひお願いします。・・・ゆうづきさん、難しい条件だったのに、ご紹介いただき感謝します」
「いいのよぅ。ソラも実戦場所が決まってよかったわね」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますわ、ヴェルサスさん」
 とりあえずソラスティアの参加が決まり、三人で食事をしながら契約内容を細かく決めることにした。
 ソラスティアは下町の酒場には不似合いなほど上品な物腰をしていたが、周囲のやや乱暴な喧騒を気に止める様子もない。開けっ広げなゆうづきとも、冗談を言い合ってころころと笑っている。
 ふと、そのゆうづきが自分を見ているのに気付き、ヴェルサスは目をしばたいた。
「どうかしましたか?」
「んー?ヴェルサスさん、また痣が増えたでしょ?」
「え・・・」
 そんなに目立ったかと手をやったあとで、二人の表情から鎌を掛けられたと気付いた。
「あーあ。ほっぺ、けっこう腫れてるわ」
「ユウから聞いていたけど、ひどいのね」
「あ・・・すみません。でも、ギルドメンバー以外に手を上げるほど気骨のある人ではないので、安心してください。・・・ただ、その・・・もしも暴言を吐かれたら、申し訳ない限りです」
 ソラスティアに断られては大変だが、職務上、Gv中はずっとサイハのそばにいなくてはならないのだ。サイハの癇癪のある程度はヴェルサスに向かってくるとはいえ、ソラスティアにもぶつけられるかもしれない。その可能性に思い至った。
「気になさらないで。その覚悟はありますわ」
 労わりに満ちたソラスティアの言葉を、ヴェルサスは本当にありがたく思った。
「ああ、やっぱりユウさんたちだった」
「あら、しーさん。偶然・・・」
 三人のテーブルにひょっこり現れた青い逆毛の騎士は、「グロワール」で雇っている傭兵の一人で、ヴェルサスも知っている。
「やだ、クラスターもいたの」
「いちゃ悪いか」
 クスクス笑うゆうづきに唸った黒髪の騎士は・・・。
「「Blader」の・・・」
「よぉ」
 目を丸くするヴェルサスに、クラスターは獰猛に微笑んだ。