一振りの刃 −1−


 名誉欲、物欲、そして有り余る闘争心。それらを治安維持と強兵育成という難題を一挙に片付ける方法に使ったのは、やはり統治者の並々ならぬ知恵か。
 砦の中を荒れ狂うエネルギーの奔騰は、そこに身を投じていない者には眩しすぎ、身を投じている者たちですら、一瞬にしてなぎ倒す。覚悟や気合だけでどうにかなるものではない、圧倒的な力と力のぶつかり合い。
 声を張り上げ、極限まで精神を高め、鍛えぬいた肉体も裂けよとばかりに躍動する。
 ギルド同士が競い合い、奪い合う砦の中を、まだ若く、動きも荒削りながら、破竹の勢いで突き進む一団がいた。
「どぉけぇえええええええええッ!!!!」
 先頭はペコペコに乗った、黒髪にヘルムと高価な悪魔の羽耳を付けたナイト。ギルド「Blader」のマスターである。
 槍がふりまわされ、装甲のやわな後衛など、数秒ももたない。その進撃を止めようと競り向かうクルセイダーやブラックスミスに囲まれるが、その攻撃を引き受けている間に、追いついてきたモンクやウィザードが片っ端からなぎ倒していく。
 他のギルドから頭一つ先に抜け出し、エンペルームに向かって走るが、前方の床にラウンドプロテクターが敷かれるのが見えた。この砦を守るギルド「グロワール」だ。多くの傭兵を雇っていて強いが、その分連携がやや薄いのが常だ。
 細い通路をぎっしりとナイトやクルセイダーが固め、その奥にマジシャンやハンター、セージ、バード、プリーストなどが見える。
「はぁい」
「げっ・・・」
 前方ばかりを見ていて、懐に入られたのに気付かなかった。姿を消して近付いてきた女ローグが、ニヤリと微笑んで、短剣を握った手をひらめかせる。
「ストリップシールド!!」
「ちっ!」
 手が痺れ、大金をかけて過剰精錬した対人盾が外れる。ここまで来るのに時間がかかりすぎたか、間の悪いことにケミカルコートが切れていた。このままでは格好の的だが、それを生かす手が無くもない。
「突っ込めぇッ!!!!!」
 正面から剣を槍を向けた相手は、すばらしく獰猛な笑顔を見たことだろう。
 鎧の隙間や鎖帷子を突き抜けてくる鋭い刃は、正直、涙が出るほど痛い。
「怯むな!!行けぇッ!!!」
 クラスターが前衛をひきつけている間に、ブラックスミスが道を開き、モンクが敵プリーストを落とし、ウィザードが、プリーストが、そばを駆け抜けていく。
 出血も痛みもひどくてもうもたないが、前に出すぎたバードぐらい屠ってやる。
「スピアブーメラン!!」
 そこで、クラスターの意識は半ば薄れ、肉体は砦の外へ強制的にはじき出された。

 プロンテラにあるクラスターの屋敷の一室に、ギルド「Blader」のメンバーが集まっている。
 今週も結局、砦を取れなかった。クラスターが脱落した後、他のメンバーはエンペルームまでたどり着けたものの、「グロワール」以下後続のギルドに追いつかれて割り損ねてしまった。
 さすがに大手ギルドにいた頃とは勝手が違うとはいえ、これだけ力があるのに取れないのは残念だ。
「うーん、もうちょっとなんだがなぁ・・・」
 砦の見取り図を睨みながら、クラスターは唸る。汗を流し、くつろいだ格好で、各々ベッドやソファに寝転がる。
 まだ十代ながらハンデを背負う真澄は、別の部屋でアルフォレアの世話を受けながら、すやすやと寝息を立てている。
「あそこで兵力を集中させられると、うちだけじゃ突破は難しいと思いますよ」
「でも、他のギルドと行ったら、うちがエンペ割れないわ。うちも戦力を増やさないと・・・」
 柾心やシノも、難しげに首をかしげる。
「同盟組む?」
「どこと?」
「だよなぁ・・・」
 まだ無名で規模も小さく、さらに「オル・ゴール」の流れを汲む「Blader」と組んでくれるところを探すのは難しい。
「戦力アップは前提として、せめて、全体を把握できる参謀が欲しいな・・・」
「うちはマスターが堂々と突っ込むから・・・」
「ほんとだよね・・・」
「オマエラ・・・」
 全体とは、戦況だけではない。砦の地理や、参加ギルドの戦力情報、さらに、誰がどこを狙っているのか、それを踏まえた戦略と戦術を立てられる頭脳だ。
「とりあえず、情報通を奢ってなんか吐き出させるか」
 給与目当てに、Gvギルドを渡り歩く傭兵がいる。その一人と渡りをつけようと、クラスターは結論付けた。


 今週も、なんとか砦は守れたものの、マスターの機嫌はすこぶる悪い。自分たち傭兵は金をもらえればそれでいいが、あのマスターの相手をしなくてはならないギルドメンバーはかわいそうだ。
『すさまじく自分勝手だな。言っては何だが、あそこまでイカレてるのも珍しい』
『ほんとよね』
 ひそひそとwisを送ってきた、青い髪を逆立てた同業のナイト・・・シリウスに、ローグのゆうづきも、コートを縁取るファーに顎を隠すように頷いて同意を示す。
 ギルド「グロワール」のマスターは、砦ではなく自分が守られずに落とされたことに、ひとしきり癇癪を起こしたあと、砦内の自室に閉じこもってしまい、清算中のこの場にも姿を見せない。
『我侭いっぱいに育ったのね。親の顔が見てみたいわ』
『実家がフェイヨンの金持ちらしい。メンバーは逆らえない使用人の子供たちと聞いた』
『最悪ね。せっかくいい子たちが揃っているのに』
『ああ、メンバーは悪くない』
 人に使われ慣れているからなのか、「グロワール」のメンバーは、総じて物腰が低く、礼儀正しい。ややおどおどした感があるのは否めないが、そもそも戦いに向いた気性ではないからだろう。レベル上げもがんばっているようで、上納もあるだろうに、毎週確実に実力が上がっている。実に健気だ。
「お疲れ様です。おかげさまで、今週も無事に乗り切れました。ありがとうございます」
 ゆうづきたちに丁寧に頭を下げてきたのは、「グロワール」で実質的に指揮を取っている、ヴェルサスという若いセージの男だ。マスターは言いたいことを言うだけで具体的なことを考えないので、「グロワール」が砦を所有していられるのも、このヴェルサスの知能と、ゆうづきたち傭兵の戦力のおかげだ。
「お疲れ様。今週も楽しかったわ」
「それはよかった。来週もよろしくお願いします」
 柔和な微笑を浮かべるヴェルサスの後ろに、隠れるようにくっついているマーチャントの少年から、今週分の経費と給与を受け取る。
「あー・・・おせっかいかもしれないけど・・・」
 ゆうづきの隣で同じく金を受け取ったシリウスが、周りを気にしながら小さな声で囁いた。
「あんまり酷かったら言えよ?俺たちだって、騎士団に話をつけられるんだ」
 やや目を見張ったヴェルサスも、目を潤ませて見上げてきたマーチャントも、顔のあざが目立たないように髪を伸ばしている。Gvの怪我ではない。マスターに殴られているのだ。
「ぁ・・・、お気遣い、ありがとうございます」
 きゅっと身を縮めてうつむいたマーチャントの肩を撫で、ヴェルサスは変わらない微笑を浮かべた。
「専属のプリーストだけでなく、献身クルセも探さねばなりません。よい方がいらしたら、ご紹介ください」
「・・・わかったわ」
「ああ、探してみるよ」
 深々と頭を下げ、次の傭兵の元へと行くヴェルサスのそばで、マーチャントの少年が何度もシリウスのほうを振り向いていた。
「・・・クソッ」
 苦々しく吐き出すシリウスの背を軽く叩き、ゆうづきも同じ気分だった。胸くそ悪い。抵抗できない彼らを気の毒に思う。そして、何もしてやれない自分たちの無力さが、いっそう腹立たしかった。